誕生日のプレゼント

2.あの日の名護十字路

数久田すくだ、世冨慶よふけを越えたからそろそろ名護市街だ。悩む暇はない。とりあえず降りなきゃ。バス賃を用意しなくてはならない。
あたしは財布を開いた。まさか21世紀のお札なんか使えないよね。それにこの時代まだ500円玉なんかなくて、確かまだ岩倉具視ともみの五百円札だから。どうやって支払おう？

バスは国道58号線を右折した。散々悩んで、ひんぷんガジマルを過ぎたところでありったけの小銭を使いバスを降りたら名護十字路だった、1978年当時の。降りたらなんと車が降りたバスの後ろから、つまり左側からやってくる。慌ててあたしは横断歩道を渡った。

街角ウォッチングを開始。名護城なんぐすくのある山の手を見渡すと、セメント赤瓦屋根のお家がまだ点々と軒を連ねている。道行く人々のファッションにすごく歴史を感じる。このおばさん化粧濃いなー。それあの車、マークIIだよね？　ゴッツイわ。うわ、ミシン屋さんのボックスカー！懐かしい！
十字路きわの建物には紺地に白で会社名が書かれた旅行社の看板。中心部に飛行機が描かれている。これ結構長い間掛かってたな。ちょっと行った道向こうの市場は改装前の古いビルのままだ。ご近所の方が時々サメの刺身とか買って分けてくれてた。たまにイルカの肉もあるらしいけどあたしは食べたことがない。そうそう、1978年といえば、日本本土では成田空港が開港した年だ。サメの刺身をくれた方の親戚だったかが成田空港の話をしてくれてたんだけどあまり覚えてないや。あたし、五歳だったから。

右の手首をチラ見する。カルティエの腕時計、おばあちゃんの形見だ。75年の海洋博の頃に亡くなったんだっけな。時計は12時を少し回っている。
名護湾を背に、右方向へ。つまり、再び来た道を戻りひんぷんガジマル向けにあたしは歩く。しばらく歩くとパチンコ屋さん。確かこの裏手は映画館で……あった。映画館が2軒、向き合って建っている。あたしはさっきと逆方向に歩いた。近くに理髪店があるはず。そしてその隣。

あたしは息を呑んだ。
白い建物の壁には「あぐに写真館」とあった。

大きなガラスの向こうに当時出始めたカラーの記念写真が並んでいる。誕生写真、七五三、十三祝い、成人式、結婚式、生年祝い。名護の人々の営みが所狭しと敷き詰められた壁を前に、あたしは懐かしさで胸を震わせた。
ここは、父の仕事場。写真技師の父は独立してすぐこの写真館を建て、復帰前からここで毎日働いた。めでたい席に花を添える仕事だから土日なんてなかった。あたしの記憶には大きな写真機のファインダーを覗く父の姿しかない。
そして、あたしが五歳、妹が一歳の初夏。父は現像した数枚の写真を手にしたまま暗室で倒れた。救急車で搬送されたけど、すでに息が止まっていた。
葬儀の後、母とあたしたち姉妹は今住んでいる浦添に引っ越したのだ。写真館は売りに出され、すぐさまブティックに衣替えしたと人づてに聞いた。