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第一章 孤児院時代

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 尻餅をついたままの僕に、身を屈め手を差し伸べてきた人は、僕より二つ三つ年上に見える青年だった。短く切り揃えられた赤い髪に輝く白金の胸当てがよく似合っている。胸当てをし佩刀もしているということは、彼は武人なのだろう。冒険者か何かだろうか。引き締まった体にはしっかりとした厚みがある。しかし彼の整った顔立ちには冒険者らしい荒さはなく、非常に穏やかだった。マルクも孤児院に置いておくには勿体無いほど整った顔をしているが、マルクの美しさはその目元によく表れているように切れ者と窺わせる涼やかなものだ。対して目の前の彼の面立ちは、育ちの良さを感じさせる洗練された柔和なものだった。そのせいか、まだ若いだろうに随分落ち着いた印象を受ける。
 彼は仄赤い目を優しく細めて、僕の返答を待っているようだった。

「すみません……。道に迷ってしまって」

 申し訳なく思いながらもありがたく差し出された手を取って立ち上がると、深々と頭を下げた。

「そうだったのか。どちらへ?」
「あ……セイン孤児院へ……」

 少し言い淀んで答えると、彼は一度僕の身なりをさり気なく上から下まで確認して、そこの孤児だと理解したようだった。けれどあからさまなことは何も言わず、

「そこならばここからすぐ近くだ。よければ私が案内しよう」

 そう言って先を歩き始めた。僕はこんなにも他人に親切にされたことがなかったから、予想外のことにぼんやりとしてしまい

「どうしたんだい?」

 と振り向き首を傾げた彼に問われて、慌てて小走りに追いかけた。
 孤児と知っても変わらぬ彼の紳士的な態度に感激していた僕だが、それもこの日除けのフードがあればこそだ。僕が黒髪黒目の忌人だと分かれば、この人だって皆と同じように僕を汚い物を見るような目で蔑むのだろう。僕はフードがずれないように布の端をぎゅっと握った。
 少し歩くと上空を旋回していた火の精霊がふわりと降りてきて、前を歩く彼の肩にとまった。やはりあの精霊は彼の加護だったようだ。赤い瞳と赤い髪からそうではないかと思っていた。
 精霊は僕を振り返り、構ってほしそうに首を左右に振る。きっとこの精霊が、持ち主である彼を呼んで来てくれたのだろう。

「ありがとう」

 そうお礼を言うと

「いや、国民の安全を守るのも私達の仕事だよ」

 と彼が答えた。精霊に言ったつもりだったのだが、気にするなと微笑まれてしまい曖昧に頷いて返した。彼の言葉から察するに、どうやら彼は冒険者ではなく兵士か自警団のような治安維持に携わる職業のようだ。所属はどこなのだろうと思ったが、世間知らずな僕は変な質問をしてきっと恥をかくだろうから彼の後ろを歩くことに集中した。
 
 繁華街を抜け、石敷の道が砂利混じりの土に変わると見覚えのある風景がちらほらと見えてくる。この辺りまで来れば大丈夫と道案内を遠慮したところ

「君のような人目を引く子が一人で歩いているのも何かと物騒だろう。ここまで来たのだし玄関まで送るよ」

 そう言って、彼は僕の顔を見て微笑んだ。
 僕はハッとして日除けのフードがきちんと被れているかを確認した。この黒髪が布の隙間から垣間見えていて、人目を引くと注意されたのではないかと思ったのだ。けれどフードは変わらず目深にそこにあった。そもそも黒髪黒目だと分かっていたらこんなに優しい態度はとらないだろう。
 身嗜みも街中に出ても恥ずかしくない程度に気を遣って出て来た。一体何が目を引くのだろう。服装が世間の流行から遅れているのだろうか。自分の身なりを落ち着きなく見回していると、彼の火の精霊が飛んできた。僕が一際気にして触れているフードが気になったのか、嘴の先で突っついてくる。

「あ、ダメだよ」

 僕の声に前を歩く彼が振り返った。その瞬間、精霊の嘴がフードの端を捕らえ、はらりと肩に落ちてしまった。
 白日の下に、僕の忌まわしい黒髪黒目が晒されてしまった。急いでフードを戻したが、目の前の彼は足を止め呆然とこちらを見つめている。

 見られた。

 僕は絶望的な気持ちで俯いた。
 親切にしてやったのにお前は黒の忌人だったのかと詰られるだろうか。武人を侮辱した罰だと剣を抜かれるかもしれない。
 怖い。怖い。 
 全身から汗が噴き出した。
 一番怖いのは、これまで親切にしてくれたこの人の優しい態度が、視線が、僕を見下すものに変わる瞬間を見ることだ。

 僕は震えて自分の足元を見つめていた。余計なものを見なくて済むように。
 彼の発する言葉に怯えて待っていると、彼の靴が土を踏む音がした。びくりと肩を竦ませ目を閉じた。暴力を振るわれるかもしれないと衝撃に備える。しかし、彼の足音はこちらに近づくどころか離れて行く。
 恐々と目を開け顔を上げてみれば、彼は先程と同じ速度で前方へ向かって歩いていた。何も言わずに去ってくれたのだとほっとしていると、彼が振り向き

「もう少しだよ。疲れてしまった?」

 と、変わらぬ穏やかな笑顔で労ってくれた。
 もしかして僕の黒髪黒目が見えなかったのだろうか。いや、そんなはずはない。紅い瞳を大きく見開いて驚いていたはずだ。それなのにどうして彼は変わらない態度で接してくれるのだろう。
 僕は混乱して、動揺して、返事もできずただ首を横に振って小走りについていった。

 分からない。
 分からないけれど、忌人である僕を一人の人間として扱ってくれたのはマルクの他ではこの人だけだ。僕は胸が温かくなって、自然と口角が持ち上がっていた。
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