19 / 47
17.いざ、猛獣の檻の中へ
しおりを挟む
かの有名なモーセが海を割った時の気分は分からないが、その後ろでモーセの奇跡を見ていた人の気分を、今とても味わっている。
会長以外の生徒会メンバーが全員揃って登校するという奇跡に、校内はどよめき、叫び声が飛び交い、失神者まで出た。廊下に溢れる生徒が左右に分かれて道を空ける。そこをにこやかに通っていくきらびやかな生徒会役員の面々。……と、俺。
というか、多分一般生徒には役員の後ろをとぼとぼ歩く俺の姿は見えてなかったんじゃないかな! 明るい光源の近くのモブなんてもうみんなの水晶体が像を結ぶのを拒否してると思う。
つまり何が言いたいのかというと、人からの注目に慣れてないモブには心臓に悪い光景すぎて胃に穴が開きそうです。
鞄を抱き込み、誰にも見つからないようにと祈りながらただひたすら自分のつま先を見つめ、前を行く先輩たちの後をついて行く。しばらく廊下を歩いて階段をいくつか昇ると、あれほどうるさかった歓声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。先輩たちの歩みが止まり、周りに他の人の気配もなくなったので、やっと視線を上げた。目の前には見たこともない重厚で大きな木製のドア。さらに視線を上げれば「生徒会室」と大きな文字でプレートがつけられていた。
とうとう……とうとう来てしまった。
「今日はちゃぁんと蛍くん連れてきたよ~」
重い音を立てながら、ノックもせず城之内先輩がそのドアを開けた。
正面の机で書類に目を落としていた会長モードのノレンがゆっくりとこちらに顔を上げる。思わず先輩方の背中に隠れるように身を縮めたが、目ざとく俺を見つけたノレンが口端をニィっと上げて笑った。
「遅かったじゃねぇか」
言って、立ち上がったノレンが俺の前に立ちふさがり顔を覗き込んでくる。
「約束は昨日からだったはずだけどな。随分と重役出勤だな?」
「ご、ごめん……」
不本意な体験入会だとしても思わず謝らずにはいられない、この、圧……! さすが生徒会長のカリスマである。
「まぁいい。昨日慣れてもらうつもりだったが仕方ない。今日から早速実務に取り掛かってもらう。困ったことがあれば俺に言え」
俺のために用意されたらしい机の椅子をノレンが引いて、座れと示した。体験入会のはずなのに机上にはしっかり「副会長 朝比奈蛍」のネームプレートまで誂えてあって恐怖しかない。いや、体験、体験ですよね? そうですよね? 立派なプラスチック製の明らかに業者に発注したネームプレートだけど、体験入会ですよねぇぇ!?
怖々机に着くと
「僕、お茶淹れてくるね」
と皐希先輩が部屋の奥の簡易キッチンへ向かった。ノレンと先輩方が自分の机に着いて軽い打ち合わせをしている間に、皐希先輩から紅茶のカップが配られた。
力を込めたら持ち手が折れてしまいそうな華奢なカップを、緊張しながら手にして琥珀色の液体を覗き込む。華やぐ高い香りが鼻腔をくすぐる。紅茶は普段はペットボトルのものしか飲まない俺にだってわかる、絶対高い紅茶だ。ついでに言えば、この金縁で上品な模様のついたカップも目が飛び出るほど高いやつでしょう、そうなんでしょうとも。
生徒会役員は授業の出席が免除されている。表向きには彼らの仕事が多忙なためと言われているが、実際は生徒会室で優雅にお茶を飲み、昼寝をし、時にお気に入りの生徒を連れ込み、まるで中世のお貴族様のような生活が許されているのだと一般生徒の間で噂されている。そんな話を聞いた時は羨ましいと思ったものだが、いざ噂のお貴族様のお紅茶を目の前にすると複雑な気持ちになる。学生の本分とは……などと考えて、素直に喜べないあたり、やはり生粋のモブの俺に生徒会役員など務まるはずがないのだ。体験入会が終わったらなんとしてもお断りしよう、でも滅多に口にできないから紅茶はありがたく頂戴しよう。モブは転んでもただでは起きないのである。
口をつけると鼻の奥まで通るような芳醇な香りに満たされる。微かな苦味を味わいながら飲み下すと華やかな残り香が広がり、まるで果実を口にしたようだ。ソーサに添えられた小さなクッキーを齧ればホロリと口中で崩れ、バターの濃厚な味と上品な砂糖の甘さが絶妙のハーモニーを織りなしている。サクサクと小気味良い音を立てる食感も堪らない。飲み込んでまた紅茶に口をつけた時の爽やかさと言ったらもう。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
夢中で飲み食いしていて気付かなかったが、カップが空になった時には役員全員が俺をじっと見つめていた。みんな口元には笑みを浮かべていたが一様に目が笑っていない。怖い。そんなにバッドマナーでしたか、卑しかったですか。すみません、よく言われます。
「ったく……目の毒だな。さて、時間もねぇ、各自仕事に取りかかれ」
舌打ちして呆れたようにノレンが言うと、先輩方は一斉に立ち上がった。あれ、皆さん急にそんなにきびきびと動き出してどうしました? 優雅なお茶は? お昼寝は?
「なにしてんだ、ホラ行くぞー」
キョロキョロとしている俺の二の腕を引っ張って、例の怪力でもって立たせたのは光希先輩だった。
「最初は庶務のお手伝いお願いね」
反対側の腕を皐希先輩に引っ張り上げられ、ずるずると引きずられながら生徒会室を後にする。いや、あの、俺歩けるんで……この移動方法デフォにするのやめてもらえますか!
会長以外の生徒会メンバーが全員揃って登校するという奇跡に、校内はどよめき、叫び声が飛び交い、失神者まで出た。廊下に溢れる生徒が左右に分かれて道を空ける。そこをにこやかに通っていくきらびやかな生徒会役員の面々。……と、俺。
というか、多分一般生徒には役員の後ろをとぼとぼ歩く俺の姿は見えてなかったんじゃないかな! 明るい光源の近くのモブなんてもうみんなの水晶体が像を結ぶのを拒否してると思う。
つまり何が言いたいのかというと、人からの注目に慣れてないモブには心臓に悪い光景すぎて胃に穴が開きそうです。
鞄を抱き込み、誰にも見つからないようにと祈りながらただひたすら自分のつま先を見つめ、前を行く先輩たちの後をついて行く。しばらく廊下を歩いて階段をいくつか昇ると、あれほどうるさかった歓声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。先輩たちの歩みが止まり、周りに他の人の気配もなくなったので、やっと視線を上げた。目の前には見たこともない重厚で大きな木製のドア。さらに視線を上げれば「生徒会室」と大きな文字でプレートがつけられていた。
とうとう……とうとう来てしまった。
「今日はちゃぁんと蛍くん連れてきたよ~」
重い音を立てながら、ノックもせず城之内先輩がそのドアを開けた。
正面の机で書類に目を落としていた会長モードのノレンがゆっくりとこちらに顔を上げる。思わず先輩方の背中に隠れるように身を縮めたが、目ざとく俺を見つけたノレンが口端をニィっと上げて笑った。
「遅かったじゃねぇか」
言って、立ち上がったノレンが俺の前に立ちふさがり顔を覗き込んでくる。
「約束は昨日からだったはずだけどな。随分と重役出勤だな?」
「ご、ごめん……」
不本意な体験入会だとしても思わず謝らずにはいられない、この、圧……! さすが生徒会長のカリスマである。
「まぁいい。昨日慣れてもらうつもりだったが仕方ない。今日から早速実務に取り掛かってもらう。困ったことがあれば俺に言え」
俺のために用意されたらしい机の椅子をノレンが引いて、座れと示した。体験入会のはずなのに机上にはしっかり「副会長 朝比奈蛍」のネームプレートまで誂えてあって恐怖しかない。いや、体験、体験ですよね? そうですよね? 立派なプラスチック製の明らかに業者に発注したネームプレートだけど、体験入会ですよねぇぇ!?
怖々机に着くと
「僕、お茶淹れてくるね」
と皐希先輩が部屋の奥の簡易キッチンへ向かった。ノレンと先輩方が自分の机に着いて軽い打ち合わせをしている間に、皐希先輩から紅茶のカップが配られた。
力を込めたら持ち手が折れてしまいそうな華奢なカップを、緊張しながら手にして琥珀色の液体を覗き込む。華やぐ高い香りが鼻腔をくすぐる。紅茶は普段はペットボトルのものしか飲まない俺にだってわかる、絶対高い紅茶だ。ついでに言えば、この金縁で上品な模様のついたカップも目が飛び出るほど高いやつでしょう、そうなんでしょうとも。
生徒会役員は授業の出席が免除されている。表向きには彼らの仕事が多忙なためと言われているが、実際は生徒会室で優雅にお茶を飲み、昼寝をし、時にお気に入りの生徒を連れ込み、まるで中世のお貴族様のような生活が許されているのだと一般生徒の間で噂されている。そんな話を聞いた時は羨ましいと思ったものだが、いざ噂のお貴族様のお紅茶を目の前にすると複雑な気持ちになる。学生の本分とは……などと考えて、素直に喜べないあたり、やはり生粋のモブの俺に生徒会役員など務まるはずがないのだ。体験入会が終わったらなんとしてもお断りしよう、でも滅多に口にできないから紅茶はありがたく頂戴しよう。モブは転んでもただでは起きないのである。
口をつけると鼻の奥まで通るような芳醇な香りに満たされる。微かな苦味を味わいながら飲み下すと華やかな残り香が広がり、まるで果実を口にしたようだ。ソーサに添えられた小さなクッキーを齧ればホロリと口中で崩れ、バターの濃厚な味と上品な砂糖の甘さが絶妙のハーモニーを織りなしている。サクサクと小気味良い音を立てる食感も堪らない。飲み込んでまた紅茶に口をつけた時の爽やかさと言ったらもう。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
夢中で飲み食いしていて気付かなかったが、カップが空になった時には役員全員が俺をじっと見つめていた。みんな口元には笑みを浮かべていたが一様に目が笑っていない。怖い。そんなにバッドマナーでしたか、卑しかったですか。すみません、よく言われます。
「ったく……目の毒だな。さて、時間もねぇ、各自仕事に取りかかれ」
舌打ちして呆れたようにノレンが言うと、先輩方は一斉に立ち上がった。あれ、皆さん急にそんなにきびきびと動き出してどうしました? 優雅なお茶は? お昼寝は?
「なにしてんだ、ホラ行くぞー」
キョロキョロとしている俺の二の腕を引っ張って、例の怪力でもって立たせたのは光希先輩だった。
「最初は庶務のお手伝いお願いね」
反対側の腕を皐希先輩に引っ張り上げられ、ずるずると引きずられながら生徒会室を後にする。いや、あの、俺歩けるんで……この移動方法デフォにするのやめてもらえますか!
40
お読みいただきありがとうございます!
ご感想等頂けると嬉しいです。マシュマロもあります。(マシュマロのお返事はログインまたはtwitterにてご確認お願いします🙇♀️)
ご感想等頂けると嬉しいです。マシュマロもあります。(マシュマロのお返事はログインまたはtwitterにてご確認お願いします🙇♀️)
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。
それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。
友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!!
なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。
7/28
一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる