サザン・ホスピタル 短編集

くるみあるく

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がーじゅーみやらび(我の強い美童)

6.諸屯節(しゅどぅんぶし)

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 At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; from May to June, 2000.
 The narrator of this story is Rika Aguni.

二〇〇〇年の五月あたりから、多恵子の様子が変わった。
今まで見るからに元気はつらつとしていたのに、急におとなしくなった。あたしと千秋と三名で集まっても、黙り込むことが多くなった。
「どうしたの、多恵子?」
あたしや千秋が話しかけても
「あ、ごめん、ぼんやりしてた」
と答えるけど、絶対、変だ。何かあるぞ?

そのうち、多恵子は昼の休憩時間に姿を消すようになった。
気がつくと、同じ時間帯に、上間先生もいなくなっていた。

ある日、あたしは思い切って多恵子の後をつけた。
雨の中、病院の外へ出た多恵子は、傘を差し、サザン・ガーデンの方へと向かっている。ここサザン・ホスピタル病院内に設けられた公園だ。小児科やお年寄りの散歩のリハビリに用いられたり、ちょっとしたレクレーションに活用されたりしている。そして、小さな教会も付属していて、結婚式だって挙げることができるのだ。
多恵子はその教会の中へ入っていった。ちょっと、何ごと?

教会の壁にたどり着いたあたしは、ステンドグラスの中を覗き込もうとした。でも、その必要はなかった。
サンシンの音が聞こえる。そして、上間先生の伸びやかなテノール。
驚くべきことに、曲はなんと、『諸屯節しゅどぅんぶし』だった。

琉球古典舞踊に十余りある女踊りの中で、『諸屯しゅどぅん』ほど内面的な心の揺らぎをとらえた舞踊はないと言われている。通う男を待ちわびる熟年女性の心境をあらわすため小道具を一切用いず、素手で踊る。観客は踊り手の動きから全く目を離せない、息の詰まる舞踊だ。『諸屯節しゅどぅんぶし』は、その舞踊の中で演奏される。

 枕並べたる (貴方と枕を並べている)
 夢のつれなさよ (そう思ってたのに、夢だったのですね)
 里之子サトヌシヨー (いとしい男性よ)
 月や西いり下がて (月はもう西に沈んでしまいました)
 冬の夜半 (誰もいない、一人きりのわびしい冬の夜です)
 アリ、里之子サトヌシヨー (ああ、いとしい男性よ)

どうして上間先生は、こんな寂しい曲を歌うのだろう?
どうして多恵子は、この歌にじっと耳を傾けているのだろう?

あたしはたまらなくなって、その場を離れた。

六月下旬、上間先生はCSAという臨床試験を受けるため、一週間休暇を取って、アメリカのフィラデルフィアへ発った。あたしにはよくわからないのだけど、そこでしか受けられない試験らしい。
上間先生のいない間、多恵子は明るく振舞っていたけど、気がつくといつも中城なかぐすく湾を眺めていた。中城湾、つまり太平洋だ。その向こうにアメリカがある。

「あのバカ!」
夜勤明けのある日、外に出て携帯電話のメールをチェックしている多恵子が叫んだ。
「どうしたの?」
「ちょっと里香、これ見てよ、これ! 人をバカにするにもほどがあるよ!
あたしは多恵子の携帯の画面を覗き込んだ。受信フォルダだ。そこにあった一通のメール。文面はこれだけでした。

   (^_-)d  (^-^)/~~

「ねえ、バカにしているでしょう?」
「多恵子、これ、誰から?」
「勉よ、勉! 全くもう、こっちは心配で何回もメールしているのに!」
そして彼女はいつものごとく、あたしの横で、ずっとプリプリ怒っていた。
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