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第二章 失って得たもの
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少しでも情報を得たいと必死に視線を向けているものの、クリストフの彷徨う瞳とは一向に交わらない。
「具体的にどうしたらいいの?」
クリストフは僕の握った手の中から逃げ出すように手を引いた。それで今度は自分の仄赤い顔を覆うと、溜息と共に言った。
「……君だって自慰をしたことくらいあるだろう?」
無知な僕への呆れとも、困難な説明への窮余とも違う、クリストフの恥じらうような反応に、僕は益々困惑した。
聞いたことのない言葉だった。たった二文字の短い単語では、手がかりも少なく見当がつかない。しばらく待ってみてもクリストフからこれ以上の情報を与えられる気配はなく、僕は考えあぐねて結局直截に聞くことにした。
「……自慰って何?」
クリストフは顔を覆った右手指の隙間から信じられないものを見るようにこちらを見た。
僕は世間知らずで学もないから、クリストフに煩わしい思いをさせて申し訳ないと居た堪れなくなったが、分からないものは分からない。
ごめん、と呟いた僕の肩を、クリストフは驚愕の表情のまま掴んだ。探るように問い返される。
「まさかとは思うが君、精通は迎えているよね?」
また知らない単語を耳にして、僕は首を傾げた。
「朝起きた時に、下着が汚れていたことは?」
「汚れるって、寝汗とか?」
「……では、卑しい気持ちに囚われて股間に違和感を感じたことは?」
「股間って……おちんちんのこと? おちんちんに違和感?」
僕が言うと、クリストフは突然咽せたように咳をして顔を背けた。息を整えてから、「なんてことだ」と、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「君の年でまだとは……」
「僕が何も知らないせいで、困らせてごめん。でも、それでこの症状が治るかもしれないなら、クリストフ、僕に自慰を教えて?」
クリストフは驚きに目を大きくしたまま、ごくりと喉を上下させた。相変わらず目元は赤く、常ならばひたむきな色を湛える瞳が寄る辺なく揺蕩っている。きっと僕が無理を言ったせいで迷っているのだ。それでも僕が頼れる人はクリストフしかいない。
僕の必死の思いを汲み取ったかのように、クリストフは一度目を伏せて
「分かった」
と短く言うと、再びベッドに腰を下ろした。
「本当にこれでいいの?」
僕はクリストフに教えられたように、下履きの中に手を入れて陰茎に指を添わせていた。手の平に握り込んで揉んだりもしたが、くすぐったいばかりでこれで本当に自慰というものができるのか不安になってきた。
クリストフは服の下で蠢く僕の手をじっと見つめている。先程まではこちらが申し訳なくなるほど狼狽えていたクリストフだけれど、覚悟を決めたからには任務の遂行を目指す騎士の性質からなのか、瞳から動揺は消えて、時折ひたと鋭いまでの視線を僕に向けてくる。恐怖を感じる訳ではないが、その瞳とかち合うと何故か胸が騒いでしまう。
「何も変化はない?」
俯けている顔で僕を横目に見上げるクリストフと目が合って、ぞくりと背筋が震えた。誠実な美しい瞳は、何かをその奥に隠しているような、堪えているような危うさを秘めていた。もしもこの何かを堰き止めているものが決壊してしまったら。その時クリストフの瞳は何色に染まるのだろう。
そう考えた時、握っていたものが僕の意思と関係なくぴくりと揺れた。
「んっ……」
腹の奥がむず痒いようなもどかしい感覚を拾って、それを追い求めるように陰茎を揉むと見る間に硬くなってくる。驚いて手を止めてしまった僕に、
「続けて」
そうクリストフは感情の感じられない声で言った。怒っているのだろうかと不安になったが、表情に怒気はなく、不自然なまでに平静な顔だった。あぁきっと例の堤防が彼の何かを堰き止めているのだ。その事実を知ると、僕の手が陰茎に触れる度に張り詰めた弦が揺れるような、激しく且つ余韻を残した痺れが体を駆ける。
「っ……ふっ……ぁ」
いつの間にか息が上がり、体が熱くなる。加護溜まりの症状とは違う、走った時とも違う、腰の辺りに燻る炎が身を内側からじりじりと焦がしていくような、無遠慮で焦れったい熱だ。
立ち上がった陰茎の先端からぬるりとした感触の液体が溢れ出てきて、僕はまた驚いたが今度は手が止まらなかった。止められなかった。滑りを得ると感覚はより鋭くなり、握る摩擦に腰が跳ねそうになる。
僕は怖くなってしまった。こんな感覚は知らない。こんなに凶暴で甘やかな痺れは知らない。更に恐ろしいことには、これほどの痺れに慄きながら、僕はそれ以上の高みを求めてしまっているのだ。もっと、もっと鮮明な刺激が欲しい。
「皮を剥くようにしてごらん」
はぁはぁと息を荒げる僕と対照的に、冷静そのものの平坦な声でクリストフが言う。
急に僕は恥ずかしくなった。果たしてこの自慰という行為は、こうして人前で行って良いものなのだろうか。自分で自分の陰茎を握って、その上抑制も利かず夢中になってしまう姿を見られるのは、本来は恥ずべきものじゃないのだろうか。
僕はクリストフの指示に従おうとしたが、そもそも皮というのがどれを指すのか分からなかったし、己の行為に羞恥心を感じ始めていたので、もぞもぞと小さく手を蠢かせることしかできなかった。
すると突然、それまでただ座って見ていたクリストフがその手を僕の下履きの中に突っ込んだ。
「ひぁっ……!」
僕の手の上から一緒に陰茎を握り込まれ、思わず高い声が漏れてしまった。
戸惑っている僕をよそに、クリストフの指は器用に動いて僕の指を導き、おそらくこれが先程彼の言っていた皮なのだろう陰茎の側面を優しく引っ張られる。痛みのようなものが走ったがそれを上回る、どこまでも直接的な激しい刺激に僕は背を反らせた。
「アッ……!」
「具体的にどうしたらいいの?」
クリストフは僕の握った手の中から逃げ出すように手を引いた。それで今度は自分の仄赤い顔を覆うと、溜息と共に言った。
「……君だって自慰をしたことくらいあるだろう?」
無知な僕への呆れとも、困難な説明への窮余とも違う、クリストフの恥じらうような反応に、僕は益々困惑した。
聞いたことのない言葉だった。たった二文字の短い単語では、手がかりも少なく見当がつかない。しばらく待ってみてもクリストフからこれ以上の情報を与えられる気配はなく、僕は考えあぐねて結局直截に聞くことにした。
「……自慰って何?」
クリストフは顔を覆った右手指の隙間から信じられないものを見るようにこちらを見た。
僕は世間知らずで学もないから、クリストフに煩わしい思いをさせて申し訳ないと居た堪れなくなったが、分からないものは分からない。
ごめん、と呟いた僕の肩を、クリストフは驚愕の表情のまま掴んだ。探るように問い返される。
「まさかとは思うが君、精通は迎えているよね?」
また知らない単語を耳にして、僕は首を傾げた。
「朝起きた時に、下着が汚れていたことは?」
「汚れるって、寝汗とか?」
「……では、卑しい気持ちに囚われて股間に違和感を感じたことは?」
「股間って……おちんちんのこと? おちんちんに違和感?」
僕が言うと、クリストフは突然咽せたように咳をして顔を背けた。息を整えてから、「なんてことだ」と、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「君の年でまだとは……」
「僕が何も知らないせいで、困らせてごめん。でも、それでこの症状が治るかもしれないなら、クリストフ、僕に自慰を教えて?」
クリストフは驚きに目を大きくしたまま、ごくりと喉を上下させた。相変わらず目元は赤く、常ならばひたむきな色を湛える瞳が寄る辺なく揺蕩っている。きっと僕が無理を言ったせいで迷っているのだ。それでも僕が頼れる人はクリストフしかいない。
僕の必死の思いを汲み取ったかのように、クリストフは一度目を伏せて
「分かった」
と短く言うと、再びベッドに腰を下ろした。
「本当にこれでいいの?」
僕はクリストフに教えられたように、下履きの中に手を入れて陰茎に指を添わせていた。手の平に握り込んで揉んだりもしたが、くすぐったいばかりでこれで本当に自慰というものができるのか不安になってきた。
クリストフは服の下で蠢く僕の手をじっと見つめている。先程まではこちらが申し訳なくなるほど狼狽えていたクリストフだけれど、覚悟を決めたからには任務の遂行を目指す騎士の性質からなのか、瞳から動揺は消えて、時折ひたと鋭いまでの視線を僕に向けてくる。恐怖を感じる訳ではないが、その瞳とかち合うと何故か胸が騒いでしまう。
「何も変化はない?」
俯けている顔で僕を横目に見上げるクリストフと目が合って、ぞくりと背筋が震えた。誠実な美しい瞳は、何かをその奥に隠しているような、堪えているような危うさを秘めていた。もしもこの何かを堰き止めているものが決壊してしまったら。その時クリストフの瞳は何色に染まるのだろう。
そう考えた時、握っていたものが僕の意思と関係なくぴくりと揺れた。
「んっ……」
腹の奥がむず痒いようなもどかしい感覚を拾って、それを追い求めるように陰茎を揉むと見る間に硬くなってくる。驚いて手を止めてしまった僕に、
「続けて」
そうクリストフは感情の感じられない声で言った。怒っているのだろうかと不安になったが、表情に怒気はなく、不自然なまでに平静な顔だった。あぁきっと例の堤防が彼の何かを堰き止めているのだ。その事実を知ると、僕の手が陰茎に触れる度に張り詰めた弦が揺れるような、激しく且つ余韻を残した痺れが体を駆ける。
「っ……ふっ……ぁ」
いつの間にか息が上がり、体が熱くなる。加護溜まりの症状とは違う、走った時とも違う、腰の辺りに燻る炎が身を内側からじりじりと焦がしていくような、無遠慮で焦れったい熱だ。
立ち上がった陰茎の先端からぬるりとした感触の液体が溢れ出てきて、僕はまた驚いたが今度は手が止まらなかった。止められなかった。滑りを得ると感覚はより鋭くなり、握る摩擦に腰が跳ねそうになる。
僕は怖くなってしまった。こんな感覚は知らない。こんなに凶暴で甘やかな痺れは知らない。更に恐ろしいことには、これほどの痺れに慄きながら、僕はそれ以上の高みを求めてしまっているのだ。もっと、もっと鮮明な刺激が欲しい。
「皮を剥くようにしてごらん」
はぁはぁと息を荒げる僕と対照的に、冷静そのものの平坦な声でクリストフが言う。
急に僕は恥ずかしくなった。果たしてこの自慰という行為は、こうして人前で行って良いものなのだろうか。自分で自分の陰茎を握って、その上抑制も利かず夢中になってしまう姿を見られるのは、本来は恥ずべきものじゃないのだろうか。
僕はクリストフの指示に従おうとしたが、そもそも皮というのがどれを指すのか分からなかったし、己の行為に羞恥心を感じ始めていたので、もぞもぞと小さく手を蠢かせることしかできなかった。
すると突然、それまでただ座って見ていたクリストフがその手を僕の下履きの中に突っ込んだ。
「ひぁっ……!」
僕の手の上から一緒に陰茎を握り込まれ、思わず高い声が漏れてしまった。
戸惑っている僕をよそに、クリストフの指は器用に動いて僕の指を導き、おそらくこれが先程彼の言っていた皮なのだろう陰茎の側面を優しく引っ張られる。痛みのようなものが走ったがそれを上回る、どこまでも直接的な激しい刺激に僕は背を反らせた。
「アッ……!」
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