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10.地味メン仲間のノレン
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闇時空の生徒指導室でごっそり精神力を抜き取られた後、俺はなんとか一時間目の授業に滑り込み遅刻は免れた。
今日は押し切られてしまったが、俺が風紀委員の、しかも副委員長だなんて無理以外の何物でもない。早く断らなければとは思うが、会話不成立の篁先輩を説得することを考えると気が重い。何度もため息が漏れてしまった一日だったが、草太が昼休みにプリンをくれたのでなんとか乗り切れた。プリンの力は偉大だ。ノーベル平和賞にノミネートされるべきだと思う。
とりあえず今日は校門登りの反省文を書くためにも早々に寮へ帰ろうと支度していると、遠慮がちに声を掛けられた。
「朝比奈……」
聞き逃してしまいそうな小さな声で俺の名前を呼んだのはクラスメイトの”ノレン”だった。ノレンというのは当然本名ではない。下の名前、”錬”から採ったあだ名で、鼻先まで伸ばした前髪が暖簾のように見えるからそう呼ばれている。苗字は忘れた。先生もクラスメイトもみんなノレンと呼ぶからだ。なにせ本人が苗字よりもあだ名で呼んでほしいと言っているのだ。
ノレンは見上げるほど背が高く、かと言ってヒョロヒョロでもない。きっとそれなりに格好いい筋肉もついているだろうに、いつも自信がなさそうに背を丸めている。前髪で隠れて顔の上半分は見えないが、顎のラインはシャープだし、唇の形も薄く引き締まっている。猫背を矯正して前髪を上げればそこそこイケメンなのではないかと常々思っているのだが、本人のメンタルが容姿についてきていないのだろう。
内向的で仲の良い友達もいないらしく、教室ではいつも一人でいる。俺も今までほとんど喋ったことはなかったから、急に話しかけられて内心驚いた。
「ノレン? どうした?」
「あの……日直、僕と朝比奈だから……」
言われて思い出した。今日は日直の当番だった。始業前の教室の掃除、授業後の黒板消し、先生の手伝い、一切合切をもう一人の日直であるノレンに押し付けていたことに今頃気づかされたのだ。
「ごめん、忘れてたっ!」
「べ、別にいいよ、大した仕事でもないし。……日誌に記名だけお願いしたくて」
そう言って差し出された日誌はすでに記入済みで、残す空欄は俺の名前だけだった。大した仕事ではないと本人は言うが、決してそんなことはない。なぜか今日に限って授業の準備やら、実験の補佐やらを日直に手伝わせる先生が多く、中には授業のレポートなんてのを頼んでいる先生もいた。その全てをノレンが引き受けてくれていたのだ。俺だったらレポート作成なんて何時間もかかる大仕事だ。しかしノレンの口ぶりからして多分とうに終わっているのだろう。丁寧な文字で過不足なく纏められた日誌を見ても、多分ノレンは相当優秀な人物なのかもしれない。人は見かけによらないものである。
促されるまま日誌に名前を記入するとノレンが職員室まで持って行くと言うので、さすがにそれくらいは俺がやると言ってノレンには先に帰ってもらった。
職員室には担任はおらず、机に日誌を置いて出ようとすると
「お、2ーBの日直か。ちょうどよかった。今日は助かった。ほれ、これ食え」
と言って、今日ノレンにレポートを頼んでいた先生がアイスを渡してきた。礼を言って受け取ってしまったものの、どう考えてもこれは俺がもらっていいものじゃない。かと言って持ち帰って明日の朝アイスを渡されてもノレンが困るだろう。しばらく手の中の冷たい袋を見つめて悩んだが、今から追いかければ間に合うかもしれないと昇降口へ向かって走り出した。
「ノレン!」
昇降口を今まさに出て行こうとするノレンの大きな背中を見つけ呼び止めた。焦っていたから思いの外大きな声になってしまい、ノレンがビクリと肩を震わせてから驚いたように振り返った。
「ど、どうしたの?」
「これ、先生がレポートのお礼だって」
「……それで、追いかけて来てくれたの?」
俺も靴に履き替え駆け寄り、一緒に隣を歩きながらアイスを手渡すと、ノレンはしばらくその袋を見つめてから汗だくの俺の顔を見て口元を歪ませた。多分笑ったんだと思う。
「別にいいのに」
「そいういうわけにはいかないだろ、俺なにもしてないし」
「……ありがとう」
「早く食べた方がいいかも。結構溶けてそう」
促されて早速ノレンが封を開けたものの、中身を取り出したところで動きが止まった。二つ繋がったチューブ型の容器にフローズンスムージーが入ったお馴染みのアイスは、掴んだノレンの指の力でぐにゃりと形を歪ませるほどに溶けていた。ちなみに俺はこれくらい溶けかけの方が好きなのだが、もしかしてノレンはカチカチ派なのだろうか。アイスを凝視したまま動かない。
「……なにこれ。どうやって食べるの?」
俺の方が、なにそれって聞きたいんだけど。そんなまさかお子様の定番パピ○を食ったことがない人間がいるだと……?
俺をからかっているのかと思ったが、ノレンはそういう悪ふざけをするタイプじゃなさそうだ。
となると、地味な外見から勝手に仲間だと思ってたけど、もしかしてノレンってセレブなのか。
改めて見てみれば、シャツもスラックスもいつもクリーニングから返ってきたばかりのようにパリッとしているし、髪も艶やかで、近くにいるとなんだか高級感のあるいい匂いがする。
なんてことだ。ノレンはただのノレンじゃなかった。いとやんごとなきノレンだった!
選ばれし民には媚びへつらうDNAを持っている俺は、困っているノレンの手元からうやうやしくアイスを取ると二つに繋がっている部分を切り離してさしあげた。
「えっすごい! 二個に分かれるんだ!」
庶民は普通その驚きを十年以上前に経験するんだがな! まぁでも純粋に感動してくれている姿に悪い気はしないので、得意になって丸い輪っかに指を引っ掛けて吸口の封を切った。また大袈裟にノレンが喜んでくれる。
「二個あるんだし、そっちは朝比奈にあげるよ」
本来俺がもらうべきものではないが、すでに手の中にある物を突き返すのは悪い気がして素直に受け取ることにした。ノレンはもう一つの方を開けようとしているが、溶けかけで扱いづらいのか少し手間取っている。それを見てこちらもついもどかしくなって、あぁそうじゃなくて、なんて力んでいる内に溶けかけのアイスが溢れそうになり、俺は先にアイスに口をつけた。
シャリシャリとした氷の粒と柔らかく溶けたなめらかなスムージーが口の中に広がる。舌触りも心地よく、噛めば氷の食感と涼やかな音が心地いい。ヨーグルト風味の微かな酸味が甘みを緩和して喉越しも爽やかに感じる。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
ちゅうちゅうと残りを吸い込む卑しい姿がセレブ様には相当珍しかったのか、俺の顔をじっと見ていたらしいノレンが手中のアイスをぐっと握りしめた。
「ノレン、そんなに強く握ると——」
溢れるぞ、と言いきる前にノレンが封を切ったせいで、それはもう見事に溢れた。もはや溢れるというレベルではない。射撃に近い。しかも、普通こういう時って自分にかかるよね? なんで俺の顔面に命中してんの?
「……っご、ごめんっ!」
ノレンが自分にも少しかかったのか長い前髪をかき上げて目元を擦り、それから慌てて鞄の中から何か拭くものをと探している。
一瞬ちらりと覗いたノレンの顔を見て、俺は自分の顎からしたたるアイスも気にならなくなるほど思考が停止した。あまりに美形だったからとかいう単純なオチではない。俺の知っている美形の人物だったからだ。それも、ノレンとイメージのかけ離れた人物で。
「……生徒会長っ!?」
至近距離での俺の絶叫にわずかに眉間に皺を寄せた顔はまさしく生徒会長で、でもここにいるのはノレンのはずだし、え、待って情報処理が追いつかなくて脳みそが熱い。
「あぁ、朝比奈も知らなかった?」
少し影のある微笑みを浮かべる姿は文句なくイケメンだが、生徒会長の見せるニヒルな笑みとは雰囲気が違う。沸騰寸前の俺の脳みそがはじき出した答えは、
「もしかして、双子?」
「ううん、本人」
苦笑いのノレンに完全否定されてしまった。
「えっえっ、なに、どういう……ノレンがあいつであいつがノレン? 俺がお前でお前が俺で!?」
「お、落ち着いて! お前は朝比奈だよ、僕じゃないよ」
取り乱した俺をノレンはどうどう、と手で制して経緯を説明してくれた。なお、この間俺の顔のアイスはそのままだし、一気に噴き出した汗と混ざり合ってぼたぼたと顎から垂れているんだが、そこは一切気にかけてくれなかった。ノレンの手にはハンカチが握られているというのに。
「もともと僕は生徒会長なんていう器じゃないんだ。人前に出るの苦手だし、コミュ障だし。でも僕はすべての能力値が人より高い上に由緒ある家柄の生まれだからさ、推薦されたら断るのも忍びなくて」
自信のない青少年が苦しみながら打ち明ける悩みの独白、といった体で語られる台詞の中に、揺るぎない自分アゲが紛れているのが気にならなくもないがとりあえず続きを聞くことにする。
「そこで考えたんだ。僕に無理なら、生徒会長が務まるもう一人の僕を作ればいい。僕は生徒会長の九条錬というペルソナを着けることにしたんだ。そして普段は前髪というスクトゥムの中で己を守ってる。あぁ、スクトゥムというのは盾のラテン語でね」
お医者さん、こっちです! 重度の中二病患者がいます!
要は生徒会長の自分と普段の自分を使い分けてるってことをノレンは滔々と語っているけど、はっきり言うと、どうでもいい。そして痛々しい。そんなことよりアイスがベタベタしてきたのでそのハンカチで早く俺の顔を拭いてくれないだろうか。
「人を欺くことに多少の罪悪感はあるよ、でも仕方ないよね。だって僕がこんなに優れた存在としてこの世に生まれ落ちてしまったのだから、世界が放って置くはずはないんだ。これは僕に課せられた生涯のカルマ。僕が自分を守らなければ魂は暁の闇へ惹かれてしまう」
いよいよノレンが止まらなくなってきた。どうしよう、想像以上に面倒臭い奴だ。適当に挨拶を告げ先に帰ってしまおうかと思ったところで、俺史上最高に面倒臭い人物が現れた。
「やぁ、ここにいたのか校門の君。私としたことが君の名前も聞かず別れてしまい、捜していたんだ」
篁先輩がものすごい早歩きにもかかわらず、汗ひとつかかず髪一筋乱さず能面の顔でこちらに近づいてくる。サイボーグかな?
逃げる隙を与えられず一気に間合いに入られてから気がついた。俺が今一緒にいる人物は篁先輩の極限地雷では。
「……不用意にそんな男に近づくのは感心しないな」
俺の隣のノレンに気づいた篁先輩は表情には出ないものの明らかに纏う空気の温度を下げて、地の底を這うような低い声で言った。俺でさえ縮み上がったくらいだ、気の弱そうなノレンは大丈夫だろうか。横目で隣を窺うと、そこには前髪を男らしく掻き上げ不敵に笑う生徒会長がいた。
「あ? 風紀が俺の朝比奈になんの用だよ?」
……ペルソナ強すぎない?
今日は押し切られてしまったが、俺が風紀委員の、しかも副委員長だなんて無理以外の何物でもない。早く断らなければとは思うが、会話不成立の篁先輩を説得することを考えると気が重い。何度もため息が漏れてしまった一日だったが、草太が昼休みにプリンをくれたのでなんとか乗り切れた。プリンの力は偉大だ。ノーベル平和賞にノミネートされるべきだと思う。
とりあえず今日は校門登りの反省文を書くためにも早々に寮へ帰ろうと支度していると、遠慮がちに声を掛けられた。
「朝比奈……」
聞き逃してしまいそうな小さな声で俺の名前を呼んだのはクラスメイトの”ノレン”だった。ノレンというのは当然本名ではない。下の名前、”錬”から採ったあだ名で、鼻先まで伸ばした前髪が暖簾のように見えるからそう呼ばれている。苗字は忘れた。先生もクラスメイトもみんなノレンと呼ぶからだ。なにせ本人が苗字よりもあだ名で呼んでほしいと言っているのだ。
ノレンは見上げるほど背が高く、かと言ってヒョロヒョロでもない。きっとそれなりに格好いい筋肉もついているだろうに、いつも自信がなさそうに背を丸めている。前髪で隠れて顔の上半分は見えないが、顎のラインはシャープだし、唇の形も薄く引き締まっている。猫背を矯正して前髪を上げればそこそこイケメンなのではないかと常々思っているのだが、本人のメンタルが容姿についてきていないのだろう。
内向的で仲の良い友達もいないらしく、教室ではいつも一人でいる。俺も今までほとんど喋ったことはなかったから、急に話しかけられて内心驚いた。
「ノレン? どうした?」
「あの……日直、僕と朝比奈だから……」
言われて思い出した。今日は日直の当番だった。始業前の教室の掃除、授業後の黒板消し、先生の手伝い、一切合切をもう一人の日直であるノレンに押し付けていたことに今頃気づかされたのだ。
「ごめん、忘れてたっ!」
「べ、別にいいよ、大した仕事でもないし。……日誌に記名だけお願いしたくて」
そう言って差し出された日誌はすでに記入済みで、残す空欄は俺の名前だけだった。大した仕事ではないと本人は言うが、決してそんなことはない。なぜか今日に限って授業の準備やら、実験の補佐やらを日直に手伝わせる先生が多く、中には授業のレポートなんてのを頼んでいる先生もいた。その全てをノレンが引き受けてくれていたのだ。俺だったらレポート作成なんて何時間もかかる大仕事だ。しかしノレンの口ぶりからして多分とうに終わっているのだろう。丁寧な文字で過不足なく纏められた日誌を見ても、多分ノレンは相当優秀な人物なのかもしれない。人は見かけによらないものである。
促されるまま日誌に名前を記入するとノレンが職員室まで持って行くと言うので、さすがにそれくらいは俺がやると言ってノレンには先に帰ってもらった。
職員室には担任はおらず、机に日誌を置いて出ようとすると
「お、2ーBの日直か。ちょうどよかった。今日は助かった。ほれ、これ食え」
と言って、今日ノレンにレポートを頼んでいた先生がアイスを渡してきた。礼を言って受け取ってしまったものの、どう考えてもこれは俺がもらっていいものじゃない。かと言って持ち帰って明日の朝アイスを渡されてもノレンが困るだろう。しばらく手の中の冷たい袋を見つめて悩んだが、今から追いかければ間に合うかもしれないと昇降口へ向かって走り出した。
「ノレン!」
昇降口を今まさに出て行こうとするノレンの大きな背中を見つけ呼び止めた。焦っていたから思いの外大きな声になってしまい、ノレンがビクリと肩を震わせてから驚いたように振り返った。
「ど、どうしたの?」
「これ、先生がレポートのお礼だって」
「……それで、追いかけて来てくれたの?」
俺も靴に履き替え駆け寄り、一緒に隣を歩きながらアイスを手渡すと、ノレンはしばらくその袋を見つめてから汗だくの俺の顔を見て口元を歪ませた。多分笑ったんだと思う。
「別にいいのに」
「そいういうわけにはいかないだろ、俺なにもしてないし」
「……ありがとう」
「早く食べた方がいいかも。結構溶けてそう」
促されて早速ノレンが封を開けたものの、中身を取り出したところで動きが止まった。二つ繋がったチューブ型の容器にフローズンスムージーが入ったお馴染みのアイスは、掴んだノレンの指の力でぐにゃりと形を歪ませるほどに溶けていた。ちなみに俺はこれくらい溶けかけの方が好きなのだが、もしかしてノレンはカチカチ派なのだろうか。アイスを凝視したまま動かない。
「……なにこれ。どうやって食べるの?」
俺の方が、なにそれって聞きたいんだけど。そんなまさかお子様の定番パピ○を食ったことがない人間がいるだと……?
俺をからかっているのかと思ったが、ノレンはそういう悪ふざけをするタイプじゃなさそうだ。
となると、地味な外見から勝手に仲間だと思ってたけど、もしかしてノレンってセレブなのか。
改めて見てみれば、シャツもスラックスもいつもクリーニングから返ってきたばかりのようにパリッとしているし、髪も艶やかで、近くにいるとなんだか高級感のあるいい匂いがする。
なんてことだ。ノレンはただのノレンじゃなかった。いとやんごとなきノレンだった!
選ばれし民には媚びへつらうDNAを持っている俺は、困っているノレンの手元からうやうやしくアイスを取ると二つに繋がっている部分を切り離してさしあげた。
「えっすごい! 二個に分かれるんだ!」
庶民は普通その驚きを十年以上前に経験するんだがな! まぁでも純粋に感動してくれている姿に悪い気はしないので、得意になって丸い輪っかに指を引っ掛けて吸口の封を切った。また大袈裟にノレンが喜んでくれる。
「二個あるんだし、そっちは朝比奈にあげるよ」
本来俺がもらうべきものではないが、すでに手の中にある物を突き返すのは悪い気がして素直に受け取ることにした。ノレンはもう一つの方を開けようとしているが、溶けかけで扱いづらいのか少し手間取っている。それを見てこちらもついもどかしくなって、あぁそうじゃなくて、なんて力んでいる内に溶けかけのアイスが溢れそうになり、俺は先にアイスに口をつけた。
シャリシャリとした氷の粒と柔らかく溶けたなめらかなスムージーが口の中に広がる。舌触りも心地よく、噛めば氷の食感と涼やかな音が心地いい。ヨーグルト風味の微かな酸味が甘みを緩和して喉越しも爽やかに感じる。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
ちゅうちゅうと残りを吸い込む卑しい姿がセレブ様には相当珍しかったのか、俺の顔をじっと見ていたらしいノレンが手中のアイスをぐっと握りしめた。
「ノレン、そんなに強く握ると——」
溢れるぞ、と言いきる前にノレンが封を切ったせいで、それはもう見事に溢れた。もはや溢れるというレベルではない。射撃に近い。しかも、普通こういう時って自分にかかるよね? なんで俺の顔面に命中してんの?
「……っご、ごめんっ!」
ノレンが自分にも少しかかったのか長い前髪をかき上げて目元を擦り、それから慌てて鞄の中から何か拭くものをと探している。
一瞬ちらりと覗いたノレンの顔を見て、俺は自分の顎からしたたるアイスも気にならなくなるほど思考が停止した。あまりに美形だったからとかいう単純なオチではない。俺の知っている美形の人物だったからだ。それも、ノレンとイメージのかけ離れた人物で。
「……生徒会長っ!?」
至近距離での俺の絶叫にわずかに眉間に皺を寄せた顔はまさしく生徒会長で、でもここにいるのはノレンのはずだし、え、待って情報処理が追いつかなくて脳みそが熱い。
「あぁ、朝比奈も知らなかった?」
少し影のある微笑みを浮かべる姿は文句なくイケメンだが、生徒会長の見せるニヒルな笑みとは雰囲気が違う。沸騰寸前の俺の脳みそがはじき出した答えは、
「もしかして、双子?」
「ううん、本人」
苦笑いのノレンに完全否定されてしまった。
「えっえっ、なに、どういう……ノレンがあいつであいつがノレン? 俺がお前でお前が俺で!?」
「お、落ち着いて! お前は朝比奈だよ、僕じゃないよ」
取り乱した俺をノレンはどうどう、と手で制して経緯を説明してくれた。なお、この間俺の顔のアイスはそのままだし、一気に噴き出した汗と混ざり合ってぼたぼたと顎から垂れているんだが、そこは一切気にかけてくれなかった。ノレンの手にはハンカチが握られているというのに。
「もともと僕は生徒会長なんていう器じゃないんだ。人前に出るの苦手だし、コミュ障だし。でも僕はすべての能力値が人より高い上に由緒ある家柄の生まれだからさ、推薦されたら断るのも忍びなくて」
自信のない青少年が苦しみながら打ち明ける悩みの独白、といった体で語られる台詞の中に、揺るぎない自分アゲが紛れているのが気にならなくもないがとりあえず続きを聞くことにする。
「そこで考えたんだ。僕に無理なら、生徒会長が務まるもう一人の僕を作ればいい。僕は生徒会長の九条錬というペルソナを着けることにしたんだ。そして普段は前髪というスクトゥムの中で己を守ってる。あぁ、スクトゥムというのは盾のラテン語でね」
お医者さん、こっちです! 重度の中二病患者がいます!
要は生徒会長の自分と普段の自分を使い分けてるってことをノレンは滔々と語っているけど、はっきり言うと、どうでもいい。そして痛々しい。そんなことよりアイスがベタベタしてきたのでそのハンカチで早く俺の顔を拭いてくれないだろうか。
「人を欺くことに多少の罪悪感はあるよ、でも仕方ないよね。だって僕がこんなに優れた存在としてこの世に生まれ落ちてしまったのだから、世界が放って置くはずはないんだ。これは僕に課せられた生涯のカルマ。僕が自分を守らなければ魂は暁の闇へ惹かれてしまう」
いよいよノレンが止まらなくなってきた。どうしよう、想像以上に面倒臭い奴だ。適当に挨拶を告げ先に帰ってしまおうかと思ったところで、俺史上最高に面倒臭い人物が現れた。
「やぁ、ここにいたのか校門の君。私としたことが君の名前も聞かず別れてしまい、捜していたんだ」
篁先輩がものすごい早歩きにもかかわらず、汗ひとつかかず髪一筋乱さず能面の顔でこちらに近づいてくる。サイボーグかな?
逃げる隙を与えられず一気に間合いに入られてから気がついた。俺が今一緒にいる人物は篁先輩の極限地雷では。
「……不用意にそんな男に近づくのは感心しないな」
俺の隣のノレンに気づいた篁先輩は表情には出ないものの明らかに纏う空気の温度を下げて、地の底を這うような低い声で言った。俺でさえ縮み上がったくらいだ、気の弱そうなノレンは大丈夫だろうか。横目で隣を窺うと、そこには前髪を男らしく掻き上げ不敵に笑う生徒会長がいた。
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