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恐竜ものがたり

4.後日談

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 Ginowan City, Okinawa; autumn, 2024.
 The narrator of this story is Takehiro Kochinda.

後に、……僕が高校に上がってから、父と母から聞いた話だ。
僕らが恐竜に会った日の前日、父は整形外科医の仕事を辞めていた。連日の多忙な勤務で、不自由な右足がかなり腫れあがっていて手当ての暇が全くなかったことに加え、その日担当したオペで、アクシデントが起こった。
執刀中に父は突然、目のピントが合わなくなったのだという。ごくごく簡単かつ小規模なオペだったので、深呼吸をしてなんとか持ち直し、無事にオペを終了できた。その場ですぐに上司や周りに症状を報告し、さっさと引退宣言までしてしまった。急なことで周囲は驚き、休養して治療に専念したらと進められたが、父は頑として譲らなかった。

アメリカで自動車事故に巻き込まれたクリスマスイブの夜、一人ぼっちの病床で決心していたのだ。限界は限界としてきちんと受け止める。もし患者さんに全力で向き合えなくなったら、さっさと外科医から方向転換する、と。
「治療にベターはありえるけど、オペはベストしかありえないんだ。患者さんのベストを死守すること、それが外科手術なんだからね。……ま、いつか、こうなるとは思っていたよ。全力で走ってきたから心残りもないし。むしろ、ほっとしたかな」
淡々と父は語った。その横で母が微笑みながら頷いた。

そう、母があの恐竜事件で怒ったのは、整形外科医を辞めたはずの父が、またしても命がけの無茶をしたから(しかも現場に大事な松葉杖まで忘れたから)なのだった。自動車事故以来、父は右足を酷使しつづけた。足の状態を一番判っているはずの整形外科医が、自分の足を酷使している。母は結婚以来ずっと、父の矛盾を突いていた。もちろん、看護師の母は、それが医者の使命だということは十分承知していたけれども、どうしても心の底から納得することができなかったのだ。
そして父もまた、母の怒りをちゃんと受け止める心の度量があった。母の怒りは、無理を重ねて欲しくないという父への愛情から来ている。だからいつも、黙ったままずっと怒られていた。母の怒りを全て吐き出させるために。もちろん、そのあとしっかり母を抱きしめて謝ることを、父は忘れていなかった。
端から見ただけなら、きっとこの夫婦はかかあ天下に見えるはずだ。毎回、母が父に強く出て、父は怒られてばかり。しかも父は勤務中こそ旧姓とはいえ、普段は母の苗字を名乗っている。実に不甲斐ない夫に映るかもしれない。
でも、最近、僕は気がついた。父は調子のいい恐妻家を演じているだけなのだと。公の場では母の怒りをきっちり昇華させて、誰もいない二人きりの場所で優しく抱きしめてやる。こんな度量の大きい男がそうそういるだろうか? 情けなくなったのは、怒りに爆発する母を責め、父を過小評価してきた僕のほうだった。

現在、父は整形外科医時代の知識を生かして、リハビリルームに常勤する専門医としてサザン・ホスピタルで働きつづけている。頭のいい妹は「父のような外科医になる」と言って、今年の秋、一人でUCLAへ留学してしまった。
そして僕もまた、理学療法士りがくりょうほうしを目指して専門学校に通っている。理学療法士とは、身体や精神に障害を持つ患者さんに対して、医師の指示のもとに、医療器具や訓練器具などを使用して機能の回復を図るとともに、スムーズな社会復帰ができるよう、患者さんに運動療法や物理療法を施す仕事だ。
来年からサザン・ホスピタルのリハビリルームで、父とともに働くことが正式に決まった。一日も早く父の片腕として頼られる理学療法士になること、そして、リハビリを通して、患者さんだけでなく、少しでも父の右足を楽にしてやること、それが、今の僕の夢だ。
(恐竜ものがたり FIN)
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