モブがモブであるために

文字の大きさ
上 下
25 / 47

23.まさかのシリアス展開

しおりを挟む
「服装検査の意義は多岐に渡るが、第一にビーエル学園の名に恥じぬ身嗜みについて各自が振り返るためであり、第二に服の乱れは心の乱れ、生徒個人が抱える問題をいち早く察知し対処するためである。そして第三に、この学園は生徒会の独裁国家ではなく風紀という制御組織が機能していると知らしめるためだ!」

 次第にヒートアップして握りしめたボールペンをへし折りそうな勢いの篁先輩が怖い。生徒会への恨みが常軌を逸していて怖い。迂闊な発言をすると地雷原に飛び込みかねないので俺は無言のまま、渡された服装検査チェックリストに目を通すふりをしていた。ふりのつもりだったのだが、リストのあまりの細かさ、資料の分厚さに紙をめくる手が止まらない。制服の着崩し一つとってもワイシャツの第一ボタンやネクタイの緩み、ベルトの有無やその位置まで細かにチェック項目がある。え、これを生徒全員分検査しろと……?
 驚きと不安しかなくてリストから目を離せない俺に、篁先輩がリストの一枚目、上から三行分を示した。

「君はここだけ覚えていれば良い」

 俺の話を無視して風紀副委員長を押し付けるくらいなので、鬼のように仕事を与えてくるのだろうと覚悟していたから正直戸惑った。

「これだけでいいんですか?」

 このサイボーグみたいな篁先輩がそんなに甘いはずがないという俺の猜疑心が顔に出ていたのかもしれない。篁先輩は微かに口元に笑みを浮かべ言った。

「今日初めて風紀の任に就く君には妥当なところだろう。我々風紀は生徒会とは違う。個人の力量に頼らず組織として機能する。誰かが誰かを補える状態を常に保てるように人材を育成していく。たとえ私が今日いなくなったとしても正常に機能する、それが風紀だ」

 これまで篁先輩のことは、ただただ面倒くさい人、という認識だったのだが、少し見方が変わった。やはり風紀という大きい組織のトップに立ち、過去最高の統制力と言われるまでにまとめ上げている人なだけはある。己をわきまえながら揺るぎない理念を守っている。何でもないように語るその姿は、少なからず格好良く見えた。
 ただ一つ、気になることといえば、生徒会とはそりゃうまくいかないでしょうね! ってことだ。生徒会の個人主義、能力主義とは正反対の組織を風紀は目指してるんだから衝突するのも当然だ。能力に見合った特権を求めるというノレンのスタイルなんかは、特に許しがたいものに感じているのだろう。
 と、篁先輩が生徒会を憎む理由がわかったところで、その逆鱗に触れるのが怖いことには変わりはない。俺は改めて、生徒会の話題を決して出さないようにと心に誓った。触らぬ神に祟りなし、だ。

 篁先輩が隣にぴったりと付き、丁寧に指導を受けながら服装検査を進めていく。先ほどの言葉通り、最低限のチェックしかできない、たまにそれすら見落とす俺を篁先輩は叱るどころか、よく頑張っていると褒めてくれる。意外が過ぎていっそ薄気味悪い。こんなに優しい人だっただろうか? いやいや、気を許してはいけない。情緒乱高下でおなじみの篁先輩だ、一定の距離を保たなければ。
 篁先輩の挙動にいちいち怯えているモブ・オブ・モブの俺に服装の乱れを指摘された生徒は、一瞬不満そうな顔をする。だが、隣で腕を組んでいる篁先輩が一睨みすれば皆青ざめて、大人しく罰である反省文の用紙を受け取ってくれた。
 はじめはどうなることかと思ったが検査は順調に進み、登校してくる生徒の数も減り、間も無く始業のベルが鳴ろうかという頃だ。
 すでに他の委員からの検査をパスした一人の生徒が俺たちの横を通り過ぎようとした時、それまで不動明王の化身かなと思われていた篁先輩が動いた。その生徒の腕をぐいと引っ張ったのだ。思わずたたらを踏んだ生徒が篁先輩を睨みつけた。大事なことなのでもう一度言う。睨みつけたのだ、眉間に皺を寄せている冷気漂う篁先輩を。なん……だと……? 心臓に毛でも生えているのだろうか。俺なら怖くて睨むどころか漏らしそうだぞ。

「なんですか?」
「その髪色はなんだ」 
「地毛ですけど」
「見え透いた嘘をつくのは利口ではない。前回の検査で君の髪色は完全な黒色だった」

 眉間の皺をそのままに詰問する篁先輩に生徒は舌打ちを返した。大事なことなのでもう一度……言うまでもないな、なんだこいつ死にたいのか……! 前回の検査の内容を生徒全員分覚えてるのだろうかと思える篁先輩の発言も怖いが、命知らずの生徒の言動に俺はヒヤヒヤハラハラしていた。

「両耳に複数のピアスが散見される。ネクタイピンが学園指定の物ではない。ワイシャツは第二ボタンまで開いている。スラックスの位置も適正ではない。服装の乱れは否めず態度にも問題がある。よって、放課後生徒指導室まで来るように」

 反省文より重い処分である生徒指導室呼び出しを言い渡した篁先輩の方を見もせずに、その生徒はわざとらしい溜息を吐いた。一体どうしてしまったんだ彼は。この絶対零度の篁先輩を前にしてなおこの態度。確かに見た目は少し緩いが、決して素行の悪そうな生徒じゃない。むしろモブ仲間と言える平凡な生徒だ。けれど反省も怯えも欠片も見せず、むしろ篁先輩への敵意に満ちている。あまりに理解不能な目の前の事態にオーバーヒートした俺の脳が、もしや彼は宇宙人では、という頭の悪い回答をはじき出した時だ。

「反省文が妥当ではないでしょうか」

 そう後ろから声をかけられた。振り返ると風紀委員の腕章をつけた人が苦笑いを浮かべながら近づいてきた。風紀といえば篁先輩しかり、颯真しかり、優等生の見本のような一分の隙もないきっちりとした装いをしている生徒ばかりだが、その人は一般生徒と変わらないどちらかといえばラフな着こなしだったので少し驚いた。

宮内みやうち、持ち場に戻れ。反省文を書かせたところで彼は反省などしない」
「彼はこれまでの素行に問題はなかった初犯です。いきなりの生徒指導室はいきすぎかと」
「だからこそだ。問題のない生徒が突然これほど乱れるという方がおかしい。詳しく話を聞くべきだ」

 篁先輩と宮内と呼ばれた風紀委員の問答は次第に語調が強まり、俺はただオロオロと二人の顔を交互に眺めていたのだが、そんな最中そっと肩を叩かれ、汚い悲鳴と共に飛び上がった。俺がマリオだったら二段上のブロックまで壊せてたと思う。驚きに痛いくらい拍動している心臓を押さえ振り返ってみれば

「大丈夫ですか?」

 颯真が窺うように眉を寄せ、俺の背後に立っていた。騒ぎを聞きつけて俺を心配して来てくれたらしい。見慣れた颯真の顔を見た途端に俺は深く安堵のため息をこぼし、心臓も落ち着きを取り戻した。本当にいいやつだよお前は。このまま二人の言い合いが続いたら俺一人でどうしたらいいのかと思ったわ。いや、どうしたらっていうかいつ逃げ出そうかとしか考えてなかったけどな。心安い颯真が側にいてくれることで少し余裕が出てきて、俺は二人の様子に再び目を遣った。

「”長”がついても風紀は皆平等、規則が第一なんですよね? 篁先輩に特例を決める権限はないと思いますけど」
「風紀規則附則第二条第四項に学園全体への危機に及ぶ事由が疑われる場合は罰則の特例を認める、とある。私の判断は風紀委員として間違ってはいない」
「学園全体の危機だなんて大袈裟でしょう」
「彼の立場を考えれば大袈裟とも言えんだろう」

 含みを持たせた物言いをする篁先輩に、宮内という風紀委員は苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。随分篁先輩に反発心を持っているように見受けられ、一枚岩と言われる風紀の生徒にしては珍しいなと説明を求めるように颯真を横目に見た。颯真は少し迷っていたが、俺が期待を込めた眼差しで見つめ続けたら、眉を下げて諦めたように小さく頷いてから小声で教えてくれた。

「彼は二年の宮内先輩です。最初は熱心な風紀委員だったらしいんですけど、篁先輩はあまり評価していなくて。来年度の委員長候補から彼を外してからは、すっかり篁先輩を目の敵にしているという話です。それに最近ではあまりよくない噂もあって……」

 言いにくそうに颯真が言葉を濁す。これは突っ込んで聞いてもいいものか。なんとなく俺の勘がやめとけと言っているので問わずにいたのだが。

「この違反者たる生徒は君のクラスメイトであり……生徒会長、九条の親衛隊幹部の者だったな。宮内、君が懇意にしている友人か?」

 篁先輩が目を眇めて宮内をひたと見た。一気に辺りがツンドラ気候になった。
 俺がせっかく奇跡の神回避をしていたというのに、篁先輩自ら地雷原に突っ込んでいた。生徒会の話題はやばい。何がやばいって生徒会きっかけに俺が巻き込まれる率が爆上がりするからやばい。とにかくこれ以上の深入りはしたくないと思っていたのに、颯真がこんな時にも気を利かせて詳細な解説をしてくる。そういうとこだぞ! そういうとこだぞ、颯真!!

「宮内先輩、生徒会親衛隊連中と繋がってるっていう噂があるんです。敵の敵は味方ってことなんでしょうね、風紀の情報を横流ししてるらしくて。ここだけの話、風紀内では既に証拠固めに入っている状況です。服装検査も親衛隊の奴らは見逃してやってるようですし、多分あの彼もそれで通してもらったんでしょうね」

 ほらぁぁぁ。やっぱりろくな情報じゃないじゃん!! 風紀こわっ! こっっわ!!! そんなドロドロの権力争いみたいな世界なの、風紀委員会て。高校の一委員会の話じゃないでしょうよ。霞ヶ関とか永田町とかそういう世界の話でしょうよ!?
 これはますますなんとしても副委員長なんて辞退しなければ。俺は一ヶ月ともたず胃が爆発四散する。
 知りたくもなかった内情を知って、へ、へぇ~と蚊の鳴くような声で相槌を打つのが精一杯だった俺だが、糾弾された方の宮内は不敵に笑みを零し、

「だったらどうなんです? 俺の交友関係にまで口を出す気ですか。なんにせよ、篁先輩の指示に従うつもりはないんで。彼は反省文の罰にします」

 と言って、うんざりした様子の違反生徒を連れて校舎内に入って行ってしまった。ちょうどそこで予鈴のチャイムが鳴り、服装検査も終了となった。
 その日は放課後も篁先輩がつきっきりで風紀について指導すると言われていたのだが、今朝の騒動のせいか先輩は都合がつかなくなり、今日のところはそのまま帰るように言われた。
 ホッとしたのは事実だが、なんだかモヤモヤが残る体験一日目となった。
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます!
ご感想等頂けると嬉しいです。マシュマロもあります。(マシュマロのお返事はログインまたはtwitterにてご確認お願いします🙇‍♀️)
感想 4

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。 それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。 友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!! なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。 7/28 一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

処理中です...