愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第二章 失って得たもの

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「今はどう見えますか? 醜いですか?」

 僕は自嘲の笑みを浮かべて、自分自身を傷付けたくて敢えて乱暴にそう聞いてしまった。言ってから、これでは酷い八つ当たりだと後悔が押し寄せたが、言葉は戻せない。クリストフを困らせてしまうと思ったが、彼は優しく目を細めた。

「いや、変わらず美しいままだ。だって、君はまだ彼を好きなのだろう?」

 問われて、僕は目を瞑って首を振る。

「でも、マルクはもう僕のことを忘れてしまったから。僕はマルクを好きでいてはいけないんだ」
「どうして?」
「どうして、って……。愛するってそういうことでしょう? 愛された分を返すのが愛だから。返す気がない人に向ける愛は迷惑だ」

 前世での記憶が僕にそう叫ばせる。愛情は支払った分が返ってくるもの。そう繰り返し言っていた母の言葉を真に受けて、僕は愛を尽くした。けれど母は結局返してはくれなかった。母の求めていた愛とは違っていたのだから、僕の愛は迷惑でしかなかっただろう。僕の一方的な愛情が、母を追い詰めていたのではないかと思っていた。僕がもっと距離を取っていれば、母は出て行くことはなかったのかもしれない。そう自分を責めていた。

 マルクもそうだ。マルクは黒の忌人である僕を今では嫌悪していることだろう。そんな僕がマルクを想い続けることは迷惑だ。罪なことだ。
 美しい思い出の日々を胸に残すことも本当はいけないのだろうけど、何も無くなってしまった僕にそれだけは許してほしい。こんな浅ましい思いを抱いてしまう自分は、本当に醜い忌人だ。

 僕は唇を噛んで俯いた。
 すると、体がすっぽりと温かなものに包まれた。長い赤い髪が視界を掠め、引き締まった力強い腕を背中に感じる。クリストフに抱きしめられている、そう気付いて僕は身を固くした。マルク以外に、こんな風に優しく抱きしめられたのは初めてだった。背の高いクリストフの胸が僕の耳に当たって、少しだけ速い優しい心音が聞こえる。固くなった体が溶かされていくような安心感があった。

「君は愛を知らないんだね」

 そう耳元で囁かれた声は、悲しそうな響きだった。

「正直なところ、私はマルク・ド・カサールについて良い感情を持っていない。だが、君が愛した彼は、私の知る彼とは違うのだろう。愛は返すものじゃない、自ずから溢れるものだ。迷惑なんて言葉は愛とは無縁だ。愛はもっと自由なものだよ」

 僕の背中を撫でながらクリストフが語りかけるように言う。穏やかな声は、僕の頑なになった心にじんわりと沁み込むように入ってくる。

 そうなのだろうか。
 僕は、僕が愛したマルクをずっと想い続けていてもいいのだろうか。マルクの中で僕への愛は潰えても、僕が一方的に想うことは許されるのだろうか。

「……マルクは、本当にすごいんだ。いつでも凛として強くて優しくて。頭もいいし誰もが振り返るくらい姿も格好良くて……僕が幸せに生きられるようにって、大きな夢を持っていて……」

 僕は譫言のようにそう語り出していた。僕の愛していたマルクを誰かに聞いてほしかった。今は変わってしまって誰も信じてはくれないだろうけれど、あの時は確かにあった僕への愛を聞いてほしかった。
 マルクを讃える言葉が次から次へと溢れてきて、それぞれの思い出が切ないくらい強い愛情を呼び起こした。これではいくら否定したって、マルクへの想いを断ち切ることなんて到底出来はしないだろう。僕は思い知らされていた。

 クリストフは、終わらない僕の話に一つ一つ丁寧に相槌を打って、頷いてくれた。
 ようやく全て語り切ると、クリストフが僕の頭を撫でて

「そうか。素敵な愛を貰ったんだね」

 と、そう言った。

 そうだ。僕はマルクから沢山の愛を貰った。今は消えてしまっても、僕が愛し愛されたことは消えない。そう理解すると切なくなって、けれど苦しいだけではない温かな感情が心の底にあるのを感じて、どんなに辛くてももう泣くまいと思っていた瞳に涙が滲んだ。

 僕はマルクを愛していた。マルクにも愛されていた。それはとても幸せなことなんだ。この幸せだけを胸に抱いて生きていこう。

「うん……」

 僕は震える声で一言そう答えて、クリストフの胸を借りて少しだけ泣いた。
 数粒の涙をクリストフのローブに染み込ませてから、僕はぱっと体を離し

「ごめんなさい。ありがとう」

 久しぶりに心からの笑顔を浮かべて、そう言えた気がした。クリストフは一瞬驚いたように目を瞠ったけれど、すぐに柔らかな笑顔でどういたしまして、と答えた。
 小さく鼻を啜った僕を見て、クリストフは涙の跡を消すように僕の頬を撫でる。

「様々な過去の愛情を抱えて人は成長するものだ。想いを忘れる必要はない。……けれど、新たな未来へ目を向けることも大切だ、とだけ今は言っておくよ。今の君に告げるのは騎士道精神に反するからね」

 クリストフの物言いは僕には少し難しかったけれど、確かに過去を振り返ってばかりはいられない。幸いにも住むところがあって、仕事があって、クリストフをはじめ周りの人にも恵まれている。僕はマルクを待つ以外の人生の目標を見つけたいと前を向くことにしたのだった。
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