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Part1 My Boyhood
Chapter_04.Dr. Caldwell(2)ホームパーティーで
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At Nishihara Town, Okinawa; January 25,1988.
At Kitanakagusuku Village, Okinawa; January 30,1988.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
「だがな上間、方法がひとつある」
「え?」
思わず僕は国吉先生の次の言葉を待った。
「お前、今度中部にできた、サザン・ホスピタルって知ってるか?」
「……サザン・ホスピタル」
その名前は、何度か聞いたことがあった。
「在沖海軍病院出身者が中心になってできた、外資系の総合病院だ。日本人だけでなく、世界各地から幅広く人材を集めているって、もっぱらの評判だ」
国吉先生は、茶碗の水を飲み干して、つづけた。
「確か、医学生を対象にした奨学金制度があったはずだ。ただし、審査がかなり厳しいらしい」
そして先生は僕に語りかけた。
「私の知り合いに、サザン・ホスピタルの勤務医と結婚した人がいてね。忙しさにかまけて私もしばらく会ってなかったんだが、ちょうど来週の土曜、ホームパーティーに呼ばれててな。一度、会ってみるか? なんなら、連れて行くぞ」
「……いいんですか?」
思わぬ展開に僕は気後れした。ホームパーティー? 洋画で何度か見たけど、何をしてよいやら皆目検討がつかない。戸惑う僕に国吉先生が微笑んだ。
「大丈夫だろ。アメリカ人ってのは懐が深いからな」
その週の土曜日、授業のあと、僕は国吉先生とともに北中城村にあるDr.Caldwellのお宅へと向かった。
よく手入れの行き届いた生垣が広い鉄筋平屋建ての建物をぐるりと取り囲み、門から中に入ると、冬にもかかわらず庭には花々が咲き乱れていた。既に招待客が30名くらいいただろうか。いろんな肌の色をした大人たちがコーヒーカップを片手に談笑している。ホームパーティーなんてもちろん初めてで、学校帰りの黒い詰襟姿だった僕は、場違いなものを感じながらコチンコチンになっていた。
"Dr. Caldwell, I'd like to introduce my student. This is Tsutomu Uema."
(コールドウェル先生、私の生徒をご紹介します。上間勉です)
国吉先生の側で、ハリソン・フォードを思わせるような太い眉毛とワシ鼻の人物が微笑んでいる。
"Hi! Nice to meet you, Tsutomu?"
(やあ、初めまして、勉)
"Nice to meet you, too, Dr.Caldwell."
(お会いできて光栄です、コールドウェル先生)
緊張して震える僕の手を、Dr. Caldwellが握り返した。ガッチリした手ごたえだ。彼は朗らかに笑った。
"Don't be shy, Tsutomu! Please make yourself comfortable."
(恥ずかしがらないで、勉! どうぞ寛いでいってね)
ウィンクして語りかけるその姿に、温かい人柄を感じた。国吉先生が切り出した。
"Dr. Caldwell, he wants to be a medical doctor."
(コールドウェル先生、彼は医者になりたいんです)
"Really? That's great!"
(本当に? そりゃ素晴らしい!)
"Do you have time to give him some advice?"
(どうか彼に何かアドバイスしてやってください)
"Why not? O.K. Just a moment, Tsutomu. I'll give you some information pamphlets."
(もちろん。よし、ちょっと待ってて、勉。パンフレット持ってくるから)
数分後、Dr. Caldwellがパンフレットを何冊か持ってきた。
「これは、サザン・ホスピタルの奨学生募集要項だな」
国吉先生が最初の一冊をめくりながら頷いていたが、
「うわぁ、これはキツイぞ」
うめくような声をあげ、国吉先生は僕にひとつひとつ丁寧に説明を始めた。
「上間、とりあえず医学科に入ったあとの話だが、サザン・ホスピタルにいくつか書類を提出する必要がある。まず身分証明書。これは住民票でいいな。医学科の在籍証明書。これも大学で発行してくれる。それから高校の内申書と、英語のスコア。内申書は特Aランクのみ。英語は、英検二級以上か。その上で、日本語の小論文と英語での面接を経てパスすれば、一応奨学金はもらえるらしい」
僕は頷いた。内申書の特Aと言えば、品行方正かつ評定4.5以上だっけ。少し厳しいが、奨学金がもらえるなら悪い話ではなさそうだ。
「問題はそこからだ。奨学生はサザン・ホスピタルとの誓約書にサインする必要がある。この内容がなぁ。日本の医師免許取得後、サザン・ホスピタルにおいて二年以上の臨床研修を受けること。研修終了期間までに、アメリカの医師国家資格試験である、USMLEの step one、並びに step twoの両者を取得し、かつTOEFLで500点以上を獲得することを条件として、とある」
国吉先生が頭を押さえている。あれだけ英語が話せる先生でも、TOEFL500点というのはかなりの難関なようだ。
「かなりハードだぞ。でないと違約金として、受け取った奨学金の二倍の金額を返還しなくてはならないとあるんだ」
アメリカの医師試験の話に加え、違約金の話もあって、一瞬、腰が引けた。でも、諦めるのはまだ早い。僕は聞き返した。
「要件を満たせば、奨学金、もらえるんですか」
「ああ、年額約60万だな。6年間で360万。これだけあれば、なんとかなるだろう」
月額5万円。バイトで少しずつ稼げば、医学部に進学しても6年間はなんとか生活できるかもしれない。僕は腹を決めた。
「まずは、英検二級ですね」
「上間、お前、やる気か?」
「やってみます。あきらめたくない」
無謀かもしれない。でも、僕はどうしても、医者になりたい。
そんな気持ちが僕を突き動かしていた。僕は立ち上がった。
"Thank you very much, Dr. Caldwell."
(ありがとうございます、コールドウェル先生)
Dr. Caldwellは僕の両肩をしっかりと抱きしめた。その目は温かかった。
"Good luck! Maybe we'll see each other at work one day!"
(幸運を祈ってるよ。いつか職場でお会いできる日が来るかもしれません)
僕ははっきりと宣言した。
"Yes, definitely! Thanks again!"
(はい、必ず。またよろしくお願いします)
Dr. Caldwellに出会ったこの日を境に、僕は変わった。高校入試の問題集をさっさと終わってしまうと、英検と、高校の数学の予習に焦点を絞り込んだ。ちんたらしている周りの雰囲気にのみこまれないよう、クラスメートとは必要最小限の会話しかしなくなった。しかし、孤独な戦いをはじめた僕に、頼もしい味方が現れた。次章へTo be continued.
At Kitanakagusuku Village, Okinawa; January 30,1988.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
「だがな上間、方法がひとつある」
「え?」
思わず僕は国吉先生の次の言葉を待った。
「お前、今度中部にできた、サザン・ホスピタルって知ってるか?」
「……サザン・ホスピタル」
その名前は、何度か聞いたことがあった。
「在沖海軍病院出身者が中心になってできた、外資系の総合病院だ。日本人だけでなく、世界各地から幅広く人材を集めているって、もっぱらの評判だ」
国吉先生は、茶碗の水を飲み干して、つづけた。
「確か、医学生を対象にした奨学金制度があったはずだ。ただし、審査がかなり厳しいらしい」
そして先生は僕に語りかけた。
「私の知り合いに、サザン・ホスピタルの勤務医と結婚した人がいてね。忙しさにかまけて私もしばらく会ってなかったんだが、ちょうど来週の土曜、ホームパーティーに呼ばれててな。一度、会ってみるか? なんなら、連れて行くぞ」
「……いいんですか?」
思わぬ展開に僕は気後れした。ホームパーティー? 洋画で何度か見たけど、何をしてよいやら皆目検討がつかない。戸惑う僕に国吉先生が微笑んだ。
「大丈夫だろ。アメリカ人ってのは懐が深いからな」
その週の土曜日、授業のあと、僕は国吉先生とともに北中城村にあるDr.Caldwellのお宅へと向かった。
よく手入れの行き届いた生垣が広い鉄筋平屋建ての建物をぐるりと取り囲み、門から中に入ると、冬にもかかわらず庭には花々が咲き乱れていた。既に招待客が30名くらいいただろうか。いろんな肌の色をした大人たちがコーヒーカップを片手に談笑している。ホームパーティーなんてもちろん初めてで、学校帰りの黒い詰襟姿だった僕は、場違いなものを感じながらコチンコチンになっていた。
"Dr. Caldwell, I'd like to introduce my student. This is Tsutomu Uema."
(コールドウェル先生、私の生徒をご紹介します。上間勉です)
国吉先生の側で、ハリソン・フォードを思わせるような太い眉毛とワシ鼻の人物が微笑んでいる。
"Hi! Nice to meet you, Tsutomu?"
(やあ、初めまして、勉)
"Nice to meet you, too, Dr.Caldwell."
(お会いできて光栄です、コールドウェル先生)
緊張して震える僕の手を、Dr. Caldwellが握り返した。ガッチリした手ごたえだ。彼は朗らかに笑った。
"Don't be shy, Tsutomu! Please make yourself comfortable."
(恥ずかしがらないで、勉! どうぞ寛いでいってね)
ウィンクして語りかけるその姿に、温かい人柄を感じた。国吉先生が切り出した。
"Dr. Caldwell, he wants to be a medical doctor."
(コールドウェル先生、彼は医者になりたいんです)
"Really? That's great!"
(本当に? そりゃ素晴らしい!)
"Do you have time to give him some advice?"
(どうか彼に何かアドバイスしてやってください)
"Why not? O.K. Just a moment, Tsutomu. I'll give you some information pamphlets."
(もちろん。よし、ちょっと待ってて、勉。パンフレット持ってくるから)
数分後、Dr. Caldwellがパンフレットを何冊か持ってきた。
「これは、サザン・ホスピタルの奨学生募集要項だな」
国吉先生が最初の一冊をめくりながら頷いていたが、
「うわぁ、これはキツイぞ」
うめくような声をあげ、国吉先生は僕にひとつひとつ丁寧に説明を始めた。
「上間、とりあえず医学科に入ったあとの話だが、サザン・ホスピタルにいくつか書類を提出する必要がある。まず身分証明書。これは住民票でいいな。医学科の在籍証明書。これも大学で発行してくれる。それから高校の内申書と、英語のスコア。内申書は特Aランクのみ。英語は、英検二級以上か。その上で、日本語の小論文と英語での面接を経てパスすれば、一応奨学金はもらえるらしい」
僕は頷いた。内申書の特Aと言えば、品行方正かつ評定4.5以上だっけ。少し厳しいが、奨学金がもらえるなら悪い話ではなさそうだ。
「問題はそこからだ。奨学生はサザン・ホスピタルとの誓約書にサインする必要がある。この内容がなぁ。日本の医師免許取得後、サザン・ホスピタルにおいて二年以上の臨床研修を受けること。研修終了期間までに、アメリカの医師国家資格試験である、USMLEの step one、並びに step twoの両者を取得し、かつTOEFLで500点以上を獲得することを条件として、とある」
国吉先生が頭を押さえている。あれだけ英語が話せる先生でも、TOEFL500点というのはかなりの難関なようだ。
「かなりハードだぞ。でないと違約金として、受け取った奨学金の二倍の金額を返還しなくてはならないとあるんだ」
アメリカの医師試験の話に加え、違約金の話もあって、一瞬、腰が引けた。でも、諦めるのはまだ早い。僕は聞き返した。
「要件を満たせば、奨学金、もらえるんですか」
「ああ、年額約60万だな。6年間で360万。これだけあれば、なんとかなるだろう」
月額5万円。バイトで少しずつ稼げば、医学部に進学しても6年間はなんとか生活できるかもしれない。僕は腹を決めた。
「まずは、英検二級ですね」
「上間、お前、やる気か?」
「やってみます。あきらめたくない」
無謀かもしれない。でも、僕はどうしても、医者になりたい。
そんな気持ちが僕を突き動かしていた。僕は立ち上がった。
"Thank you very much, Dr. Caldwell."
(ありがとうございます、コールドウェル先生)
Dr. Caldwellは僕の両肩をしっかりと抱きしめた。その目は温かかった。
"Good luck! Maybe we'll see each other at work one day!"
(幸運を祈ってるよ。いつか職場でお会いできる日が来るかもしれません)
僕ははっきりと宣言した。
"Yes, definitely! Thanks again!"
(はい、必ず。またよろしくお願いします)
Dr. Caldwellに出会ったこの日を境に、僕は変わった。高校入試の問題集をさっさと終わってしまうと、英検と、高校の数学の予習に焦点を絞り込んだ。ちんたらしている周りの雰囲気にのみこまれないよう、クラスメートとは必要最小限の会話しかしなくなった。しかし、孤独な戦いをはじめた僕に、頼もしい味方が現れた。次章へTo be continued.
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