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Part3 The year of 2000
Chapter_04.加那(かなー)ヨー天川(2)恋人たちの約束~加那(かなー)ヨー天川
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, from 5:10PM to 5:19PM JST, May 23, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
そうだったんだ。あたしにも、事態が飲み込めた。
きっと、あの壮絶な地上戦が行われた南部一帯を逃げ惑う中で、知念安達さんは同じ年頃のチルーさんとめぐり会った。今日、明日をもしれぬ命と思えば、たとえ小学生同士であってもそれは真剣な恋だったのだろう。平和な世の中が訪れたときには、一緒に暮らすつもりだったのだ。
だが、たった一人生き残った知念さんは米軍の孤児収容所の中で生きていくのがやっとだった。だから、ようやく成人した知念さんがどんなにチルーさんを探しても、もう見つけ出すことはできなかったのだ。
別の女性と結婚し孫にも恵まれ、それなりに幸福の日々を送っていた知念さんは、畑の帰りに事故に巻き込まれた。そして入院した病院で今、皮肉にもチルーさんと瓜二つの妹である房子さんと、五十五年ぶりに邂逅したのだ。
「知念さん、チルー姉さんは、十五年前に……」
房子さんはそう言いかけて、瞼を閉じ、口元を押さえた。嗚咽が漏れた。静かにうなずく知念さんの両目にも、涙が光っていた。
「我とぅ一緒に、『加那ヨー天川』踊てぃ呉ゆみ? 良たさらや?」
「……ええ。ええ! 踊りましょう!『加那ヨー天川』」
なんとかして、この二人の願いを叶えてあげたい。でも、どうやって?
そう思ったとき、突如、サンシンの調弦音が響いた。振り返って、驚いた。そこにはサンシンを構えた勉が立っていた。
「上間先生?」
知念さんが信じられないといった顔でこっちを見ている。勉はいつもリハビリルームにサンシンを置いてあった。きっと患者さんのリハビリを終えてサンシンを片付けようとしたとき、外へ出る房子さんと、それを追いかける知念さんを見かけ、不審に思ってやってきたのだろう。
「勉、あんた、仕事は?」
「俺は知念さんの主治医だ。主治医が受け持ちの患者さんの様子を見るのは、仕事のうちだろ?」
勉はあたしに構うことなく、サンシンを片手に二人に近づいた。
「僕が弾きますよ、『加那ヨー天川』』! 済まびーらやー?」
「勉?!」
嘘! 二つの意味で、信じられない。
まず、知念さんに踊らせたいのは山々だが、彼は右肩を固定している。本来なら踊ることを許可できる状態ではない。
それに、普通の舞踊の地謡でさえ弾くのは大変なのだ。まして『加那ヨー天川』は難曲中の難曲。到底、弾きこなせるものではないはず。
しかし、あたしの心配をよそに、勉は不敵に笑った。
「知念さんなら大丈夫だよ。まあ、見てなって」
勉、どちらかと言うと、あんたの方が心配なんだよ? 弾けるの?
屋外挙式用に作られたであろう、教会の前に設けられたコンクリート打ちっぱなしのスペース。そこを舞台に見立て、知念さんが上手へ、房子さんが下手へと向かう。
『加那ヨー天川』は、「加那ヨー節」と「島尻天川節」の二部構成から成り、恋人同士が戯れ愛し合う情景をアップテンポな曲に乗せて軽快に描いている。結婚式とか生年祝いなどで数多く余興舞踊が行われる中でも、この『加那ヨー天川』は特別な存在だ。それくらい難しくて、自由奔放で、華やかな舞踊なのだ。
上手から勉のサンシンが鳴り響いた。「加那ヨー節」だ。二人が舞台の中央へと歩み寄った。
加那ヨー (愛しい人よ)
面影の立てばヨ、加那ヨー (あなたの顔が浮かんだら、愛しい人よ)
宿に居られらん (おとなしく家になんか居られないわ)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
でぃ行かよ 押し連れてヨ、加那ヨー (さあ、一緒に連れ立って、愛しい人よ)
遊で忘ら (楽しんでこの世の憂さを忘れましょう)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
加那ヨー (愛しい人よ)
貫き木家のあさぎヨー 加那ヨー (本建築の立派な家の前にある離れ屋でね、愛しい人よ)
手拭布立てぃてぃ (花染手巾を立てて合図するから)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
我が思る里にヨ、加那ヨー (私が思っているあの人に、愛しい人よ)
情呉らな (愛をあげよう)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
加那ヨー (愛しい人よ)
情呉る計りヨ、加那ヨー (愛を呉れるっていうけど、愛しい人よ)
手拭呉てぃ何すが (ハンカチなんかもらっても、どうするのさ?)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
腰くん締めるヨ、加那ヨー (腰をしっかりと締める、愛しい人よ)
ミンサー呉らな (ミンサー織の帯を頂戴)
ハルヨ ンゾヨ いまゐの風 (航海予祝語) 走れヨ、船!
加那ヨー (愛しい人よ)
遊で忘ららんヨ、加那ヨー (楽しんでも忘れられない、愛しい人よ)
踊て忘りらな (踊って憂さを忘れなくっちゃ)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
思勝てぃ行きゆさヨ、加那ヨー (増していくばかりだ、愛しい人よ)
ありが情 (あの人の愛情は)
ハルヨ ンゾヨ でぃ(さあ)、姉小 振り返れ!
知念さんはいつになくきびきびと踊っている。肩はまだ完治していないはずなのに、とても怪我人には見えない。房子さんはさすが琉舞道場を経営しているだけあって、うまい。まるで二十歳の娘さんのような艶やかさすら感じさせる。舞っている体全体から、恋する女性のときめきが溢れくるようだ。
あたしは、ふと勉に目を向けた。脇目も振らず一心にサンシンを弾いている。テノールの声が伸びやかに響く。知らなかった。正直言って、勉がこんなに弾けるとは思ってもみなかった。稽古場ではゆったりとしたテンポの古典音楽ばかり練習しているから、まさかこんな早弾きができるとは予想だにしなかったのだ。いつも患者さんたちとふざけ合ってる勉とは全然別人みたいだ。ちょっと、カッコいいかも。
え、……カッコいい?
うわあ、これって、これって、うそ、どうしよう。どきどきしてきちゃった。第一、今さら、なんで勉なんかに?
でも、もう、勉から目が離せない。磁石みたいに、自然と目と耳とが吸い寄せられてしまう。 ((3)へ続く)
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
そうだったんだ。あたしにも、事態が飲み込めた。
きっと、あの壮絶な地上戦が行われた南部一帯を逃げ惑う中で、知念安達さんは同じ年頃のチルーさんとめぐり会った。今日、明日をもしれぬ命と思えば、たとえ小学生同士であってもそれは真剣な恋だったのだろう。平和な世の中が訪れたときには、一緒に暮らすつもりだったのだ。
だが、たった一人生き残った知念さんは米軍の孤児収容所の中で生きていくのがやっとだった。だから、ようやく成人した知念さんがどんなにチルーさんを探しても、もう見つけ出すことはできなかったのだ。
別の女性と結婚し孫にも恵まれ、それなりに幸福の日々を送っていた知念さんは、畑の帰りに事故に巻き込まれた。そして入院した病院で今、皮肉にもチルーさんと瓜二つの妹である房子さんと、五十五年ぶりに邂逅したのだ。
「知念さん、チルー姉さんは、十五年前に……」
房子さんはそう言いかけて、瞼を閉じ、口元を押さえた。嗚咽が漏れた。静かにうなずく知念さんの両目にも、涙が光っていた。
「我とぅ一緒に、『加那ヨー天川』踊てぃ呉ゆみ? 良たさらや?」
「……ええ。ええ! 踊りましょう!『加那ヨー天川』」
なんとかして、この二人の願いを叶えてあげたい。でも、どうやって?
そう思ったとき、突如、サンシンの調弦音が響いた。振り返って、驚いた。そこにはサンシンを構えた勉が立っていた。
「上間先生?」
知念さんが信じられないといった顔でこっちを見ている。勉はいつもリハビリルームにサンシンを置いてあった。きっと患者さんのリハビリを終えてサンシンを片付けようとしたとき、外へ出る房子さんと、それを追いかける知念さんを見かけ、不審に思ってやってきたのだろう。
「勉、あんた、仕事は?」
「俺は知念さんの主治医だ。主治医が受け持ちの患者さんの様子を見るのは、仕事のうちだろ?」
勉はあたしに構うことなく、サンシンを片手に二人に近づいた。
「僕が弾きますよ、『加那ヨー天川』』! 済まびーらやー?」
「勉?!」
嘘! 二つの意味で、信じられない。
まず、知念さんに踊らせたいのは山々だが、彼は右肩を固定している。本来なら踊ることを許可できる状態ではない。
それに、普通の舞踊の地謡でさえ弾くのは大変なのだ。まして『加那ヨー天川』は難曲中の難曲。到底、弾きこなせるものではないはず。
しかし、あたしの心配をよそに、勉は不敵に笑った。
「知念さんなら大丈夫だよ。まあ、見てなって」
勉、どちらかと言うと、あんたの方が心配なんだよ? 弾けるの?
屋外挙式用に作られたであろう、教会の前に設けられたコンクリート打ちっぱなしのスペース。そこを舞台に見立て、知念さんが上手へ、房子さんが下手へと向かう。
『加那ヨー天川』は、「加那ヨー節」と「島尻天川節」の二部構成から成り、恋人同士が戯れ愛し合う情景をアップテンポな曲に乗せて軽快に描いている。結婚式とか生年祝いなどで数多く余興舞踊が行われる中でも、この『加那ヨー天川』は特別な存在だ。それくらい難しくて、自由奔放で、華やかな舞踊なのだ。
上手から勉のサンシンが鳴り響いた。「加那ヨー節」だ。二人が舞台の中央へと歩み寄った。
加那ヨー (愛しい人よ)
面影の立てばヨ、加那ヨー (あなたの顔が浮かんだら、愛しい人よ)
宿に居られらん (おとなしく家になんか居られないわ)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
でぃ行かよ 押し連れてヨ、加那ヨー (さあ、一緒に連れ立って、愛しい人よ)
遊で忘ら (楽しんでこの世の憂さを忘れましょう)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
加那ヨー (愛しい人よ)
貫き木家のあさぎヨー 加那ヨー (本建築の立派な家の前にある離れ屋でね、愛しい人よ)
手拭布立てぃてぃ (花染手巾を立てて合図するから)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
我が思る里にヨ、加那ヨー (私が思っているあの人に、愛しい人よ)
情呉らな (愛をあげよう)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
加那ヨー (愛しい人よ)
情呉る計りヨ、加那ヨー (愛を呉れるっていうけど、愛しい人よ)
手拭呉てぃ何すが (ハンカチなんかもらっても、どうするのさ?)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
腰くん締めるヨ、加那ヨー (腰をしっかりと締める、愛しい人よ)
ミンサー呉らな (ミンサー織の帯を頂戴)
ハルヨ ンゾヨ いまゐの風 (航海予祝語) 走れヨ、船!
加那ヨー (愛しい人よ)
遊で忘ららんヨ、加那ヨー (楽しんでも忘れられない、愛しい人よ)
踊て忘りらな (踊って憂さを忘れなくっちゃ)
ハルヨ ンゾヨ 加那ヨー シーシ
思勝てぃ行きゆさヨ、加那ヨー (増していくばかりだ、愛しい人よ)
ありが情 (あの人の愛情は)
ハルヨ ンゾヨ でぃ(さあ)、姉小 振り返れ!
知念さんはいつになくきびきびと踊っている。肩はまだ完治していないはずなのに、とても怪我人には見えない。房子さんはさすが琉舞道場を経営しているだけあって、うまい。まるで二十歳の娘さんのような艶やかさすら感じさせる。舞っている体全体から、恋する女性のときめきが溢れくるようだ。
あたしは、ふと勉に目を向けた。脇目も振らず一心にサンシンを弾いている。テノールの声が伸びやかに響く。知らなかった。正直言って、勉がこんなに弾けるとは思ってもみなかった。稽古場ではゆったりとしたテンポの古典音楽ばかり練習しているから、まさかこんな早弾きができるとは予想だにしなかったのだ。いつも患者さんたちとふざけ合ってる勉とは全然別人みたいだ。ちょっと、カッコいいかも。
え、……カッコいい?
うわあ、これって、これって、うそ、どうしよう。どきどきしてきちゃった。第一、今さら、なんで勉なんかに?
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