ハロウィンinサザン・ホスピタル

くるみあるく

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3.照喜名(てるきな)裕太とオルゴール

しおりを挟む
At Southern Hospital, Nakagusuku, Okinawa; October 31, 2021.
The narrator of this story is Yuta Terukina.

というわけで僕は最初の場所、つまりリハビリテーションルームの前に戻ってきた。ちょうど上間先生と専門学校の学生らが内科や眼科の患者さんたちと体操を終えて入れ替えを終えたところで、今度は外科と産婦人科と小児科の患者さんたちがやってきた。
「てるきなせんせー! うえませんせー!」
天気が良いからかな、みんな元気だね。あんまり暴れちゃだめだよ? 学生やボランティアさんたちも大喜び。今度は紙粘土工作が始まったようです。おーい、君たちそこで雪合戦みたいなことしないの! リハビリの機械が壊れちゃうでしょ?

僕はそそくさとその場を離れて再び売店へ向かう。時刻は早くも12時ちょっと前、お昼ごはんを買っておかなくちゃ。
カップ麵のコーナーを目指して、すぐに目的の品をゲットした。カップの辛ラーメン。これにミルクパンで温めた牛乳を注いで10分置くとクリーミーなキムチ風やわらかラーメンの出来上がり!
え? そんな食べ方するのかって? 僕、しばらくスコットランドのダンディー大学の研究室にいました。彼の地はとても寒くて、日本食は少なかったんですけどキムチとか韓国の食材は多かったんです。寒いからでしょうね。当時から暖炉で温めた牛乳をよく韓国のインスタントラーメンに入れて食べてましたよ。病みつきになる味です。ぜひお試しください。ついでだから多めに買ってロッカールームに置いてこようかな。じゃあおつとめ品のペットボトルの麦茶も数本買って、と。
で、レジに並んでいたらこんなものを見つけてしまった。



そうでした。10月31日は首里城火災が起きた、沖縄県民にとっても「痛みを伴う日」なんです。僕は小学校時代ずっと首里で育ってます。当時まだ首里城は再建されてなかったけど、いろいろな史跡が家の周りにあったから首里城は身近な存在でした。そうそう、僕の曽祖父は王様に仕える御典医だった。たしか家のどこかに王様から頂いた硯だったかがまだ保管されているはず。
「首里城復興」の文字に反応して思わずラーメンと一緒に買っちゃいました。千円でした。このSDGs応援バッチ、ネット販売もやってます。詳しくは「首里城復興 SDGs応援バッチ」で検索してください。

売店を出るとまた副院長がいる。早くも売店に並べるクリスマスグッズの選定をしているらしい。
え? 讃美歌のオルゴールですか? それは興味深い。どれどれ。
“Joy to the World” “Silent Night” “Angels We Have Heard On High” “Hark! the Herald Angels Sing” ……なるほど。どれもよく聴く讃美歌ですよね。試供品もあるんですか。では僕もひとつネジ巻いて鳴らしてみようかな。うん。キレイな音。
おっと、患児さんだけでなく患者さんたちまで取り巻きはじめましたよ。
「あ、これ、珍しい曲じゃない?」
とある患者さんが僕の前でオルゴールのネジを回して鳴らした。

ああ、それって “A Mighty Fortress Is Our God”「かみはわがやぐら」 マルチン・ルターの作曲した讃美歌。
全世界のルーテル教会で正に宗教改革記念日である今日、信徒たちが礼拝で声高らかに歌っているであろう讃美歌。

うう、痛い。痛すぎる。カトリック信徒の僕の心にズキズキ刺さってくる。
何度も言うが当時のカトリックは腐敗していた。ルターの言い分は実にもっともだ。だからルターだけでなくカルヴァンとかツヴィングリらが次々と独自路線を打ち出すことになる。いわゆるプロテスタント教会の誕生だ。
そこで危機感を覚えたカトリック教会はアジア諸地域へ宣教師を派遣した。1549年日本にザビエルがやって来たそもそもの理由がここにある。つまりルターがいなきゃ日本にザビエルは来なかった、かもしれないんだ。

……などと僕が叫んでも誰も聞いちゃくれないでしょう。みんなオルゴールに夢中だよ。
「あ、これ欲しい!」
「これ試供品ですから、注文書に書いてくださいねー。内金お願いいたします」
売店の担当者さんも商売うまいなー。僕もひとつ買おうかな、ルターの讃美歌はパスね。うーん、バッチと内金とであっという間に財布がさびしくなってしまった。医者だからお金あるだろうって? うちの財布のひもは里香さんが握ってるんです。あとで理由話してちょっと恵んでもらわなくっちゃ。(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

東京の人

くるみあるく
恋愛
BLなのかもしれませんし、そうでないかもしれません。 沖縄からたまたま東京に来ていた警官・矢上明信(やがみ・あきのぶ)は、悲鳴を聞きつけある女性を助けました、が、彼女は言いました。「私、男です」 あっけにとられる矢上に彼女いや彼は自分も沖縄の人間だと告げ、勤め先であるミックスバーの名刺を渡して立ち去りました。彼女いや彼は金城明生(きんじょう・あきお)という名前なのですが読み方を変えて‘あけみ’と名乗っています。同じ明の字を持つ同郷の矢上を、‘あけみさん’は「ノブさん」と親しく呼びました。 矢上はやがて上京の度に、彼女いや彼こと‘あけみさん’やミックスバーの面々と親しく交流するようになります。矢上自身はやくに妻と死に別れ、孤独を紛らわせる場を探していたのでした。 ところが矢上の中学生の息子が母親の遺品で化粧を始めるようになります。息子は小さな頃から女の子のものを欲しがることが多かったのです。今はなんとか保健室登校をしていますが、「高校へ行きたくない、制服を着たくない」と泣き叫びます。悩んだ矢上は‘あけみさん’に相談すると、彼女いや彼は自分の高校の女子服を譲ってもいいと申し出ます。 そして二人は制服の受け渡しのためデートをすることに。‘あけみさん’が男であることをわかっているのに胸の高鳴りをおぼえる自分に矢上は戸惑いを隠せなくて……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サザン・ホスピタル 短編集

くるみあるく
青春
2005年からしばらくWeb上で発表していた作品群。 本編は1980~2000年の沖縄を舞台に貧乏金髪少年が医者を目指す物語。アルファポリスに連載中です。 この短編は本編(長編)のスピンオフ作品で、沖縄語が時折出てきます。 主要登場人物は6名。  上間勉(うえま・つとむ 整形外科医)  東風平多恵子(こちんだ・たえこ 看護師)  島袋桂(しまぶくろ・けい 勉と多恵子の同級生 出版社勤務)  矢上明信(やがみ・あきのぶ 勉と多恵子の同級生 警察官)  粟国里香(あぐに・りか 多恵子の親友で看護師)  照喜名裕太(てるきな・ゆうた 整形外科医) 主人公カップルの子供である壮宏(たけひろ)と理那(りな)、多恵子の父母、サザン・ホスピタルの同僚たちが出たりします。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【短編小説】親友と紹介された女の子

遠藤良二
現代文学
 今日は一年の始まりの元旦。友人と二人で初詣に行った。俺はくじを引いたら大吉だった。「やったー!」 と喜んだ。嬉しい。 俺の名前は|大坂順二《おおさかじゅんじ》という。年齢は二十歳で短期大学を卒業したばかり。今は四月で仕事はコンクリートを製造する工場で働いている。仕事はきついけれど、人間関係が楽しい。気の合うやつらばかりで。肉体労働なので細マッチョ。もう一人の友人は会社の同僚でそいつも大吉だった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

小説練習帖 七月

犬束
現代文学
 ぐるぐる考えたけれども、具体的な物語が思いつかないので、焦っております。  人物造形もあやふややし。  だけど、始めなければ、『否応なしに』。

処理中です...