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第二章 失って得たもの

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 僕は慌てて静かな集団の方を振り返った。彼らは変わらず小さな声で何事か話し合っているが、こちらに意識を向けている素振りはない。彼らがこの僅かな間に何かをしたということはなさそうだった。
 彼ら以外にあの客や精霊に接触した人物は誰か。僕しかいない。これではまるで、僕があの人の加護の力を増幅させてしまったようではないか。

 その時、僕は思い出した。孤児院でマルクに言われた僕の能力のことを。
 僕はこの瞬間まで、自分にそんな力があることをすっかり忘れていたのだ。孤児院にいた頃にマルクから、僕には人の加護の力を操る特別な能力がある言われていた。そして事実、僕が祈るとマルクの加護の力はとても弱くなった。けれど、その能力とも明確に呼べないただの祈りが効果を与えられたのはその時の一度だけで、抑えた力を解放する術も知らないまま僕は病に倒れて寝込んでしまい、なし崩し的にマルクの力も元に戻ってしまった。だから、正直な所本当に僕にそのような能力があったのかは疑わしいとすら思っていたのだ。とにかく毎日を生き抜くことに必死で、次第に僕の能力にまつわる一切は完全に過去の出来事の一つとして記憶の隅に追いやられていたのだ。宿の客達の加護の力が強くなっていると言われても、すぐにそのことと結びつかなかった。

 僕は呆然として彼を見送ったまま立ち尽くしていた。すると、誰かの加護の精霊だろう、団扇を持った雪だるまのような小人がふわりと僕に近づいてきた。一緒に遊びたいらしく団扇を仰いで僕の前髪をそよがせている。僕は恐々と、その精霊に力を与えるよう祈りながら触れた。瞬間、雪だるまに見えていた白い靄が消えていきはっきりとその輪郭線を結んで、精霊は実際は団扇のような緑の葉を持った小さな白髭の老人だと知った。しかも、その手にしている葉は先程見えていた物よりも一回りも二回りも大きくなっている。僕の前髪を浮かせるのがやっとだったはずの風の力は、精霊が戯れに葉を一振りするだけで酒場の中に一陣の風を巻き起こした。突然の突風に驚いた客達が一瞬ざわめいたが、すぐにまた喧騒の中に落ち着いた。

 今度こそ目眩がして、僕は体をよろめかせ壁にもたれかかった。
 なんてことだ。
 この店の客達を、そして任務に当たるクリストフを危険に陥れていたのは怪しい集団などではない。僕のせいだったんだ。
 僕が軽率に彼らの無事を祈る度に、知らず加護の力を高めてしまっていた。彼らを魔物に襲われやすくし、彼らの溜まり場であるここを魔物への目印に近付けてしまったということだ。これでは非道な企みの共犯者ではないか。

 己のしでかしたことに怯え、僕は目の前が真っ暗になる。あぁどうしよう、どうしたら。迷っている間にもこの店にいる人達が魔物に目をつけられて災難に遭うかもしれないのだ。
 まずはクリストフにことの次第を告げて相談を――。
 そう考えてはたと思考を止める。この僕の能力をどう説明したらいいのだろうか。マルクは何かの書物で読んだと言っていたから、僕にそのような能力がある理由を知っていたのかもしれない。けれど僕は何も知らない。どうして加護を持たない忌人の僕が加護の力に作用できるのかなんて、いくら考えても分からない。
 それに、恐らくだが、クリストフは精霊王や加護の力について、信仰心どころか懐疑的な感情を持っている。貴族でありながらどうしてそのような異端とも言える考えに至ったのかは分からないが、確たる信念を持って思想を変えたのだろう。そんなクリストフに僕の不思議な力を見せたら、彼はどう思うだろうか。怪しい術を使う者として不信感を抱かれないだろうか。
 クリストフのことは信頼している。これまで築いてきた友人関係が、たったそれだけで全て崩れるようなことはないだろうとも思う。けれど、僕にとってクリストフはありのままの姿を肯定してくれて、その上新しい生き方まで示してくれた特別な人だ。そんなはずはないと思っていても、万が一を考えて心が臆病になってしまう。クリストフのあの優しい目が、僕を疑う眼差しに変わったとしたら。今度こそ僕は生きる目的を見失ってしまうかもしれなかった。
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