サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part4 Starting Over

Chapter_07.おいしい家庭の作り方(2)行き先~セックスとプライド

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; March 15, 2001.
This time, the narrator changes from Taeko Kochinda into Tsutomu Uema.
**This episode is R15-rated.**このエピソードはR15指定です。勉君のモノローグです。

三月十五日、木曜日。多恵子の二十七歳の誕生日だ。
その日は晴れた。気温も二十二度を超えた。僕は朝早くから飛び起き身支度を整えると、松葉杖を使って正面玄関まで出た。やがて、白のミラパルコがやってきた。もともと僕の車だったから一目瞭然だ。
ゃーびらたい」
多恵子が運転席から降りて、助手席のドアを開けてくれる。
「誕生日おめでとう。お出迎えご苦労様です」
「ジーンズじゃないんだね?」
僕は松葉杖を多恵子に渡すと彼女は後部座席へそれをしまった。僕がジーンズ好きなことはもちろん彼女は分かっている。
「トレパンにしとく。キツキツなのを着たら血行不良起こして、危ないから」
このトレパンは東風平こちんだのおばさんが持ってきてくれた物だ。僕は助手席に乗り込み、ドアを閉めた。
「いままでのジーンズ、どうするの?」
いゃーんかい、くぃーさ。ゐーれー!」
ゐーらん! はっさ、あんたのはわんにんかいや、どぅく(殊に)まぎさぬ! ぶかぶかだよー!」
多恵子はエンジンを掛けて、首を振ってくすくす笑った。
「あ、でも、いとこの元弥兄々にーにーだったらサイズ合うかもね? 退院したら勉の足を診てもらう約束だから。一緒に行こうね?」
そういえば、いとこに鍼灸師の方がいるっていってたな。今まで東洋医学には疑問を持っていたけど、この右膝だったら、試してみる価値はあるかもしれない。

「あのさ、やっぱり屋宜原やぎばる、行くわけ?」
多恵子がハンドルを握りながら尋ねる。僕は前を見たまま言った。
「とにかく、風呂入りたいんだよ。その手のホテルだと風呂場がでかいからさ。背中、流してもらえる?」
「ああ、そういうことかー」
多恵子は納得した調子でスピードを上げた。病人はたいてい風呂に入る日を制限される。のみならず、体に障害があるとその部位だけでなく、全身を洗うのも結構厄介なものだ。
「でさ、多恵子」
僕は躊躇したが、決意して、口を開いた。
「俺、ひょっとして、今日は、ダメかもしれない」

今朝、起きたときから、落ち着かなかった。
今までは病棟にいたから、そんな気が起こらなくても仕方ないのだろうと半ばあきらめながら過ごしていた。でも、こうして外に出て多恵子を見ても、なにも衝動を感じない。
あの事故で僕は、どうにかなっちまったのだろうか? まさか。検査の結果は障害部位以外には異常は認められない。
じゃあ、なぜ?
いや、本当はわかっている。療養中はそういう精神状態に陥ることもあるって。でも、頭の中で想像するのと、実際にそういう立場に立たされるのとでは、天と地ほども差があるってことに僕ははじめて気がついた。

僕は、そのまま前を見ながら自分の感じることをずっと多恵子にしゃべり続けた。

男性にとって生きる価値を見出す局面というのは、ある意味、女性より限定的なのかもしれない。
一人前に仕事ができること。
社会的地位があること。
性欲があって、セックスができて、きちんと射精できること。
これらのことが一つでもできなくなると、能無しの烙印を押された気分になるものだ。

仮面をつけて歩かなくては、素直な剥き出しの感情では、オトナは (特に男は)生きていけない。世の中は全て足の引っ張り合いで、下手すると自分を失う危険に晒されるからだ。
年を取れば取るほど、学べば学ぶほど、社会的地位が上がれば上がるほど、人は素直になれるチャンスを失う。外にエネルギーを発散しようにもガス欠しがちだし、思慮深くあろうとすれば発散するどころではなくなる。そして、ついには、仮面を外す場所まで失ってしまう。

だから、全てのセックス産業は男が自分の存在価値を無条件に認めさせるため、女性を金銭で支配することによって成り立っている。
昔から今に至るまで、男性の欲望のはけ口として女性を隷属させ、受け入れてもらう代償として金銭のやりとりが行われてきた。セックス産業は経済活動の根幹を支え続けてきたし、どうやら今後も絶えることはなさそうだ。男性が、ただ自分を抱き締めてくれる、無条件に自己を受け入れてくれる存在を得られない限り、そうすることに困難が伴う限り、男性による女性差別は永久に続くだろう。
男性の患者さん (高齢の患者さんも増えつつある)がナースの体をやたら触りたがったりするのは、若さを、エネルギーを失いたくない、自己を認めて欲しいという心の叫びという部分もあると言われている。僕の場合は奥に引っ込んでしまったけど、そうでないケース……性エネルギーの自己制御が上手くいかないケースだってありえる。だからといって多恵子がその犠牲になりかけたこと、傷ついたことを正当化する気はないんだけどさ。
命の炎を燃やしながら、人々は病気や障害と、迫り来る終わりと闘っている。炎の原動力のひとつである性というエネルギーの存在を、僕ら医療従事者は軽視してはいけないのだ。いや、社会全体を通して、僕らはこの問題を直視すべき段階に既にたどりつきつつあるといえるのではないだろうか。

すると多恵子は、僕の疑問にあっけらかんとこう答えてのけたのです。
「なんで、‘お願い。とにかく、抱っこして頂戴’って言えば、それで済む話でしょ? 自分に甘えてくる男の人を断る女性って、そうはいないよ?」
しかも彼女は、ハンドルを握ったままこう締めくくったのでした。
「人生、負けるが勝ちって、女性はよーく知ってるよ? 男の人ってホント、フラーだよね?」

いやはや、参りました。
これじゃいつまで経っても、どんなに表面で威張ってても、男性は女性に頭が上がらないままですよ。だって、相手は最初から負けるつもりでいるんですからね?
そして、ふと思った。僕が本当に手に入れたクリスマス・プレゼントは多恵子なんじゃないだろうか? ‘負けるが勝ち’という言葉をなんのためらいもなく口にする彼女を、僕は欲していたんじゃないだろうか?
僕はこの障害のお陰で、世間で言うところの、普通の人並みには働けない自分を認めることができた。そして今、勃起しないかもしれない自分を素直に認めている。
全ては、多恵子が僕を、無条件に受け入れてくれたから。
これって、実はとってもすごいことなんじゃないの?

やがて車は建物の中に入り、僕らはとある部屋にチェックインした。すぐに服を脱ぎ、風呂場に直行してバスタブの淵に腰掛け、右足首から先はビニール袋に包んで頭のてっぺんから全部洗ってもらった。もちろん清拭とかは毎日してもらってたんだけど、やっぱり風呂は格別だ。事故以来、ようやくさっぱりした気分を味わうことができた。
僕がベッドへ引き上げた後、多恵子は一人で簡単にシャワーを済ませ、僕の隣で横になった。僕は彼女の体中にキスを落とした。彼女の生身の体に触れるのは久々だし、本当に、本当にうれしいのだけど……、寝た子は起きないですね。
「ごめん、やっぱりダメだ。抱っこしてくれる?」
「はいはい」
多恵子はくすくす笑いながら、僕の体を優しく抱き締めてくれた。
「わかってね。多恵子が悪いんじゃないんだ。誕生日なのに、ホント、ごめんな。このまま、ちょっと眠ってもいい?」
「わかってるよ。どうぞ、ごゆっくり」
僕は彼女の胸に顔をうずめ、赤ん坊のように乳首をくわえた。彼女は僕の頭に両手を回し、リズミカルに撫で続けた。
僕は目を閉じた。多恵子さん、おやすみなさい。 ((3)へつづく)
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