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02.宜野湾ラビリンス
サーコ、事務所の魔法に気づく
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女子高生サーコが韓国人宣教師・トモ(本名:キム・ジング)と帰化中国人会社員リャオ=“あけみさん”と知り合った最初の夏の話になります。サーコのモノローグです。
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最近、あたし気がついた。 牧志にあるKNJ商事の事務所には魔法が宿っている。ハリーポッターのような大袈裟なものではない。とても小さな、小さな魔法だ。
例えば、落ち込むような悲しい気分だったとしよう。もし、あたしが明るい気分になることを願ったら、必ず楽しいハプニングが起こる。
先々週の月曜日、あたしは事務所でリャオさんと二人だった。トモは宜野湾だった。
リャオさんはテレワークで嫌な顧客に当たったらしく、機嫌がイマイチ。大きな声で言えないけど、再開初日の学校帰りでここに来たあたしも生理痛だった。
それで神様に祈った。どうか小さな魔法をください。
そろそろ夕ご飯の時刻なのでテーブルを拭く。ん? 何か飛んでる。そのまま飛行物体は事務所の事務室へ。
「捕まえた!」
あけみさんが叫んで部屋から出てきた。左手の握りこぶしをあたしの目の前に差し出して、開いた。てんとう虫! 赤いナナホシテントウムシだ。
「かわいい!」
「ここ3階なのに、よく飛んできたねー」
ほらね、笑顔になった。てんとう虫は世界各地でラッキーな虫といわれているそうですよ。
小さな魔法の原因は、どうやら事務所のビル裏手に寄り添うように生えている小さいガジュマルらしい。このガジュマル、もともとは大きかったのが切り倒されてしまった。ところが、切り株から枝がにょきっと伸びて茂り始めている。
小さなガジュマルだから、小さなキジムナーが住んでいるのだろうか。あたしはこの事を誰にも話していない。話してしまうと、魔法が消えてしまいそうで。
台風が来たある夏の日。あたしとトモは事務所に泊まり込んだ。その時、あたしは思いがけず見てしまった。
ムキムキの二の腕。グレーのタンクトップごしに筋肉質の背中が見え隠れする。間違いない。リャオさんは男性だった。
ショックだった。リャオさんが男性というのは頭ではわかっていたはず。でも実際に見てしまうと、"あけみさん"が変質した存在に思えてしまう。
今まで、あけみさんにはお世話になりっぱなしだ。あたしをカマキリから救ってくれた人。毎日、お弁当作ってくれて、時々は一緒にショッピングも楽しんだ。しかも、この夏は同じベッドで、この人の隣でよく寝てた。
今まで、ずっとずっと、仲良しだったじゃない。
この人自身は、なにも変わってないんだよ?
でも、正直、少し怖くなった。今までのように気さくに会話できるだろうか?
昼寝の時間。トモはリビングのソファーに横になってた。リャオさんは汗を流すといって、着替えを持ち込みシャワールームに入った。
シャワールームから、すすり泣きが聞こえる。
あたしはそっと、シャワールームへ近づいた。使い終えたのか電気は消えているようだ。カーテンをめくる。
「リャオさん?」
彼は、泣いていた。
狭い脱衣所で、右側にある洗濯機に両腕をつき、うつむいて泣いていた。
既にシャワーは終えたようで、赤いタンクトップにジーンズ姿だ。メイクした横顔はキリッとした美人そのものなのに、大きな目から涙がぽたぽた落ちている。
彼女は、こちらを見たが、また洗濯機に顔を向けてしまった。
「サーコには、見られたくなかった」
彼は右手で涙を拭った。
「私のこんな姿、見られたくなかった。だって、どう見ても、女じゃないよね?」
あたしは、どうしたらいい?
トモと約束した。あたし達は、リャオさんを守る。彼か、彼女か、そんなことどうだっていい。本人が一番よい状態でいられるように、穏やかに笑っていられるように、あたし達は、リャオさんを守る。
本人の信頼を、あたし達は裏切らない。決して。
正直、怖かった。とても怖かった。身体が震えた。
感染症対策でソーシャルディスタンスを取らなきゃ、というのはもちろんあった。事務所内ではマスクはしなかったけど換気と消毒はしてたし、互いにできる限り離れているように心がけてはいたから。
でも、あたしはリャオさんに近づいた。そして、右横からそっと、抱きしめた。あたし、トモにだって、抱きついたことなかったのに。でも。
「あたしは、変わらないよ?」
メッセージは相手にきちんと伝えないと、言わなかったことと同じになってしまう。だから繰り返す。
「あたしは、リャオさんのこと、ちゃんと認めてるよ?」
時間が過ぎ去った。リャオさんはやがて顔を上げた。今度は左手で涙を拭きながら、こっちに向き直った。そして、あたしを抱きしめた。
「ありがとう、サーコ」
こちらの顔をのぞき込む。あたしの顔を両手で包む。
「サーコは素直でいいコ。私、あんたを大事にしなきゃね」
リャオさんは笑顔になっていた。あたしも笑った。
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最近、あたし気がついた。 牧志にあるKNJ商事の事務所には魔法が宿っている。ハリーポッターのような大袈裟なものではない。とても小さな、小さな魔法だ。
例えば、落ち込むような悲しい気分だったとしよう。もし、あたしが明るい気分になることを願ったら、必ず楽しいハプニングが起こる。
先々週の月曜日、あたしは事務所でリャオさんと二人だった。トモは宜野湾だった。
リャオさんはテレワークで嫌な顧客に当たったらしく、機嫌がイマイチ。大きな声で言えないけど、再開初日の学校帰りでここに来たあたしも生理痛だった。
それで神様に祈った。どうか小さな魔法をください。
そろそろ夕ご飯の時刻なのでテーブルを拭く。ん? 何か飛んでる。そのまま飛行物体は事務所の事務室へ。
「捕まえた!」
あけみさんが叫んで部屋から出てきた。左手の握りこぶしをあたしの目の前に差し出して、開いた。てんとう虫! 赤いナナホシテントウムシだ。
「かわいい!」
「ここ3階なのに、よく飛んできたねー」
ほらね、笑顔になった。てんとう虫は世界各地でラッキーな虫といわれているそうですよ。
小さな魔法の原因は、どうやら事務所のビル裏手に寄り添うように生えている小さいガジュマルらしい。このガジュマル、もともとは大きかったのが切り倒されてしまった。ところが、切り株から枝がにょきっと伸びて茂り始めている。
小さなガジュマルだから、小さなキジムナーが住んでいるのだろうか。あたしはこの事を誰にも話していない。話してしまうと、魔法が消えてしまいそうで。
台風が来たある夏の日。あたしとトモは事務所に泊まり込んだ。その時、あたしは思いがけず見てしまった。
ムキムキの二の腕。グレーのタンクトップごしに筋肉質の背中が見え隠れする。間違いない。リャオさんは男性だった。
ショックだった。リャオさんが男性というのは頭ではわかっていたはず。でも実際に見てしまうと、"あけみさん"が変質した存在に思えてしまう。
今まで、あけみさんにはお世話になりっぱなしだ。あたしをカマキリから救ってくれた人。毎日、お弁当作ってくれて、時々は一緒にショッピングも楽しんだ。しかも、この夏は同じベッドで、この人の隣でよく寝てた。
今まで、ずっとずっと、仲良しだったじゃない。
この人自身は、なにも変わってないんだよ?
でも、正直、少し怖くなった。今までのように気さくに会話できるだろうか?
昼寝の時間。トモはリビングのソファーに横になってた。リャオさんは汗を流すといって、着替えを持ち込みシャワールームに入った。
シャワールームから、すすり泣きが聞こえる。
あたしはそっと、シャワールームへ近づいた。使い終えたのか電気は消えているようだ。カーテンをめくる。
「リャオさん?」
彼は、泣いていた。
狭い脱衣所で、右側にある洗濯機に両腕をつき、うつむいて泣いていた。
既にシャワーは終えたようで、赤いタンクトップにジーンズ姿だ。メイクした横顔はキリッとした美人そのものなのに、大きな目から涙がぽたぽた落ちている。
彼女は、こちらを見たが、また洗濯機に顔を向けてしまった。
「サーコには、見られたくなかった」
彼は右手で涙を拭った。
「私のこんな姿、見られたくなかった。だって、どう見ても、女じゃないよね?」
あたしは、どうしたらいい?
トモと約束した。あたし達は、リャオさんを守る。彼か、彼女か、そんなことどうだっていい。本人が一番よい状態でいられるように、穏やかに笑っていられるように、あたし達は、リャオさんを守る。
本人の信頼を、あたし達は裏切らない。決して。
正直、怖かった。とても怖かった。身体が震えた。
感染症対策でソーシャルディスタンスを取らなきゃ、というのはもちろんあった。事務所内ではマスクはしなかったけど換気と消毒はしてたし、互いにできる限り離れているように心がけてはいたから。
でも、あたしはリャオさんに近づいた。そして、右横からそっと、抱きしめた。あたし、トモにだって、抱きついたことなかったのに。でも。
「あたしは、変わらないよ?」
メッセージは相手にきちんと伝えないと、言わなかったことと同じになってしまう。だから繰り返す。
「あたしは、リャオさんのこと、ちゃんと認めてるよ?」
時間が過ぎ去った。リャオさんはやがて顔を上げた。今度は左手で涙を拭きながら、こっちに向き直った。そして、あたしを抱きしめた。
「ありがとう、サーコ」
こちらの顔をのぞき込む。あたしの顔を両手で包む。
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