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上間勉についての一考察
4.放課後の一悶着
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At Nishihara Town, Okinawa; February,1988.
The narrator of this story is Kei Shimabukuro.
そんな上間が変わったのは、二月に入った頃だろうか。
クラスの連中とほとんど会話をしなくなった。まだ中二であるにもかかわらず、なんと『月刊・大学への数学』なんてのを買ってきて解き始めたのだ。英検の問題集もあった。それも、二級の。
一体、何が起こったのか? 俺は上間をよく観察してみた。すると、彼がいつも何か冊子を持ち歩いていることに気づいた。
“Guidelines for scholarship applicants ―― the Southern Hospital”
サザン・ホスピタル……って、あの、アメリカ海軍病院の?
薬剤師の母親から噂は聞いていた。外国人専用のすごい病院ができて、世界中から優秀な人材を集めていると。
そして、医学科生向けの奨学生制度があるが、日本人は未だかつて誰もパスしたことがないらしいことも。
実は、上間はかなり秀才であったにもかかわらず、日本育英会の奨学生制度を受けることが出来ない。彼の母親がかなりヤバイところで働いているらしいことは、それとなくあちこちでささやかれていた。源泉徴収票はおろか給与所得明細すら発行してもらえない以上、審査してもらえるわけがなかった。
だからといって、あのサザン・ホスピタルの奨学生に?
日本だけでなく、アメリカの医師免許も取るつもりなのか?
こいつ、本気か?
ある日の放課後、俺が帰り支度をしていると、不良グループのリーダー、矢上明信が誰かに絡んでいる声が聞こえた。
「おい上間、最近、お前、つきあい悪いな」
「ごめん、そんなヒマないや」
矢上に話しかけられても、彼は机の上から目を離さなかった。
「俺、本気なんだ。あっち行ってもらえる?」
「そんなこと言うなよー、優等生ぐゎーしーして」
矢上は、上間の邪魔をし始めた。
「あのさ、殴るよ」
「へー」
「本当に、殴るよ」
「笑わせるぜ。上間が暴力振るうってか?」
「最終警告。殴るよ。早くどけ」
「えらそうに。びびると思ってるの?」
なんと次の瞬間、あの上間が、矢上を思いっきりひっぱたいた。
……信じられない!
「あがー! 何をする!」
「どけと言っただろ。邪魔だ。あっち行け」
上間は何事もなかったかのように、再び机の上に視線を戻した。
「上間、この野郎!」
矢上が上間につかみかかろうとしている。俺は、たまらなくなった。
「やめれー!」
声より体が先に動いた。周りの机をいくつもなぎ倒しながら、俺は上間と矢上の側へ駆け寄った。
「桂、どけ! こいつ、ウシェーてる! 絶対、死なす!」
「悪いのはお前だろ。上間は三回も警告しただろ!」
「桂、汝、上間とグルか?」
あきれた。こいつ、自分の立場しか考えてない。つまり、何もわかっちゃいない。こんな奴に、上間の邪魔をさせるわけにはいかない。俺は矢上を睨みつけた。
「別にグルでもなんでもないけどよ、上間がなんで勉強してるか、汝達、判ってるか? こいつ、琉海大の医学科狙ってるんだぞ」
「琉海大の医学科?」
「それだけじゃない。上間はな、サザン・ホスピタルに行くつもりだ」
周りが一斉にざわめきたった。あちこちから上間を中傷する小声が漏れ聞こえる。
「……島ちゃん、なんで、知ってるの?」
上間は意外そうな顔をしていた。
「上間、お前、いつもサザン・ホスピタルのパンフレット持ち歩いているだろ? 見りゃ察しくらいつくよ」
見てろよ上間、お前のどでかい挑戦、こいつらにわからせてやる。
「汝達、サザン・ホスピタルがどんなところか知ってるか? スタッフ全員、外国人だぞ。オペも、診察も、全部英語でするところだぞ。上間はそこへ行くんだ。勉強して当然だろ!」
そして俺はさっさと後片付けを始めた。机をいっぱい倒してしまったからな。いくつか元通りに置いて周りを見回し、念のため付け加えた。
「上間の邪魔する奴は、俺がただじゃおかない。いいな?」
「し、島ちゃん?」
上間はかなり驚いている様子だったが、俺は鼻先で矢上を示し、笑ってみせた。
「上間、安心しれ。こいつら、黙らせてやる」
矢上は他の生徒らを引き連れ、ぶつぶつ言いながら外へ出て行った。
「島ちゃん、……ありがとう」
上間、お前が礼を言う必要はないよ。こっちも、真面目な勉強仲間を探していたところだ。
当時から俺は、ロボット工学関係に興味を持っていた。学校にロボット、車、バイク関連の雑誌を持ち込んでは、休み時間に読み漁っていた。本気で、エンジニアを目指したかった。上間なら、仲間として申し分ない。だから、こう言った。
「上間、俺も琉海大行くからな。上間と違って工学部だけどよ。俺、エンジニアになるんだ。一緒に大学行こうな!」
The narrator of this story is Kei Shimabukuro.
そんな上間が変わったのは、二月に入った頃だろうか。
クラスの連中とほとんど会話をしなくなった。まだ中二であるにもかかわらず、なんと『月刊・大学への数学』なんてのを買ってきて解き始めたのだ。英検の問題集もあった。それも、二級の。
一体、何が起こったのか? 俺は上間をよく観察してみた。すると、彼がいつも何か冊子を持ち歩いていることに気づいた。
“Guidelines for scholarship applicants ―― the Southern Hospital”
サザン・ホスピタル……って、あの、アメリカ海軍病院の?
薬剤師の母親から噂は聞いていた。外国人専用のすごい病院ができて、世界中から優秀な人材を集めていると。
そして、医学科生向けの奨学生制度があるが、日本人は未だかつて誰もパスしたことがないらしいことも。
実は、上間はかなり秀才であったにもかかわらず、日本育英会の奨学生制度を受けることが出来ない。彼の母親がかなりヤバイところで働いているらしいことは、それとなくあちこちでささやかれていた。源泉徴収票はおろか給与所得明細すら発行してもらえない以上、審査してもらえるわけがなかった。
だからといって、あのサザン・ホスピタルの奨学生に?
日本だけでなく、アメリカの医師免許も取るつもりなのか?
こいつ、本気か?
ある日の放課後、俺が帰り支度をしていると、不良グループのリーダー、矢上明信が誰かに絡んでいる声が聞こえた。
「おい上間、最近、お前、つきあい悪いな」
「ごめん、そんなヒマないや」
矢上に話しかけられても、彼は机の上から目を離さなかった。
「俺、本気なんだ。あっち行ってもらえる?」
「そんなこと言うなよー、優等生ぐゎーしーして」
矢上は、上間の邪魔をし始めた。
「あのさ、殴るよ」
「へー」
「本当に、殴るよ」
「笑わせるぜ。上間が暴力振るうってか?」
「最終警告。殴るよ。早くどけ」
「えらそうに。びびると思ってるの?」
なんと次の瞬間、あの上間が、矢上を思いっきりひっぱたいた。
……信じられない!
「あがー! 何をする!」
「どけと言っただろ。邪魔だ。あっち行け」
上間は何事もなかったかのように、再び机の上に視線を戻した。
「上間、この野郎!」
矢上が上間につかみかかろうとしている。俺は、たまらなくなった。
「やめれー!」
声より体が先に動いた。周りの机をいくつもなぎ倒しながら、俺は上間と矢上の側へ駆け寄った。
「桂、どけ! こいつ、ウシェーてる! 絶対、死なす!」
「悪いのはお前だろ。上間は三回も警告しただろ!」
「桂、汝、上間とグルか?」
あきれた。こいつ、自分の立場しか考えてない。つまり、何もわかっちゃいない。こんな奴に、上間の邪魔をさせるわけにはいかない。俺は矢上を睨みつけた。
「別にグルでもなんでもないけどよ、上間がなんで勉強してるか、汝達、判ってるか? こいつ、琉海大の医学科狙ってるんだぞ」
「琉海大の医学科?」
「それだけじゃない。上間はな、サザン・ホスピタルに行くつもりだ」
周りが一斉にざわめきたった。あちこちから上間を中傷する小声が漏れ聞こえる。
「……島ちゃん、なんで、知ってるの?」
上間は意外そうな顔をしていた。
「上間、お前、いつもサザン・ホスピタルのパンフレット持ち歩いているだろ? 見りゃ察しくらいつくよ」
見てろよ上間、お前のどでかい挑戦、こいつらにわからせてやる。
「汝達、サザン・ホスピタルがどんなところか知ってるか? スタッフ全員、外国人だぞ。オペも、診察も、全部英語でするところだぞ。上間はそこへ行くんだ。勉強して当然だろ!」
そして俺はさっさと後片付けを始めた。机をいっぱい倒してしまったからな。いくつか元通りに置いて周りを見回し、念のため付け加えた。
「上間の邪魔する奴は、俺がただじゃおかない。いいな?」
「し、島ちゃん?」
上間はかなり驚いている様子だったが、俺は鼻先で矢上を示し、笑ってみせた。
「上間、安心しれ。こいつら、黙らせてやる」
矢上は他の生徒らを引き連れ、ぶつぶつ言いながら外へ出て行った。
「島ちゃん、……ありがとう」
上間、お前が礼を言う必要はないよ。こっちも、真面目な勉強仲間を探していたところだ。
当時から俺は、ロボット工学関係に興味を持っていた。学校にロボット、車、バイク関連の雑誌を持ち込んでは、休み時間に読み漁っていた。本気で、エンジニアを目指したかった。上間なら、仲間として申し分ない。だから、こう言った。
「上間、俺も琉海大行くからな。上間と違って工学部だけどよ。俺、エンジニアになるんだ。一緒に大学行こうな!」
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