サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_13.でいごの木の下で(3)L.A.最終日

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At Los Angeles; December 7, 2000. 
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

十二月七日、僕らは十二時半過ぎに、UCLAの中央通りであるWestwood Boulevardに程近いCity Beans Coffeeで待ち合わせた。ここはUCLA Medical Centerから歩いて十分くらいの場所だ。ちょうど向かいにStarbucksもあるけど、僕はこっちのコーヒーショップの方が好きだった。家庭的な雰囲気でくつろげる上に、UCLAのI.D.を見せれば、ちょっとだけ割引が利くのだ。

僕がShortを終えてやってくると、多恵子は先に待っていた。なにやら電話帳のような分厚い本をめくっている。
「何、それ?」
「ああ、これね」
多恵子は店の窓から見えるUCLA Extensionの建物を指し示した。
「Extensionでもらってきたの。インターネットでいろんな講座を受けられるって。ほら、見て。医学関係もいっぱいあるよ」
多恵子はMedicalのページを開いて僕に示した。
「あたし、アメリカのEMTの勉強しようと思ってさ」

EMTだって?
僕は目を丸くした。お前、救命士EMTEmergency Medical Technicianを目指すつもりか?
多恵子は僕の顔を真正面から見据えた。その表情は、看護のプロのものだった。
「勉が伊東先生みたいに、整形外科だけじゃなくってサザンのERでも頑張るつもりなら、あたしも日米の救急救命士の資格を取りたい。アメリカのナースの免許って取るの難しいけど、EMTならなんとかなりそうな気がする。ほら、あたし、馬鹿力あるしさ。ご先祖様がくれた能力って、やっぱり人の役に立てないと、もったいないじゃない? それにあたし、勉には負けたくないんだよね」

この瞬間、僕は確信した。
やっぱり、僕はこの人と結婚したい。
もちろん、感情的な面で彼女とはもう離れがたい気持ちを抱いてはいるが、結婚生活となると、それだけではもたないだろう。
でも、この人となら、理性的な面でも互いに尊敬し、競い合い、励ましあえる。
一年半前、雷のように訪れたあの直感は、やはり間違いではなかった。

僕らはコーヒーを飲み終え、外に出た。今日は多恵子のアメリカ最終日だ。UCLAのキャンパスを簡単に案内しておきたかった。僕らはキャンパスに向かってWestwood Boulevardを歩いた。ハリウッド映画を思わせるこの通りの雰囲気が、僕はたまらなく好きだ。
「街みたいだね?」
多恵子も同じことを感じているようだ。しきりにあたりを見回している。
「街だよ。大学が街を作ってるから。このあたり一体はWestwood Villegeって呼ばれてる。ロサンゼルスの中でも金持ちが集まって、治安がいいと言われているところだね」
「ふーん」
「映画館がたしか六つくらいあるのかな」
「え、そんなに?」
僕はあちこちにある映画館を指差した。
「あれと、それと、こっちの裏も。このI.D.カード見せれば、十ドルでポップコーン片手に映画見れる」
「うっそ、安っ!」
多恵子が驚くのも無理はない。千円ちょっとでポップコーン付きで映画を楽しめちゃうなんて、日本では考えられない金銭感覚だろう。もっとも、医者は忙しくって、あんまり見るヒマがない。
「この通りはちょっと値段の張る店が多いな。もう一つ裏の通りとかだと、五ドルでお腹いっぱい食べられる店が結構あるよ。韓国料理とかタイ料理とか、もっとお金出せば、日本のすし屋もあるし」
「へーえ」
多恵子は狐につままれたような顔をしている。確かに学生生協並だよね。

僕らはそのまま真っ直ぐUCLA構内に入った。
「で、ここ、左手がMedical Plazaね。平たく言えば病院」
「大きい。新築だね」
「で、右のこっちの建物を登っていくと、UCLA Medical Centerに行ける」
そして僕は、保健体育の講義棟の前にある庭のような空間で立ち止まった。くつろげるようにベンチがあり、そばには大きな木が二本立っている。まだ冬だから、花も葉もなくて寒そうだ。僕は多恵子に問いかけた。
「さて問題です。この木はなんでしょう?」
多恵子はしばらくその木をしげしげと見つめていたが、やがて、つぶやいた。
「なにこれ、デイゴ?」
「そう。デイゴ」
僕が頷くと多恵子はびっくりした表情を見せた。
「うそ! なんでこんなところに?」
僕も首をすくめた。知らんよ。僕だって聞きたいよ。多恵子はデイゴの木をしげしげと眺めている。
「すごいねー。生えるんだねー」
僕は思わず吹き出してしまった。
「自然には生えんだろ。どこからか持ってきたんだろ? なんか、この大学は世界の植物集めているらしいから」
「ふーん。花も咲くのかな?」
「これだけ立派だったら、春になったら、咲くかもね」

僕は心の中で、真っ赤なデイゴの花を思い浮かべた。沖縄のデイゴの花は、初夏の頃、血を思わせるほど赤く咲き乱れることがある。不意に、僕の頭にある古い琉歌が浮かんだ。『琉歌全集』にも収められている、男女の別れを歌った悲しい歌だ。

あいた生爪や/やでど あかれゆる/やまな あかれゆさ/あれと わぬや

不意に、側に居る多恵子と目が合った。彼女は明日、沖縄へ帰ってしまう。既に僕の一部分である彼女が、あれほど離れがたい思いを共有した彼女が、僕の元から去ってしまう。
胸を締め付けるような感覚が僕を襲った。彼女に悟られないよう、僕は心の中でその悲しい歌を打ち消し、つぶやいた。
「こういうのを、“あいた生爪”って言うんだろうな」
「あいた?」
聞き返す多恵子に、僕の口が勝手に動いた。
「あいた生爪や/あかれてもたさ/のよでぬゆでぃあかれゆみ/無蔵んぞとぅわんや」 ((4)へつづく)
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