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5.女の子になりたい二人
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ある秋の日、私はまた東京行きの飛行機に乗り新宿二丁目を目指した。重い扉を開けると、あけみさんがこちらを向いた。
「ノブさん久しぶりー! お変わりない? ジンライム?」
店内にはあけみさんのほか、誰も居ない。私は出されたおつまみとジンライムを一度口に運び、切り出した。
「あけみさん、お父さんから勘当されたっておっしゃってましたね?」
「ええ、昨年の今頃ですかね。上京してきた父と口論になっちゃって」
あけみさんはバーカウンターの向こう側にあるシンクで何か洗い物をしながら続けた。
「気持ちはわかるんですよ。私に世間の人間みたいにまともに生きて欲しいって。でも、父は私をあきおとしか思ってない、あきおしか認めない。あけみとしての私は捨てなさいと言われちゃうと、ちょっとねー」
「実はね」
私は息子のことをとつとつと話した。幼少の頃から女の子の格好をしたがったこと、化粧をしていたこと、高校受験に消極的なこと、今は保健室登校の状態であること。
「息子さん、将来何になりたいんですか?」
そういえば、息子の将来像について尋ねたことがなかった。当然普通高校へ進学し、そこからゆっくり考えを固めるだろうと思っていたから。あけみさんは手を拭きながらこちらを向いた。
「私、商業高校だったんです。女子の制服、夏冬どっちも持ってます」
「ええっ? あけみさん、高校へ女子服で通ってたの?」
「いいえ、たまたま大きいサイズの制服、書道部の先輩にもらって学園祭の仮装大会に出場したらクイーンになっちゃって」
あけみさんは舌をぺろんと出しておどけた。
「ハロウィンの時期はお店で着たりしてたんです。商業高校って女子多いからそんなに男臭くないし、就職もバッチリでオススメですよ。なんなら、お譲りしましょうか?」
「おはようございまーす、あ、ノブさんだー! お久しぶりですね!」
裏口からクロちゃんが入ってきた。あけみさんが水を向ける。
「ねぇねぇクロちゃん、ノブさんがさ、クロちゃんがどうして女の子になったか聞きたいって」
「ホント? うわー、ご指名いただき光栄ですー!」
クロちゃんが私の左に座る。私はすぐオリオンを注文してクロちゃんへ奢った。クロちゃんはごくごくっと豪快に飲み干して私に笑いかける。
「あたしのいた高校、めっちゃ進学校で! ゼロ校時とか普通で、先生達も朝から夕方まで教育熱心でいらして」
鹿児島県は昔から教育熱心な県として知られている。離島も例外ではないらしい。
「受験、受験って毎日連呼されて、なーんか空しくなっちゃったんですよねー。たまたま深夜のラジオ聞いてたら、きゃりーさんの特集やってて。あーいいなー、かわいいなーって。滑り止めで受かった東京の大学通いながら、きゃりーさんのビデオやグッズ集めて。自分もマネしたくなったんで、ドンキで服とか靴とか買ってやり始めたました」
クロちゃんはバッグから『イマドキ女子のヘアメイク』と銘打った小冊子を出してきた。
「こんなのはコンビニで時々売ってるし、今じゃネット通販でウィッグやエクステすぐ手に入るでしょ?」
「そうそう、ユーチューブにもメイクレッスンとかあるもんね」
あけみさんがクラッカーを皿に出しながら相槌を打つ。
「でもさ、クロちゃんがどうして胸入れてまで女になりたいのか、正直私にはわかんないわー」
「そりゃあけみちゃんは美人だから。十分、魅力的! あたしは胸でオトコ呼ばなきゃだし」
クロちゃんは私の方へ胸を突き出し、唇をとんがらせた。
「女物の服揃えて、手足も顎も全部脱毛して、もっともっと女の子になりたいって思ったら、やっぱり胸は必要かなって。ホルモン注射で大きくする方法もあるんですけど、あたしはシリコン入れました」
クロちゃんは両腋を指さしながら丁寧に教えてくれる。
「全麻して、ここと、ここから金属のヘラみたいなの入れて表面と筋肉の間を剥がすんです。シリコン入れて縫って、それから三ヶ月くらい毎日自分の皮膚と定着させるマッサージとかして。痛くてしんどいですけど、女になれると思ったらもう嬉しくって」
クロちゃんはそう言って私にウインクした。
「やっぱり親兄弟は怒りましたね。『もう奄美に帰ってくるな!』って。でも、あたし今、幸せです。もう昔のインキャな自分じゃない、毎日胸張って歩けるんですよ。いつかママみたいにお店持つのが夢でーす」
「すっごいじゃない! さすがクロちゃん! よし、今日は私も奢っちゃう!」
そう言ってあけみさんはオリオンをもう一瓶出してきた。グラスをあと二つお願いして、私たちはクロちゃんの未来に乾杯した。
店を出るとき、あけみさんが見送りながら聞いてきた。
「ノブさん、今回東京にはどのくらいご滞在ですか?」
「沖縄へは明後日戻るけど。あす午前中に用事を終えて午後からフリーだな」
「じゃあ、明日、デートしませんか?」
「デート?」
あけみさんはメモを渡してきた。彼女の、いや彼の携帯電話の番号が書かれている。
「ええ、高校の制服をお渡ししたいんで、ついでに。新宿御苑の大木戸門で、午後二時にお願いします。おにぎり持って行きます」
あけみさんは私にウインクして手を振り去っていった。
男とデート。どう考えても、奇妙だ。それなのに私の胸はときめいている。どうしよう。私はおかしいのだろうか。
「ノブさん久しぶりー! お変わりない? ジンライム?」
店内にはあけみさんのほか、誰も居ない。私は出されたおつまみとジンライムを一度口に運び、切り出した。
「あけみさん、お父さんから勘当されたっておっしゃってましたね?」
「ええ、昨年の今頃ですかね。上京してきた父と口論になっちゃって」
あけみさんはバーカウンターの向こう側にあるシンクで何か洗い物をしながら続けた。
「気持ちはわかるんですよ。私に世間の人間みたいにまともに生きて欲しいって。でも、父は私をあきおとしか思ってない、あきおしか認めない。あけみとしての私は捨てなさいと言われちゃうと、ちょっとねー」
「実はね」
私は息子のことをとつとつと話した。幼少の頃から女の子の格好をしたがったこと、化粧をしていたこと、高校受験に消極的なこと、今は保健室登校の状態であること。
「息子さん、将来何になりたいんですか?」
そういえば、息子の将来像について尋ねたことがなかった。当然普通高校へ進学し、そこからゆっくり考えを固めるだろうと思っていたから。あけみさんは手を拭きながらこちらを向いた。
「私、商業高校だったんです。女子の制服、夏冬どっちも持ってます」
「ええっ? あけみさん、高校へ女子服で通ってたの?」
「いいえ、たまたま大きいサイズの制服、書道部の先輩にもらって学園祭の仮装大会に出場したらクイーンになっちゃって」
あけみさんは舌をぺろんと出しておどけた。
「ハロウィンの時期はお店で着たりしてたんです。商業高校って女子多いからそんなに男臭くないし、就職もバッチリでオススメですよ。なんなら、お譲りしましょうか?」
「おはようございまーす、あ、ノブさんだー! お久しぶりですね!」
裏口からクロちゃんが入ってきた。あけみさんが水を向ける。
「ねぇねぇクロちゃん、ノブさんがさ、クロちゃんがどうして女の子になったか聞きたいって」
「ホント? うわー、ご指名いただき光栄ですー!」
クロちゃんが私の左に座る。私はすぐオリオンを注文してクロちゃんへ奢った。クロちゃんはごくごくっと豪快に飲み干して私に笑いかける。
「あたしのいた高校、めっちゃ進学校で! ゼロ校時とか普通で、先生達も朝から夕方まで教育熱心でいらして」
鹿児島県は昔から教育熱心な県として知られている。離島も例外ではないらしい。
「受験、受験って毎日連呼されて、なーんか空しくなっちゃったんですよねー。たまたま深夜のラジオ聞いてたら、きゃりーさんの特集やってて。あーいいなー、かわいいなーって。滑り止めで受かった東京の大学通いながら、きゃりーさんのビデオやグッズ集めて。自分もマネしたくなったんで、ドンキで服とか靴とか買ってやり始めたました」
クロちゃんはバッグから『イマドキ女子のヘアメイク』と銘打った小冊子を出してきた。
「こんなのはコンビニで時々売ってるし、今じゃネット通販でウィッグやエクステすぐ手に入るでしょ?」
「そうそう、ユーチューブにもメイクレッスンとかあるもんね」
あけみさんがクラッカーを皿に出しながら相槌を打つ。
「でもさ、クロちゃんがどうして胸入れてまで女になりたいのか、正直私にはわかんないわー」
「そりゃあけみちゃんは美人だから。十分、魅力的! あたしは胸でオトコ呼ばなきゃだし」
クロちゃんは私の方へ胸を突き出し、唇をとんがらせた。
「女物の服揃えて、手足も顎も全部脱毛して、もっともっと女の子になりたいって思ったら、やっぱり胸は必要かなって。ホルモン注射で大きくする方法もあるんですけど、あたしはシリコン入れました」
クロちゃんは両腋を指さしながら丁寧に教えてくれる。
「全麻して、ここと、ここから金属のヘラみたいなの入れて表面と筋肉の間を剥がすんです。シリコン入れて縫って、それから三ヶ月くらい毎日自分の皮膚と定着させるマッサージとかして。痛くてしんどいですけど、女になれると思ったらもう嬉しくって」
クロちゃんはそう言って私にウインクした。
「やっぱり親兄弟は怒りましたね。『もう奄美に帰ってくるな!』って。でも、あたし今、幸せです。もう昔のインキャな自分じゃない、毎日胸張って歩けるんですよ。いつかママみたいにお店持つのが夢でーす」
「すっごいじゃない! さすがクロちゃん! よし、今日は私も奢っちゃう!」
そう言ってあけみさんはオリオンをもう一瓶出してきた。グラスをあと二つお願いして、私たちはクロちゃんの未来に乾杯した。
店を出るとき、あけみさんが見送りながら聞いてきた。
「ノブさん、今回東京にはどのくらいご滞在ですか?」
「沖縄へは明後日戻るけど。あす午前中に用事を終えて午後からフリーだな」
「じゃあ、明日、デートしませんか?」
「デート?」
あけみさんはメモを渡してきた。彼女の、いや彼の携帯電話の番号が書かれている。
「ええ、高校の制服をお渡ししたいんで、ついでに。新宿御苑の大木戸門で、午後二時にお願いします。おにぎり持って行きます」
あけみさんは私にウインクして手を振り去っていった。
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