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スワンボート

2.乗りたかった理由

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At Nago City, Okinawa; April 23, 2002.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

十分ぐらい格闘して、ようやく川岸から離れ、少しはまともな位置へとボートを進めることができた。
はあ、疲れた。休憩しようっと。

ずっと、ずっと昔のことだ。
なんのドラマだったか、それとも映画だったのか、もう忘れちゃった。仲の良い恋人同士、いや、恋人だったか、そうなる直前だったのか。そこのところもあまり覚えてない。
とにかく、その二人が、スワンボートに乗る場面があったんだ。そこだけ覚えてる。

だから、いつか、好きな人と乗れたらいいなって思ってた。
まさか、相手がいつも喧嘩している金髪頭の幼馴染で、しかも障害者になってアメリカから帰ってくるとは思ってもみなかった。

……とまあ、こういった内容を、両足の太ももとふくらはぎをパンパンと叩きながらざっと話し、一人で笑ってこう締めくくった。
「くだらない夢でしょ?」
勉は側で黙って聞いていた。
「くだらなくは、ないと思うよ」
そして、申し訳なさそうに謝った。
「ごめんな、一緒に漕いであげられなくって」

いえいえ。こればっかりは仕方がないよ。
障害者になりたくって、なったわけじゃないしね。
あんたが、あの自動車事故から生きて帰ってきただけでも、ありがたいと思わないと。

すーっと川面を渡る風が、汗ばんだ体に心地いい。
四月下旬の沖縄、すでに海開きが始まっている。日中、三十度を超えるなんてザラだ。
「うりずん」といわれる春の季節から、稲穂が顔を出す季節「若夏」へと移り変わるこの時期。あと二週間するかしないかのうちに、梅雨がやってくる。

「たまには、こんな場所もいいもんだな」
周りを見回して勉が言った。ゴールデンウィーク直前の平日のレジャー施設。ボートを出しているのは、あたしたちくらいだ。
「多恵子、もうちょっと、こっち来いよ」
両腕を広げて、勉が笑ってる。

えー、あたしは、こういったシチュエーションは苦手です。
結婚して一年経っているんですけど、慣れないや。
「ほら、早くしないと、あっという間に三十分だぞ?」
結局、右肩に手を回され、引き寄せられた。
彼の左手が額にかかる髪をかきあげている。反射的に、あたしは目をつぶった。

そういえば、外でキスをするの、結婚式以来だな。

……すみません。とっても、いい雰囲気なんですけど。ボートの頭上から差し込む日光で、鼻がむずむずしてきた。

「ぶへくしょーん!」
とっさにあたしは勉を突き飛ばしてしまった。バッシャーンと音がして、気がつくと、彼は川面に浮かんでバタバタもがいていました。
「こ、こら、多恵子、黙って見てないで、助けろ、ばか!」

駆けつけた係員さんと協力して、なんとか勉をボートへ引き上げ、あたしは再び必死になって川岸まで一人でボートを漕いだ。ごめんねー、勉。せっかく、あたしの夢に付き合ってくれたのに。

こうしている間にも、あたしの隣で彼のくしゃみが響き渡っているのだった。
「ぶへくしょーん!」
ひょっとして、風邪ひいちゃったのかな? 早く家に帰ってシャワーに入ろうね。
そう心の中で思いつつ、あたしは小さな声でしっかりおまじないを唱えていた。
「くすくぇー」
(スワンボート FIN)

追記:この物語は2005年に執筆したものです。2021年6月現在、ネオパークオキナワは土日は休園中となっております。平日は営業しているそうですが、スワンボートはやっていないみたいです。
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