サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part1 My Boyhood

Chapter_03.君はかっぱっぱー(1)多恵子、居眠りする

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At Nishihara Town, Okinawa; November, 1987.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

中学に入って、僕は眼鏡になった。もともと近視だったのだけど、視力が急に落ち始めて、集団検診で引っかかったのだ。出費がかさむと母親からは随分ぶーぶー言われたが、仕方がなかった。
実は、視力が落ちた原因は、僕の読書だった。読書といえば図書館などを思い浮かべる方も多いだろうが、全然違う。僕の住んでいたアパートの裏には、隣の住人が捨てた、あやしい週刊誌の古い号が雨ざらしになっていた。それを拾って自分の部屋でこっそり読んでいたのだ。母親とはすれ違いの毎日だったから、注意する人なんて誰もいなかった。お陰で、頭でっかちにそっち方面の知識だけは持っていた。

割と僕は早熟な方だと思う。小学校六年生には声変わりを迎え、背丈がぐんと伸び、いっちょ前に毛も生えた。しかし、胸毛まで生えてきたのにはほとほと参った。ちゃんと生えているならまだしも、ちょろっとだけあっても、始末に困る。
あれ、抜くと痛いんだよなー。ひょっとして、読者のみなさんの中にも、僕みたいな人、いるかな? もし、授業中眠くなったら、ためしに抜いてごらん。一発で目が覚めること請け合いだよ。

あれは中二の秋頃の話だ。水曜日だったからよく覚えている。当時、僕は二年三組の委員長をしていた。
二時間目の始業のチャイムが鳴った。英語の時間だ。いつものごとく、英語担任の(僕らのクラス担任でもある)国吉先生が時間ピッタリに教室へ入って来た。僕は始業の号令を掛けた。
「起立」
みんな椅子から一斉に立ちあがる。
「気をつけ。礼」
「よろしくお願いします」
「着席」
僕の号令でクラス全員が一同着席すると、国吉先生が挨拶を始めた。
“Good Morning, Everybody.”
“Good Morning !”
国吉先生は黒板に今日の目標を書きながら授業を始めた。
“Today, we'll study about ‘would’ and ‘could’.”

その日は助動詞の ‘would’ と ‘could’ の用法についてだった。“Would you~ ?” とか “Could you~ ?” という疑問形を作り、相手への丁寧な問いかけや依頼をする、というものだ。
国吉先生は、いつものように黒板に英語のカードを貼り付けて、単語を入れ替えながら説明している。僕の席は後ろから二列目、廊下側から二番目。そして、机を並べた右隣、一番廊下側は……多恵子だった。言ってみれば見事に死角とも言うべき位置で、多恵子は教科書を立てたまま、顔を廊下へ九十度向け、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

信じられん。午後ならともかく、まだ十時半だぜ? やっぱり起こすべきだよな? 

僕は筆箱からシャーペンを取り出して、芯を引っ込め、おそるおそる、彼女の左腕を突っついた。……反応なし。おいおい、そろそろランダムに指名が来る頃だぞ。
今度は彼女の左肘を突っつくことにした。
「……うーん」
彼女は気だるそうに少し頭を振り、右手で左肘をポリポリさすった。でも、起き上がる様子はなし。まじかよ? 僕は彼女の左耳に声を殺して語りかけた。
「多恵子、多恵子」
「んー、ん?」
「こら、起きろ。先生来るぞ」
「ふーん?」
寝ぼけながら彼女がこちらへ顔を向けた。押さえつけていた左頬に机の跡がついている。あ、目を半分だけ開けて、こっち見た。
「だるーい。頭いたーい」

その時だった。国吉先生の声が響いた。
「次、東風平こちんだ! カップ一杯のコーヒーを持ってきてくださいませんか? ‘would’ を使って英訳しなさい。東風平!」
瞬時に、多恵子はガバッと頭を起こした。だが、質問の意味がわかっていないらしい。
「何?」
しょうがないな。僕は答えを教えてやることにした。こっそり彼女に耳打ちする。
「多恵子、Would you bring me a cup of coffee ?」
「え?」
おいおい。ちゃんと聞けよ! 今度は少し大きめの声でささやいた。
「だから、Would you bring me a cup of coffee ?」
多恵子は寝ぼけながら、大きな声で僕の言うことを繰り返そうとした。しかし、だ。
「うじゅー、ぷりんみー、かっぱっぱー?」
教室中は爆笑の渦! かっぱっぱーじゃないだろ、この、おばか。ほら、国吉先生も呆れているし。
「おーい東風平こちんだ!、Good morning !」
失笑しながら先生は多恵子に語りかけた。
「はあ」
「How are you ?」
「すりーぴー」
教室のあちこちでくすくす笑い声がする。本当にもう、素直に答える奴があるか?
東風平こちんだ!、Stand up,please !」
「ほーい」
多恵子は椅子を後ろへ下げて、立とうとした。が、突然よろめくと、僕の側へぐらっと傾いた。
「おい、多恵子!」
「東風平?」
「多恵子?」
みんなが口々に叫び、多恵子の側へ寄ってきた。多恵子はかろうじて立ったまま、机に両手をつけて自分の体を支えている。顔色は真っ青だ。「お腹痛い。気分悪い」
うつむいたまま発する多恵子の苦しそうな声に、教室中が再び騒然とした。国吉先生が近づいてきた。
東風平こちんだ、大丈夫か? 保健室、行くか?」
多恵子は無言で頷いた。そして、付き添いを申し出た(サボりたかったんじゃないの?)数名の女子たちとともにそのまま廊下へ出て行った。
「はい、全員席に戻ってー」
教室中ざわめく中を、国吉先生が手を叩きながら生徒たちをなだめた。そして授業が再開された。((2)へつづく)
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