愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第一章 孤児院時代

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 僕が目を覚ましたのは、あれから三日も経ってからだった。眠っている間に、孤児院の中は大変なことになっていたらしい。
 先生の見ている目の前で二つ目の加護の力を使ったマルクは、すぐに精霊教会に連れて行かれて教会内も大騒ぎになったそうだ。当然だろう。加護の複数持ちなど、貴族であればそれだけで最高位の爵位が与えられてもおかしくない存在なのだ。加護の力は前世の行いに依ると考えられている世界だから、複数加護持ちは尊ばれ、崇拝の対象にすらなる。複数の加護を持って生まれる人は全くいない訳ではないらしいが、限られた名門貴族に数人いる程度で、僕のような底辺の庶民は一生その姿を見ることなどないだろう。

 マルクは教会に連れて行かれたまま孤児院には戻って来ていないようだ。もしかしたら、このままずっと教会に留め置かれてしまうのかもしれない。
 教会の中で常に監視されながら自立の道を模索するなど不可能に近い。加護差別こそが教義のような精霊教会の渦中にいて、差別を無くそうと志すなんて荒唐無稽な夢物語だ。
 マルクの夢を僕が手折ってしまった。マルクは全ての手筈を順調に整えていたのに。

 僕はせめてマルクに会えないかと先生に掛け合ってみたこともある。しかし、

「先生、マルクはどこにいるんですか。会いに――」
「忌人が精霊教会に近づこうとするなどあってはならない。身の程を知れ」

 と全てを聞き終わる前に叱責を受けた。その時の僕を疎んじ見下した視線は、底冷えのする鋭いもので、身の危険すら感じた僕は二の句を告げなかった。そもそも先生は僕の話に耳を貸すつもりなどないのだ。忌人の僕が何を言っても、何を願っても、誰も聞き入れてはくれない。この世界はそういう世界だと改めて思い知った。
 これまで知らぬ内にマルクがどれだけ僕の盾となり矛となってくれていたのかを、マルクがいなくなって初めて知ったのだった。

 僕は目覚めた後もしばらくまともな食事すら取れなかったが、それでも体は一向に衰えずむしろ癒しの精気に満ちていて、マルクの土の力が水の力と同等程度の強力なものなのだと身に染みて感じていた。体は日に日に健康になる一方で、心はすっかり塞ぎ込んで僕は一日中ベッドに横たわっていた。

 そうして数日が経ったある日のことだ。
 孤児院の外が騒がしいのに気が付いて、僕はベッドから身を起こし窓の外を眺めた。孤児院の粗末な建物に不釣り合いな、立派な二頭立ての馬車が停まっていた。子ども達が庭に出て、興奮した様子で見慣れぬ馬車を遠巻きに囲んでいる。艶やかな毛並みの馬は馬車を引くには勿体ないほどの体躯で、馬車は絢爛豪華という訳ではないが四輪で大きく、良く見れば細かな装飾が至る所に施されており明らかに高価な仕立てだと分かる。数名の護衛まで連れて、一体どんな貴族様が降りてくるのかと開いたドアを注視していると、更に驚くべきことに降り立った人物は貴族の使用人だった。おそらく執事長など使用人の中でも役職のある人物とは思われるが、使用人がこんな馬車を使うなんて聞いたこともない。もしかすると王家に連なるような相当高貴な家柄なのかもしれない。馬車から降りた初老の男性は真っ直ぐと孤児院の玄関へ入って行った。すると今度は先生達がばたばたと駆け回り孤児院内が騒然となった。おそらく何の連絡もなく突然訪れたのだろう。先生達は慌てふためき叫ぶようにあれこれ指示を出していた。
 応接間に通されたらしい使用人の人物をそのままにして、先生の数人が孤児院を飛び出した。どこかに連絡に行くようだ。孤児院には馬などないから走るしかない。風の精霊を使える先生が加護の力で飛ぶように駆けて行った。
 少し経って、ガタガタと大きな音と共に貧相な馬車が早駆けでやって来た。舗装のない道だから馬車が上下に跳ねて危なっかしいが、加護の力でなんとか安定を保っているようだった。屋根無しの荷台のような馬車の中で揺れている人物に、僕は目を見開いた。

 マルクだ!

 マルクが両脇を先生に挟まれながら馬車に乗っている。
 僕は心の中で快哉を叫んだ。マルクに会えたからではない。今応接間にいる人物の目的が分かったからだ。あの人は高貴な貴族の遣いとしてマルクの養子縁組を申し出たのだ。きっとマルクの二つ目の加護の力の噂をどこかから聞いたのだろう。
 マルクにとってはこのまま教会に囲われるよりも貴族に入る方がずっといい。しかも先生達の対応の様子から見て、強大な権力を持った貴族のはずだ。マルクは前に言っていた。中途半端な家柄の貴族に入っても足枷になるだけだと。けれどこれほどの家柄なら足枷どころか、マルクが夢に近づく足掛かりになるかもしれない。
 喜びに跳ねる心の端っこで、ちくりとした痛みを感じた。マルクの養子入りが決まれば、二人であの家に住むという未来は完全になくなる。もしかしたらマルクの持ち前の知恵でもって教会の神父達を説き伏せて、二人あの家で暮らせるようになるかもしれないなどと都合のいい夢想をしたりもした。けれどマルクは貴族になるのだ。マルクの挙動がその家の存続にも関わってくる。忌人の僕と関わることは認められないだろう。華やかな貴族社会の中で、マルクはいつまで僕のことを、夢のことを覚えていられるだろうか。

 僕は慌てて勢いよく頭を振った。
 何て身勝手で浅ましいことを考えてしまったんだろう。僕は今まで沢山マルクに支えてもらってきた。生きる力をもらった。愛してもらった。これ以上何かを求めるなんていけないことだ。マルクの幸せを考えれば、この選択が最も喜ばしいものだと思えるはずだ。

「そうだ。そうだよね、マルク……」

 僕は自分に言い聞かせるように声に出して、窓からマルクを見つめた。馬車を降りるマルクは最後に見た時よりも髪の色が明るくなって、金色に近かった。土の力に目覚めたことで一気に属性色が顕現したのだろう。一層華やかになったマルクの顔は、しかし心なしか強張ったように感じられた。
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