愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第二章 失って得たもの

2-21

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 あれから、クリストフとはよく話すようになった。
 元々客足が落ち着いた頃にやって来るクリストフだったから、仕事の合間にのんびり話すこともあったし、酔い潰れた客を運んで貰うお礼として酒場を閉めた後にこっそりと一杯ご馳走して、それが飲み終わるまで一緒のテーブルで他愛無い話をすることも多かった。任務の関係で目立つ己の素性を他の客には明かせないクリストフだったが、店を閉め切った後にはお互いにフードを外して目を見て会話できるのも自由になれたようで嬉しかった。

 クリストフは貴族の身分らしく丁寧な物腰で話も上手だったが、やはり騎士だからか話す内容は世間の流行りやゴシップではなく、仕事の内容についてやこの国の行く末について論じていることが多かった。ともすれば重く退屈な話になりがちだけれど、真摯に人々の幸せを願うクリストフの人柄に益々信頼を寄せたし、穏やかにゆっくりと語るクリストフとの時間が僕にはとても心地よかった。一日忙しく動き回った心と体が静かに癒されているような気がしていた。

「……それを一体どこで?」

 酒場を施錠し、一人残ったクリストフの前でほっと息を吐きながらフードと帽子を外した瞬間、そう硬い声音で尋ねられた。既にフードを脱いでいたクリストフの柳眉は訝しむように歪められており、普段見ない表情に慌てて僕は彼の視線の先を追った。クリストフは目を眇めるようにして僕の右耳の辺りを見ていた。そこへ手を遣るとふわりと馴染みのない感触に指先が当たり、あぁ、と僕は思い出した。

「常連さんからのお土産です。どうしても今着けてほしいって言われて」

 薄く伸ばした柔らかな金属を耳の縁に挟むように取り付ける装飾品だった。イヤーカフの一種のようで、ふわふわとした灰色の毛玉のようなものが革紐で繋がれぶら下がっている。顔を動かすと毛玉が揺れて、寛げた首元を掠めて少しくすぐったい。
 クリストフがじっと睨みつけたままなので、僕は急に恥ずかしくなって耳飾りを外すと机に置いた。

「やっぱり僕にこういう物は似合わないよね」
「いや、そうではなく……」

 クリストフが耳飾りを手に取って、毛玉の部分を指先で捏ねたり明かりに透かしたりする。最後に匂いを嗅ぐように鼻に近づけて、

「やはりな。魔物の毛だ」

 そう断言したクリストフは、息を吐いて至極不快そうに口角を下げた。
 僕は驚き、そして悲しくなった。いつも僕を気に掛けてくれる馴染みの常連さんから貰った物だった。彼は最近では一緒に出かけようと誘ってくれたり、自宅に招いてくれたこともある。僕は仕事が休めないのでどちらも行けなかったけれど、その心遣いがとても嬉しかった。ただの従業員と客ではなく、友人として仲良くなれたつもりでいた。でも、魔物の毛を贈るということは、本当は僕を疎ましく思っていて嫌がらせをしたかったのだろうか。
 再び机に置かれた耳飾りを見つめたまま黙り込んでしまった僕を見兼ねて、クリストフは気が進まない様子ながら教えてくれた。

「贈り主に悪意はないはずだよ。むしろ逆で、それが問題と言うべきか……。これはラパグロウと呼ばれる小型の草食魔物の毛だろう。本来は装飾品には用いないが、昔から冒険者の間で信じられている迷信めいたものがあるようでね」
「迷信?」

 僕が聞き返すと、クリストフはいよいよ苦い顔を作り、溜息と共に重そうな口を開いた。

「……ラパグロウは非常に繁殖力が高い。それは特定の発情期を持たず常に子孫を増やすからで、そのことから身に着けると子宝に恵まれるという迷信がある。しかしそこから派生して……何と言うべきかな、好ましい相手に贈ってその気にさせるというか……びや…………そうだな、惚れ薬のように用いられることが多いようだ」

 後半になるにつれ、あー、とか、うーむ、とか唸りながら、クリストフらしくない歯切れの悪い話ぶりになり、僕は内心首を傾げた。しかし、クリストフの話によれば、本来既婚の女性か好意を寄せる相手に贈る物のようだし、僕が贈られるのは説明がつかないと思って言葉を選んでくれたのかもしれない。確かに不思議だが、あのお客さんは優しい人だから、飾りっ気のない僕に何か贈ってやろうと思って狩りのついでに縁起物を拵えてくれたのだろう。ともかく嫌われてはいないと知って、僕はほっとして笑みを零し、耳飾りを大事に手に取った。

「待て、それをどうする気だい?」
「どうするって、大事にしまっておくよ」
「私の話を聞いていたか? 今すぐそんな趣味の悪い物、処分した方がいい」
「嫌だよ。お客さんから貰ったプレゼントは全部大切に取ってあるんだ」

 そう言って、僕は調理場の棚の奥に隠してある木製の小箱を取りに行った。両掌に収まるほどの小さな箱には、これまでにお客さんから貰った物を全てしまってある。お守りだったり、装飾品だったり、よく分からない物も多かったが、そこにぎっしりと詰まった品々は、どれも僕の大事な友情の思い出だ。いそいそとテーブルに戻り、ほら、と言って蓋を開いてクリストフにも自慢をした。

「魔物の加工品ばかりじゃないか……冒険者というのは獲物を持ち帰る習性でもあるのか?」

 箱いっぱいの品を見た瞬間に、クリストフは蛙が潰れたような声を出して溜息と共に顔を手で覆った。
 見慣れぬ形の物が多いとは思っていたけれど、これらも魔物の体の一部だったようだ。けれど、クリストフの眉を顰めた表情には理解できないと言う呆れの感情はあれど、警戒するような気配は読み取れなかったので、どれも善意からの品のようだ。冒険者の迷信に因んだ贈り物なのかもしれない。そう思えば、一層彼らとの絆が深まったようで僕は嬉しくなって小箱をぎゅっと胸に抱いた。すると、クリストフがこちらに手を翳し

「いっそ全て燃やしてしまおう」

 と言って、力を込めた。火の精霊の鳥がクリストフの背後に浮かび上がり、嘴の隙間から火の粉を散らす。

「だ、だめだよっ」

 僕は慌てて小箱を隠すように身を丸めた。それでもクリストフはむっつりと押し黙って小箱から視線を外さないので急いで蓋を閉じると、収まりきらなかったらしい一つが床に転がり落ちて硬い音を立てた。拾い上げたそれはペンダントで、三日月型の物に小さな穴が開けられ、無骨な革紐が通されている。金属とも宝石とも違う三日月は、象牙色と灰色がまだらに混ざった大理石のような模様を持っており、光にキラキラと反射した。材質は分からなかったが不思議な魅力があり、僕のお気に入りの一つだった。
 手の中のペンダントを箱にしまい直そうとすると、クリストフは「失礼」と早口に言いながらそれを取り上げた。また燃やそうとされては堪らないと手を伸ばしたが、まじまじと三日月を見つめるクリストフの顔が驚愕に引き攣っているのに気付いて伸ばした手をそのままに僕は声を掛けた。
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