サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_03.知念さんの秘密(1)アイスクリーム食べたい!~BigDipにて

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At the dormitory for single employees of the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; May 8, 2000.
At Urasoe City Okinawa; May 8, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグです。

五月に入り、半袖の制服が支給された。
サザン・ホスピタルのナース用白衣は地色にうすいピンクやアイボリーが使われていて、胸ポケットには筆記体で“Southern Hospital”というブルーの刺繍が入ってる。結構かわいくってナースからも人気が高い。
ところが、医者やセラピストには何の変哲も無い普通の白衣しか支給されないらしく、いつも有馬ありま美樹先生はぶつぶつ言っていらっしゃる。
「いーわよねー。あたしもかわいい白衣が着たい!」
でも、美樹先生は十分ハンサムですよ。なにせ身長が173㎝もおありですらりとしていらっしゃるから、あの勉より高く見えることもしばしばだ。プライベートでハイヒールをお召しになった日には、誰が先生をエスコートするのだろうと本気で心配してしまう。

毎年のことだが、梅雨前は暑い日が多くなる。まだ朝の十時だというのに、もう気温は二十五度。もちろん、ロッカールームにシャワーがついているんだけど、何度浴びてもあしじーじーする。
「あー、暑くてやってらんないよー」
夜勤を終えたあたしと里香はいつものごとくシャワーを済ませた、というより、“カラスの行水”だ。
「多恵子、アイス食べたくない?」
突然、里香が言い出した。
「あ、いいねー。食べたーい!」
「やっぱりブルーシールだよねー」
頭の中に、浦添は牧港まきみなとにあるBigDipの看板が浮かんだ。あー、食べたい!
「ねえ、行こうか?」
うーん、行きたいのは山々だが、激務の後だから少し眠いなー。

というのも昨日の午後、あの名物おばぁこと田本ユミさんが再入院されたのだ。で、よりによって昨夜 (しかも深夜)、ご自分の病室で大花札パーティーを開いていてそれはもう大変だった。ほかの患者さんから苦情のナースコールが入ってあたしが駆けつけた時には、老若男女世界各国の患者さんたちが約十名、そろいも揃ってぐるりとユミおばぁのベッドを取り囲んでて、側にはドル札と夏目漱石が入り混じって十枚以上散乱してたんだから!……ああ、もう、思い出しただけで身震いしちゃう。
居眠り運転は怖いし、里香はどうせバイクでそのまま浦添の実家に帰宅だから、彼女の後ろに乗ったらあたしは帰れなくなってしまう。どうしよう?

そうだ。名案が浮かんだ。
「あのさ、勉誘っていい? あれに運転してもらうわ」
「別にいいけど、上間先生って今日、オフだっけ?」
「そのはずだよ。今日は勉の患者さんのカルテを美樹先生に引き継いだから」
言ってて思い出した。そうだよ、ユミおばぁは勉の患者さんだ。あたしの疲れは彼にも責任がある。こうなったら意地でも運転してもらおう。

里香に駐車場で待ってもらっている間、あたしは独身寮へ行って勉の部屋を急襲した。
「勉、きれー!」
オフで寝ていたのだろう。いかにも眩しいといった表情で目をこすりながら、勉が部屋のドアを開けた。うわ、むっとして男臭い!
なーだ十時過ぎどー?」
「……あんた、トランクス一本で女の子の前に出てくるか?」
「うるせーな。何の用だ?」
勉は金髪頭をぽりぽり掻いた。ちょっと不機嫌に見えるが、まあいい。
「これからアイス食べに行くんだけど」
「アイス? ブルーシール?」
ほらね。表情が変わった。あたしはにっこり微笑みながら、前で両手を摺り合わせた。
「お願い。アイスおごるから、運転して?」
「ダブルでもいいか?」
仕方がない。お望みの通りにしよう。しぶしぶ頷くあたしに勉が言った。
「じゃ、軽くシャワー浴びるから。十分で降りるよ」

勉はきっかり十分後に降りてきた。さすが医者、こういうところは日頃から鍛えられている。
「俺の車で行こうな?」
そうか。勉は四月に車を買い換えたんだっけ。なんでも、今までの車を下取りしてもらって割安で新車を購入できたらしい。あたしは真新しい白のミラパルコの助手席に乗り込んだ。
エンジンを掛ける勉に昨夜の大騒動を話すと、勉は爆笑していた。
「田本さん、相変わらずだなー」
「あんた、爆笑している場合じゃないでしょう? お願いだから、明日は叱ってよ?」
「はいはい。朝の回診のときに、きつーく言い聞かせます」
笑って頷いているけど、本当かな? 勉は患者さんを甘やかす傾向がある。きっちり注意してもらわないと、ナースのあたしたちが困るんだよ。

里香の乗るHONDA VTRとともに西原 ICインターチェンジを降り、国道三三〇号線から大平インター経由で国道五八号線へ向かう。その方がBigDipには行きやすい。
着いたら十一時を回っていた。駐車場に車とバイクを停め、店内に入った。目の前に並べられた色とりどりのフレーバーを見るといつもなら迷ってしまうのだが、今日はもう決めてるんだ。あたしはすぐレジに向かった。
「プレミアムバニラ下さーい」
ブルーシールのプレミアムバニラの美味しさは格別だ。他のフレーバーより150円も高いが、濃厚な味わいは一度食べると癖になる。
「カップとコーンどちらになさいますか?」
「コーンでお願いします」
隣を見ると、里香が抹茶フレーバーをコーンに乗せてもらっている。あたしは勉をつついた。
「決めた? お金出すから、注文して」
勉がレジへ向かって店員さんにしゃべった。
「ダブルで、ウベとS.F.サンフランシスコミントチョコ。カップね」
……それ、どういう組み合わせよ?

あたしたちは窓際の席に座った。
「上間先生、それ、何ですか?」
ほらね、里香も勉の手の中を見て呆れている。
「ウベとミントチョコ。うまいぜ?」
言った先から勉はすごい勢いで食べ始めた。ダブルを注文してたのに、カップの中はもうシングルだ。
「おいしいよねー」
里香もそう言ったきり、無口になった。彼女のコーンも、かじられて三分の二に縮んでる。みんな、どうしてこんなに早いの? もっとゆっくり食べようよ? そう思った矢先、勉の大声が飛んだ。
「あー、多恵子、しるそーそーしてる!」
汁そーそーってのは、ほら、“なだそうそう”って歌があるでしょ? つまり、涙がつーっと頬を流れ落ちるように、この場合は、溶けたアイスがコーンをつたってスーッと流れそうになってるのだ。勉の言葉にびっくりして、あたしが口からアイスを離し手元のコーンを見やった瞬間、勉が横から身を乗り出してプレミアムバニラに食いついた。

あーあ、また、やられたよ。これで何度目だろう?

「う、上間先生? 多恵子?」
里香が目を皿のようにして、あたしたち二人を見ている。勉は、どうってことないといった表情で、口いっぱいのアイスを飲み込んでつぶやいた。
「危なかったやっさー。ホントにいゃーは食べるの遅いよなー」
あたしは口を尖らせた。
「だって、ゆっくり食べたいからさー」
「だったらカップにしなさいよ? お前見てると、いらいらーするぜ?」
「コーン、好きなんだもん」
「……あの、多恵子たち、そういうの、普通なの?」
明らかに戸惑いを隠しきれない里香の声に、ようやく気がついた。あたしは残ったアイスを舐めながら説明した。
「いつもだよ。あたしが遅いから、こんなやって、食べられる」
勉が隣で補足説明した。
「だって、溶けたアイスって、見てて、腹立たない?」
「腹を立てるというか、その、気持ちはわかるけど」
里香は信じられないといった表情で首を振って、こう続けたのだ。
「それって、間接キスだよ?」
「へ?」

あたしたちは顔を見合わせた。なにせ物心ついた時分から勉にはアイスを食われていたし、子供には250㏄の缶ジュースは量が多すぎるから、一本の缶を二人で交互に飲みまわすのもしょっちゅうだった、というか、今も車に乗り合わせると良くやってる。350cc缶だけど。
でも、言われてみれば、……そうなるの?

「じゃあさ」
勉は里香を真正面から見据えた。低い声がトゲトゲしい。
「この店で同じ空気吸ってる俺たちは、どうなるの? 他のお客さんは?」
「え、それは」
「海の魚は同じ水をエラから吸ってるよな? それも間接キス?」
「いや、その」
「タイヤキを手で半分こするのとどう違うの? アイスを手でちぎれってのか?」
「ご、ごめんなさい」
ポンポンと問い詰める勉に、里香は降参した。
「別に謝ることはないけど、どうも、良くわからんよなー、そういう考えって」
そう言いながら勉はあたしのアイスを半分以上食べると、席を立った。あたしは問い詰められた里香が気の毒になり、トイレに向かう勉の後姿を睨みつけた。
「何も、あんないい方しなくてもいいのにねー!」
すると、里香はにっこり微笑んで首を振ったのだ。
「多恵子ったら、わかってないなー」
「……どういう意味?」
里香は首をすくめて楽しそうに笑うだけだった。((2)へつづく)
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