モブがモブであるために

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32.魔王から騎士へのジョブチェンジ

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 適当に話を合わせてなんとか逢坂兄弟のところから逃げ出した。どうせ明日には俺に興味を失って、貞操帯の試着なんていう世紀末珍事は記憶の彼方に消えるはずだ。約束でもなんでもしてやる。俺の感動を返せ。
 やさぐれながら足音荒く歩いていると、廊下の曲がり角でまたしても会いたくない人物と鉢合わせしてしまった。俺はとっとと寮に帰りたいのに!

「無事か!?」

 焦った様子の篁先輩と出会い頭にぶつかりそうになった。廊下は静かに歩く、をいつも律儀に守っている校則の番人、篁先輩にしては珍しいことだ。
 篁先輩の動体視力をもってすれば急に飛び出したとしたってぶつかることはまずないのだが。先輩からの安否の問いに俺は頷いた。

「大丈夫です。ぶつかる前に先輩が止まってくれたので」
「そうではない。生徒会庶務の双子が向こうで作業をしていたが、君に会ったと言っていた。実に風紀を乱しかねない下卑た顔をしていたので君の安否が気が気でなかったのだ」
「ア、ハイ、大丈夫です。アリガトウゴザイマス……」

 正確には完全に大丈夫とは言い切れなかったが、俺は棒読みでそう答えるしかなかった。
 なぜなら、篁先輩がおもむろに片膝をつき、恭しく俺の片手をとっていたからだ。王様と騎士の寸劇が始まった。恥ずかしいので今すぐやめてほしいのだが、先日の親衛隊制裁事件直後から、篁先輩はずっとこんな感じなのだ。一度、困ると伝えたのだが篁先輩としては事件を防げなかった責任を感じているらしく、気持ちが収まらないとかなんとか断られてしまい、すでにおなじみの光景になってきた。鬼の風紀委員長を跪かせ侍らせているようで大変にいたたまれない。

 俺が無事を伝えると、すっと立ち上がった篁先輩が胸に手を当てていった。

「今日は生徒会の全体会議がある日だ。危険だから寮まで送ろう」

 ……ねぇ。そんなことってある? 学び舎で護衛を必要とするってどんな世界だよ。しかも守られているのが混じりっ気なし100%モブの俺だぞ。
 篁先輩によって生徒会長親衛隊はほぼ壊滅状態となり、それを機に他の親衛隊も一気におとなしくなったとは颯真の言だ。生徒会役員側も自身の親衛隊の締め付けを強めたと聞く。そんな状況でどこに俺の危険があるというのか。
 以前のような魔王然とした圧倒的な恐怖は弱まったが、その分面倒くささが三割増になった篁先輩と同行するのは神経がすり減るのでできることならご遠慮申し上げたい。

「あの、大丈夫ですよ」
「……何か言ったか?」

 おずおずと辞退を申し出ようとしたのだが、振り向いた先輩の瞳は凍りつくような絶対零度だった。なにが恐怖は弱まっただ、全然だわ。全然現役魔王だわ。圧が破滅的に強い。

「げっほげほ、ごほぉ……え、なんですか?」

 慌てて咳き込むふりをして否定の言葉を誤魔化し、俺は諦めて篁先輩の三歩後ろをとぼとぼとついていくことにした。
 日曜日の校舎内は静かで、俺と篁先輩以外にはたまに部活中の生徒が一人二人すれ違うくらいだ。篁先輩と世間話できるようなコミュ強ではないので黙々と歩く。篁先輩も無駄口を叩くタイプじゃないから喋らない。とても気まずい空気だ。とうとう一切の会話もないまま昇降口まで来てしまった。靴箱を前に篁先輩が歩みを止める。一応社交辞令としてここはお礼を言うべきだろうと俺が口を開きかけた時だ。篁先輩が振り返った。

「実は先ほど、庶務の双子から聞いた。君が生徒会にも風紀委員会にも入る意思がないと」

 篁先輩の表情はいつもの通り能面のようで感情は読めない。けれどいつも凛として通る声が少し迷っているようにも聞こえ、俺を責めるつもりではないようだとわかる。

「あ……はい。そのつもりです。すみません」

 どうせ明日になればなくなる話だとは思うが、嘘をつく必要もないので認めてぺこりと頭を下げる。

「……考え直してはもらえないだろうか。私に至らぬところがあるならば改善する」

 間合いを詰めるようにじり、と先輩がこちらに一歩踏み出したので俺は思わず後ずさってしまう。また手を取られて騎士寸劇が始まるのだけは御免被りたいので両手を後ろ手に隠した。
 しかし篁先輩はその長い足でさらに一歩踏み出し目の前に迫ると、手が隠されているからか俺の肩を掴んだ。無表情ながら整った顔に至近距離から見つめられて、焦りとも恐怖ともつかない感情に支配される。肩を掴む指に力が入って痛い。先輩待って、力加減考えて、握力が常軌を逸してる自覚を持って!

「君には風紀副委員長としての素質がある。第一に気質が真面目で風紀の理念に近く、第二に私に欠いた部分を補佐するに適した優しさがある。そして第三に……」

 先輩の目は節穴かな……?
 真面目? 優しさ? 一体それは誰の話だ。ただ流されるままに一番楽な道を選び続けるだけのモブの俺とはほど遠い言葉だ。だーいすきなのはー、ひーとごみのなかーのとっとこモブ太郎だぞ。すみっこしか走らないことでお馴染みのモブ太郎だぞ? 善人でも悪人でもない、特筆すべき長所も短所もないのが俺のはずだ。……さすがに自分で言ってて虚しくなってきた。
 とりあえず、例の契約のせいなのかなんなのか、先輩が俺のことを買い被りすぎているのは理解した。どうやってそれを正すべきか、いっそ明日までこのままでもいいだろうかと考えていると、先輩は饒舌に語っていた言葉を止め、自分を落ち着かせるように小さなため息をついた。

「すまない。私らしくもないな」

 そうですね、冷徹無慈悲の風紀委員長らしからぬ色眼鏡がかかっているようです。俺は全力で何度も頷いたのだが、肩を掴む先輩の手は更に力が込められた。俺の肩を殺しにきてる……!

「強引にことを運ぼうとしている自覚はある。ただ風紀には君のような人材が是が非にも必要だと…………すまない、それは建前だ。仕事を口実に君と共に過ごしたい、というのが俺の本音だ」

 痛みに堪えるのに必死で、ほとんど話を聞いていなかった。俺の目を見つめて真剣に話しているが、この苦悶の表情からなぜ察してくれないのか。一刻の猶予も許されないと、なんとか手を動かして肩にある先輩の手を掴むと、逆に握り返された。もう片方の手も肩から離れてほっとしたのも束の間、その手が頬に添えられる。

「君の意思よりも己のわがままを通そうとしている未熟で幼い俺のことを、君は笑うだろうか」

 そう言って自嘲気味に笑った先輩は、数度頬を掌で撫でてから親指で俺の唇に触れた。そのまま先輩の顔が近づいてくる。いやいや待って待って、一番そういうキャラじゃないじゃん!? 体を引こうとするも握られた手に籠もる力が相変わらずゴリラでびくともしない。なんとか距離を取ろうと背を反らせ、もうすぐ人類やめてエビの仲間入りできそう、というところで急に先輩がはっと目を見開き俺を突き飛ばした。
 考えてみてほしい。エビ反ってる最中に前方から力が加えられるとどうなるか。そう、支点力点作用点の問題だ。俺の腰は鈍い嫌な音を立て、上半身は後ろに倒れ盛大に尻餅をついた。仰向けに無様にひっくり返らなかっただけでも褒めてほしい。しかし代わりに、転倒回避のために床についた右手首までグキリと変な音がした。
 いったい俺に何の恨みがあるんだと、見上げた篁先輩の顔は耳まで真っ赤になっていた。

「校内での不純な接触は校則違反だ。しかし私も男だ、校外ではその限りではない。肝に命じておいてほしい」

 先輩は戸惑ったように顔を片手で覆いながらそう言うと、失礼する、と踵を返して早歩きで校内に消えてしまった。
 尻餅をついたまま茫然とそれを見送った俺。
 なんだ今のは。したい放題言いたい放題された挙句放置されたんだが?
 床から右手を持ち上げるとズキリと鋭い痛みが走った。起き上がろうとすれば腰が悲鳴を上げ、前のめりになってしばし悶絶した。
 昇降口で一人惨めにうずくまる俺。

 解せぬ……!
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