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17.エピローグ①
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その日、ヴァルターは朝から不機嫌だった。
口角を下げ眉間に深く皺を刻んだまま腕を組むヴァルターを、俺は向かいの席から物珍しく眺めていた。
俺達は今、馬車に乗り王城へと向かっている。
馬車に乗るのは二度目で、一度目はヴァルターに見つかって団地から屋敷へと共に帰った日。そしてその日から数日を経ての今日だ。
ヴァルターは高位の貴族らしいので王城へ赴くのはよくある仕事の一つのようだったが、当然無関係の俺が同行することはなかった。しかし今回は何故か俺も一緒に行かねばならないらしく、その理由をヴァルターに聞いても、むっつりと不機嫌そうに黙り込んでしまい答えてくれない。行けば分かる、とだけ言われたが、お城なんて俺みたいな何の素養もマナーもない人間が足を踏み入れて良い場所でないのは分かる。馬車に乗り込む前から緊張していたのだが、それ以上に常と違うヴァルターの様子が不可解だった。ヴァルターが不機嫌な姿など一緒にいて初めて見たのだ。
馬車はがたつく農道から、石敷きの王都へと入った。整然とした町並みの奥に立派な白亜のバイルシュデンベルグ城が聳え立っている。城に近付くにつれ、男娼時代に馴染んだ景色が垣間見えて少し懐かしい気分にもなる。娼館のみんなやお世話になったお客さん達は元気だろうか。フランツとカミルには酷いことをしてしまった。今になって思えば、二人の気持ちに誠実であろうとするなら、何も言わずに姿を消すのではなく、時間は掛かろうとも真摯に気持ちを伝えて理解してもらうべきだった。けれど、あの時の俺は自分のことで精一杯でそんな風に考えることができず、きっと二人の心に傷をつけてしまった。ヴァルターの伴侶として屋敷で暮らすことになる俺は、もう二人に会う機会はないだろう。それだけが気がかりだった。
馬の蹄が石畳を蹴る軽やかな音をしばらく聞いていると、馬車のスピードが緩み、大きな城門の前でゆっくりと止まった。ヴァルターにエスコートされながら馬車を降りる。眼前に迫る山のように大きく壮麗な城に、俺は感嘆の溜息を漏らした。
ヴァルターが恥ずかしい思いをしないようにと気を遣いながら言われるままにヴァルターについていく。どこまで続くのかと思われる前庭を抜け、広い玄関ホールを抜け、大階段を上り、廊下を曲がり……城の従者が案内してはいるが、ヴァルターは勝手知ったるように進んで行く。俺はここではぐれたらもう一生この迷宮から出られないかもしれないと、足の長さのせいで歩幅の違うヴァルターを必死で追った。すると、すぐにそれに気付いたヴァルターが腕を差し伸べてくれて、気恥ずかしいけれど伴侶なのだし、と導かれるままに腕を組んで進むことにした。先導していた従者の人は、ちらり、とこちらを見ただけで何も言わなかった。それで、あ、と俺は気づいた。
王の覚えもめでたいヴァルターが俺を伴って登城するということは、つまり伴侶のお披露目なのではないだろうか。俺はまだどこかで、俺は控室でヴァルターの用事が済むまで待つだけかもしれないと淡い期待を抱いていたのだけど、お披露目とあらばむしろ俺こそがヴァルターの用事ということになる。もしかして俺はこれから王様に御目通りするのだろうかと、俄にまた緊張して来た。
ヴァルターの腕をくいと引いて、こっそりと耳打ちをする。
「あの……俺、大丈夫かな? 結構人見知りするんだけど……」
「……心配ない。君の良く知る人だ」
腕を組んでからは少し機嫌が上向いていたヴァルターだが、俺がそう言うとまた苦虫を噛み潰したような顔になった。王様に挨拶するわけではないのだろうか。けれど王城に知り合いなんていないし、ヴァルターの言っていることも良く分からないと首を傾げている内に、目的の部屋に着いたらしい。従者がヴァルターと俺の名前を告げて重い扉を開けた。するとそこにいたのは――。
「ハルちゃんっ! 元気そうで良かった!!」
「フランツっ!?」
満面の笑顔でフランツが抱きついて来た。俺はその勢いに押されて数歩後ずさる。
どうしてここにフランツが!? 予想外の人物に俺の頭は疑問符でいっぱいで、思考と共に体も固まってしまった。動かないのをいいことにぎゅうぎゅうと抱き締められている俺を、不快感を顔いっぱいに浮かべたヴァルターが引き寄せた。それと同時に、フランツを背後から引き剥がした人物がいた。
「場を弁えてください」
聞き慣れた低い声に目を向ければ、そこでフランツを押さえていたのはカミルだった。
「カミルまでっ!?」
一体どうしてフランツとカミルが……。俺は助けを求めるようにヴァルターを見た。
ヴァルターは怒りを堪えるように目を閉じ、渋々といった口調で言った。
「こちらは、親しい者には特別に”フランツ”と呼ぶことを赦されているそうだが、正しい御名はルートヴィヒ・フランツィスクス・フォン・バイルシュデンベルグ様。バイルシュデンベルグ王家の御子息にして王太子にあらせられる」
「……王太子!?」
「そしてこちらは、ルートヴィヒ様付きの近衛騎士、カミル・アスマンだ」
俺は言葉を失って、呆けたようにフランツとカミルを交互に見つめていた。
口角を下げ眉間に深く皺を刻んだまま腕を組むヴァルターを、俺は向かいの席から物珍しく眺めていた。
俺達は今、馬車に乗り王城へと向かっている。
馬車に乗るのは二度目で、一度目はヴァルターに見つかって団地から屋敷へと共に帰った日。そしてその日から数日を経ての今日だ。
ヴァルターは高位の貴族らしいので王城へ赴くのはよくある仕事の一つのようだったが、当然無関係の俺が同行することはなかった。しかし今回は何故か俺も一緒に行かねばならないらしく、その理由をヴァルターに聞いても、むっつりと不機嫌そうに黙り込んでしまい答えてくれない。行けば分かる、とだけ言われたが、お城なんて俺みたいな何の素養もマナーもない人間が足を踏み入れて良い場所でないのは分かる。馬車に乗り込む前から緊張していたのだが、それ以上に常と違うヴァルターの様子が不可解だった。ヴァルターが不機嫌な姿など一緒にいて初めて見たのだ。
馬車はがたつく農道から、石敷きの王都へと入った。整然とした町並みの奥に立派な白亜のバイルシュデンベルグ城が聳え立っている。城に近付くにつれ、男娼時代に馴染んだ景色が垣間見えて少し懐かしい気分にもなる。娼館のみんなやお世話になったお客さん達は元気だろうか。フランツとカミルには酷いことをしてしまった。今になって思えば、二人の気持ちに誠実であろうとするなら、何も言わずに姿を消すのではなく、時間は掛かろうとも真摯に気持ちを伝えて理解してもらうべきだった。けれど、あの時の俺は自分のことで精一杯でそんな風に考えることができず、きっと二人の心に傷をつけてしまった。ヴァルターの伴侶として屋敷で暮らすことになる俺は、もう二人に会う機会はないだろう。それだけが気がかりだった。
馬の蹄が石畳を蹴る軽やかな音をしばらく聞いていると、馬車のスピードが緩み、大きな城門の前でゆっくりと止まった。ヴァルターにエスコートされながら馬車を降りる。眼前に迫る山のように大きく壮麗な城に、俺は感嘆の溜息を漏らした。
ヴァルターが恥ずかしい思いをしないようにと気を遣いながら言われるままにヴァルターについていく。どこまで続くのかと思われる前庭を抜け、広い玄関ホールを抜け、大階段を上り、廊下を曲がり……城の従者が案内してはいるが、ヴァルターは勝手知ったるように進んで行く。俺はここではぐれたらもう一生この迷宮から出られないかもしれないと、足の長さのせいで歩幅の違うヴァルターを必死で追った。すると、すぐにそれに気付いたヴァルターが腕を差し伸べてくれて、気恥ずかしいけれど伴侶なのだし、と導かれるままに腕を組んで進むことにした。先導していた従者の人は、ちらり、とこちらを見ただけで何も言わなかった。それで、あ、と俺は気づいた。
王の覚えもめでたいヴァルターが俺を伴って登城するということは、つまり伴侶のお披露目なのではないだろうか。俺はまだどこかで、俺は控室でヴァルターの用事が済むまで待つだけかもしれないと淡い期待を抱いていたのだけど、お披露目とあらばむしろ俺こそがヴァルターの用事ということになる。もしかして俺はこれから王様に御目通りするのだろうかと、俄にまた緊張して来た。
ヴァルターの腕をくいと引いて、こっそりと耳打ちをする。
「あの……俺、大丈夫かな? 結構人見知りするんだけど……」
「……心配ない。君の良く知る人だ」
腕を組んでからは少し機嫌が上向いていたヴァルターだが、俺がそう言うとまた苦虫を噛み潰したような顔になった。王様に挨拶するわけではないのだろうか。けれど王城に知り合いなんていないし、ヴァルターの言っていることも良く分からないと首を傾げている内に、目的の部屋に着いたらしい。従者がヴァルターと俺の名前を告げて重い扉を開けた。するとそこにいたのは――。
「ハルちゃんっ! 元気そうで良かった!!」
「フランツっ!?」
満面の笑顔でフランツが抱きついて来た。俺はその勢いに押されて数歩後ずさる。
どうしてここにフランツが!? 予想外の人物に俺の頭は疑問符でいっぱいで、思考と共に体も固まってしまった。動かないのをいいことにぎゅうぎゅうと抱き締められている俺を、不快感を顔いっぱいに浮かべたヴァルターが引き寄せた。それと同時に、フランツを背後から引き剥がした人物がいた。
「場を弁えてください」
聞き慣れた低い声に目を向ければ、そこでフランツを押さえていたのはカミルだった。
「カミルまでっ!?」
一体どうしてフランツとカミルが……。俺は助けを求めるようにヴァルターを見た。
ヴァルターは怒りを堪えるように目を閉じ、渋々といった口調で言った。
「こちらは、親しい者には特別に”フランツ”と呼ぶことを赦されているそうだが、正しい御名はルートヴィヒ・フランツィスクス・フォン・バイルシュデンベルグ様。バイルシュデンベルグ王家の御子息にして王太子にあらせられる」
「……王太子!?」
「そしてこちらは、ルートヴィヒ様付きの近衛騎士、カミル・アスマンだ」
俺は言葉を失って、呆けたようにフランツとカミルを交互に見つめていた。
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