モブがモブであるために

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15.生徒会体験二日目

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 颯真の登場によって観念したらしい城之内先輩から解放され、俺は颯真の後ろに隠れた。後輩の背中に庇われるなんてカッコ悪いとか、そんな体面なんて気にしてる場合じゃない。こっちだって貞操の危機なのだ。

 颯真と先輩はしばらく無言で睨み合いをしていたが

「思ってたより敵が多いみたいだね。でも、諦めないから」

 という意味深な言葉を残して先輩は部屋を出て行った。それはあれですか、俺のケツを諦めないってことですか……?
 ぞっと寒気が戻ってきた俺は、思わず颯真のブレザーの裾をぎゅっと握った。それに気づいて振り返った颯真は、依然として仁王様だった。

 え、なんでそんなに怒ってる……の……?

「大体、先輩に隙が多すぎるのが悪い」

 説教キター。
 颯真はたまにこうして突然ガチギレしてくる。

「反省してないでしょう? ここに座りなさい」
「あ、はい……すみません……」

 間違いない、いつものパターンだ。ガチギレ颯真の説教は丁寧な態度が消え失せ、何時間も正座させられたまま懇々と叱られるのだ。
 結局この日も、颯真の怒りは寮の夕飯時間が終わるまで鎮まらず、俺の腹の虫がうるさくなってきた辺りでやっと話を切り上げてくれた。そして溜息一つついた後に簡単な夕食を作ってくれたのだが、そういう所は本当に面倒見のいいやつだなと感心してしまう。
 ほかほかの牛丼をにこにこで頬張る俺を呆れた目つきで見ながら

「明日は生徒会室直行でしょうね。くれぐれも猛獣の檻の中にいる自覚を忘れないでくださいよ。明後日まで、生き延びてください」

 そう言って釘を刺してくるのを忘れない、できた後輩。それが颯真だ。
 颯真の言う通り、今日ははからずも体験入会の約束を無視した形になってしまった。おかんむりの生徒会役員に、明日は朝から連行されるに違いない。せっかくうまい飯食べてるのに思い出させないでほしい……。噛み締めた牛肉から溢れる甘い肉汁を飲み込んだはずが、すっかり苦々しい気分になったのだった。


 翌朝、俺は重い体を叱咤してなんとかベッドを這い出し身支度を整えた。せめて学校まで颯真に引っついて行こうと思っていたのだが、起きた時には既に颯真は朝練に出た後だった。昨日あれだけ怖がらせといて薄情すぎない?

 内臓までこぼれ落ちそうな深い溜息とともに玄関のドアを開けると、そこには

「おはよう~」

 朗らかな笑顔を浮かべた城之内先輩が立っていた。
 ……? 悪夢かな?
 最悪の人物との朝イチ遭遇に早速脳がサイレンを鳴らす。だって昨日の今日だぞ。部屋の前だぞ。

「……き、昨日からそこにいたんですか?」

 見るからに低血圧そうな城之内先輩がこんな時間にここにいるなんて違和感がある。もしかしたら昨日帰った振りをしてずっと待ち伏せしてたのかもしれない。なにせサイコパスだし。
 どもりながら絞り出すように問いかけた俺の質問に対して、先輩はきょとんと数度瞬きをしてから盛大に笑いだした。

「あっはははは! さすがにそこまではしなかったよ。蛍くんって愛されたがりだね?」

 いやいやいや! 笑えないし、愛されたがりってなに。その思考回路がサイコパスなんだって。ほんと怖いからやめて。

「昨日は結局蛍くんを生徒会室に連れて行けなかったでしょ? ホラ俺一応見張り役だったからさ、錬が第三の目が~とかなんとか荒れちゃってね」

 おいノレンのペルソナぁー! ちゃんと仕事しろよ! 厨二ダダ漏れてんぞ!

「そんなわけで今日は同伴出勤。ね?」

 どんなわけかは理解できないが、俺も颯真の助言を受けて腹を括っていたし、下手な抵抗をしてサイコパスの狂気を暴走させるのも危険なので大人しくついていくことにした。
 隣を歩く城之内先輩は当然のように俺の腰に手を回してくる。振り払いたいのだがビビってできない。狂気もだが凶器も怖い。俺の尻を諦めず狙ってるらしい凶器が……。
 これなに、セクハラ? パワハラ? モラハラ? なに。なにハラスメントなの?
 二人しかいないエレベーターに乗り込んだ時、俺の恐怖と混乱はピークに達していた。そして、先輩がポケットからスマホを取り出そうとした些細な動きに過剰に反応し飛び退った結果、肩が最上階のボタンを押してしまった。寮の玄関があるのは当然一階である。しかし虚しくエレベーターは上へと昇っていく。

「あ、しまった……」
「……蛍くんって意外と積極的なんだね」

 またトチ狂ったことを言い出したぞと冷や汗をかいたが、深呼吸を繰り返し冷静を努めた結果、言わんとすることがなんとなく理解できた。最上階は生徒会役員のためだけのフロアだ。当然先輩の部屋もそこにある。その階のボタンを押した俺の行動を、何かとてもポジティブに(性的な意味で)受け取ったんだと思う。
 最上階は生徒会役員以外はフロアへの立ち入りすら許されておらず、その内装や仕組みについての情報は一般生徒には眉唾ものの噂話しか入ってこない。なんでも専属食堂がありそこは某三つ星レストランのシェフによるものだとか、コンシェルジュがいて、ルームサービスがあって、部屋は一流ホテルのスイートルーム並みだとか。真偽のほどを一度この目で確かめてみたいと思ってはいたが、この人とだけは遠慮したい。

「俺の部屋でいい?」

 先輩は腰に回した腕に力を入れ、さらに引き寄せてきた。
 よくないよくない! なんですかその朝らしからぬ卑猥さの滲む聞き方は。やることはすでに決まっていて場所だけ確認、みたいなその言い回しなんですか! 言い慣れてる感じなのもムカつくな! いやでも待て言い慣れてるとしてもこの学校にいる限りきっとみんな男相手なんだよな、それは別に羨むことではないな?
 予想外の事態に脳が別のことへ逃避し始めた頃に、無情にもチン、と高い音を鳴らして扉が開いた。
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