モブがモブであるために

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21.会長の権力=肉巻きおにぎり

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 悶々とそんなことを考えて少し落ち込んでいた俺だが、チャイムが鳴って学校内がざわざわとしてきたことで、昼休みになったのだと気づく。
 悠悟さんが生徒会室を出て行ってからしばらく経つが戻って来ないし、昼飯を食べに行こうかと立ち上がった時だった。

「あ、朝比奈……って、ドア、これどうしたの?」

 俺様生徒会長が長い前髪を下ろし、地味なクラスメイト、ノレンに変身して戻ってきた。いや、正しくは生徒会長が変身後の姿なんだったか。激しくどうでもいいが。
 開放的な入り口とそこに転がっている巨大な板切れにノレンは目を丸くしている。

「それ、悠悟さんが……っていうか、悠悟さん、ノレンのこと捜しに行ったけど?」
「会ってないな。入れ違いになったかもしれない。僕、授業に出てたから」

 そう言って、ノレンは今日の授業のノートだろう数冊を俺に渡してきた。

「今日は生徒会に付き合わせちゃったから。お昼食べながら教えるよ」

 ノレンが手に提げたビニール袋を掲げて見せる。その中にはまだ暖かいらしい紙の包みが二つ入っていて、ビニールに蒸気が篭っていた。しかし、俺の視力はこと食べ物に関してはその磨りガラスのようなビニールですら中身を見通す力を持っていた。
 あの包みの色、染み出している油。そして何よりこの充満する香しい匂い。間違いない、一日限定二食、卒業までに口にできれば強運の持ち主とすら言われる学食唯一にして幻のテイクアウト品、黒毛和牛の肉巻きおにぎりに間違いない!

「神かよ……」

 思わず拝んだ俺を満更でもなさそうに見下ろすノレンがなんとなく鼻についたが、肉巻きおにぎりの前では些細なことだ。ノレンに誘われるまま、俺は屋上へ向かうことにした。

 生徒会室の前の階段を登ることでしか出られない小さな屋上には、当然一般生徒は誰もいなかった。眺めがよく、静かで、爽やかな風が通り抜ける。そして目の前には肉巻きおにぎりという最高のロケーション。
 しかし、期待に胸と腹を高鳴らせていた俺に、無情にもノレンは勉強が先、とお預けを食わせた。正直勉強どころの気分ではなかったが、ご馳走になる身であれば文句は言えまい。俺は渋々頷いた。
 始めてみれば、ノレンの解説は先生よりも丁寧で無駄がなく、するすると理解が進む。頭がいい奴は教えるのも上手いんだなぁと感心した。残すノートはあと一冊といったところで、やっとノレンから肉巻きおにぎりが解禁され、袋の中の包みを一つ渡された。
 包みの重さと温かさを堪能するように恭しく手のひらに乗せて眺めていると、ノレンが思い出したように尋ねた。

「今日、どうだった?」
「うーん。思ってたよりみんな普通に仕事してて、っていうかむしろ激務で地味で、びっくりした」

 ノレンがふっと小さく笑い声を漏らした。俺は包みの開け口を探しながら問い返す。

「ノレンが変えたんだって? 今みたいな生徒会に」
「うん、そう。生徒会に入らないかって誘われて、覗いてみたら酷い有様でさ。この僕を誘っておきながらこれは失礼だろうって、僕にふさわしい場所に変えたんだ。さながら僕はこの生徒会、ひいては学園のメシアだね。また一つ、小さな世界を救ってしまった、かな」

 ノレンて一見腰低そうなのにとんでもなく自意識高いのなんなの? これも中二病の症状なの? 陶酔気味に語るノレンの高揚と反比例するように、俺の気持ちは引いていく。

「今までの生徒会の方が楽だったんじゃない?」
「確かにね。でも、この僕の貴重な時間を贄として捧げるに足る仕事か、ということが重要なんだよ。根拠のない特権を振りかざし怠惰に時間を過ごすなんてのは僕の魂が苦しみに悶え、いずれ自ら裁きを与えることになる。限りある生のうちの貴重な数年だ。僕という歴史の中に刻まれるものでなければならない」

 ちょいちょい恥ずかしい単語が混ざってるけど、ノレンの言っていることはわからなくもない。生徒会役員なんていう後に何も残らない地位にあぐらをかいて無駄な時間を過ごすよりも、後の人生の糧になるような仕事をする場所にしたってことなんだろう。

「与えられた使命を全うし、見合った対価を得る。これが僕らの甘受すべき世界の摂理でもあり、僕は生徒会を世界に合わせただけだ。風紀はそれを独裁だのと喚いているけどね。でも、たとえば一般生徒が手に入れられない”物"を容易く手に入れる、これも我々選ばれし生徒会役員の得るべき対価、いわば宿命だと僕は思うよ」

 そう言って、ノレンは袋の中からもう一つの包みを取って手中に収めると、にっこりと笑った。
 うん、なんか……わかるようなわからないような話だったけど、とりあえずこうして幻の肉巻きおにぎりを食べられるのはノレンが生徒会長として真面目に仕事してるからってことなんだろう。……多分?
 俺はこのまだ温かな肉巻きおにぎりをとにかく早く食べたかったので、ノレンの小難しい話はスルーすることにした。

 両手にズシリと重さを伝える紙包みは既に油を吸っていて、その見た目からして空腹を刺激した。包みを開くとつやつやと照る肉厚な牛肉に覆われたおにぎりが二つ。すぐにかぶりつくと甘辛なタレと牛肉の旨味が口の中で米と一緒に混ざり合う。肉の脂は多いが上質だからか脂っこくなく、甘く感じるほどひたすらに濃い肉の味が幸せを運んでくる。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!

 幻の名にふさわしい絶妙な味に感動していると、おそらく脳が活性化したんだろう、俺は一つのひらめきを得た。
 ノレンが言うように、特権を得るに値する特別な仕事をこなせるだけの優秀な人材を集めたのが生徒会であるならば、モブ街道邁進中の俺などそれこそ絶対に生徒会に入ってはいけない人間なのではないだろうか。
 これは素晴らしい逃げ口上だろう。だってノレンの崇高な理念から逸れてしまうのだから。隙をつくならここしかない。

「だったら俺は副会長にはなれないよ。俺はこんな幻の逸品を対価に得るだけの仕事はできない。だってモブだ……」

 俺は意気揚々と口を開いたが、全てを言い切る前に言葉が消失した。目の前にいつの間にか俺様生徒会長がいらっしゃったからだ。え、なんで? 何がペルソナ早着替えのスイッチ押した?
 前髪を荒々しくかき上げて会長様に変身したノレンは、その完璧に整った顔で俺の視界がいっぱいになるほどずいと身を乗り出してきていた。圧がすごい。

「何言ってんだ。お前が副会長になれば俺の能率が倍に上がる。これ以上ない人材だろ」

 ねぇ! だから! 逢坂兄弟も会長も俺の人権無視しすぎじゃない? たとえモブといえども俺もれっきとした一人の人間なんですけど!
 半眼で見つめる俺はおそらくモブ以下の顔面になっていただろうが、ノレンは口端を上げてフッと笑うと俺の頬に手を添え親指で撫でながら

「お前以外に俺の女房役は務まらねぇよ」

 腰に響く低音イケボで囁いた。
 そのワイルドイケメンな微笑も、反して優しい触り方も、発禁になりそうなエロい声も、なぜ相手が俺なのかと思うと妙に頭は冷静になり、ここへきてやっと雪の言っていたことは本当なのかもしれないと信じ始めた。神様だか天使だかに雪が変な願い事をしたせいだ。絶対そうだ。だって、この状況は明らかに普通じゃない。
 宇宙猫になっていたら、更にノレンが近づいてきて俺の唇のすぐ横、というかこれはもうほぼ唇じゃないか? というきわどい部分をペロリと舐めた。そして味はいいだのなんだの言っている。
 いい歳して口の周りにタレつけてたのは俺に非がある。謝ろう。だが舐めることはないと思うのだ。ノレンに舐められるのは二回目だぞ。しかも初回は頬で二回目は口の端。段々唇に近づいてきていて、もし次があったとしたらこれはもうどう考えても唇一択だなと思い至り戦慄した。無言で黙り込んだ俺をどう解釈したのか、ノレンは少し悪戯めいた笑みを浮かべ

「早く俺のものになれ」

 そう囁いた。
 そもそも生徒会副会長にという話だったのになぜノレンの物にならなきゃいけないのか。副会長が女房役だからか。ってそんな三段論法認めないからな!?
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