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5.強面さんとの再遭遇
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よほど疲れていたのか目が覚めると昼近くになっていて、起き上がった途端腹が鳴った。土日の寮の食堂は夜しか開いていない。自炊しろってことなんだろうけど、今の俺にはそんな気力は皆無だ。颯真がいれば、頼み込めば文句を言いながらも簡単なものを作ってくれるけど、今はもう部活に行った後のようだ。田舎だから近くにコンビニもない。ちょっと歩けばスーパーならあるけど、そこのお惣菜って気分でもない。もっとこう、腹にガツンとくるジャンキーなものがいい。例えば赤地に黄色いMの文字が輝くあそことか。
一度そう思いついたらすっかりハンバーガーの口になってしまった。あの塩気の強いポテトも恋しい。そうなるとコーラは外せないし。もう駄目だ、待ってろドナルド、今行くぞ!
決断するが早いか、俺はすぐに支度をして部屋を出た。
学校のある田舎町には当然ファーストフード店などなく、街まで出ることになる。俺は電車に乗り込み、スマホを眺めたり音楽を聴きながら心地よい揺れにうつらうつらしていた。しかし、目的地まであと二駅というところで車内アナウンスが流れる。
「ご乗車のお客様にご案内いたします。この電車は車両故障により当駅発車後は車庫に向かいます。ホーム反対側にて停車中の電車にお乗り換えをお願いいたします。お客様には大変ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございません。繰り返します、この電車は——」
たまにしか乗らない電車が車両故障だなんて、まったくついてない。
俺は重い腰を持ち上げて電車を乗り換えた。座席に腰掛けて車窓に目を遣れば、先ほどまで乗っていた車両がよく見える。電車に乗り込んでは繰り返されている車内アナウンスに驚きの表情をして、こちらの電車に乗り換えてくる人がぽつぽつといたが、そろそろ発車時刻も近くなり人の移動も終わった頃、ふと目立つ人影が車庫へ向かう車内に残っているのが見えた。あの高い身長とがっちりした体、そして何より輝く整った顔立ち。忘れもしない、昨日俺に濡れ衣を着せて理不尽な怒りをぶつけてきた悠悟サンじゃないか。
あー、あの人と同じ電車になるのか。近くの座席に来ないといいな。そう祈りつつ彼の挙動をじっと見つめていたが、こちらに移ってくる素振りがない。車内にはアナウンスが流れているはずだし、駅構内でも同じ内容が繰り返し放送されている。一体あの人は何を聞いているんだ。
そうこうする内に駅員さんの、乗客降車完了、との業務連絡が聞こえた。え、嘘でしょ、います、いますよあそこに。やたら目立つ人が乗ってるじゃないですか! 俺の心の訴えが通じるはずもなく、駅員さんは旗をグルグル振っている。悠悟サンは呑気にスマホを眺めている。発車ベルが鳴った。
正直いい気味だとも思った。扉が閉まってから乗客が自分しかいないことに気づいてももう遅い。車庫に向かう電車で一人で慌てたらいい。おろおろとするイケメンはさぞ滑稽だろうとも思う。でも、でもさ……。
気づいたら俺は電車を飛び降りてホームを走っていた。向かいの電車から悠悟サンの手を掴んで引っ張り降ろす。悠悟サンがホームに降りた瞬間にその背後で扉が閉まった。ほっとしたのも束の間、戻ろうとした電車の扉も閉まった。
……え?
走り去る二つの電車。誰もいないホーム。俺に手を掴まれたままの不機嫌な悠悟サン。
地獄かな?
「貴様……昨日の。……何をする」
「いや、え、えっと」
慌てて掴んでいた手を離したけど、悠悟サンの射殺さんばかりの眼力が緩む気配はない。突然電車から引き摺り降ろされたと思っているのかもしれないけど、そもそもそっちがアナウンスに耳貸さなかったのが悪いんだぞ、といったことを刺激しないようにマイルドに伝えるにはどうすればいいいのかと悩んでいると、悠悟サンのスマホが鳴った。次の瞬間、俺に衝撃が走った。
「Hola Esta es Hugo. Si si……」
「え、何語?」
驚きのあまりつい出てしまった声を戻そうと口元を抑えたが、ばっちり聞こえていたようで、通話を終えた悠悟サンが俺を見下ろしながら言う。
「……スペイン語」
「あ、そうなんですか。語学が堪能でらっしゃるんですね、えへへ。日本語もままならないオイラとはえらい違いでヤンスね」
完全にご機嫌取りの下っ端に転じた揉み手の俺を見て、悠悟サンは眉間の皺はそのままに首を傾げた。やばい、さすがに卑屈すぎたか。
ヒヤリとした俺が作り笑顔で固まっていると、悠悟サンは眉尻を下げて言った。
「ごめん……日本語、よく、わからない」
……はい?
新事実発覚に更に固まった体に反して、脳内はあっちこっちの記憶を引っ張り出して忙しなく情報を整理している。
ということは、電車内に残ってたのはアナウンスの日本語が聞き取れなかったからってこと?
俺のことを初対面から貴様呼ばわりしたり言葉少なに喋るのも、もしかして怒ってるんじゃなくて日本語が不得意だから?
「私の名前、Hugo Delarosa Todo 言います。国籍は、スペイン。日本語、まだ、ちょっと」
次の電車が来るまでの一時間、俺と悠悟サンはホームのベンチで話をした。
片言の日本語で必死に説明してくれたことには、悠悟サンこと三年生の藤堂悠悟先輩はお父さんがスペイン人でお母さんが日本人のハーフらしい。去年日本にやって来てこの学校に編入したそうだ。生徒会の書記を務めているけれど日本語はまだ勉強中で、仕事も生徒会の他のメンバーにサポートしてもらっているらしい。片言なのが恥ずかしくて会話も苦手なのだとか。なるほど、コミュ障ってわけじゃなかったのか。
うん、日本語のチョイスが物騒だったのは初心者ゆえに仕方ないとは言え、眉間の皺と目力が物凄い誤解を与えてると思ったが、その意見は飲み込んだ。だって、今でも俺がちょっと聞き取りにくい単語を言うとすげー睨んできて怖いし。なんだろう、癖なのかな。話してると実際は優しくて真面目な人柄っていうのがよくわかるんだけどなぁ。
一度そう思いついたらすっかりハンバーガーの口になってしまった。あの塩気の強いポテトも恋しい。そうなるとコーラは外せないし。もう駄目だ、待ってろドナルド、今行くぞ!
決断するが早いか、俺はすぐに支度をして部屋を出た。
学校のある田舎町には当然ファーストフード店などなく、街まで出ることになる。俺は電車に乗り込み、スマホを眺めたり音楽を聴きながら心地よい揺れにうつらうつらしていた。しかし、目的地まであと二駅というところで車内アナウンスが流れる。
「ご乗車のお客様にご案内いたします。この電車は車両故障により当駅発車後は車庫に向かいます。ホーム反対側にて停車中の電車にお乗り換えをお願いいたします。お客様には大変ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございません。繰り返します、この電車は——」
たまにしか乗らない電車が車両故障だなんて、まったくついてない。
俺は重い腰を持ち上げて電車を乗り換えた。座席に腰掛けて車窓に目を遣れば、先ほどまで乗っていた車両がよく見える。電車に乗り込んでは繰り返されている車内アナウンスに驚きの表情をして、こちらの電車に乗り換えてくる人がぽつぽつといたが、そろそろ発車時刻も近くなり人の移動も終わった頃、ふと目立つ人影が車庫へ向かう車内に残っているのが見えた。あの高い身長とがっちりした体、そして何より輝く整った顔立ち。忘れもしない、昨日俺に濡れ衣を着せて理不尽な怒りをぶつけてきた悠悟サンじゃないか。
あー、あの人と同じ電車になるのか。近くの座席に来ないといいな。そう祈りつつ彼の挙動をじっと見つめていたが、こちらに移ってくる素振りがない。車内にはアナウンスが流れているはずだし、駅構内でも同じ内容が繰り返し放送されている。一体あの人は何を聞いているんだ。
そうこうする内に駅員さんの、乗客降車完了、との業務連絡が聞こえた。え、嘘でしょ、います、いますよあそこに。やたら目立つ人が乗ってるじゃないですか! 俺の心の訴えが通じるはずもなく、駅員さんは旗をグルグル振っている。悠悟サンは呑気にスマホを眺めている。発車ベルが鳴った。
正直いい気味だとも思った。扉が閉まってから乗客が自分しかいないことに気づいてももう遅い。車庫に向かう電車で一人で慌てたらいい。おろおろとするイケメンはさぞ滑稽だろうとも思う。でも、でもさ……。
気づいたら俺は電車を飛び降りてホームを走っていた。向かいの電車から悠悟サンの手を掴んで引っ張り降ろす。悠悟サンがホームに降りた瞬間にその背後で扉が閉まった。ほっとしたのも束の間、戻ろうとした電車の扉も閉まった。
……え?
走り去る二つの電車。誰もいないホーム。俺に手を掴まれたままの不機嫌な悠悟サン。
地獄かな?
「貴様……昨日の。……何をする」
「いや、え、えっと」
慌てて掴んでいた手を離したけど、悠悟サンの射殺さんばかりの眼力が緩む気配はない。突然電車から引き摺り降ろされたと思っているのかもしれないけど、そもそもそっちがアナウンスに耳貸さなかったのが悪いんだぞ、といったことを刺激しないようにマイルドに伝えるにはどうすればいいいのかと悩んでいると、悠悟サンのスマホが鳴った。次の瞬間、俺に衝撃が走った。
「Hola Esta es Hugo. Si si……」
「え、何語?」
驚きのあまりつい出てしまった声を戻そうと口元を抑えたが、ばっちり聞こえていたようで、通話を終えた悠悟サンが俺を見下ろしながら言う。
「……スペイン語」
「あ、そうなんですか。語学が堪能でらっしゃるんですね、えへへ。日本語もままならないオイラとはえらい違いでヤンスね」
完全にご機嫌取りの下っ端に転じた揉み手の俺を見て、悠悟サンは眉間の皺はそのままに首を傾げた。やばい、さすがに卑屈すぎたか。
ヒヤリとした俺が作り笑顔で固まっていると、悠悟サンは眉尻を下げて言った。
「ごめん……日本語、よく、わからない」
……はい?
新事実発覚に更に固まった体に反して、脳内はあっちこっちの記憶を引っ張り出して忙しなく情報を整理している。
ということは、電車内に残ってたのはアナウンスの日本語が聞き取れなかったからってこと?
俺のことを初対面から貴様呼ばわりしたり言葉少なに喋るのも、もしかして怒ってるんじゃなくて日本語が不得意だから?
「私の名前、Hugo Delarosa Todo 言います。国籍は、スペイン。日本語、まだ、ちょっと」
次の電車が来るまでの一時間、俺と悠悟サンはホームのベンチで話をした。
片言の日本語で必死に説明してくれたことには、悠悟サンこと三年生の藤堂悠悟先輩はお父さんがスペイン人でお母さんが日本人のハーフらしい。去年日本にやって来てこの学校に編入したそうだ。生徒会の書記を務めているけれど日本語はまだ勉強中で、仕事も生徒会の他のメンバーにサポートしてもらっているらしい。片言なのが恥ずかしくて会話も苦手なのだとか。なるほど、コミュ障ってわけじゃなかったのか。
うん、日本語のチョイスが物騒だったのは初心者ゆえに仕方ないとは言え、眉間の皺と目力が物凄い誤解を与えてると思ったが、その意見は飲み込んだ。だって、今でも俺がちょっと聞き取りにくい単語を言うとすげー睨んできて怖いし。なんだろう、癖なのかな。話してると実際は優しくて真面目な人柄っていうのがよくわかるんだけどなぁ。
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