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Dr. Uemaの悲惨な一日
3.悲惨な一日 夜の部
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At Haebaru Town, Okinawa; August 5,1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
そんな僕の気持ちも知らず、多恵子は車を南部方面に走らせている。
「ご飯、何がいい? 昼はそばだったんだよね?」
「別に、合わせるよ。何でもいいよ」
「何でもいいって、あんた、カレーはダメでしょ?」
確かに、カレーだけは困る。そう思いながら、僕は彼女の車に乗っている河童のぬいぐるみを手に取った。
多恵子のあだ名は“かっぱっぱー”だ。中学の英語の授業で寝ぼけて“かっぱっぱー”と発言して以来、そう呼ばれるようになった。もともと水泳の選手でもあった彼女は、自らを河童と認め、最近は河童のぬいぐるみを集めはじめたのだ。ここにいる全ての河童に名前が付いている。クッシャロ、マシュー、サロマ、アカン。みんな北海道の湖の名前だ。
「ところで、なんで河童に北海道の湖の名前付けているの?」
「だって、沖縄には湖がないでしょう?」
あるよ、と言いかけて、僕は止めた。あるんです。とっても有名なのがあるんですけど、言えません。ピーッという効果音が流れます。
え、意味が判らないって?「沖縄 湖 ラムサール条約」で是非検索して下さい。これ以上は勘弁して。
結局、とんかつ屋に入った。沖縄は結構、肉料理が安い。
「あたしがカレー食べるのは、いいよね?」
「どうぞ」
多恵子はカツカレー、僕は普通のトンカツ定食。ここのカツカレーはかなりボリュームがあるのだが、多恵子は見事に完食した。やせの大食い。いや、あっぱれ。
僕は彼女の豪勢な食べっぷりが大好きだ。変に小食なのより、おいしくもりもり食べてくれたほうが、一緒に食べているこちらも気持ちがいい。気を使わなくても済むし。
「じゃ、お願いします」
多恵子は僕にそっと千円渡した。そうなんです。彼女は割り勘を、男女平等のルールとして受け入れ、しかも、表向きは僕に支払わせることで、僕の顔を立ててくれているのです。
こういうちょっとした気遣いに、男は弱い。結構、ころっと参ってしまう。
多恵子は再び車を走らせ、やがて、オープンしたばかりのアミューズメントパークに到着した。ということは、さては!
僕の予期したとおりだった。彼女はすばやくゲームコーナーへ駆け込むと、クレーンゲームを指差して僕をつついた。
「あの河童、取って! お願い!」
クレーンゲーム機の中には、無数の河童のぬいぐるみが溢れている。多恵子は目の色を変えて河童を指差しまくった。
「あのさ、あれと、これと、こっちの横向いているのとさー」
か、簡単ぐゎーに言らんけー! 一回なかい、多さきーなー(たくさん)、取らりーみひゃー!
僕の心中をよそに、彼女は五百円玉を投入した。
「これで十二回分だからさー」
はいはい、判ったよ。取ればいいんでしょ? やるときは真剣だ。僕は河童の位置にきちんとあわせてクレーンを動かした。一回目、二回目と失敗したけど、三回目で見事、目当ての河童をゲットした。
「はい、おまたせ」
「わーい! サンキュー、勉!」
やれやれ、子供みたいにはしゃいでる。
……かわいいな。河童じゃなくて君をずっと見ていたいよ。
「次はどれ?」
「えーっと、あっちの角の奴、取れる?」
「多恵子、あれは無理だよ。クレーンが届かん」
「そっかー、残念だなー。じゃ、これは?」
寝ている奴か。ちょっと難しいかな。一応クレーンを合わせて、と。
うーん、クレーンには引っかかるんだけど、うまく引き上げないな。
「あい、残念! もうちょっと!」
クレーンの動きに一喜一憂する多恵子の表情は、くるくる変わって、おもしろい。そして、どれも愛らしい。
君の側にいるだけで、幸せだな、俺。やっぱり、今日はいい日なのかも。
結局、戦果は一匹だけでした。
「ごめんな、一匹しか釣れなくて」
「ううん、いいよ。十分! この子、かわいいし。気に入った」
「で、何て名前にするの?」
「トーヤ。洞爺湖のトーヤ」
運転席の多恵子はご機嫌だ。でも、この河童、片手にきゅうりを握り締めて、すごく腑抜た顔をしている。どう見ても洞爺湖って顔じゃないぜ?
「はい、これ今日のお礼ねー。またよろしくね!」
そういって、多恵子が車から降りた僕にくれたのは、ブラックの缶コーヒーだった。
缶コーヒー、確かに嫌いじゃないけどさ。
君からご褒美のキスをもらえるのは、いつなんだろうね?
本当に、そんな日が来るのかな?
あの台風が連れて来た八月の風が、頬に生ぬるい。沖縄の厳しい夏は、まだまだ続くのだ。
……と思いつつポケットに手を突っ込んで、気がついた。財布がない!
「多恵子ごめーん、助手席に置き忘れたー!」
(Dr. Uemaの悲惨な一日 FIN)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
そんな僕の気持ちも知らず、多恵子は車を南部方面に走らせている。
「ご飯、何がいい? 昼はそばだったんだよね?」
「別に、合わせるよ。何でもいいよ」
「何でもいいって、あんた、カレーはダメでしょ?」
確かに、カレーだけは困る。そう思いながら、僕は彼女の車に乗っている河童のぬいぐるみを手に取った。
多恵子のあだ名は“かっぱっぱー”だ。中学の英語の授業で寝ぼけて“かっぱっぱー”と発言して以来、そう呼ばれるようになった。もともと水泳の選手でもあった彼女は、自らを河童と認め、最近は河童のぬいぐるみを集めはじめたのだ。ここにいる全ての河童に名前が付いている。クッシャロ、マシュー、サロマ、アカン。みんな北海道の湖の名前だ。
「ところで、なんで河童に北海道の湖の名前付けているの?」
「だって、沖縄には湖がないでしょう?」
あるよ、と言いかけて、僕は止めた。あるんです。とっても有名なのがあるんですけど、言えません。ピーッという効果音が流れます。
え、意味が判らないって?「沖縄 湖 ラムサール条約」で是非検索して下さい。これ以上は勘弁して。
結局、とんかつ屋に入った。沖縄は結構、肉料理が安い。
「あたしがカレー食べるのは、いいよね?」
「どうぞ」
多恵子はカツカレー、僕は普通のトンカツ定食。ここのカツカレーはかなりボリュームがあるのだが、多恵子は見事に完食した。やせの大食い。いや、あっぱれ。
僕は彼女の豪勢な食べっぷりが大好きだ。変に小食なのより、おいしくもりもり食べてくれたほうが、一緒に食べているこちらも気持ちがいい。気を使わなくても済むし。
「じゃ、お願いします」
多恵子は僕にそっと千円渡した。そうなんです。彼女は割り勘を、男女平等のルールとして受け入れ、しかも、表向きは僕に支払わせることで、僕の顔を立ててくれているのです。
こういうちょっとした気遣いに、男は弱い。結構、ころっと参ってしまう。
多恵子は再び車を走らせ、やがて、オープンしたばかりのアミューズメントパークに到着した。ということは、さては!
僕の予期したとおりだった。彼女はすばやくゲームコーナーへ駆け込むと、クレーンゲームを指差して僕をつついた。
「あの河童、取って! お願い!」
クレーンゲーム機の中には、無数の河童のぬいぐるみが溢れている。多恵子は目の色を変えて河童を指差しまくった。
「あのさ、あれと、これと、こっちの横向いているのとさー」
か、簡単ぐゎーに言らんけー! 一回なかい、多さきーなー(たくさん)、取らりーみひゃー!
僕の心中をよそに、彼女は五百円玉を投入した。
「これで十二回分だからさー」
はいはい、判ったよ。取ればいいんでしょ? やるときは真剣だ。僕は河童の位置にきちんとあわせてクレーンを動かした。一回目、二回目と失敗したけど、三回目で見事、目当ての河童をゲットした。
「はい、おまたせ」
「わーい! サンキュー、勉!」
やれやれ、子供みたいにはしゃいでる。
……かわいいな。河童じゃなくて君をずっと見ていたいよ。
「次はどれ?」
「えーっと、あっちの角の奴、取れる?」
「多恵子、あれは無理だよ。クレーンが届かん」
「そっかー、残念だなー。じゃ、これは?」
寝ている奴か。ちょっと難しいかな。一応クレーンを合わせて、と。
うーん、クレーンには引っかかるんだけど、うまく引き上げないな。
「あい、残念! もうちょっと!」
クレーンの動きに一喜一憂する多恵子の表情は、くるくる変わって、おもしろい。そして、どれも愛らしい。
君の側にいるだけで、幸せだな、俺。やっぱり、今日はいい日なのかも。
結局、戦果は一匹だけでした。
「ごめんな、一匹しか釣れなくて」
「ううん、いいよ。十分! この子、かわいいし。気に入った」
「で、何て名前にするの?」
「トーヤ。洞爺湖のトーヤ」
運転席の多恵子はご機嫌だ。でも、この河童、片手にきゅうりを握り締めて、すごく腑抜た顔をしている。どう見ても洞爺湖って顔じゃないぜ?
「はい、これ今日のお礼ねー。またよろしくね!」
そういって、多恵子が車から降りた僕にくれたのは、ブラックの缶コーヒーだった。
缶コーヒー、確かに嫌いじゃないけどさ。
君からご褒美のキスをもらえるのは、いつなんだろうね?
本当に、そんな日が来るのかな?
あの台風が連れて来た八月の風が、頬に生ぬるい。沖縄の厳しい夏は、まだまだ続くのだ。
……と思いつつポケットに手を突っ込んで、気がついた。財布がない!
「多恵子ごめーん、助手席に置き忘れたー!」
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