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第二章 失って得たもの
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聞き慣れない単語に首を傾げる。加護溜まりとはなんだろう。加護を持たない忌人の僕には無縁の言葉のようにも思えた。
「加護の力を適度に使わないと、その力が体内に溜まり過ぎて不調を来す症状を言う。しかし、本来この症状が出るのは相当に加護の力が強い者に限られる。何故加護を持たない君が……」
訝しむように眉を顰めるクリストフに、僕も同意した。
「何かそれと似た病気なのかも」
「胸を中心に体に籠る熱、冷える手先足先。それだけ見れば別の病の可能性もあるが、何より特徴的なのは独特の芳香だ。首元から甘いような匂いを放つようになる。君にはそれがある」
言われて、僕は思わず自分の首筋に手を遣った。その手に鼻を近付けてみると、確かに花のように芳醇な、それでいて熟れた果実のような甘ったるい香りがついている気がした。
「で、でも、これまで誰かに匂いを指摘されたことはないし、僕の不調に加護溜まりを疑う人もいなかったよ」
「君も感じただろう、とても微かな芳香だ。酒や料理の強烈な匂いが立ち込める酒場では到底気付かない程度のものだ。それに君はいつもフードを被っているから、更に匂いは抑えられただろう。また先程も言った通り、加護溜まりは強力な加護の力の持ち主がその力を長い間全く使わないという特殊な状況でのみ起こるものだ。冒険者の中には知らない者も多いだろう」
クリストフの話によれば、彼自身も加護溜まりについては騎士団の中で知識として学んだだけで、目の当たりにしたことはないそうだ。戦争中に敵国で身を潜めねばならない時に稀に起こったこととして伝わっている程度だと言う。
些細なものでも力を使えば加護溜まりには至らないらしく、竃に火をつけたり、風を起こして涼をとったりといったように、日常生活と加護の力が密着している人々の暮らしの中では、まず起こり得ないものだそうだ。
一通りの話を聞き終えて、何故僕がという思いは拭えなかったけれど、それよりもどうやら不治の病ではないらしいことに僕は希望を抱いた。
「加護溜まりを治すにはどうしたらいいの?」
「加護の力を使えばいい。それだけだ」
期待に満ちた僕の視線から逃げるように目を伏せて、クリストフがそう言った。
僕は加護の力を使えない。その僕が加護溜まりになってしまったら、それはつまり不治の病と変わらないのではないか。それでも希望を捨てきれず、クリストフに重ねて言った。
「でも、まだ孤児院にいた頃同じように寝込んだ時は、土の加護の癒しで治ったんだ。もしかしたら今回も何度か癒しの力を受ければ……」
「加護溜まりは子どもには見られない症状だ。前回は体が未成熟だったから、完全なる加護溜まりまで至っていなかった可能性もある。今の状態が正しく加護溜まりだった場合、加護の力である癒しを施されては更に悪化するだろう。一度受けて改善しないならば何度も受けるのは危険だ」
僕はとうとう絶望して、何も言えなくなった。このまま病状が悪くなるのを待つだけなのだろうか。その先に佇む死に向かって行くしかないのだろうか。一時は生きることの意味を見失った僕だけれど、やっと前向きに生きようと思えるようになれたのだ。それは賑やかに迎え入れてくれる店の客達のおかげであり、何よりありのままの僕にいつも寄り添い、明るい光を示してくれるクリストフのおかげだ。まだ僕は彼らと一緒にいたい。クリストフと一緒にいたい。
顔を俯け黙り込む僕に、クリストフが言った。少し声が掠れている気がする。
「……一つだけ、加護溜まりを解消する方法が他にある、らしい。と言っても、嘘か真か分からないような話で、誰かが酒の席などで言い出した低俗な迷信かもしれない。信憑性は限りなく低い」
随分と歯切れの悪い言い方でクリストフが言う。藁にも縋りたい僕は弾かれたように顔を上げた。クリストフの目元は赤く染まっていて、真摯だった瞳がうろうろと彷徨っている。
「嘘でもいい、やってみたい。どうすればいい?」
僕はクリストフをじっと見つめてそう願ったが、クリストフは少しだけ見つめ返してまたすぐに目を逸らした。
「……いや、しかし……。やはり、他の病の可能性を先に探るべきかもしれない」
「今できることがあるならやっておきたいんだ。……クリストフ、お願い」
クリストフがここまで避けようとするのだから、相当に体に負担がかかる方法なのかもしれない。けれど、医者に診てもらうことすら困難な僕は、僅かでも可能性があるならやってみるしかない。クリストフの手を取って、僕は懇願した。すると、根負けしたらしいクリストフが咳払いを一つ零した。
「その……内に溜まった、余分なエネルギーを吐き出せばいい、という話が、あるにはある……」
「エネルギーって?」
「えー、つまり……」
「つまり?」
「精を吐き出すということだ」
僕は言われた意味が分からず首を傾げた。エネルギーとは、精を吐くとは、どういうことだろう。
「加護の力を適度に使わないと、その力が体内に溜まり過ぎて不調を来す症状を言う。しかし、本来この症状が出るのは相当に加護の力が強い者に限られる。何故加護を持たない君が……」
訝しむように眉を顰めるクリストフに、僕も同意した。
「何かそれと似た病気なのかも」
「胸を中心に体に籠る熱、冷える手先足先。それだけ見れば別の病の可能性もあるが、何より特徴的なのは独特の芳香だ。首元から甘いような匂いを放つようになる。君にはそれがある」
言われて、僕は思わず自分の首筋に手を遣った。その手に鼻を近付けてみると、確かに花のように芳醇な、それでいて熟れた果実のような甘ったるい香りがついている気がした。
「で、でも、これまで誰かに匂いを指摘されたことはないし、僕の不調に加護溜まりを疑う人もいなかったよ」
「君も感じただろう、とても微かな芳香だ。酒や料理の強烈な匂いが立ち込める酒場では到底気付かない程度のものだ。それに君はいつもフードを被っているから、更に匂いは抑えられただろう。また先程も言った通り、加護溜まりは強力な加護の力の持ち主がその力を長い間全く使わないという特殊な状況でのみ起こるものだ。冒険者の中には知らない者も多いだろう」
クリストフの話によれば、彼自身も加護溜まりについては騎士団の中で知識として学んだだけで、目の当たりにしたことはないそうだ。戦争中に敵国で身を潜めねばならない時に稀に起こったこととして伝わっている程度だと言う。
些細なものでも力を使えば加護溜まりには至らないらしく、竃に火をつけたり、風を起こして涼をとったりといったように、日常生活と加護の力が密着している人々の暮らしの中では、まず起こり得ないものだそうだ。
一通りの話を聞き終えて、何故僕がという思いは拭えなかったけれど、それよりもどうやら不治の病ではないらしいことに僕は希望を抱いた。
「加護溜まりを治すにはどうしたらいいの?」
「加護の力を使えばいい。それだけだ」
期待に満ちた僕の視線から逃げるように目を伏せて、クリストフがそう言った。
僕は加護の力を使えない。その僕が加護溜まりになってしまったら、それはつまり不治の病と変わらないのではないか。それでも希望を捨てきれず、クリストフに重ねて言った。
「でも、まだ孤児院にいた頃同じように寝込んだ時は、土の加護の癒しで治ったんだ。もしかしたら今回も何度か癒しの力を受ければ……」
「加護溜まりは子どもには見られない症状だ。前回は体が未成熟だったから、完全なる加護溜まりまで至っていなかった可能性もある。今の状態が正しく加護溜まりだった場合、加護の力である癒しを施されては更に悪化するだろう。一度受けて改善しないならば何度も受けるのは危険だ」
僕はとうとう絶望して、何も言えなくなった。このまま病状が悪くなるのを待つだけなのだろうか。その先に佇む死に向かって行くしかないのだろうか。一時は生きることの意味を見失った僕だけれど、やっと前向きに生きようと思えるようになれたのだ。それは賑やかに迎え入れてくれる店の客達のおかげであり、何よりありのままの僕にいつも寄り添い、明るい光を示してくれるクリストフのおかげだ。まだ僕は彼らと一緒にいたい。クリストフと一緒にいたい。
顔を俯け黙り込む僕に、クリストフが言った。少し声が掠れている気がする。
「……一つだけ、加護溜まりを解消する方法が他にある、らしい。と言っても、嘘か真か分からないような話で、誰かが酒の席などで言い出した低俗な迷信かもしれない。信憑性は限りなく低い」
随分と歯切れの悪い言い方でクリストフが言う。藁にも縋りたい僕は弾かれたように顔を上げた。クリストフの目元は赤く染まっていて、真摯だった瞳がうろうろと彷徨っている。
「嘘でもいい、やってみたい。どうすればいい?」
僕はクリストフをじっと見つめてそう願ったが、クリストフは少しだけ見つめ返してまたすぐに目を逸らした。
「……いや、しかし……。やはり、他の病の可能性を先に探るべきかもしれない」
「今できることがあるならやっておきたいんだ。……クリストフ、お願い」
クリストフがここまで避けようとするのだから、相当に体に負担がかかる方法なのかもしれない。けれど、医者に診てもらうことすら困難な僕は、僅かでも可能性があるならやってみるしかない。クリストフの手を取って、僕は懇願した。すると、根負けしたらしいクリストフが咳払いを一つ零した。
「その……内に溜まった、余分なエネルギーを吐き出せばいい、という話が、あるにはある……」
「エネルギーって?」
「えー、つまり……」
「つまり?」
「精を吐き出すということだ」
僕は言われた意味が分からず首を傾げた。エネルギーとは、精を吐くとは、どういうことだろう。
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