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西原っ子純情
3.矢上(やがみ)明信(あきのぶ)、見舞いにいきそびれる
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At Nishihara Town, Okinawa; from November,1987 to February,1988.
The narrator of this story is Akinobu Yagami.
十一月も終わりかけた日のことだ。それは英語の時間だった。俺たちの担任でもある国吉先生が、助動詞の ‘would’ と ‘could’ の用法について丁寧に説明していた。“Would you~ ?” とか “Could you~ ?” という疑問形を作り、相手への丁寧な問いかけや依頼をする、というものだ。
やがて、先生が生徒をランダムに指名しはじめた。
「次、東風平! カップ一杯のコーヒーを持ってきてくださいませんか? ‘would’ を使って英訳しなさい。東風平!」
みんなの目が多恵子へ移った。だが、多恵子は答えようとしない。隣で上間がなにやら耳打ちしている。ちぇっ。あいつ、またイイカッコしやがって。俺だって答えくらい知ってるぜ。
ややあって、多恵子の大声が響き渡った。
「うじゅー、ぷりんみー、かっぱっぱー?」
教室中は爆笑の渦! かっぱっぱー? なんだそれ? さすがに国吉先生も呆れたらしい。
「おーい東風平、Good morning !」
失笑しながら先生は多恵子に語りかけた。
「はあ」
「How are you ?」
「すりーぴー」
教室のあちこちでくすくす笑い声がする。
「東風平、Stand up, please !」
「ほーい」
多恵子は椅子を後ろへ下げて、立とうとした。が、突然よろめくと、左側へぐらっと傾いた。
「おい、多恵子!」
「東風平?」
「多恵子?」
みんなが口々に叫び、多恵子の側へ寄ってきた。多恵子はかろうじて立ったまま、机に両手をつけて自分の体を支えている。顔色は真っ青だ。
「お腹痛い。気分悪い」
うつむいたまま発する多恵子の苦しそうな声に、教室中が再び騒然とした。国吉先生が近づいてきた。
「東風平、大丈夫か? 保健室、行くか?」
多恵子は無言で頷いた。そして、数名の女子たちとともにそのまま廊下へ出て行った。
「はい、全員席に戻ってー」
教室中ざわめく中を、国吉先生が手を叩きながら生徒たちをなだめた。そして授業が再開され、多恵子は早退した。
あの元気そのものの多恵子が、早退するなんて信じられない。
見舞いにかこつけ、今日こそはきちんと多恵子に謝ろうと思い立ち、俺は東風平家へ向かった。何を持っていけばいいのかわからなかったから、近くのスーパーでリンゴを買った。
しかし、ちょうど東風平家の近くまで来て中に目をやり、俺は愕然となった。
なんで、あの上間がいるんだ?
ちょうど上間は東風平のおばさんと話をしながら、自分の青い自転車を引きずり出しているところだった。だから俺には気づいていないはずだ。とっさに俺はピンプン(家門と家屋の間に立てる目隠し)の陰へ隠れた。
手に届くほどの近さから、自転車に乗って去っていく上間の後姿が見えた。
自分の中から怒りが湧き上がるのがわかった。
こいつは、俺の敵だ。
もうひとつ、込みいった家庭の事情が、さらに俺の上間嫌いに拍車をかけた。
父親が浮気をしたのだ。相手はコザの翻訳事務所に勤務する白人女性だった。家中のほとんどの財産を持ち逃げしたまま、父親は二度と帰ってこなかった。
もちろん、これは上間とはなんの関係もない話だ。しかし、当時の俺にとっては一緒だった。自分から父親を奪った女性と同じ肌の色、同じ髪の色、同じ目の色をした奴を憎んだ。何かにつけ、俺は上間を無視し、辛く当たるようになった。
The narrator of this story is Akinobu Yagami.
十一月も終わりかけた日のことだ。それは英語の時間だった。俺たちの担任でもある国吉先生が、助動詞の ‘would’ と ‘could’ の用法について丁寧に説明していた。“Would you~ ?” とか “Could you~ ?” という疑問形を作り、相手への丁寧な問いかけや依頼をする、というものだ。
やがて、先生が生徒をランダムに指名しはじめた。
「次、東風平! カップ一杯のコーヒーを持ってきてくださいませんか? ‘would’ を使って英訳しなさい。東風平!」
みんなの目が多恵子へ移った。だが、多恵子は答えようとしない。隣で上間がなにやら耳打ちしている。ちぇっ。あいつ、またイイカッコしやがって。俺だって答えくらい知ってるぜ。
ややあって、多恵子の大声が響き渡った。
「うじゅー、ぷりんみー、かっぱっぱー?」
教室中は爆笑の渦! かっぱっぱー? なんだそれ? さすがに国吉先生も呆れたらしい。
「おーい東風平、Good morning !」
失笑しながら先生は多恵子に語りかけた。
「はあ」
「How are you ?」
「すりーぴー」
教室のあちこちでくすくす笑い声がする。
「東風平、Stand up, please !」
「ほーい」
多恵子は椅子を後ろへ下げて、立とうとした。が、突然よろめくと、左側へぐらっと傾いた。
「おい、多恵子!」
「東風平?」
「多恵子?」
みんなが口々に叫び、多恵子の側へ寄ってきた。多恵子はかろうじて立ったまま、机に両手をつけて自分の体を支えている。顔色は真っ青だ。
「お腹痛い。気分悪い」
うつむいたまま発する多恵子の苦しそうな声に、教室中が再び騒然とした。国吉先生が近づいてきた。
「東風平、大丈夫か? 保健室、行くか?」
多恵子は無言で頷いた。そして、数名の女子たちとともにそのまま廊下へ出て行った。
「はい、全員席に戻ってー」
教室中ざわめく中を、国吉先生が手を叩きながら生徒たちをなだめた。そして授業が再開され、多恵子は早退した。
あの元気そのものの多恵子が、早退するなんて信じられない。
見舞いにかこつけ、今日こそはきちんと多恵子に謝ろうと思い立ち、俺は東風平家へ向かった。何を持っていけばいいのかわからなかったから、近くのスーパーでリンゴを買った。
しかし、ちょうど東風平家の近くまで来て中に目をやり、俺は愕然となった。
なんで、あの上間がいるんだ?
ちょうど上間は東風平のおばさんと話をしながら、自分の青い自転車を引きずり出しているところだった。だから俺には気づいていないはずだ。とっさに俺はピンプン(家門と家屋の間に立てる目隠し)の陰へ隠れた。
手に届くほどの近さから、自転車に乗って去っていく上間の後姿が見えた。
自分の中から怒りが湧き上がるのがわかった。
こいつは、俺の敵だ。
もうひとつ、込みいった家庭の事情が、さらに俺の上間嫌いに拍車をかけた。
父親が浮気をしたのだ。相手はコザの翻訳事務所に勤務する白人女性だった。家中のほとんどの財産を持ち逃げしたまま、父親は二度と帰ってこなかった。
もちろん、これは上間とはなんの関係もない話だ。しかし、当時の俺にとっては一緒だった。自分から父親を奪った女性と同じ肌の色、同じ髪の色、同じ目の色をした奴を憎んだ。何かにつけ、俺は上間を無視し、辛く当たるようになった。
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