モブがモブであるために

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18.再びの死亡フラグ

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 脚立の一番上に立ち見下ろすとかなりの高さがある。ここから落ちたら痛い、だけじゃ済まないだろうなと思うと足が震える。そんな俺とは対照的に、光希先輩は隣の脚立の上で背伸びをして廊下の蛍光灯を交換するとあろうことか飛び降りた。フラつきもしなければ痛そうな素振りもない。なにその強靭な膝。リアルにバネでも入ってるんですか?

「大丈夫? 怖い? 代わろうか?」

 俺の脚立を支えながら下から見上げる皐希先輩は、眉を寄せて心配そうだ。

「いやいや何をおっしゃいます、これくらい全然?」

 美少女のような皐希先輩に心配されてつい強がってしまったが、足と一緒に声も震えている。普通に怖いが、だから代わってくださいと言うのは男の矜持が許さないので頑張って耐えた。

「ふふ。真っ青な顔で強がって…………可愛いね」

 意味深な笑みとたっぷりの沈黙をもって皐希先輩が呟いていたが、正直今そんな事を気にしている場合ではない。なんとか明滅する蛍光灯を新しいものと交換し終えると、必死に脚立にしがみつきながらやっと地上に降りる。光希先輩は既に片手で脚立を抱えて待機しており、俺が着地すると同時にもう片方の手で俺の脚立も抱え上げた。業務用の大きな重い脚立である。アルミ製の軽いものではない。それを両手に一つずつ持っているのである。生徒会室を出て備品室へ向かってからずっとこの装備で歩いている。もはや光希先輩がヒグマ疑惑である。

「次は四階化学準備室の蛍光灯。それから視聴覚室のマイクの調子が悪いそうだ」

 皐希先輩の手にある資料を確認した光希先輩が、さっさと歩き出したのでその後に続く。蛍光灯の交換や備品の整備。先ほどから地味な作業ばかりだ。本来の庶務の仕事と言われればそれまでだが、日がな一日生徒会室で遊んでいるという噂とはかけ離れている実情に驚いてしまう。

「……生徒会役員って、もっと華やかな仕事かと思ってました」

 何枚にも渡って箇条書きされた資料を睨んで、効率よく回るにはこっちを先に、とか、そろそろ電池の発注をしないと、なんてこれまた地味な相談をしている逢坂兄弟の背中を見ていたらぽつりと本音が漏れてしまった。
 同時にくるりと振り返った二人の顔は、片や可笑しそうに微笑み、片や呆れたような微笑を浮かべている。

「毎日こんなに忙しいわけじゃないけどね」
「九条が会長になってなければ、確かに華やかだったろうな」
「……と、言いますと?」

 光希先輩の言わんとすることが分からなくて首を傾げると、察したらしい皐希先輩が説明してくれた。

「去年までの生徒会は蛍くんが想像してたような、大した仕事もない華やかな生徒会だったんだよ。でも今年錬くんが会長になってそれを全部変えたから」
「生徒会役員総入れ替えしてリコールだ、クーデターだって結構騒ぎになったのにお前なんにも知らないの? 何考えて生きてるの? 思考って言葉知ってる?」

 光希先輩の毒にも素直に頷いてしまうほどに、全く知らない初めて聞いた話だった。
 生徒会なんて自分には関係ないと思っていたから気にもしていなかった。進級して新しいクラスメイトを覚えるのに必死だったし、寮では新入生の同室者と馴染むために気を配っていたしで、余裕がなかったのだ。

「華やかなだけの生徒会には興味なかったから、忙しくはあるけど、僕は今の仕事を気に入ってるよ」
「九条としては、あとは副会長の席が埋まれば改革は完了らしいけどな」

 光希先輩が目を眇めて俺を見る。狙いを定められたようで、ただひたすらアルカイックスマイルを浮かべて誤魔化すことしかできない。
 そんな仏像擬態の俺に、皐希先輩は天真爛漫な笑顔を浮かべて合わせた両手を口元に当て、夢見るように語りかけてきた。

「僕ね、ずっと憧れてたんだ! たまに話題になるでしょ、小さな営業所で看板犬飼ったりするの。生徒会室で蛍くん飼えたら夢が叶っちゃう」

 ねぇ待って? 俺は副会長って聞いてたんだけど、副会長を犬扱いするつもりなの、この人。

「蛍くんが生徒会に入ってくれたら、一緒にしたいこと沢山あるんだ。おやつは何だって買ってあげるし、首輪も好きなの選んでいいんだよ」
「待て、皐希。しつけは最初が肝心なんだぞ。甘やかして可愛がるだけじゃだめだ」

 俺もう十七なんで、先輩方にしつけられる覚えはないですね!? というか逢坂兄弟の思い描く生徒会ライフが俺の想像と世界線が違いすぎるようなんですが。
 兄弟の白熱した俺愛玩論争に気が遠くなりかけていると、背後から間延びした声がかかった。

「はいはいはーい、そこまで。会計が蛍くん借りてきます~」

 すでに声だけで誰だかわかるようになってしまった自分の聴力が憎い。突然現れた城之内先輩が後ろから俺の肩に腕を回してきた。
 途端にすっと目を細めた皐希先輩が何かを言う前に、光希先輩が俺の肩から城之内先輩の腕をはたき落とす。その間、両手に抱えた重量級脚立はふらつきもしなかった。どういうことだ。

「その射殺しそうな視線やめてね。昨日決めたでしょ、ここからは会計の時間」

 決して城之内先輩の誇大表現ではない視線を浮かべていた逢坂兄弟だが、時間という単語が出ると口惜しそうに唇を噛んだ。表情に凄みが増して、隣に並ぶ俺まで殺人視線の流れ弾をくらって心臓が機能を停止しそうになる。なのに城之内先輩は気にする素振りもなくひらひらと手を振って、再び俺の肩に手を添え踵を返して歩き出す。俺は以前のように腰を抱かれるよりはマシだと諦めて素直に城之内先輩に従った……というのは嘘で、背後から小さく聞こえ続ける呪詛の声が恐ろしくて振り返れなかったというのが正直なところです、ハイ。


 授業中の静かな廊下を肩を抱かれて歩く。しかし俺だって昨日の今日で学習しているのだ。二人きりの状況はまずい。とにかくまずい。
 会計の仕事を手伝うようだけど部屋に二人きりという状況はなんとしても阻止しなければならない。

「あの、どちらへ……?」
「生徒会室で会計書類の見方とか、手取り足取り教えてあげる」

 この人が手取り足取り教えるのは絶対会計の仕事じゃないはずだ。
 胡乱げな目で見上げる俺の視線に気づいた先輩は、

「安心してよ、錬も一緒だよ」

 と言っておかしそうに笑いをこらえていた。
 からかわれたようで非常に心外だ。笑いごとじゃないんだぞ。

 朝と違ってしっかり三回ノックしてから、城之内先輩は生徒会室のドアを開けた。ノレンは変わらず自分の席で書類とにらめっこをしていたが、俺の姿を認めると目元を緩めた。

「庶務の仕事はどうだった?」
「……肉体労働だった」

 俺の言葉に、ノレンはくつくつと笑いをこぼしていた。
 城之内先輩はいくつかの書類の束を机に置きパソコンを開くと、自分の椅子の隣にぴったりともう一脚椅子を並べ、俺を手招きしていた。普段なら絶対近寄らないがノレンもいることだし大丈夫だろう。……大丈夫だよな? 大丈夫であってください。
 恐々と席に着くと、城之内先輩の間延びした声に不釣り合いな内容が淡々と説明されていく。

「まず今日修正したバランスシートを見てほしいんだけど」

 共有されているらしいファイルをノレンも自席のパソコンで見ながら、何やら小難しい内容を二人で話し合っている。
 その間、俺は置いてけぼりだ。理解できない数字の羅列を眺めていると思考がふらふらと彷徨い始める。隣を見れば長いまつげを伏せて淡々と説明する城之内先輩。こうしてると文句ないイケメンなのに、なんで下半身で物事を考えてしまうんだろうか。本当にもったいない。
 前を向けば眉間に皺を寄せたノレンが頷き、時に質問しながら説明を受けている。この俺様強面イケメンが中二病によって具現化した姿だなんて誰が信じてくれるだろうか。本当にもったいない。

「――だからここの数字は純資産を……って聞いてる? 蛍くん?」

 ふと我に返ると城之内先輩が心配そうに俺を覗き込んでいた。ノレンが漏らした低い笑い声も聞こえてくる。先輩の手元にはパソコンの画面に映るファイルをわかりやすく図示したメモがある。どうやら俺が思考を飛ばしている間に、先輩の話はノレンへの説明から俺への指導へと変わっていたらしい。

「えっ、あ、すいません。全く聞いてませんでした」

 ノレンが声を上げて笑っている。城之内先輩は困ったように、え~、と呟いていた。

「しっかりしてくれよ、副会長。俺はそろそろ出なきゃならないんだが、もうすぐ悠悟も来る。それまでに会計の初歩くらいは理解しとけよ」

 ノレンが緩んでいたネクタイを締め直して立ち上がった。
 は? え、何。出かけるの? 聞いてないんですけど? この密室に城之内先輩と二人きりになるの? 手取り足取り教えられてしまうのでは? もちろん会計以外のことを。

「待っ……」
「行ってらっしゃ~い」

 ノレンの背中へ伸ばした俺の手は虚しく空中で留まったまま、ノレンは颯爽と生徒会室を出て、ドアが無情な音を立て閉まった。
 城之内先輩がドアまで見送りに立ち、席に戻ってきたんだが、俺は見逃さなかった。その時にドアに内鍵をかけていたことを。

「さて、と」

 色っぽい溜息混じりに囁かれた声が聞こえ、恐る恐る隣に視線を遣ると城之内先輩が妖しい微笑を浮かべて至近距離から俺を見つめていた。この空気、俺は知っているぞ。キッチンで狂気の凶器を突きつけられたあの時と同じ。つまり……次回、俺☆死☆亡……!
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