モブがモブであるために

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25.制裁なんて都市伝説だと思ってた

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 いや、待ってくれ。俺は望んでノレンに近づいたことなど一度もない。なんなら離れたいと思っているというのに、生徒会に巻き込まれまくった挙句に親衛隊からの制裁だなんて、こんな理不尽なことがあるだろうか!?
 悔しい。腹が立つ。反論したいことは山のようにあるが、悲しいかな俺はモブなのだ。物心ついた時から良くも悪くも目立つことなどなかったモブ中のモブだ。これだけの知らない人間に囲まれて、しかも敵意を向けられて、それでもまともに言い返せるような奴はもはやモブではないのだ。つまり何が言いたいのかというと、俺はビビってろくに話せる状態ではなかった。だって怖い。

「身の程もわきまえず九条様の恋人でも狙ってるの? それとも他の生徒会役員が本命? 風紀にもちょっかい出してるよね? なんとか言ったらどう?」
「えっ、と…………」
「だんまりってわけ。いいよ、昼休みはまだまだあるんだ。じっくりゆっくり聞き出してあげよう」

 やっと俺のネクタイを離した彼は、後ろを振り返り仲間に問いかけた。

「風紀委員長はこの時間いないんだったよね?」
「はい、親衛隊長。宮内の話では篁はいつも昼は風紀の仕事に就いていないそうです。邪魔されることはないかと」

 聞かれて答えたのは昨日の鋼メンタル宇宙人生徒だ。やはり宮内と繋がっていたというのは本当だったらしい。しかし、宮内は今朝風紀委員を退会してしまったから知らなかったようだが、その情報は間違っている。篁先輩は昼休みに俺と校内パトロールの予定に変更されている。だがそれを伝えたところで制裁がお開きになるとも思えず、それどころか、時間がないから早くやっちゃおうぜ、な流れになるのが怖かったので口を挟むことはしなかった。
 そして穏やかな口調ながらも恐ろしい尋問をする目の前の人が、ノレンの親衛隊長という事実を知った。幹部中の幹部じゃないすか……。それほど俺の存在が目に余るってことですか。不本意!

 じっくりゆっくり、と言った隊長さんの言葉に偽りはなく、椅子に座らされた俺は変わらず親衛隊員に囲まれてねちねちと質問の体をとった誹りを受けている。制裁というと暴力事件が多いイメージだったがこういう精神攻撃もあるのだと知り、その攻撃力の高さに心身が悲鳴を上げていた。
 そして俺にとっての危機的状況がもう一つある。俺は昼飯も食べずに篁先輩のところへ向かっていた。校内パトロールの後に一緒に昼食をとろう、とこちらの意思も聞かずに篁先輩が決めてしまったからだ。しかし教室に引っ張り込まれてかなり時間が経った。つまり、俺は今とても空腹なのである。さっきからシリアスな空気を読まない腹の虫がぐうぐう鳴っていて、その度に親衛隊員達が微妙な顔をしている。いたたまれない……。

「……ちょっと、その音なんとかならないわけ?」

 さすがに堪りかねたといった様子で隊長さんが言った。あ、そっすよね、俺もそう思います。
 そういえば、とブレザーのポケットを探ると、思った通り先ほど草太に貰ったキャラメルが一粒出てきた。隊長さんのお許しも出たことだし、と早速包みを開いて口に放り込む。
 口中の熱で次第に柔らかくなったキャラメルからじんわりと広がる濃縮されたミルクの味。空腹どころか幸福までも満たしてくれる濃厚な砂糖の甘さ。そして香ばしいほろ苦さがキャラメルならではの風味を伝えてくる。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!

 空腹時に食べる強烈な甘味に夢中になって味わっていたのだが、ふと周りが静まり返っていることに気づいて視線を巡らせると、俺を囲んでいた隊員達は黙り込んでじっと俺を見つめていた。これまでの睨めつける視線ではない、どこか熱の籠もった眼差しに戸惑う。……キャラメルがほしいんだろうか。考えてみれば俺が空腹ならこの人達だって空腹のはずだ。どうしよう、もうないですって聞かれる前に言った方がいいだろうか。逡巡していると、再び乱暴に俺のネクタイが引っ張られた。隊長さんだ。

「もっとキツイ制裁が必要みたいだね」

 そう言って、不機嫌そうだった唇の端を妖しく吊り上げた。
 ……え、なんで? キャラメル? キャラメルのせい!? キャラメルが人数分ないから? そんな理不尽なことってある!? だったら今すぐ買ってくるから許してほしい!!
 命乞いを口にする間もなく、隊長さんは引っ張った俺のネクタイを手際よくほどき、椅子に座らせたままそれで後ろ手に縛り上げた。これあれじゃん、全員でフルボッコの体勢じゃん……。恐怖から体が小刻みに震えた。その揺れに合わせて椅子がカタカタと情けない音を立てる。

「へぇ……いい表情するじゃん」

 隊長さんが俺の顎を持ち上げて笑った。その顔が近づいてきたかと思うと視界から逸れ、首筋に鋭い痛みが走った。慌てて視線を下げれば隊長さんがそこに口付け、どうやら強く吸ったようだった。

 ……は?

 いやいや待て待て、ちょっと状況を整理しよう。ここは親衛隊の制裁の場で、制裁内容が悪化して、今首にキスマークをつけられた。

 …………は?
 
 親衛隊の制裁って、そういうこともあるの? そういう性的な攻撃もあるの? 聞いてないんですけど!? いやもうそれダメでしょ、青少年の学び舎でまかり通っていい事件じゃないでしょ。は? はぁぁぁぁぁ!?
 混乱の極みに達している俺をよそに、他の隊員達の手が伸びてきて俺のブレザーのボタンを外し、ベルトにまで手をかけられる。心なしか乱れている息遣いがいくつも薄暗い教室内に響いて、まるで知らない場所になったみたいに怪しい雰囲気だ。先ほどまで俺を鋭く睨んでいた隊員達の視線は種類の違うギラつきをたたえていて、動物的な直感でこれアカンやつや、と思う。それに、あれだ。その、何人かの下腹部が制服の上からでもわかるほど主張をし始めている。うん……みなまで言わせないでほしい……。制裁として怖がらせるための演出とは思うが、喋る空気こと俺を前にしてよくこんな風になれるな、高度な訓練受けてるな。いや、今そんなこと考えてる場合じゃない。
 さすがに短い昼休みだし、いつ誰が通りかかるかもわからない空き教室だし、それに彼らはきっちりと制服を着込んだまま脱がせる以外に触れようとはしてこないから、せいぜい服を乱れさせて辱める程度だとは思う、思いたい。いや、それでも十分怖いんだが。
 大声を上げて助けを求めればいいのかもしれないが、俺の姿はすでにワイシャツもほぼ全開で、ベルトは外されスラックスのファスナーまで下ろされている状態だ。今立ち上がればスラックスがずり落ちてパンイチの変態男だ。平凡顔の俺が、顔面偏差値そこそこ高い親衛隊メンバーを前にそんな格好していたら、こっちが加害者に間違われる可能性すらある。時に顔面ヒエラルキーは事実をも曲げるのである。俺は知ってんだ。
 となると彼らの目論見にまんまとはまってしまうが、助けを求め誰かにこの姿を見られるのは避けたい。自力でなんとか逃げ出すしか方法はないのだ。肩を押さえつけられているから立ち上がれず、せめてもの抵抗として俺は精一杯身をよじった。だが、椅子が微かにガタリと音を立てるだけで、隊員達の手の動きの妨げにすらならなかった。
 だが、その微かな音を聞きつけたらしい

「誰かいるのか」

 という声が廊下から聞こえた。
 あれ、この声ってもしかして、と思い至る前に親衛隊員達が

「篁だ……!」
「昼休みはいないんじゃなかったのか!?」
「どうする!」

 と声をひそめたまま焦り始めた。篁先輩がまるで魔物のように恐れられている様に、状況も忘れて少し笑ってしまったのはここだけの話だ。
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