モブがモブであるために

文字の大きさ
上 下
9 / 47

7.ソーウケテンカイ?

しおりを挟む
 生徒会について疎い俺でも、入学式などの式典で何度も挨拶している生徒会長の顔はさすがに覚えている。ビーエル学園の顔であり類まれなカリスマを持つ生徒会長に関しては様々な噂が囁かれていて、興味のない俺の耳にまで聞こえてくる。日本経済を牛耳ってる企業の御曹司だとか、実は日本一の勢力を誇るヤクザの若頭だとか、はたまたロイヤルな系譜に連なるお方だとか、その真偽のほどはかなり眉唾だが。逆に、噂ばかりが一人歩きしていて実態がよくわからない謎の人物として興味を集めている。
 というのも、生徒会長はあまり一般生徒と交流するのが好きではないらしい。もっぱら生徒会役員と共に行動し、学内ではほとんど生徒会室に篭りっぱなしだ。寮でも生徒会役員は一人部屋だし、会長特権で頻繁に外泊しているとも聞く。今では、見かけたらその日はいいことがあるとまで言われ、レアキャラ扱いになっている。
 ちなみにこの会長様は俺と同じ学年だ。そう、会長なのに二年生なのである。同学年とは聞くけれどその姿を教室で見たことはない。何組に所属しているのかも知らない。相当優秀だそうだから、授業も免除されているのかもしれない。しかし俺にとっては勉強面の優秀さよりも、二年生にしてあの一癖も二癖もありそうな三年生の生徒会役員を従えていることがただひたすらにすごいと思う。密かに尊敬もしていたんだが、そのSSR会長様が今目の前に唐突に現れたのである。
 取り乱すのを通り越した心が虚無に至ってただポカンと見つめる俺に対して、悠悟先輩は瞬時に俺の肩から手を離し会長を振り返った。

「悠悟にしちゃあ、ちょっとずるいやり口なんじゃねぇの?」
「……」

 軽い語調ながら詰問するかのような威圧感を放つ会長に、悠悟さんはバツが悪そうに目を逸らす。
 ずるいってなんのことだろう。俺はただ二択を迫られてただけなんだけど。もしかしてあれか。ウンコ味のカレーとカレー味のウンコどっちがいい的な質問だった? ……いや、冷静になれ俺、悠悟さんがそんな下らない質問するわけないだろ。レアキャラとの遭遇に俺は思ったより取り乱しているみたいだ。

No tiene nada que ver contigo君には関係ない.」
「そうも言えねぇな。そいつあれだろ、朝比奈蛍。お前が抜け駆けすると他の奴らがうるせぇからよ」

 突然フルネームで呼ばれて俺の背筋がピンと伸びる。なぜ会長が俺の名前を知っているんだろう。

「……あぁ、見たことある顔だな……なるほど。生徒会のやつらが世話になったらしいな、ドーモ」

 じろじろと値踏みするように俺の顔を眺めていた会長が思い出したとばかりに呟いた。え、俺会長様とは初対面だと思うんですけど……。なるほどってなんですか。その含みのある間はなんですか!?
 腹の読めない笑みを浮かべ会長が儀礼的にぺこりと小さく頭を下げたので、つられて俺も会釈する。お世話したつもりは皆無だったけども。

「悠悟、今日のところは頭冷やせ。お前らしくねぇ」

 悠悟さんよりはわずかに小さいけれど、俺からしたら首が疲れるほど見上げなければならない身長の会長が悠悟さんの肩に腕を回し諭すように言った。しばらく悠悟さんは言葉を詰まらせ俺を見つめていたけれど、会長の説得に諦めたように視線を伏せた。

「蛍……また会おう。覚えていて……Siempre pienso en ti僕はいつも君のことを想っているよ.」

 両頬を優しく包まれてそう言われたけど。すみません、最初の単語すら覚えられそうにないです。し、しえんぷれ……? 
 聞き返そうと思っていたのに、すぐに悠悟さんは俺に背を向け寮の方へと歩いて行ってしまった。その数歩後ろに続いていた会長さんが顔だけ振り返って、またな、と一言残し一緒に寮に向かう。煌びやかな二人がいなくなると途端に辺りが暗くなったような気がする。俺は緊張から解放されると呪縛が解かれたように固まっていた手足を動かし、やっと寮にたどり着いたのだった。


 思いもかけず盛りだくさんの土曜日となった日の翌日、またしても寝坊した俺はメッセージアプリの通知音で目が覚めた。ぼんやりする目で画面を眺めると、たった一言

『雪:詳細。』

 とあった。

 病室に駆け込んだ俺を待ち構えていたのは、痛々しい医療器具が外れやや血色も良くなった雪が不機嫌を露わに腕組みしている姿だった。喜べばいいのか慄けばいいのか悩むところだ。

「遅い!」
「あ、はい。すみません」

 なんとなく条件反射で謝ってしまったけど、そうじゃない。体の調子はどうなのか、話していて平気なのか、あの夜一人で帰してごめん、無事でよかった、他にも色々言うべきことがあるはずなのに、全て雪に途中で遮られた。

「そんなことより、詳細!」

 自分の生死に関わることをそんなこと呼ばわりするとか雪お前ってやつは……本当に雪だな。従兄弟の通常運転に俺は安堵した。

「詳細ってあのメッセージの?」
「それ以外何があんの? 生BLって何」

 食い気味に聞いてくる雪の顔が割と本気で怖かったので、俺はこれまでのことを洗いざらい話した。会計さんの情事に闖入してちんこ潰されそうになったことや、双子庶務を助けたはずがペットにされそうになったことや、書記の悠悟さんと出かけたことなど。一通り聞き終わった雪は、長い長い溜息を吐いてこう言った。

「お前には本当にがっかりした」

 心外である。BL好きの雪なら興味本位ながらも多少の同情をしてくれると思っていたのに。

「俺に何の落ち度があるわけ?」
「全てだよ! 逆になんで会計から? 普通副会長だろうが。それで学食で生徒会長にキスされて、そこからやっと会計と庶務と書記でしょうが!」

 誰もが知ってる永遠の定理だとでも言いたげな雪に俺は必死で脳内を探し回ったが、そんなセオリー初耳だ。言ってることも無茶苦茶だし、やっぱり打ち所が悪かったんだろうか。

「雪……」
「そんな痛ましい目で見るな。俺は正常だ。むしろ蛍が今正常ではない」
「と言いますと?」

 またおかしなことを言い出したなと思って聞けば、雪が語ったのはとんでもない空想物語だった。雪が生死の境を彷徨っている時に俺をBL世界にぶち込むよう神様にお願いしただとかなんとか。本人は至って真面目に語っているが、とても信じられる話ではない。雪……やっぱり打ち所が。

「だからその目をやめろ。……まぁ信じなくてもいいさ。俺は蛍がBL世界に飲み込まれ掘られまくっても楽しいだけだからな」

 え、待って。冷たい目で急になんか怖いこと言うのやめて。

「お前もおかしいとは思わないのか。今まで接点すらなかった生徒会役員と、俺が事故にあってから次々にイベントが起こっている。無知なお前に教えてやろう、これが俗に言う、王道学園総受け展開だ」
「オードーガクエンソーウケテンカイ……」

 無敵の必殺技みたいな単語にゴクリと喉が鳴った。雪の言っていることを信じたわけではないが、なんとなく身の危険を感じたのだ。

「ち、ちなみに雪はこの後俺はどうなると思う?」
「そうだな……。誰か一人のルートに入って恋人エンド、生徒会役員全員を虜にしてハーレムエンド、あぁ攻めのヤンデレ化による監禁バッドエンドもあるな」

 生徒会の誰かが恋人とか意味わからんし、ハーレムとか俺への精神的なリンチだろ。しかし最後の監禁って、ちょっと、ペットとかなんとか、似たような危ないこと、あったような気がしないでもないですね……?
 ぶるり、と体が震えた。そんな、まさかな。モブを絵に描いたような俺だぞ。あるわけない。あるわけないけど。

「……その全部を回避するには?」
「天使と契約する時に、蛍のBLモテ解除要件をフルコンプってことにしたから、全攻略対象者を落とすしかない」

 落とすっていうのは失神させるって意味ではないよね、絶対違うよね、うんわかってる。雪の目が言わずとも語ってるから。
 そこからの俺は、信じたわけではないと繰り返し自分に言い聞かせながらも必死に雪のBL講義をメモすることになったのだった。


 次の日。月曜日の朝早く、俺は学校の正門前にいた。全寮制のビーエル学園では校舎の敷地内に寮があるため、校門を通って通学してくる生徒はまずいない。なのにわざわざ裏門から外へ出て正門前に回り込んだ。何のためにかと言うと、今からこの門を登るのだ。……何を言っているのかわからないと思うが、俺もわかっていない。とにかく今から俺はこのでかい校門を乗り越える。
 雪曰く、生徒会役員全員を落とすにはまず副会長からとのことだった。そのためには校門を登らねばならず、そこで出会える副会長に笑顔がぎこちないとかなんとか初対面で失礼な発言をすればイチコロらしい。BLの世界は俺には理解できない不思議な世界である。
 雪の話はいまだに信じられないけど、身を守るためにできることはしておいて損はないと思う。これが無駄に終わるならそれでもいい、むしろそうあってくれと願いながら門の鉄格子に足をかけた。俺の背丈よりも遥かに高い門を超えるのはかなりの運動神経と体力と集中力を要する。足場に苦慮しながらどうにか上まで到達したが、副会長らしい人の姿は見えない。というか、人影すら見当たらない。
 やはり取り越し苦労だった。それも当然だ。あんなバカバカしい話があってたまるか。校門超えたら副会長に会えるとか脈絡がなさすぎだろう。もしかして雪渾身のドッキリだったのかもしれない。そう思うとまんまと担がれてしまった自分が恥ずかしい。さっさと教室へ向かおうと門から敷地内へ飛び降りたその瞬間。

「そこで何をしている」

 冷ややかな声が降ってきた。まさか本当に副会長が出現しただと……? 驚いて声のした方に視線を遣ると、二階の廊下の窓からこちらを見下ろしている人物と目が合った。涼しい切れ長の目は弾劾するような厳しさを孕んでいて、きっちりと着込まれた制服や一分の乱れもなく整えられた黒髪は神経質にも映る。整った顔立ちではあるが、これまで会った生徒会役員のような煌びやかな印象ではなく、もっと堅実な、組織的な、政治的な、そうだな、たとえば風紀委員みたいな……ん? あれ、あの人の腕章って……。

「生活態度に問題ありと見る。君、この後生徒指導室へ来なさい」

 雪さん、校門を登ったら副会長に会えるんじゃないんですか? 普通に風紀委員に捕まりましたよ。この後指導されますよ。反省文も書かされることでしょう。
 
 ……話が違うじゃないか!!
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます!
ご感想等頂けると嬉しいです。マシュマロもあります。(マシュマロのお返事はログインまたはtwitterにてご確認お願いします🙇‍♀️)
感想 4

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。 それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。 友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!! なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。 7/28 一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...