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8.それから
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沖縄へ帰ってから、私は千歳と話し合った。
「いただいたものを必ず着なさいという訳ではない、ただ、男子服も女子服も、どちらも着れると考えたら気分が楽になるだろ?」
千歳はうなずき、商業高校への進学を前向きに考えると言った。そして次の年の春、商業科に合格して通い始めた。
実際のところ、あけみさんの服にはあまり袖を通さなかったと思うが、彼は三年間ほぼ無遅刻無欠席を通した。卒業式を終え帰宅したあと、彼はクローゼットからあけみさんの制服を出してきた。
「これ、欲しい奴いるんだって。一度写真撮ったら、あげてもいいかな?」
私は静かにうなずいた。そして女子服に身を包んだ彼の卒業写真を撮った。
数週間後。千歳は東京へ旅立った。ダウンジャケットに身を包み髪の毛を明るく染め、アンニョイな雰囲気のメイクを整えた彼はどこか大人びて見えた。
「東京でしばらく、女として生きてみるね」
妻の形見である珊瑚のイヤリングを身につけ、彼は微笑んで保安検査場の中へ消えた。
早いもので、あれから二年。
あけみさん帰沖後もクロちゃんはしばらく新宿二丁目で頑張っていたが、感染症騒ぎに見舞われたのをきっかけに奄美へ戻った。今、あちらで会社を立ち上げ、準備に明け暮れているとのこと。機会があればまた酒を酌み交わしたいと願っている。
沖縄へ戻ったあけみさんとは数度会った。松山のオカマバーでお勤めなさってる間、何度かこちらの事件解決にもご尽力いただいていたが、本業の方が忙しくなったとかで最近はしばらくお姿をお見掛けしてなかった。
それがこの正月、波上宮で巡回監視を行っていた時のことだ。初詣の人だかりから一人、スーツ姿の男性がこちらへ歩いてきた。彼は私の前で立ち止まり、こう告げた。
「ノブさん、あけみです」
「ええっ?!」
あけみさん、いや、あきおさんは私に笑いかけて言った。
「今、西町の商社の取締役なんです。テレワークの時はあけみでいるんですが、今日はこれから家族を連れて父に会うものですから」
そう言って彼は後方へ視線を送る。見ると、野球帽を被った小柄な女性がベビーカーを押して立っていた。
「ご結婚されたんですか?」
「はい、でも妻はあきおよりあけみが好きらしいんですけどね」
彼女は、いや彼はそう照れ臭そうに言うと、結婚指輪の光る左手を振り微笑みながら去って行った。去り際に、私の鼻腔をある香りが掠めた。
私は思わず立ち止まった。ジョルジオ・アルマーニ コード プールオム。
そうか。彼女は、彼は、私の香りを使ってくれているんだ。
私はあけみさん、いや、あきおさんの姿をもう一度目に収めたいという衝動を辛うじて抑える。振り返るのをやめそのまま青空を見上げた。東京で一人暮らしをする息子を思い浮かべる。千歳はデザイン系の専門学校へ通っていたが、今は某企業で事務をしている。あまりこちらへは連絡してこない。便りのないのは良い便りというそうだから放ってあるが、どこかで便りを待ち続けているのはどこの親も同じだろう。
一度きりなのだから自分の納得のいく良い人生を、そして願わくば人生を共に歩む人を見つけて欲しい。波上宮の鳥居を突き抜ける眩しい新春の青空を眺めながら、私は警備の定位置へ踵を返した。(了)
「いただいたものを必ず着なさいという訳ではない、ただ、男子服も女子服も、どちらも着れると考えたら気分が楽になるだろ?」
千歳はうなずき、商業高校への進学を前向きに考えると言った。そして次の年の春、商業科に合格して通い始めた。
実際のところ、あけみさんの服にはあまり袖を通さなかったと思うが、彼は三年間ほぼ無遅刻無欠席を通した。卒業式を終え帰宅したあと、彼はクローゼットからあけみさんの制服を出してきた。
「これ、欲しい奴いるんだって。一度写真撮ったら、あげてもいいかな?」
私は静かにうなずいた。そして女子服に身を包んだ彼の卒業写真を撮った。
数週間後。千歳は東京へ旅立った。ダウンジャケットに身を包み髪の毛を明るく染め、アンニョイな雰囲気のメイクを整えた彼はどこか大人びて見えた。
「東京でしばらく、女として生きてみるね」
妻の形見である珊瑚のイヤリングを身につけ、彼は微笑んで保安検査場の中へ消えた。
早いもので、あれから二年。
あけみさん帰沖後もクロちゃんはしばらく新宿二丁目で頑張っていたが、感染症騒ぎに見舞われたのをきっかけに奄美へ戻った。今、あちらで会社を立ち上げ、準備に明け暮れているとのこと。機会があればまた酒を酌み交わしたいと願っている。
沖縄へ戻ったあけみさんとは数度会った。松山のオカマバーでお勤めなさってる間、何度かこちらの事件解決にもご尽力いただいていたが、本業の方が忙しくなったとかで最近はしばらくお姿をお見掛けしてなかった。
それがこの正月、波上宮で巡回監視を行っていた時のことだ。初詣の人だかりから一人、スーツ姿の男性がこちらへ歩いてきた。彼は私の前で立ち止まり、こう告げた。
「ノブさん、あけみです」
「ええっ?!」
あけみさん、いや、あきおさんは私に笑いかけて言った。
「今、西町の商社の取締役なんです。テレワークの時はあけみでいるんですが、今日はこれから家族を連れて父に会うものですから」
そう言って彼は後方へ視線を送る。見ると、野球帽を被った小柄な女性がベビーカーを押して立っていた。
「ご結婚されたんですか?」
「はい、でも妻はあきおよりあけみが好きらしいんですけどね」
彼女は、いや彼はそう照れ臭そうに言うと、結婚指輪の光る左手を振り微笑みながら去って行った。去り際に、私の鼻腔をある香りが掠めた。
私は思わず立ち止まった。ジョルジオ・アルマーニ コード プールオム。
そうか。彼女は、彼は、私の香りを使ってくれているんだ。
私はあけみさん、いや、あきおさんの姿をもう一度目に収めたいという衝動を辛うじて抑える。振り返るのをやめそのまま青空を見上げた。東京で一人暮らしをする息子を思い浮かべる。千歳はデザイン系の専門学校へ通っていたが、今は某企業で事務をしている。あまりこちらへは連絡してこない。便りのないのは良い便りというそうだから放ってあるが、どこかで便りを待ち続けているのはどこの親も同じだろう。
一度きりなのだから自分の納得のいく良い人生を、そして願わくば人生を共に歩む人を見つけて欲しい。波上宮の鳥居を突き抜ける眩しい新春の青空を眺めながら、私は警備の定位置へ踵を返した。(了)
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