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第二章 失って得たもの

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 気が付けば、仕事場である宿屋の前にいた。そうすると今日もやるべきことが沢山あったと急に現実を思い出して、まるで先程の出来事は全部夢だったような気がしてきた。絶望感を頭の隅に追いやって、仕事のこと以外考えられなくなるように忙しく働いた。そうしてまた夜遅くまで走り回って全てが片付いた時に、あぁそうかもう僕は帰る家がないんだと実感して、酒場の真ん中でただ立っていた。
 どれくらいそうしていたのだろうか。ほろ酔い加減で出先から帰ってきた宿屋の亭主が、暗い酒場の中でぼんやりと立っている僕に気付いて小さく悲鳴を上げた。何をしているのか詰問されて、家を追い出されたと告げると、面倒臭そうに手を振りながら物置部屋に泊まっていいと言われた。とにかく気味が悪いから僕を追い払いたいようだった。
 言われるままに物置部屋に行くと、雑然と不用品が積まれ埃だらけだった。不用品の山の中に、壊れた客室用ベッドが一つあったので僕はそこに寝転がった。
 マットレス代わりの藁もないただの板張りの台は固く、壊れているから傾いていて寝心地は良くなかったけれど、僕は静かに目を閉じた。

 家がなくなってしまった。鍵がなくなってしまった。
 マルクは僕を探すだろうか。見つけてくれるだろうか。この街にいればいつかは出会えるだろうか。
 でも、僕はマルクが苦労して手に入れたあの家を守れなかった。
 僕はマルクをあそこで待っていると約束したのに、裏切ってしまった。
 こんな僕を、マルクは捜してくれるだろうか。
 
 自分が許せなくて情けなくて、マルクに申し訳なくて、僕は声を殺して夜通し泣き続けた。

 泣きながら夜を明かした僕は、薄暗い部屋に微かに差し込む明るい光に気付いて部屋を出た。廊下の窓から強烈な朝日を見るともなく見ていると、早く準備をしろと怒鳴る亭主の声が酒場の方から聞こえた。
 そして僕は悟ったのだ。一晩泣き腫らした僕が得たものは、痛いほどに腫れ上がった瞼と何も変わらない現実だということを。

 僕にはもうマルクのような、いつでも励ましてくれる存在はいない。落ち込んでも自分で這い上がるしかないのだ。ただ泣いているだけの弱気な子どもを卒業しなければならない。マルクに笑顔で手を振った時に誓ったはずだった。一人でも生きていけるくらいに、強くならなければいけないと。
 僕は自分の頬を両手でパン、と張った。もう泣くのは止めよう。そんな暇があるのなら別の方法を探すんだ。
 僕はそう気合を入れて、声高に叫ぶ亭主の下に走って行った。


 それから僕は、特に何も言われなかったのでそのまま物置部屋に寝泊まりするようになり、つまり住み込みで働くようになった。住まい探しに困らないで済んだのはありがたかったが、おかげで都合良く使われてしまい前よりさらに就労時間は長くなった。けれど、同じ釜の飯を食べ、自分の部屋を宿の中に持って常駐している僕のことを信頼してくれたのか、常連客の中には僕を気にかけてくれる人達も出てきてた。僕自身も仕事に慣れて少し余裕が出てきたというのもあると思うけれど、僕の名前を覚えてくれて、宿泊の度に僕が元気に過ごしていることを喜んでくれる人もいた。それは今まで知らなかった就労の楽しさと呼べるもので、これまで何も感じなかった無機質な世界が、少し色付いたような気がしていた。
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