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1.照喜名(てるきな)裕太と青い鳥
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At Southern Hospital, Nakagusuku, Okinawa; October 31, 2021.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
10月31日。それはハロウィン、ではない。
キリスト教の世界では宗教改革記念日として知られている。500年以上前の今日、カトリックの修道士だったマルチン・ルターが、95箇条の論題をヴィッテンベルク城教会の扉に打ち付けたのだ。
つまり今日は世界史の教科書に必ず載っている「宗教改革」勃発の日。
ずばりカトリック信徒である僕にとって、非常に居心地の悪い日。
当時のカトリックは腐敗しまくっていた。ローマ教皇は民衆の前に献金箱を置き、「君達はみな罪深いけど、免罪符買ったら天国へ行けるんだよ」と言い放った。当時ペストが大流行していたこともあって、民衆は狂ったように免罪符を買い求めた。
だけど、これはどう考えてもおかしい。それじゃ教会はまるで “天国への切符を売る自販機” でしか無くなってしまう。イエスキリストの愛を教え、信徒が互いに助け合う。それが教会のあるべき姿なのに。
だからルターはローマ教皇に命がけで抗議をした。彼は命を狙われながらヴァルトブルグ城で新約聖書のドイツ語訳を完成させて、民衆に神の言葉を直接伝えた。ルターがもたらした宗教改革運動はヨーロッパ各地に飛び火し、やがてアメリカへ渡り世界中に影響を与えることになる。
とまあ、カトリック信徒ゆえなのか、そんな10月31日は大抵僕にとって厄日になる。今朝もそうだった。
もともと日曜日って医者が病院に出勤するなんてほとんどないですよね?
ところが今年は日曜日がハロウィン当日ってことで、院内限定でお祭りすることになりました。ええ、夏場は感染症の影響でイベントがほとんど中止になりましたので。ホスピタル附属リハビリ専門学校の学生たちがスタッフと院内の飾り付けをして、各自ソーシャルディスタンスを守りながら、体操プログラムとゲームコーナーと屋台 (というか簡単喫茶コーナー)を置きました。院内移動可能な患者さんたち限定企画です。それでもスタッフと患者さんで200名くらいいるから病棟ごとに分けて3回入れ替えをします。
状況が状況ですし、残念ながら外部のお客様の参加は見合わせました。なんと朝10時から始まって、一般面会時間が14時からだからその前に解散です。しかも昼食時間挟んでるし!
だから僕は朝8時には出てこなくちゃいけなかった。なぜって?
僕、整形外科部長でイベント責任者になっちゃった。本来だったらリハビリ室長の上間先生が責任者のはずなのに。サンシンの名手である彼は患者さんからの人気者で、イベントの責任者にはもってこいのはず。だけど彼は、上間先生は断った。あのでかい耳で悪魔的微笑みを振りまきながら、もっともな理由で。
「僕は学生たちの実習監督しなくちゃいけないでしょ?」
確かにそうだ。学生らに患者さんをそのまま任せるわけにはいかない。日曜日なのでPTもOTも看護師もそんなに出勤してないし、あとは予防接種+陰性証明を済ませたボランティアさん頼りなのだから。
2021年10月31日、朝8時。青く広がる中城湾を見渡せる晴れた日の駐車場に僕はBMWを停めた。
妻の里香さんはこのところ沖縄県からの依頼でほぼ毎晩、県立武道館でワクチン接種業務についていました。いつもバイクで出勤して、真夜中ごろバイクで帰宅し、その後僕と娘の有夏梨の弁当をこさえて就寝していた。えらいお母さんだよ。沖縄県は10月いっぱいで広域ワクチン接種を終えると言っていたけど、来月もやるみたいですね。ということは里香さんの出勤はまだまだ続く。やれやれ。
ベッドでまどろむ里香さんを残したまま、ギリギリ朝寝してファーストフードで朝食セットをテイクアウト。BMWの車内でホットコーヒー飲んでました。
ら、BMWの前に何か、飛んできた。ナニコレ?
「グェグェ! プワーン! プワーン!」
でっかい青い首を持つ鳥が、BMWの前に立ちはだかり羽根を広げて怒ってる!
突然の出来事に僕は飲みかけたコーヒーを吹いてしまった。ああ、いかんいかん。備え付けのティッシュで口の周りを拭う。あんまり汚さずに済んでよかった。
「あー、また孔雀きてるさー」
あちらに停めてあるカローラのドアが開いて女性が出てきた。東風平多恵子さん。脳外科病棟の看護師長。
「あい、此達、琉海大から出張してきたな?」
続いて金髪に松葉杖の男性。リハビリ室長の上間先生です。このお二人は夫婦です。確かにサザン・ホスピタルから西原向けに行くとすぐ琉海大で、大した飛行距離ではありません。にしても、孔雀が琉海大から来てるってどういうこと? 目を丸くしている僕に多恵子さんが教えてくれました。
「琉海大って随分前から構内のジャングルに孔雀が住んでるんだって。女子寮でよく下着ドロボーが出るって警察に通報したら、これ達が持って行ってたってさ。大学で繁殖してるみたいよ?」
く、孔雀が下着ドロボー? 確かに最近の女性用下着ってきらびやかだったりしますが。
僕はハンカチで額の汗を拭った。はあ。幸せの青い鳥が下着ドロボーねぇ。さすがハロウィン。朝から意味不明な事件が起こります。
僕らが孔雀に気をとられている間にスタッフや学生さん達が次々とやって来た。いよいよお祭り本番です。ああ、今年は厄日じゃないといいけど。(つづく)
The narrator of this story is Yuta Terukina.
10月31日。それはハロウィン、ではない。
キリスト教の世界では宗教改革記念日として知られている。500年以上前の今日、カトリックの修道士だったマルチン・ルターが、95箇条の論題をヴィッテンベルク城教会の扉に打ち付けたのだ。
つまり今日は世界史の教科書に必ず載っている「宗教改革」勃発の日。
ずばりカトリック信徒である僕にとって、非常に居心地の悪い日。
当時のカトリックは腐敗しまくっていた。ローマ教皇は民衆の前に献金箱を置き、「君達はみな罪深いけど、免罪符買ったら天国へ行けるんだよ」と言い放った。当時ペストが大流行していたこともあって、民衆は狂ったように免罪符を買い求めた。
だけど、これはどう考えてもおかしい。それじゃ教会はまるで “天国への切符を売る自販機” でしか無くなってしまう。イエスキリストの愛を教え、信徒が互いに助け合う。それが教会のあるべき姿なのに。
だからルターはローマ教皇に命がけで抗議をした。彼は命を狙われながらヴァルトブルグ城で新約聖書のドイツ語訳を完成させて、民衆に神の言葉を直接伝えた。ルターがもたらした宗教改革運動はヨーロッパ各地に飛び火し、やがてアメリカへ渡り世界中に影響を与えることになる。
とまあ、カトリック信徒ゆえなのか、そんな10月31日は大抵僕にとって厄日になる。今朝もそうだった。
もともと日曜日って医者が病院に出勤するなんてほとんどないですよね?
ところが今年は日曜日がハロウィン当日ってことで、院内限定でお祭りすることになりました。ええ、夏場は感染症の影響でイベントがほとんど中止になりましたので。ホスピタル附属リハビリ専門学校の学生たちがスタッフと院内の飾り付けをして、各自ソーシャルディスタンスを守りながら、体操プログラムとゲームコーナーと屋台 (というか簡単喫茶コーナー)を置きました。院内移動可能な患者さんたち限定企画です。それでもスタッフと患者さんで200名くらいいるから病棟ごとに分けて3回入れ替えをします。
状況が状況ですし、残念ながら外部のお客様の参加は見合わせました。なんと朝10時から始まって、一般面会時間が14時からだからその前に解散です。しかも昼食時間挟んでるし!
だから僕は朝8時には出てこなくちゃいけなかった。なぜって?
僕、整形外科部長でイベント責任者になっちゃった。本来だったらリハビリ室長の上間先生が責任者のはずなのに。サンシンの名手である彼は患者さんからの人気者で、イベントの責任者にはもってこいのはず。だけど彼は、上間先生は断った。あのでかい耳で悪魔的微笑みを振りまきながら、もっともな理由で。
「僕は学生たちの実習監督しなくちゃいけないでしょ?」
確かにそうだ。学生らに患者さんをそのまま任せるわけにはいかない。日曜日なのでPTもOTも看護師もそんなに出勤してないし、あとは予防接種+陰性証明を済ませたボランティアさん頼りなのだから。
2021年10月31日、朝8時。青く広がる中城湾を見渡せる晴れた日の駐車場に僕はBMWを停めた。
妻の里香さんはこのところ沖縄県からの依頼でほぼ毎晩、県立武道館でワクチン接種業務についていました。いつもバイクで出勤して、真夜中ごろバイクで帰宅し、その後僕と娘の有夏梨の弁当をこさえて就寝していた。えらいお母さんだよ。沖縄県は10月いっぱいで広域ワクチン接種を終えると言っていたけど、来月もやるみたいですね。ということは里香さんの出勤はまだまだ続く。やれやれ。
ベッドでまどろむ里香さんを残したまま、ギリギリ朝寝してファーストフードで朝食セットをテイクアウト。BMWの車内でホットコーヒー飲んでました。
ら、BMWの前に何か、飛んできた。ナニコレ?
「グェグェ! プワーン! プワーン!」
でっかい青い首を持つ鳥が、BMWの前に立ちはだかり羽根を広げて怒ってる!
突然の出来事に僕は飲みかけたコーヒーを吹いてしまった。ああ、いかんいかん。備え付けのティッシュで口の周りを拭う。あんまり汚さずに済んでよかった。
「あー、また孔雀きてるさー」
あちらに停めてあるカローラのドアが開いて女性が出てきた。東風平多恵子さん。脳外科病棟の看護師長。
「あい、此達、琉海大から出張してきたな?」
続いて金髪に松葉杖の男性。リハビリ室長の上間先生です。このお二人は夫婦です。確かにサザン・ホスピタルから西原向けに行くとすぐ琉海大で、大した飛行距離ではありません。にしても、孔雀が琉海大から来てるってどういうこと? 目を丸くしている僕に多恵子さんが教えてくれました。
「琉海大って随分前から構内のジャングルに孔雀が住んでるんだって。女子寮でよく下着ドロボーが出るって警察に通報したら、これ達が持って行ってたってさ。大学で繁殖してるみたいよ?」
く、孔雀が下着ドロボー? 確かに最近の女性用下着ってきらびやかだったりしますが。
僕はハンカチで額の汗を拭った。はあ。幸せの青い鳥が下着ドロボーねぇ。さすがハロウィン。朝から意味不明な事件が起こります。
僕らが孔雀に気をとられている間にスタッフや学生さん達が次々とやって来た。いよいよお祭り本番です。ああ、今年は厄日じゃないといいけど。(つづく)
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