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お味噌汁
1.多恵子、味噌汁を頼まれる
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; 6:05PM JST October 2, 1999.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
その日、あたしは昼勤を終えて帰宅するところだった。
「よお」
たまたま整形外科の病棟の廊下で、勉とすれ違った。この時間だと、まだ研修医としての雑務が残っていたはずだった。
「明日休みだから、お前ん家行くけど」
そうですか。サンシンの稽古ですか。
もう十五、六年なるよね? 飽きもせずよく通うね?
「あ、そう。明日は夜勤だから、昼だったらいるよ」
「そっか」
勉があたしの顔を注視している。
「あのさあ、ちょっと、お願いしてもいい?」
「お願い?」
思わず身構えた。この男が絡むと、ロクなことがない。変な頼みごとじゃなきゃいいけど?
「何ねぇ?」
「味噌汁作ってよ」
「はぁ?」
ちょっと説明が要ると思うので、補足しておきます。
うちでは、サンシンの稽古後、夕食が出ます。たいてい、うちの母親が作っています。
「夕飯のリクエストは、お母に頼んだら?」
一瞬、勉は天井を見上げ、ため息をついた。
「あのねー、お嬢さん」
勉は、たまーにあたしを「お嬢さん」と呼ぶ。師匠の娘だから。でも、絶対、心の底ではそうは思ってないはず。あたしたち、同級生で、ずっと喧嘩してばっかりだし。
「ずっと、おばさんに家事やらせて、全然手伝わないつもりね?」
……痛いところを突いてくるね、あんたは。
そういえば、ここのところずっと、あたしは台所に立ってない。看護師の仕事にかまけて、家事は全部母親に任せていた。
「たまには親孝行したら? お嬢さんが食事作ったら、師匠も喜ぶはずよ?」
ははーん、さては! これは、 お母か お父の差し金だな?
あの二人だったら、勉に愚痴を言いかねないもんね。
はいはい。わかりました。 たまには、親孝行させていただきますわ。
「わかった、作るよ」
あたしはショルダーバッグからペンとメモ帳を取り出した。
「で、何の味噌汁にするわけ?」
沖縄の味噌汁は、具沢山だ。たいていの場合は、かつおだし。そこに、 もやし、島豆腐、わかめ、葉野菜、豚の三枚肉、ポーク、固めのゆで卵、等々、いろいろな具がたっぷり入っている。冷蔵庫の掃除には非常に便利だ。
そうそう、沖縄の食堂に「味噌汁」というメニューがあるけど、紙幅の関係で(これネットだけどさ)省略します。興味のある方はご自分でお調べください。検索エンジンで「沖縄 味噌汁」と入力すれば、かなりヒットしますよ。
「うーんと、ジャガイモと 昆布が欲しいなー」
金髪頭をバサバサ振りながら勉は答えた。新じゃがの季節だし。北海道名産コンビか。なるほど。
「しいたけと 黄大根 (ニンジン)も入れてね。あとは、任せるよ」
「肉は、ポーク使っていいの?」
「ごめん、ポークはちょっと。どぅく(過剰に)油 強さぬ」
勉は顔をしかめ、軽く首を振った。
「できれば、豚の肩ロース、薄切りのやつを使ってもらいたいんですけど」
笑って両手を合わせて、こっちを拝んでいる。
……あんた、本当にわがままだね?
あたしは右手を出した。
「材料費、貰うよ」
「夏目漱石一枚でいい?」
あたしは勉からもらった千円札を、スカートのポケットに突っ込んだ。
「五時前に出勤だから、四時過ぎに出来上がればいいよね?」
「ありがとう。あとは、自分たちで温めなおすから」
勉はにっこりして頭を下げ、医局へ歩き出しながら手を振った。
「じゃ、明日ね」
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
その日、あたしは昼勤を終えて帰宅するところだった。
「よお」
たまたま整形外科の病棟の廊下で、勉とすれ違った。この時間だと、まだ研修医としての雑務が残っていたはずだった。
「明日休みだから、お前ん家行くけど」
そうですか。サンシンの稽古ですか。
もう十五、六年なるよね? 飽きもせずよく通うね?
「あ、そう。明日は夜勤だから、昼だったらいるよ」
「そっか」
勉があたしの顔を注視している。
「あのさあ、ちょっと、お願いしてもいい?」
「お願い?」
思わず身構えた。この男が絡むと、ロクなことがない。変な頼みごとじゃなきゃいいけど?
「何ねぇ?」
「味噌汁作ってよ」
「はぁ?」
ちょっと説明が要ると思うので、補足しておきます。
うちでは、サンシンの稽古後、夕食が出ます。たいてい、うちの母親が作っています。
「夕飯のリクエストは、お母に頼んだら?」
一瞬、勉は天井を見上げ、ため息をついた。
「あのねー、お嬢さん」
勉は、たまーにあたしを「お嬢さん」と呼ぶ。師匠の娘だから。でも、絶対、心の底ではそうは思ってないはず。あたしたち、同級生で、ずっと喧嘩してばっかりだし。
「ずっと、おばさんに家事やらせて、全然手伝わないつもりね?」
……痛いところを突いてくるね、あんたは。
そういえば、ここのところずっと、あたしは台所に立ってない。看護師の仕事にかまけて、家事は全部母親に任せていた。
「たまには親孝行したら? お嬢さんが食事作ったら、師匠も喜ぶはずよ?」
ははーん、さては! これは、 お母か お父の差し金だな?
あの二人だったら、勉に愚痴を言いかねないもんね。
はいはい。わかりました。 たまには、親孝行させていただきますわ。
「わかった、作るよ」
あたしはショルダーバッグからペンとメモ帳を取り出した。
「で、何の味噌汁にするわけ?」
沖縄の味噌汁は、具沢山だ。たいていの場合は、かつおだし。そこに、 もやし、島豆腐、わかめ、葉野菜、豚の三枚肉、ポーク、固めのゆで卵、等々、いろいろな具がたっぷり入っている。冷蔵庫の掃除には非常に便利だ。
そうそう、沖縄の食堂に「味噌汁」というメニューがあるけど、紙幅の関係で(これネットだけどさ)省略します。興味のある方はご自分でお調べください。検索エンジンで「沖縄 味噌汁」と入力すれば、かなりヒットしますよ。
「うーんと、ジャガイモと 昆布が欲しいなー」
金髪頭をバサバサ振りながら勉は答えた。新じゃがの季節だし。北海道名産コンビか。なるほど。
「しいたけと 黄大根 (ニンジン)も入れてね。あとは、任せるよ」
「肉は、ポーク使っていいの?」
「ごめん、ポークはちょっと。どぅく(過剰に)油 強さぬ」
勉は顔をしかめ、軽く首を振った。
「できれば、豚の肩ロース、薄切りのやつを使ってもらいたいんですけど」
笑って両手を合わせて、こっちを拝んでいる。
……あんた、本当にわがままだね?
あたしは右手を出した。
「材料費、貰うよ」
「夏目漱石一枚でいい?」
あたしは勉からもらった千円札を、スカートのポケットに突っ込んだ。
「五時前に出勤だから、四時過ぎに出来上がればいいよね?」
「ありがとう。あとは、自分たちで温めなおすから」
勉はにっこりして頭を下げ、医局へ歩き出しながら手を振った。
「じゃ、明日ね」
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