モブがモブであるために

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22.風紀委員体験一日目

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 目覚ましの三回目のスヌーズを止めたのは何分前だったろうか。一回のスヌーズが九分おきだから三回で……えーっと……?
 寝ぼけた頭ではかけ算九九すらままならず、俺はいまだ瞼を閉じたまま考えた。答えは出ないが、いずれにせよそろそろ起きないとまずいというのはわかる。もそもそと布団から手を伸ばしベッドサイドのスマホを探る。
 普段の俺はどちらかと言えば寝起きがいい方だ。しかし、昨日の生徒会体験入会で身も心も疲れ果てたのだ。多少寝汚くなるのも仕方ないだろう。
 昨日は三段超論法を畳み掛けてきたノレンにその後やんわりとお断り申し上げたのだが、当然聞き入れてはもらえず、しばしの論議の末、翌日からの風紀委員体験を終えてから再度回答をとのことで落ち着いた。まぁつまり、進展なしである。想定の範囲内ではあるが。

 スマホを探るが見つからない。瞼を上げる気力もない。仕方ない、もう一眠りするかと布団を引き上げたところで遠慮がちに私室のドアがノックされた。

「……先輩? 起きてます?」

 同室の後輩、颯真だ。
 起きてるよ、と答えた。心の中で。だって眠くて口が開かない。

「今日から風紀委員会ですよね。集合に遅れますよ。起きてください」

 わかったよ、起きるよ、と答えた。心の中で。しかし意思に反して深い眠りに引きずり込まれそうだ。

「先輩、入りますよ、いいですね。これは遅刻しないために仕方なくですからね」

 まるで誰かに言い訳するように言って、颯真がそっとドアノブを回す音がした。衣擦れの音が近づいてきてベッドのすぐ脇に来たのがわかった。わかったけど瞼が開かない。
 常に清く正しく美しい颯真のことだ、だらしない、と布団を一気に引き剥がされるかもしれない。俺はそうはさせないと布団の端をしっかり掴んだ。しかし、しばらく経っても颯真が動く気配がない。ただじっと隣に佇んでいるだけだ。枕元が少し沈んでベッドがぎしりと音を立てる。重たい瞼をなんとか開くと目の前に真剣な表情の颯真がいた。心なしか顔が赤い気がする。

「そぉま……?」

 かろうじて音になった掠れ声で問い掛ければ、颯真は驚きに目を見開いて飛び退った。文字通り飛んだ。びっくりした時の猫みたいだった。逃げて行く際に枕元に付いていたらしい颯真の手が俺の顔面に当たり、その痛みに俺はやっとはっきり目が覚めた。

「ってぇ……酷い……」
「すすす、すみませんっっ! 気の迷いで! 誘惑に負けっ!」

 のそりと身を起こして見ると、颯真は部屋の隅まで下がっていて、直角に腰を折り真っ赤になって謝罪していた。誘惑って、俺を引っぱたきたいほど颯真は鬱憤溜まってたのか。確かに先輩なのに頼ってばかりで迷惑はかけているかもしれない。今だって起こしてもらわなければ起きられないような体たらくだ。俺は少なからず落ち込んだ。

「大丈夫。起きれなかった俺が悪い」

 じんじんと痛む鼻をさすりながら俺が言えば、颯真は何か言いたげに口を開いたがすぐに口を引き結んだ。罪悪感を感じているのか、俯いたままなかなか部屋を出て行かない。起こしに来てくれたのに追い出すのも悪いし、かと言って遅刻しそうなのは事実なので、とりあえず俺は着替えることにした。ベッドから下りて寝巻きのスウェットを脱ぎ始める。すると

「わぁっ、ちょっ、待っ……し、失礼しますっ!」

 颯真は突然大きな声を出して部屋を飛び出して行った。朝からテンションの高い颯真に首を傾げながら改めて時計に目を遣り、俺は慌てて着替えに戻った。


 颯真が用意してくれた朝食をとってから二人並んで学校へ向かう。颯真とは同室になって随分経つが一緒に登校したことはほとんどない。普段の颯真は部活の朝練があって忙しいのもあるが、そうでない時もいつも始業の一時間以上前に部屋を出て行くからだ。改めて何をしに早朝登校しているのか聞いたことはないが、あらかた自習でもしているのだろう。颯真のことだから。今日は風紀委員の業務のために俺もいつもより時間が早く、颯真と一緒になったのだ。

「今日朝練ないの?」

 朝練の時は道着を着て出て行く颯真がきっちりと制服を着込んでいるのを見て俺が聞くと、颯真は眉根を寄せて怪訝な顔をした。

「……だって今日は風紀委員の服装検査の日ですよね?」

 そうなのである。よりにもよって体験入会初日に人権無視と悪名高い、風紀の服装検査が行われるのである。その手伝いなど風紀委員でもないのに恨みを買いそうで全力で逃げ出したい。
 あれ、でもおかしいな? 服装検査は抜き打ちで行われる。どうして颯真が今日の検査のことを知っているのだろうか。

 その疑問は昇降口で待ち構えていた篁先輩に笑顔で迎えられた瞬間に解決した。

「おはよう。君嶋、案内ご苦労。ここからは私が引き継ごう」

 言って篁先輩が颯真に何やら指示を出し、折り目正しく頭を下げた颯真は別の場所に向かった。そして歩きながら腕章をつけていた。それには主張の強いゴシック体で書かれた”風紀”の文字が躍っていた。

 颯真、お前風紀委員だったのか……!

 全然知らなかった。言われてみれば風紀委員らしい品行方正な生徒だし、風紀への体験入会の話をした時少し嬉しそうだった。朝早く部屋を出ていたのも風紀の仕事をしていたからなのか。
 同居人の知られざる素顔を見たようで、ぼんやりとその背中を目で追っていたのだが

「それでは今日からよろしく頼む」

 と、やたらと張りのある声と共に肩を叩かれ、俺は慌てて篁先輩に愛想笑いを返したのだった。
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