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31.再会

周囲の反応~奥武山公園で

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サーコは母・さつきにトモのことを打ち明けますが、早くも難航しています。サーコのモノローグ。
(注記:他サイト掲載分では中間部に「婚約指輪の起源」についての記事がありますが本稿はダイジェスト版につき省略しています)
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2月中旬の金曜日
バイトを終え真っ直ぐ帰宅する。今週、事務所にはジングがいるのでお泊まりはナシだ。あけみさんがジングと、トモとの時間を大事にしているのはよく分かった。彼女にはもう時間がない。譲ってあげないと。

今日はママは夜勤明けだったから家の明かりは点いていた。
「ただいま。ママ、話があるの」
「なあに?」
ママがシンクで野菜を洗っているので、あたしは改めて声を掛けた。
「テーブルに来て。大事な話なの」
ママは少々不満そうだったが、蛇口を閉め両手をタオルで拭きながらリビングへやって来た。
「麻子、大事な話って?」
あたしは声が震えそうになるのを押さえつつ、口を開いた。
「ママに会わせたい方がいます。会ってもらえませんか?」

ママは無言だった。ずっと黙っているのであたしは再び口を開いた。
「あの、ママ」
「麻子、あんたまだ18歳でしょう?」
「あたしはもう成人です」
「いくらなんでも早過ぎる! もう少し大人になってから」
あたしは反論する。
「それは問題を体よく先延ばしする口実でしょう!」

今までも似たようなシチュエーションはあった。
「待ちなさい」「まだあなたには早い」「もう少し時間を置いて」「また次のチャンスがあるから」
あたしはいつも、ご褒美を待ちわびる犬のようにお預けを食わされた。でも、ご褒美もらったことなんか一度もなかった。言うこと聞いても、良い子にしてても、ご褒美なんかあるはずがないのだ。あたしは十分それを学んだ。だから、もういい。

「相手の方からお誘いいただきました。夏には大阪へ来てくれって」
言って気づく。しまった、しくじった。
ママの表情が変わる。7月に大阪でTOPIK受験したいと昨日ママに話してOKをもらったばかり。
もちろんTOPIK受験は本当の話だ。沖縄では4月しかチャンスがない。しかもTOPIKは人数制限があり、一定人数集まらないと試験そのものが中止になってしまう。特に中級からは志願者が減りがちだから大都市での受験を狙うのが確実なのだ。
でも宿泊先にジングの家を考えているのはもうしばらく内緒のつもりだった。受験がてら一度ジングの家を見て、ママの了解も得て8月あたりから引っ越せればと思っていた。ああ、それなのに。
「麻子、どういうこと?」
「……ごめんなさい。受験の話とごっちゃになってしまって。でも」
「麻子、ひょっとしてあなた、韓国人と付き合ってるの?」
あたしは黙り込んだ。ママは怒りをあらわにした。
「そうなのね! それで韓国語を勉強してるんでしょ! あけみさんもグルなの?」
わ、わ、わ、まずい。リャオさんに火の粉をかぶせるわけにはいかない。
「いや、それは、ちょっと」
「あんたたちみんなで私を騙してたの? そうなのね?」
「違います! あけみさんとは無関係で」
ああ、嘘ついちゃった。後でリャオさんに連絡しないと。

ママは椅子から立ち上がった。
「とにかく、韓国人と一緒になるなんて絶対許せません」
そう言って台所に戻りこちらへ背を向けてしまった。

どうしよう。ママを怒らせた。このままだとジングと、トモと会わせることは難しい。

二人で黙って夕食を囲む。大根の漬け物を噛む音、味噌汁を啜る音だけがする。とうとう一言もしゃべらずに食事を終えた。
「ごちそうさま」
あたしは食器をシンクへ持って行った。あたしが洗い物をすると、ママは黙って自分の食器を持ってきた。
「ねえ麻子」
あたしは茶碗を水切りカゴへうつぶせながら答える。
「なあに」
「私はね、あんたに幸せになってほしいの」
ふうん。あたしは気のない返事をした。ママが尋ねる。
「大阪ってことは在日の方なの?」
「在日じゃなくて、韓国出身の方です。就職先が大阪で」
「沖縄では就職なさらないの?」
「沖縄は求人そのものが少ないって、ママも知っているでしょう?」
「そうだけど、大阪は遠いわ。気候も全然違うし、物騒なニュースは多いし」
「物騒なニュースなら沖縄でも殺人事件あったじゃない」

あたしたちは売り言葉と買い言葉を繰り返している。発展性がない。
ママはため息をつくと、自分の部屋に入ってふすまを閉じてしまった。

もっと話し合わなくちゃならないのに。
外国人との結婚は壁が厚い。しかもジングは、トモは左耳に障害を持っている。障害者となるとさらに話が進まなくなるのは自明の理だった。
シャワーと歯磨きを終え、あたしは自分の布団に潜り込んで泣いた。悔しくて悲しくて、ずっとずっと泣いて、いつしか眠っていた。

日曜日。
ジングは、トモはバスで礼拝に出かけた。
あたしはリャオさんと約束して、トモへの餞別を選びに一緒にパルコシティに来ていた。軍隊へ行くときはあまり高価な物を選ぶことが出来なかったから、今回は就職祝いとしてちゃんとした品を選びたかった。
「考えたんだけど、いつも身につけるものがいいよね?」
リャオさんの提案は腕時計だ。光で充電できる優れもの。これなら電池切れを気にしなくていい。あたし達はちょっと高価な赤いフェイスの腕時計を選び、半額ずつ出して購入した。

ラッピングしてもらっている間、あけみさんに誘われて近くの宝石屋へ行く。あー、星の王子様のダイヤモンド。独特のカッティングで有名なの。ルーペで覗くと星が見えるんだ。いいなー。憧れちゃう。
「へえ、サーコはそういうのが好みなんだ?」
何とあけみさんは図々しく店のカウンターへ行った。あたしを手招きすると、応対する店員にのたまった。
「すみません、指輪の購入を考えているんですがサイズがわかんなくって」
……あの、さっき高い腕時計買ったし、今は買わないと思うよ?
「いいのよ、サイズ測るのはタダなんだから。サーコも測ってもらいなよ」
あんまり言うのでリャオさんに便乗して、測りました。あたしの左手薬指は9号だそうです。ちなみに、リャオさんは11号。
「あとはトモにサイズ伝えて、買ってもらえばいいじゃん」
うーん、彼はファッション関連は全く期待できない人ですからね。ギリギリまで何もないんじゃないかしら。

月曜日のバイト終了後、またまた三名でカラオケへ行った。
今回もカラオケの終わりにジングの祝祷があった。ジングは、トモはハロウィンの仮装で使ったキャソックを身につけた。兵役を終え、ようやく宣教師プログラムを再開できるとあってとても嬉しそうだ。

Blessing!祝福します!

ジングが、トモが右手を挙げる。あたし達は胸の前で指を組む。

The Lord bless you and keep you願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように;

the Lord make his face shine on you願わくは主がみ顔をもってあなたを照し
and be gracious to you;あなたを恵まれるように

the Lord turn his face toward you願わくは主がみ顔をあなたに向け
and give you peace.あなたに平安を賜るように

そしてジングがこちらへ大きく十字を切りながら唱える。

in the name of the Father, and of the Son父と子とand of the Holy Spirit,聖霊の御名によって

Amen!アーメン!

あたし達は右手で額・胸・左肩・右肩の順に十字を切った。ジングは満足げに頷いた。

ジング、大阪へ行っちゃう。今回は命の危険はないけど、やっぱり寂しい。
二人きりの時間が全然取れない。一晩中抱き合えたらどんなにいいだろう。でも、ママがいる。すると、ジングが朝会おうと提案してきた。
なるほど、朝ね。勤務行く前にジングが近くへ来てくれたら、話くらいはできるかな。軽い気持ちでOKした。

火曜日。なんと朝8時、歯磨き中にジングからラインに“Now I arrived”のスタンプ来たよ。
部屋の窓から見下ろす。小雨が降っている。ブルゾン着てジーンズ姿のジングが、傘さしてこっちに手を振っている。
あの、そこ、通学/通勤路なんですが。しかもあなた、コン・ユのそっくりさんじゃない。それも軍隊上がりだから筋肉ムキムキだし。そういうのブルゾン着ててもわかっちゃうってば。
だから通りすがりの小中高生達がみんな、傘さしてるジングを見て、それから視線の先にいるあたしを見るんです。きゃー!
急いであたしは歯磨きを終え、メイクを整えた。
「行ってきます!」
折りたたみ傘持って階段を駆け下りる。こちらを見て微笑むジングのそばを走り抜ける。怪訝な顔をする彼をすこし遠くから手招き。お願い、こちらへ走ってこないで。ディスタンス取って歩いて。人目がありすぎる。
そうね、しばらく奥武山公園を散策しようよ。そしたら怪しまれないよ。

アパートから歩いて奥武山駅付近まで戻る。沖宮が見える。ジングがあまりいい顔しないから、弓道場の横から回ってフィットネス広場へ。
さっきまで小雨混じりだったけど、晴れて来た。フィットネス広場、川沿いなんだ。視界が開けて気持ちがいい!

ジングはラダーにしがみつく。小学校の運動場によくある‘うんてい’って奴だ。左手首にプレゼントしたばかりの赤い腕時計が一瞬キラッと光る。タタタッとテナガザルみたいに器用に端から端まで移動した。さすが2ヶ月前まで兵士だっただけのことはある。
「サーコもやって」
ええっ? あたし、できないよ!
断ったのに抱きかかえられラダーの端っこの棒を握らされる。ジングは、トモはあたしから手を離した。途中まではなんとか渡ったが、一番高いところでうまく次の棒がつかめない。
右手だけで棒にしがみつく。しばし宙ぶらりん。
目の前をモノレールが壺川駅へ向け軌道を曲がる。

隣にジングが来て両手を広げた。あたしは素直に右手を離した。
彼はあたしを受け止め、キスをした。
ジングがあたしを地面にゆっくり下ろす。愛しい人の顔がすぐ側にある。

明日には行ってしまうのね。時が止まってくれたら良いのに。

"여름이 되면夏には 오사카에 와 주세요大阪へ来てください."

” 예 알겠어요はい、わかりました."

あたしたちは見つめ合い、互いにうなずいた。
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