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第一章 孤児院時代
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その日、僕は畑へ行く振りをして、孤児院の門を出てすぐの建物の影に潜んでいた。目深に日除け用のフードを被り、孤児院のドアから出てくる人影を注意深く見つめる。待ち人はなかなか来なかったが、ついに大きな巾着のような荷物袋を肩に背負ってマルクが出てきた。僕は見つからないように距離を取りながら、その背中を尾行して行った。
マルクの養子縁組は刻一刻を争う。土の加護の力が確かなものになる前に、早く縁組先を見つけなければマルクの人生は精霊教会の神父として終わってしまう。
孤児院側のマルクを売り込む意図であるこのおつかいも、マルクのことだ出先で気に入られないように振る舞っているに違いない。そうでなければマルクほどの人物に未だ養子の声がかからないのはおかしい。だったら、僕がマルクの株を持ち上げるように仕向けるしかない。僕は忌人だから、堂々とマルクの隣を歩いては却って印象が悪くなる。ここぞという時に出て行ってトラブルを起こし水の加護の力を発動させたり、マルクの優しさや聡明さを知ってもらえるように動くことにしたのだ。
これまで任されてきたどの仕事よりも重責ある仕事だ。なにせミスは許されない。僕は気合を入れてマルクの背中を追った。
大きな商会が立ち並ぶ商業地区に来た。この辺りに用があるということは、今日のおつかい先は大きな商家なのかもしれない。商家であれば貴族よりも自由で資産も潤沢だろうし、マルクにとっては最適な縁組先だろう。かと言って中流程度の商家では教会の権威に劣ってしまうから、見極めが必要だ。店の大きさや使用人の数からその店の資産力を推し量り、ここならばと思えたら時機を見計らって飛び出すのだ。僕は緊張に胸をドキドキとさせながら、マルクがどの店に入っていくのかを見つめていた。
しばらくキョロキョロと辺りを見回していたマルクが、街行く使用人らしき男に声をかけた。顔見知りではなさそうだったが、二言三言言葉を交わした後、相手が別の男を連れてきた。誰かを紹介してもらったようだ。一体誰なのだろうと様子を窺っていると、マルクは抱えた荷物袋から何かを取り出し後から来た男に渡した。そして懐から小さな銀貨を数枚出して二人に渡すと手を振って別れた。
再びマルクが歩き出したのを追いながら、さっきのやり取りはなんだったのだろうと考えていた。だが、急に歩く速度を早めたマルクに置いて行かれそうで、慌てていたから考えがまとまらなかった。
そしておつかい先に行くこともなく商業地区を抜けるに至って、やっと分かったのだ。先程の荷物は、本来マルクがおつかい先に持参すべき物だったのだと。マルクはこの辺りの使用人に声をかけお使い先の家の使用人を探し、チップと共に荷物を託してしまったのだ。これならばマルクの有力家への顔見せそのものが成り立たないし、失礼な態度を取らずに済むので孤児院の先生達に文句を言われることもない。さすがマルクだ、と舌を巻いた。
しかし、僕達孤児は自由に使えるお小遣いなど貰っていない。マルクのおつかいもただ荷物を届けるだけのものだから金銭を持たされているとは思えない。あのチップは一体どこから出てきたのだろうか。疑問に首を傾げていると、今度はマルクの足が小さな商店や屋台が並ぶ賑やかな繁華街に向いた。必死に追ったのだが、行き交う人が多過ぎてあっという間に姿を見失ってしまった。
恐る恐る建物の影から通りに出てみたものの、見渡す限り人ばかりでとてもマルクを探し出せそうもない。往来の真ん中で突っ立っている僕は相当邪魔だったのだろう、どん、と体当たりをされて転びそうになりながら道の端へ寄った。屋台の荷物が積まれた物陰で、僕はへたり込んでしまった。ほとんど街中へ出たことのない僕は土地勘がない。このままではマルクを見つけるどころか孤児院への帰り道も分からない。
途方に暮れて地面に視線を落とすと、いつからいたのかすぐ目の前で鳥が僕を見上げていた。僕を心配するかのように首を傾けたままこちらを見つめて動かない。鳩くらいの大きさだけれど羽の色は赤茶けていて、見たことのない種類の鳥だ。それにしても随分人懐こい。人から餌でも貰って慣れているのだろうか。
「ごめんね。僕はただの迷子で、何も食べ物を持ってないんだ」
伝わると思ったわけではないが、そう語りかけると鳥は得心したようにバサリと羽を広げた。その瞬間、翼の下から現れたのは羽毛ではなく燃え盛る炎だった。あっと思った時には鳥は空に飛び立ち、上空をくるくると旋回した。羽ばたく度に火の粉が花火のように舞って美しい。間違いない、精霊だ。それも本物の鳥と見間違うほどにはっきりとした火の精霊。相当な加護の力の持ち主が近くにいるのだろう。
ぽかんとその美しさに魅入っていると
「大丈夫かい?」
不意に上から声をかけられた。
マルクの養子縁組は刻一刻を争う。土の加護の力が確かなものになる前に、早く縁組先を見つけなければマルクの人生は精霊教会の神父として終わってしまう。
孤児院側のマルクを売り込む意図であるこのおつかいも、マルクのことだ出先で気に入られないように振る舞っているに違いない。そうでなければマルクほどの人物に未だ養子の声がかからないのはおかしい。だったら、僕がマルクの株を持ち上げるように仕向けるしかない。僕は忌人だから、堂々とマルクの隣を歩いては却って印象が悪くなる。ここぞという時に出て行ってトラブルを起こし水の加護の力を発動させたり、マルクの優しさや聡明さを知ってもらえるように動くことにしたのだ。
これまで任されてきたどの仕事よりも重責ある仕事だ。なにせミスは許されない。僕は気合を入れてマルクの背中を追った。
大きな商会が立ち並ぶ商業地区に来た。この辺りに用があるということは、今日のおつかい先は大きな商家なのかもしれない。商家であれば貴族よりも自由で資産も潤沢だろうし、マルクにとっては最適な縁組先だろう。かと言って中流程度の商家では教会の権威に劣ってしまうから、見極めが必要だ。店の大きさや使用人の数からその店の資産力を推し量り、ここならばと思えたら時機を見計らって飛び出すのだ。僕は緊張に胸をドキドキとさせながら、マルクがどの店に入っていくのかを見つめていた。
しばらくキョロキョロと辺りを見回していたマルクが、街行く使用人らしき男に声をかけた。顔見知りではなさそうだったが、二言三言言葉を交わした後、相手が別の男を連れてきた。誰かを紹介してもらったようだ。一体誰なのだろうと様子を窺っていると、マルクは抱えた荷物袋から何かを取り出し後から来た男に渡した。そして懐から小さな銀貨を数枚出して二人に渡すと手を振って別れた。
再びマルクが歩き出したのを追いながら、さっきのやり取りはなんだったのだろうと考えていた。だが、急に歩く速度を早めたマルクに置いて行かれそうで、慌てていたから考えがまとまらなかった。
そしておつかい先に行くこともなく商業地区を抜けるに至って、やっと分かったのだ。先程の荷物は、本来マルクがおつかい先に持参すべき物だったのだと。マルクはこの辺りの使用人に声をかけお使い先の家の使用人を探し、チップと共に荷物を託してしまったのだ。これならばマルクの有力家への顔見せそのものが成り立たないし、失礼な態度を取らずに済むので孤児院の先生達に文句を言われることもない。さすがマルクだ、と舌を巻いた。
しかし、僕達孤児は自由に使えるお小遣いなど貰っていない。マルクのおつかいもただ荷物を届けるだけのものだから金銭を持たされているとは思えない。あのチップは一体どこから出てきたのだろうか。疑問に首を傾げていると、今度はマルクの足が小さな商店や屋台が並ぶ賑やかな繁華街に向いた。必死に追ったのだが、行き交う人が多過ぎてあっという間に姿を見失ってしまった。
恐る恐る建物の影から通りに出てみたものの、見渡す限り人ばかりでとてもマルクを探し出せそうもない。往来の真ん中で突っ立っている僕は相当邪魔だったのだろう、どん、と体当たりをされて転びそうになりながら道の端へ寄った。屋台の荷物が積まれた物陰で、僕はへたり込んでしまった。ほとんど街中へ出たことのない僕は土地勘がない。このままではマルクを見つけるどころか孤児院への帰り道も分からない。
途方に暮れて地面に視線を落とすと、いつからいたのかすぐ目の前で鳥が僕を見上げていた。僕を心配するかのように首を傾けたままこちらを見つめて動かない。鳩くらいの大きさだけれど羽の色は赤茶けていて、見たことのない種類の鳥だ。それにしても随分人懐こい。人から餌でも貰って慣れているのだろうか。
「ごめんね。僕はただの迷子で、何も食べ物を持ってないんだ」
伝わると思ったわけではないが、そう語りかけると鳥は得心したようにバサリと羽を広げた。その瞬間、翼の下から現れたのは羽毛ではなく燃え盛る炎だった。あっと思った時には鳥は空に飛び立ち、上空をくるくると旋回した。羽ばたく度に火の粉が花火のように舞って美しい。間違いない、精霊だ。それも本物の鳥と見間違うほどにはっきりとした火の精霊。相当な加護の力の持ち主が近くにいるのだろう。
ぽかんとその美しさに魅入っていると
「大丈夫かい?」
不意に上から声をかけられた。
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