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別れ、そして、鏡の中へ
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1.別れ
最近、地震が多い。
大災害。詳しくは、大地震と大津波と大噴火。これが、ほぼ同じ時期に予測されている。
この村は、もうすぐ終わる。
そして、この世界では、あるウイルスが、各国の首都を中心に繁殖し、拡大している。日本でも例外ではなくて、東京を中心に、三大都市圏と、どんどん速度を上げている。ウイルスに感染すると、ゾンビの様に無意識に歩きまわり、吐く息から感染を広げるが、ウイルスを繁殖させる理由は不明。
しかし、ウイルスと同時に現れた新たな勇者達が、私達を、未だ被害のない地域の人々を、守ってくれている。その勇者達は、我々が作り出した、フィクションのスーパーヒーローに似ている。フリフリの魔法少女達、仮面のライダー達、奇跡の猫と天道虫とその仲間、ヒーロー家族、ロボットと科学大学の学生達、レプラカーンの少女達など、人々を守護する者として我々に創造された者達だ。その勇者達は、どうやらウイルスには感染しないらしい。だが、反対村にまで繁殖が拡大していくのも、もはや時間の問題だ。勇者の勇気がいつまで続くのかも、もうわからない。
この世界は、もうすぐ終わる。
今隣にいるその仲間が、明日、生きている保証はない。
今隣で笑っている、今隣で話している、そして今隣で生きているその誰かは、明日、隣に居ないかもしれない。
それでも村の住人は、最後まで村と生きる事を選び、今生きている。「五分後の自分が笑っているならそれでいい。」と、誰かがそう言った。
その通りだ。
そして今、僕は香の部屋の前にいます。
今夜は星の降る夜。つまり流れ星が見られる夜だそうです。なので香と、今夜一緒に流星群を眺めてみようと思うのです。
もうその日は、今夜しかないです。
今夜、津波が来ると、予測されているからです。
しかし大丈夫です。ここは山の上で、いままでの津波は頂上には到達した記録が無く、ここには山に匹敵する防潮堤があるので、逃げる時間はあります。
「入るよー。」
僕は、香の部屋に一歩入り、部屋を見渡しました。ベッドと机と本棚とポスター。それ以外基本何もない部屋ですが、香が出演した作品の本とポスターが充満して少し散らかっています。
「香ー。」
どうやら香自体はいないようです。
「もー、香って呼ばないでよー。」
「ひゃぁあ!」
何!?ですか!?
「香!?」
「だーかーらー。香って呼ばないで!私は、れ・い・か!霊香!」
後ろから霊香が現れました。仕方がないので、霊香と呼んであげます。
しかし僕にとっては、霊香はいつまでも香のままです。
「で、何?」
「えっと、今夜一緒に流星群を見たいのです。どうでしょうか?」
「嫌だ。」
「え…?」
何が良かったというんですか。
「エッチなことだと思ったのに。」
「そんなわけないじゃないですか!」
顔が少し紅くなったのを感じました。
「なーんてね!」
ちょっと意地悪そうな顔で笑う霊香。でも残念そうにも見えます。
僕はそんなつもり無いんですけどね。兄妹ですから。あり得ません。兄妹でそういうことは、できません。
柱本 霊香は、こんな娘です。しかし僕の知る柱本 香は、こんな娘ではありません。
「でもいいよ。」
「何がですか?」
「だから、流星群。」
その話をしていたのでした。
「一緒に見よ、」
大地が震えた。
でも良かった。いくら霊香でも、僕の事を兄として見ていています。
「私達の、最後の日に。」
小声で霊香はそう言いました。でも僕にはその意味がわかりません。
今日は僕達の、最後の日ではないはずですから。
そして今、俺は親友と一緒に、隣り合ってVRゲームをしている。
今挑んでいるのは、ワールドの最強ボス。ワールドボスの亜種、いわば裏ボスってやつだ。当然、この程度の雑魚、この国内最高プレイヤーのカゲロウ様の手にかかれば瞬殺。
じゃあなぜプレイしているのかって?当然、親友に頼まれたからだ。
しかし、この親友─下村 爽─にとっても、この雑魚は数十分で倒せるはず。
なぜだ。
「なあ爽。」
「ん?」
「こんな雑魚、一人でも倒せるだろ。」
「ん。まーな。」
俺はコントローラーを右手で持ち、器用に操作しながら、爽に左手を差し出した。
「俺の時間を返せ。」
「あ、うん。後でな。」
「ならいいが。」
待て、じゃあなぜここに来たこいつは。
コントローラーを両手で持ち直し、操作しながら考える。
この下村 爽という男は、科学ヲタクで卓球部で丸眼鏡でイケメンで、だけどとにかく冷たいやつで、塩対応でドSで……。
まさか、好きなやつでもできたか。それでドS性格を直したいから相談しに来たか。でなきゃ、最近不調でなかなか倒せないだけか。こいつが実はゲイで、俺に会いたかっただけか。
「悩んでるなら話にのるぞ。」
「あ、そうゆうんじゃないわ。」
「じゃあ本来の目的は何だ。何かあるから来たんだろ。」
「うん。ある。」
「何。」
やっと話してくれそうだ。雑魚も倒せそうだし。ちなみにボスは、協力プレイだと強さが人数倍になる。
「前おまえさ、好きなやついるっつったじゃん?」
「あん。月夜な。」
先日、爽には言ったが、俺、すなわち佐々木 誠は、夏星 月夜さんに恋をしている。
俺達三人は仲良しトリオ。ずっと一緒にいれば、恋心の一欠片くらい、心に苦しみを与えてくる。
「それがどうした。」
「俺ツッキーにコクられてさ、」
は?
俺は何かが落ちる音を聞いた。
「付き合って下さいって言われてさ、」
負けた音が響いた。
俺と爽は同時にVRスコープを外した。
「OKって、いっちゃた~。」
ハッハッハッハッァと、爽は俺を嘲笑う。
「良かったな。」
吐き捨てる様に言う。
「ホントは悔しいんだろぉ。」
爽は俺の肩に腕を回して、耳元で、挑発的に言う。
ああ、悔しいよ。
「悲しいんだろぉ。」
ああ、悲しいよ。
「でもツッキーはな、俺を選んだんだ。」
……………。
何も、言えない。
俺に語りかける様に、爽は呟く。俺は、こんなやつに負けたことが情けなくなって、歯を、飛び出して来そうなほど食い縛った。
「俺、おまえがツッキーのこと好きな理由、わかったわ。」
………。
「ツッキーってさ、とにかく可愛くて賢くて、そんでさ、あの胸!」
っっっっっ!
「でかくね?」
「は?」
「だからあの胸!おまえもあれに惚れたんだろぉ。」
バチン
大地が震えた。
「嫉妬かぁ?」
「最っ低だな。おまえ容姿しか見てねぇし、大体月夜んこと何も分かっとらんし。せめて付き合うんなら、月夜んこと好きんなってからデートしろよ。月夜の気持ちちゃんと受け止めろよ、俺が許さねぇがら。」
「何が言いたいんだよ。」
「月夜にとってあの容姿は、コンプレックスでしかねぇんだよ!」
こないだLINEで、月夜の相談にのった。月夜が地元を離れて、東京の中学校に入学したのには、二つ理由があるという。一つめは、父を病気で亡くし、そこから目指した医師になるため。二つ目は、それによって精神的に病んでしまった母の虐待から、逃げるため。月夜の容姿は、顔は父に似て整った顔立ちをしていて、それは本人も誇らしげにしていたが、体つきは母に似て低い身長と、回りに比べ大きな胸。それはあのひどい母を思い出させる、最悪の容姿だという。忘れたくても忘れられない。
そして俺は、アドバイスをした。彼氏の一人くらい、つくっちゃえば。と。
それなら俺が、と、打とうとしたとき、
『爽君。私は、爽君が好き。』
『OK、してくれるかなぁ?』
そう、返信が来てしまい、俺は涙ながらに、大丈夫だろ、と、返信した。
「ほんと、良かったな、月夜。」
月夜に向け、空に呟いた。
「気持ち悪っ。俺もう帰るわ。」
部屋を出ていく爽の背中に向け、俺は、
「絶交だ。」
そう、呟いた。
「嫉妬だな。」
「ああそうだ。」
俺に相談してくれたから、俺のこと好きになってくれたと思ったさ。俺とあいつ、どこがどう俺が劣っているんだ。
落ち着け俺、月夜はあいつを、選んだんだ。
そして今、僕はにーさんだぢと庭で三対三のテニスをしている。
フツー、テニスは三対三でやらないって?冬音家にフツーはつーじねーよ。
僕の兄妹は、僕含め六人。二つ上のにーさんが五人!みんな個性的でスポーツできるから、生まれたときから退屈はしねぇ。 毎日楽しいしな!
僕は一応女として生まれてきたが、僕にだんじょさってやつは存在しない。男として生まれてきたやつらより脚ははいぇーし、身長も劣ってねぇし。何より僕は、だんじょさってやつを常に越えて生きてんだ!
ツンデレ系男子の(いや、多分ツンの方が多い)卓にぃに速いやつ打たれて、反射的に打ち返した。
その球はみごとに卓にぃのラケットをすり抜け、そのままバウンドしてコートを飛び出した。
「ちぇっ!」
「卓ってば性格悪いよ。次はうまくいくって!ファイトー!」
癒し系男子の雪にぃが笑顔で励ます。
「特技で負けたからって、可愛い妹にあんまり怒るなよ。」
熱血系男子の陸にぃが、サーブを打ちながら言う。
「特技は卓球。テニスは二番目だ。」
「もぉらったぁー!」
僕は速くて強いやつを打った。
「だぁー!またかよ!」
また、僕の打つ球は卓にぃと、雪にぃと陸にぃのラケットをすり抜ける。
「よくやったな、朝日。」
兄貴系男子の龍にぃが、僕の頭を撫でる。
たとえ兄とて、僕には勝つことはできねぇっつーことだ!僕は強い!
「なぁ、泳。」
「うん……。」
陰キャ系男子の泳にぃが頷く。泳にぃは無口気味なだけだ。陰キャだが暗くはないし、別に病んではいない。
その後も勝負は、僕のチームが好戦して3対0で圧勝した。
表にはあまり出さないが、僕は今めっちゃよっしゃ~って感じ。その感情に名前があった気ぃすっけど、ちと忘れてしもた。
僕は褒められると、おだてられると、すぐ調子にのっていた。みんなもっと持ち上げろ、僕が一番だ、って。でも、オリンピックに出るようになって、世界中の強い人たちをみて僕は、思い知った。今はなんとかウイルスが流行ってっから、実家にいっけどさ。僕の方が圧倒的に技術面は強くても、心が弱かったんだって。それから僕は、ヒーローに憧れた。飾らない勇気が、僕には足りないんだって思ったから。でも、その結果、僕は純粋に喜ぶことを忘れかけてしまっている。
なーんて、僕らしくないよな。そう思ってるのは事実だけんど、誰にも明かしたことのない、ホントの僕。ベンキョーできねぇけんども、バカでねぇからんな。
「朝日。」
休憩中、そんならしくないことを考えてた僕に、懐かしい声が聴こえた。僕のその思考が真っ白に消えて、砕け散った。白さえも残らない程に、崩れ落とされた。何もない所に、彼女だけが立つ形で、僕の思考は彼女の名だけを呼ぶ。
大地が震えた。
「月夜。」
夜の月は、穏やかでミステリアスだ。彼女は月の光に照らされて、微笑んだ。
2.そして
村の人たちの大半は、日が沈んだ今、山に避難し始めた。実際、山の上でも安全とは限らない。
大地が震えた。
山が唸った。
そう、近頃続いていた地震は、火山噴火の予兆の揺れだった。
私は家族や知り合いと共に、海や火山から遠い山の上へと避難していた。何時津波が来るかわからない。何時火山が噴火するかわからない。誰もが不安を抱いていた。
でも、なのに、朝日がいない、霊がいない、誠がいない。冬音邸は火山の近く、反対神社は海沿い、佐々木家は火山のふもとで平らな平野。いずれも避難しないと危険な区域、そして、一番安全なのもここなはず。
今日で生き別れることはわかっている。だから最期に、一度だけ。もう一度だけ会いたかった。
鼻先を何かの雫が伝う。
空を見上げる。
雨?いやそれだけじゃない。体が震えた。
台風が、接近していたのを忘れていた。山は土砂崩れがおきる。
村に、安全な場所は無い。
「お義母さん。」
「頂上ならまだ大丈夫。夜が明けるまではなんとか。」
「安心しなさい。生きて明日を迎えればいいんだ。」
「うん……。」
大丈夫。家族と居れればいいんだから。
「あら、佐藤さん。」
「佐々木さん、誠は、」
佐々木さん。すなわち誠の義親に会った。でも、誠がいない。
「てっきり間期ちゃんといるのかと。後で行くって言うから置いてきちゃったよ。」
当然、焦っている。
何時津波が来るかわからない状況で、佐々木さんは迎えに行くと言った。
「私も行きます。」
むろん、佐々木さんにも義親にも止められた。
「でも、誠を見捨てられないし、」
「ダメだ。子供は生き残ることしか考えるな!」
「でも、」
「一緒に避難場所のここで探しましょう。」
「わかった…。」
本当はわかってない。今日も学校で会って、話して、一緒に生きた幼なじみがすぐ近くで死ぬところなのだ。誠だけじゃない。朝日に霊、まだ避難していない全ての人たち。自分はそれを見捨てて、のんきに生きる残る希望を持っているのだ。
なぜ有能な人ばかり………。
頬に、私の雨粒が伝う。
私が、無力で無能なのに。
大地が、また震えた。
雨が降ってしまいました。雲行きが怪しいとは思っていましたが、台風でしたか。
窓辺で空を見上げて、雨を浴びる気持ちで、寒さに浸ります。
「霊香さーん、霊香さーん?」
また霊香の部屋の前に来て、霊香を呼んでいます、が、いっこうに返事はありません。霊香はこの部屋を使っているのでしょうか。
ドアを開けて入ってみます。やはりいません。いた形跡すらも残っていない気がします。
大地が震えました。
山も唸りました。
空が叫びました。
この村は、もうすぐ終わります。けれども、僕は生きたいです。生き残りたいと、思っています。でも、思っているだけです。そのために何かしているわけではありませんし、逃げもしません。せめて、村と一緒に終わりたいのです。
「にーさーん!!」
窓の外から声が聴こえ、向いてみます。
声の主、霊香が、窓から見える境内の大木の上で、笑顔で手を振っています。寒空の下、雨に打たれながらも、霊香はたしかに僕を待っています。この空じゃ、星なんて輝いてくれないといいますのに。
僕は傘を差して外に……、いえ、風もあるので、やはりカッパを羽織って外に出ました。
空が顔を何度も叩いてきます。雨が強まって、風も強く吹いている証拠です。空も幾度かピカッと光ります。
でもやはりなぜでしょう。北日本であるここで、3月に台風が直撃するなんて。前代未聞です。
「霊香!」
「にーさん!」
霊香の元へ走って行きます。
今夜、願いが叶うことはない。
「霊香、今すぐ降りるのです。」
「星、見えるといいね!」
満面の笑顔。あの頃のような。その笑顔を見て、僕は嬉しいはずなのに、今は、どんどん心がえぐれて罪悪感で満たされていきます。
「すみません。」
僕は謝らなければありません。今日、台風が直撃することを完全に忘れてしまっていましたから。変な期待をさせてしまいました。
「今日、星は見えません。」
「綺麗だね。」
「だから、今日、星は……」
「雲がかかっていても、星はその向こうで輝いてる。心で見つめてあげて。」
空を見上げて、霊香は続けます。僕はその優しい声音に、静かに聞き入っています。一語一句を聞き逃さないように。
「見えないものは見えないまま。見ようとしても見えないんだから。見えていると思うの。だってそこには、
あるんだから。」
僕は目を閉じて感じてみました。
まぶたに星空と流星群が広がって、少し目線を下げれば、大木と霊香。いや、こちらを向いて微笑んだその笑顔は、あの頃から失われた笑顔。香でした。無邪気で純粋で、誠実で美しくて、それでもって可愛らしくて、とにかく素敵でした。
星に願いを。いつかまた、香に会えますように。
ゴロゴロ ドーン
思わず、大きな音がして目を開きました。
続いて、大きな力に吹き飛ばされ、泥の中へ身を放り投げ出されました。
目の前には一面の炎。
「霊香?」
返事がありません。
「霊香!霊香!」
しばらく経てば雨で炎は消えるが、それでは霊香が……………。
とりあえず両親を呼ぼう。僕は駆ける。
この雨の中、風の中。
僕があの時、あんな誘いをしていなければ─。
もっと速く云えていれば─。
ちゃんと気づいていれば─。
はっきり「帰ろう」と伝えていれば─。
──僕が傍に居てあげていれば───。
今のはなんだ。いやそんなことどうでもいい。今は霊香を。
この感情はなんだ。怒り?悲しみ?
くぅっ、つっっったぁ!
家の廊下に着いたとき、急に左目の傷痕が………痛んで………。
でも、
「父さん、母さん!霊香が………………………!!」
しかし、
ふすまを勢いで開けた僕の右目の前にいた者は、
「ああァーー」
「ううぅーー」
もう両親ではなかった。
大地が震えた。
暗闇の中、俺は一人。
逃げなくちゃ、いけないのに。
体がくすんで、涙が止まらなくて。
終わりのときが近づいて。
もうこのまま、終わろうかな。
俺が生きる意味って、何なんだろう。
──最期まで戦おう、一緒に。終わりのそのときまでさっ!
今のは?頭に直接何か思念を伝えられたような。俺の中の何かが蘇ったような。何ともいえない、中二病チックな感覚。だが、声の主は間期に似ている。
間期。
そうだ彼女は、俺の幼なじみは、爽よりも月夜よりも、俺を理解してくれている。好きとかじゃない、大切なんだ。
あいつの為にも、もう少し生きてやるか。
さっきの声が何なのかはどうでもいい。むしろ感謝する。あいつんこと、思い出させてくれたから。
上下のカッパを着て、家を出る。案の定雨風が強くて、道がぬかるんでいる。まさに終末って感じだ。
俺は少しずつ山を登っていった。
月が見えたんは一瞬だったけんと、僕ん前には月夜がいる。
僕らは崖に座り、もう二度と見ることのできない最期の綺麗な海を眺めていた。
「へっくしっ!」
月夜が可愛らしいくしゃみをした。
雨に打たれながらも外にいるから、そろそろ僕も寒くなってきた。
「そろそろ家入ろーぜ。」
立ち上がって歩き出すと、
「待って……。」
月夜は僕の長袖ジャージの袖を掴んだ。
「んだよ。」
僕は正直イライラってる。
一番大事だっつってた親友の意見を聞かんでとーきょーいった割りに、んでこん危険ときだけホイホイ帰ってくっかな。せめて謝れ。
「怒ってるのは仕方ないよ……私が……一番大事な親友の意見を聞かないで東京いったのに……こんな危険なときだけホイホイ帰ってきたんだから……。ホントごめん……。」
「ちょぇっ、流石。」
あー、チョーシ狂うー。
僕は仕方なく戻った。
前より賢くなってっし。どんどん突き離されてんなー。
なんだよ。離れてた時間を挟んだほうが僕んことわかってるって、どゆことだよ。
「離れてる時間が……絆を強くする……。」
また心よまれたー。
「つかどっかで聞いたことのあるセリフだなぁ。」
「そぉ……?」
意地悪く笑う。頬を上げ、口を似つかわしくない程吊り上げて。まぁ、一理有っか。
「てか、ホントに何しに来たんだよ。」
「最期に……朝日に……会いたくて……」
「僕は今日死ぬ気はねぇかんな。」
「朝日じゃなくて……」
月夜はどこか寂しそうな声音になっていく。しまいにはうつむいた状態で、ポロポロと、雨に共鳴するようなうめき声もあげながら、止まらない雨を流していく。
僕は察した。
「月夜。」
真っ直ぐに月夜を見つめて、僕が一番好きな空の名前を告げる。
「朝……日……」
その顔は、いままでのような透き通る白ではなくて、その目は、今にも吸い込まれそうな夜空の黒ではなくて。青白く生気のない顔、泣いたのとは別の紅い目。
月夜はもう、月夜ではなかった。
3.鏡の中へ
私は、この避難場所で誠を探した。霊を探した。朝日を探した。
希望を探した。
でも見つからない。現れない。
──ミラーナ様──ミラーナ!──ミラーナーぁああああ!!!!!
だからミラーナって誰!?消えてよ!黙ってよ!
──親友?──幼なじみ?──恋人?
え?
──あなたは、誰?あなたにとって、大切な人は、誰?
私は、誰?佐藤 間期。その名を持つ私は、本当は誰なの?
すまなかった、サン、カゲロウ、ゼロ……。私の記憶がもっと 早く蘇っていれば、君らの記憶も蘇ったろうに。会えていたというのに。
また、離ればなれに……。
私は、誰?佐藤 間期。その名を持つ少女の身体に生まれ変わって復活のときを待つ卑怯もの。名前、名前は……
「ミラーナ様!」
意識が戻った。大丈夫、私は佐藤 間期だ。何かに意識を乗っ取られたような……いや、気のせいだ。疲れていただけだろう。
「いや、間期だったか。」
「政宗、君?」
「来い!説明は後だ。今は時間がない。」
「でも、誠と朝日と……霊が。」
「そいつらを助ける為について来い。」
「う、うん……。」
政宗君に言われるがままに、カーブミラーに飛び込んだ。
僕は霊香の元へ走りました。
着いたとき、もう火はとっくに消えていました。何もできませんでした。
霊香との思い出が巡って、巡って……。でもやはり、一番強く残るのは、香との思い出。時にして五年、思い出にして一瞬の、彼女が香であった時間。あの日々が尊いのです。
霊香に寄り添って、自分の心と霊香の魂を慰めたいです。
「霊香……。」
霊香の手を取ります。
「よく頑張っ、ぬぁ……!?」
正直暗くてよく見えませんでしたが、霊香の手は青白く、顔を見てみると目の周りが黒っぽくなっていました。
僕は地面に突っ伏して、ひとり、雨に浸っていました。
僕は無力です。恩知らずです。あの日助けてくださった最愛の人をこんなあっさりと亡き者にしてしまったのですから。
──自分への怒り。失った悲しみ。肩の荷がおりた喜び。そう思ってしまう悔しさ。なぜ自分ばかりという後悔。これからの不安。僕は……僕は……?
ううぅ……うあぁ……あぁぁああ!!!!!
いろんな感情がこみ上げた。僕はもう僕じゃない。彼女ももう彼女じゃない。
でもせめて最期に、彼女の魂を。
「蘇れ少女の魂よ。もう一度この少年を助けるのです。」
少女の身体から魂が抜け、少年の身体へ。
「すみません、閻魔様。人助けですので。」
そうやって、そこで意識が途絶えた。
「よっ、とぉ!」
水溜まりから這い上がって、ゼロ様、いやいまは柱本 霊といったか、とにかく、その少年のことを迎えにきた。
ん?寝てんのか?
「おーい。おーじさまー、迎えに来ましたよー。」
寝てるな。
「間期ー。手伝えー。」
「ちょっ、ちょっと待って。」
水溜まりに声をかけると返事が戻って来た。正確には水溜まりじゃなくてミラ……あー間期。間期だが。
「うわぁ、変な感じ。」
「こいつ、運ぶの手伝って。」
「こいつって?霊君!?え、何があったの?生きてる?ねぇ霊君!」
「大丈夫、今は生きてる。でもこのままじゃ死ぬな。」
「分かってるよそんなの!!」
剥きになって声を張り上げる間期。顔もさっきより少し赤いな。
「ふぅ~ん。」
「ち、違うし。霊君はただの、と、友達だもん。」
「黙っといてやるから。」
「絶対だよ。」
「よし、足の方持て。」
「う、うん。」
再び、水溜まりの中に戻った。
俺、生き残るの、やっぱ無理かな。
湿気で息がしずらいし、手足や、多分顔も泥まみれだ。何度もかけ上がったけど一向に上へは行けない。俺、無力で無能だし、主人公には成れないし、生きるの下手くそだし、友情も大切にできない人間の底辺だし。
ははっ……。
自分でも弱いと思えるくらい、力のない笑いだな。
空を見上げても、雨が目に入るだけ。上を向いても、希望も何もないな。
「誠。」
また、間期の声をした幻聴が聞こえた気がした。
ごめん間期。俺もう諦めるわ。
いいこと何一つない。でも俺のせいだから。反省はしてる。だから俺の魂は、反省した俺のこと認めて下さった御神に救われて、ここより残酷な世界で、誰かしらの役に立ってほしい。
「カゲロウ!」
その声が懐かしい。
いつかの日常で。
──いつかの戦場で。
──ミラーナの声が、
ミラーナ様?
呼ぶ声に応えるように振り返る。
一瞬意識が壊れた。
ミラーナ、ではない。誰だ、似た少女。なぜ俺の名を。
意識が戻った。
「間期!」
泣き顔の間期が立っていた。泥まみれでびしょ濡れ。
凛々しい勇者が、俺の前に立っていた。
後ろに誰か立っている。目が合うと、その誰かは膝まづいて俺にお辞儀をした。
「えぇ!?ちょっ、ちょっと。顔上げなよ。えっと……」
「カゲロウ様。」
カゲロウ?さっき間期が言ったのは、この少年の事か?え、でも様付け?中二病?
「えっと、カゲロウ君?」
「カ、カゲロウ様は俺の名前ではございません。俺はマサムネでございます。」
「わかったわかった。俺は佐々木 誠、よろしくな。とりあえず敬語は止めろよ。」
「もしかして誠、政宗と初対面だった?不登校のあの櫻葉君だよ。」
「マジで!?学校来いよ!!」
「はははぁそんなの嫌に決まってんじゃん。」
「だよね~~……。」
……。
二人して苦笑いを浮かべ硬直。変な奴だ。間期はジト目を俺達に向ける。
ウヲンウヲンウヲン ウヲンウヲンウヲン
と、そこで俺のスマホが鳴る。緊急地震速報だ。
「んだこの音!?」
「流石現代人。スマホにはそんな機能もあるのかぁ。」
お前らも現代人だろうが。と心の中でツッコミつつ、内容を確認する。
地震。そうか震度7か。震度7!?津波の可能性は、…………あり。
「………っ!!!」
「津波!?つ、ついに、」
「来い!俺達だけでも生き残るぞ!」
よくこんな時でもそんな希望持てるよな。
そう言って政宗が俺達を促したのは………、窓!?
「ちょっ、ちょっと。そんな冗談、今はよせよ。」
「冗談な訳ねぇよ。」
いたって真面目な顔で政宗が言い、間期も頷く。
いたって普通の民家の窓ガラスに入れと!?
「大丈夫!誠が好きなライトノベルみたいな感じで、窓ガラスが政宗の家の鏡に繋がってるだけだから。」
「はぁ!?そんなわけ無、そんなわけ、そんな、………わけ、ないけどあってほしい!」
「あるんだよ。」
マジか。
「後で説明するから、今は逃げるんだ。まずは窓に飛び込め!!」
「う、うん。」
そうして俺は、いままで夢にみてきたような、ライトノベルみたいな体験をしたのだった。
「朝日……やっぱりごめんね……。私……間違ってた……。東京行ったから感染したし……こんなんじゃ夢なんて叶えられないのに……。」
「……………。」
僕は黙るしかない。
だってそれが正しかったから。
でもそれじゃ、自分が正しいっつぅことになる。そんなわけない。いつだっていつも月夜が正しいんだ。
でも、あんなに必死になる月夜も珍しかったし。
いや、結局正しいのは月夜だ。
僕はこんな状況で初めて、あることに気づく。
「月夜の決断は正しいぞ。」
「なんで……?だってこんな身体なんだよ……。」
「だからなんだよ。月夜はすげーやつじゃん。」
「え……?」
「だってさ、月夜の夢ってようは人のための夢だろ?他人の命のためにあんなに勇気出せるやつなんてそうそういねぇし。そんでさ、東京でウイルス感染が広がってんの知ってたろ?そんでそこに飛び込めんのって、やっぱすげーよ。」
言葉がでなくて幼稚な言い方になったが、とにかく、月夜はすげーやつなんだよ。
「あ……ありがとう……」
気のせいか、ちょびっと月夜の顔が赤い。
その後、僕らは無言になって、しばらく海を眺めた。
ウヲンウヲンウヲン ウヲンウヲンウヲン
「んが!?」
「ふふっ……。つぶれたカエルみたい……な声……。」
「はぁ。んで何?」
「緊急地震速報みたい……だね……。最近鳴りっぱなしだったから……音には馴れた……でも不安にはなる……。」
この音に馴れたんか。
地震っつっても、いままでみたいんなちっちぇえやつだよな。
「津波……。」
え!震度じゃねぇやつの連絡も来んのか。すまほってすげー。…じゃねぇや。津波!?
ざけんな!なんで今来んの?
「はぁ!?」
勢いで立ち上がってしもうた。
っっっっっ…………!
ほんっとふざけんな。月夜と最期の時を過ごして、別れの決心つけようとしてっときにぃ。
「逃げっぞ。」
月夜の手をとった。
背を向けて走り出す体制もつくった。後は、生き残るだけ。
「え……?私も……?朝日だけで逃げなよ……。」
「嫌だ。」
「でも私……もう死んでるんだよ。それに……いつ意識を失くすかわからないし……朝日には感染させたくない……。」
「嫌ったら嫌。意識があるうちは、生きてるかなんてどうでもいいんだよ。最期までバカ言って笑おうぜ。」
首だけを向いて、月夜に言う。
最期は、笑顔で終わりだぜ。
「それに、僕は死なねぇから。」
「わかった……。」
さぁいくぜ!朝日!
朝の太陽の名は、輝くためにあらぁ!!!
ダッ
いつもみたいに大地をける。生きるために、走るっ!
「とりゃぁあああぁぁ──────!!!!!」
「ちょっ……朝日ぃ……速いよぉ……。」
津波なんかに負けてたまるか。僕は朝日だ、朝の日だ!
ゴォォォォオオォォォ
海の唸り声、その奥で昇る朝日。迫り来る希望と絶望を背に。
「月夜。」
しかしもうそこでは、夜の月は、沈んでいた。
その手だけが、力強く繋がれたままで──。
「月夜──────!!!!!」
太陽の嘆き、月に届かず。
──ムーン───────!!!!!
あのときと同じだ。なぜ守りたい者を守れない?
力は、才能は、何のためにある?
結果、傷つけて終わりじゃないか。
「サン」
っ!
挫折。無力。バカ。そして、頭痛。
ダメだ。未だ。僕は。不安定。
「サン様」
崩れる。壊れる。無くなる。消える。
やめろ、やめろ、やめろ…………!!
誰だ!!!
「朝日」
っっ!
間期。
顔を上げる。
親友の姿は眩しく見え、自分への涙が流れた。
「月夜……守れなかった……」
違う。月夜へだ。月夜、月夜。ごめんなさい……。約束、守れなかった…。
手を握り返す。
ほんのり、暖かい。
間期が僕を包み込む。今気づいたが、誠も、あきれ半分なのにいままで見たことない優しい目でこっちを見てた。
僕はそのまま泣きつかれて寝てたみてぇで、起きたら知らねぇとこにいた。
chapter two END
最近、地震が多い。
大災害。詳しくは、大地震と大津波と大噴火。これが、ほぼ同じ時期に予測されている。
この村は、もうすぐ終わる。
そして、この世界では、あるウイルスが、各国の首都を中心に繁殖し、拡大している。日本でも例外ではなくて、東京を中心に、三大都市圏と、どんどん速度を上げている。ウイルスに感染すると、ゾンビの様に無意識に歩きまわり、吐く息から感染を広げるが、ウイルスを繁殖させる理由は不明。
しかし、ウイルスと同時に現れた新たな勇者達が、私達を、未だ被害のない地域の人々を、守ってくれている。その勇者達は、我々が作り出した、フィクションのスーパーヒーローに似ている。フリフリの魔法少女達、仮面のライダー達、奇跡の猫と天道虫とその仲間、ヒーロー家族、ロボットと科学大学の学生達、レプラカーンの少女達など、人々を守護する者として我々に創造された者達だ。その勇者達は、どうやらウイルスには感染しないらしい。だが、反対村にまで繁殖が拡大していくのも、もはや時間の問題だ。勇者の勇気がいつまで続くのかも、もうわからない。
この世界は、もうすぐ終わる。
今隣にいるその仲間が、明日、生きている保証はない。
今隣で笑っている、今隣で話している、そして今隣で生きているその誰かは、明日、隣に居ないかもしれない。
それでも村の住人は、最後まで村と生きる事を選び、今生きている。「五分後の自分が笑っているならそれでいい。」と、誰かがそう言った。
その通りだ。
そして今、僕は香の部屋の前にいます。
今夜は星の降る夜。つまり流れ星が見られる夜だそうです。なので香と、今夜一緒に流星群を眺めてみようと思うのです。
もうその日は、今夜しかないです。
今夜、津波が来ると、予測されているからです。
しかし大丈夫です。ここは山の上で、いままでの津波は頂上には到達した記録が無く、ここには山に匹敵する防潮堤があるので、逃げる時間はあります。
「入るよー。」
僕は、香の部屋に一歩入り、部屋を見渡しました。ベッドと机と本棚とポスター。それ以外基本何もない部屋ですが、香が出演した作品の本とポスターが充満して少し散らかっています。
「香ー。」
どうやら香自体はいないようです。
「もー、香って呼ばないでよー。」
「ひゃぁあ!」
何!?ですか!?
「香!?」
「だーかーらー。香って呼ばないで!私は、れ・い・か!霊香!」
後ろから霊香が現れました。仕方がないので、霊香と呼んであげます。
しかし僕にとっては、霊香はいつまでも香のままです。
「で、何?」
「えっと、今夜一緒に流星群を見たいのです。どうでしょうか?」
「嫌だ。」
「え…?」
何が良かったというんですか。
「エッチなことだと思ったのに。」
「そんなわけないじゃないですか!」
顔が少し紅くなったのを感じました。
「なーんてね!」
ちょっと意地悪そうな顔で笑う霊香。でも残念そうにも見えます。
僕はそんなつもり無いんですけどね。兄妹ですから。あり得ません。兄妹でそういうことは、できません。
柱本 霊香は、こんな娘です。しかし僕の知る柱本 香は、こんな娘ではありません。
「でもいいよ。」
「何がですか?」
「だから、流星群。」
その話をしていたのでした。
「一緒に見よ、」
大地が震えた。
でも良かった。いくら霊香でも、僕の事を兄として見ていています。
「私達の、最後の日に。」
小声で霊香はそう言いました。でも僕にはその意味がわかりません。
今日は僕達の、最後の日ではないはずですから。
そして今、俺は親友と一緒に、隣り合ってVRゲームをしている。
今挑んでいるのは、ワールドの最強ボス。ワールドボスの亜種、いわば裏ボスってやつだ。当然、この程度の雑魚、この国内最高プレイヤーのカゲロウ様の手にかかれば瞬殺。
じゃあなぜプレイしているのかって?当然、親友に頼まれたからだ。
しかし、この親友─下村 爽─にとっても、この雑魚は数十分で倒せるはず。
なぜだ。
「なあ爽。」
「ん?」
「こんな雑魚、一人でも倒せるだろ。」
「ん。まーな。」
俺はコントローラーを右手で持ち、器用に操作しながら、爽に左手を差し出した。
「俺の時間を返せ。」
「あ、うん。後でな。」
「ならいいが。」
待て、じゃあなぜここに来たこいつは。
コントローラーを両手で持ち直し、操作しながら考える。
この下村 爽という男は、科学ヲタクで卓球部で丸眼鏡でイケメンで、だけどとにかく冷たいやつで、塩対応でドSで……。
まさか、好きなやつでもできたか。それでドS性格を直したいから相談しに来たか。でなきゃ、最近不調でなかなか倒せないだけか。こいつが実はゲイで、俺に会いたかっただけか。
「悩んでるなら話にのるぞ。」
「あ、そうゆうんじゃないわ。」
「じゃあ本来の目的は何だ。何かあるから来たんだろ。」
「うん。ある。」
「何。」
やっと話してくれそうだ。雑魚も倒せそうだし。ちなみにボスは、協力プレイだと強さが人数倍になる。
「前おまえさ、好きなやついるっつったじゃん?」
「あん。月夜な。」
先日、爽には言ったが、俺、すなわち佐々木 誠は、夏星 月夜さんに恋をしている。
俺達三人は仲良しトリオ。ずっと一緒にいれば、恋心の一欠片くらい、心に苦しみを与えてくる。
「それがどうした。」
「俺ツッキーにコクられてさ、」
は?
俺は何かが落ちる音を聞いた。
「付き合って下さいって言われてさ、」
負けた音が響いた。
俺と爽は同時にVRスコープを外した。
「OKって、いっちゃた~。」
ハッハッハッハッァと、爽は俺を嘲笑う。
「良かったな。」
吐き捨てる様に言う。
「ホントは悔しいんだろぉ。」
爽は俺の肩に腕を回して、耳元で、挑発的に言う。
ああ、悔しいよ。
「悲しいんだろぉ。」
ああ、悲しいよ。
「でもツッキーはな、俺を選んだんだ。」
……………。
何も、言えない。
俺に語りかける様に、爽は呟く。俺は、こんなやつに負けたことが情けなくなって、歯を、飛び出して来そうなほど食い縛った。
「俺、おまえがツッキーのこと好きな理由、わかったわ。」
………。
「ツッキーってさ、とにかく可愛くて賢くて、そんでさ、あの胸!」
っっっっっ!
「でかくね?」
「は?」
「だからあの胸!おまえもあれに惚れたんだろぉ。」
バチン
大地が震えた。
「嫉妬かぁ?」
「最っ低だな。おまえ容姿しか見てねぇし、大体月夜んこと何も分かっとらんし。せめて付き合うんなら、月夜んこと好きんなってからデートしろよ。月夜の気持ちちゃんと受け止めろよ、俺が許さねぇがら。」
「何が言いたいんだよ。」
「月夜にとってあの容姿は、コンプレックスでしかねぇんだよ!」
こないだLINEで、月夜の相談にのった。月夜が地元を離れて、東京の中学校に入学したのには、二つ理由があるという。一つめは、父を病気で亡くし、そこから目指した医師になるため。二つ目は、それによって精神的に病んでしまった母の虐待から、逃げるため。月夜の容姿は、顔は父に似て整った顔立ちをしていて、それは本人も誇らしげにしていたが、体つきは母に似て低い身長と、回りに比べ大きな胸。それはあのひどい母を思い出させる、最悪の容姿だという。忘れたくても忘れられない。
そして俺は、アドバイスをした。彼氏の一人くらい、つくっちゃえば。と。
それなら俺が、と、打とうとしたとき、
『爽君。私は、爽君が好き。』
『OK、してくれるかなぁ?』
そう、返信が来てしまい、俺は涙ながらに、大丈夫だろ、と、返信した。
「ほんと、良かったな、月夜。」
月夜に向け、空に呟いた。
「気持ち悪っ。俺もう帰るわ。」
部屋を出ていく爽の背中に向け、俺は、
「絶交だ。」
そう、呟いた。
「嫉妬だな。」
「ああそうだ。」
俺に相談してくれたから、俺のこと好きになってくれたと思ったさ。俺とあいつ、どこがどう俺が劣っているんだ。
落ち着け俺、月夜はあいつを、選んだんだ。
そして今、僕はにーさんだぢと庭で三対三のテニスをしている。
フツー、テニスは三対三でやらないって?冬音家にフツーはつーじねーよ。
僕の兄妹は、僕含め六人。二つ上のにーさんが五人!みんな個性的でスポーツできるから、生まれたときから退屈はしねぇ。 毎日楽しいしな!
僕は一応女として生まれてきたが、僕にだんじょさってやつは存在しない。男として生まれてきたやつらより脚ははいぇーし、身長も劣ってねぇし。何より僕は、だんじょさってやつを常に越えて生きてんだ!
ツンデレ系男子の(いや、多分ツンの方が多い)卓にぃに速いやつ打たれて、反射的に打ち返した。
その球はみごとに卓にぃのラケットをすり抜け、そのままバウンドしてコートを飛び出した。
「ちぇっ!」
「卓ってば性格悪いよ。次はうまくいくって!ファイトー!」
癒し系男子の雪にぃが笑顔で励ます。
「特技で負けたからって、可愛い妹にあんまり怒るなよ。」
熱血系男子の陸にぃが、サーブを打ちながら言う。
「特技は卓球。テニスは二番目だ。」
「もぉらったぁー!」
僕は速くて強いやつを打った。
「だぁー!またかよ!」
また、僕の打つ球は卓にぃと、雪にぃと陸にぃのラケットをすり抜ける。
「よくやったな、朝日。」
兄貴系男子の龍にぃが、僕の頭を撫でる。
たとえ兄とて、僕には勝つことはできねぇっつーことだ!僕は強い!
「なぁ、泳。」
「うん……。」
陰キャ系男子の泳にぃが頷く。泳にぃは無口気味なだけだ。陰キャだが暗くはないし、別に病んではいない。
その後も勝負は、僕のチームが好戦して3対0で圧勝した。
表にはあまり出さないが、僕は今めっちゃよっしゃ~って感じ。その感情に名前があった気ぃすっけど、ちと忘れてしもた。
僕は褒められると、おだてられると、すぐ調子にのっていた。みんなもっと持ち上げろ、僕が一番だ、って。でも、オリンピックに出るようになって、世界中の強い人たちをみて僕は、思い知った。今はなんとかウイルスが流行ってっから、実家にいっけどさ。僕の方が圧倒的に技術面は強くても、心が弱かったんだって。それから僕は、ヒーローに憧れた。飾らない勇気が、僕には足りないんだって思ったから。でも、その結果、僕は純粋に喜ぶことを忘れかけてしまっている。
なーんて、僕らしくないよな。そう思ってるのは事実だけんど、誰にも明かしたことのない、ホントの僕。ベンキョーできねぇけんども、バカでねぇからんな。
「朝日。」
休憩中、そんならしくないことを考えてた僕に、懐かしい声が聴こえた。僕のその思考が真っ白に消えて、砕け散った。白さえも残らない程に、崩れ落とされた。何もない所に、彼女だけが立つ形で、僕の思考は彼女の名だけを呼ぶ。
大地が震えた。
「月夜。」
夜の月は、穏やかでミステリアスだ。彼女は月の光に照らされて、微笑んだ。
2.そして
村の人たちの大半は、日が沈んだ今、山に避難し始めた。実際、山の上でも安全とは限らない。
大地が震えた。
山が唸った。
そう、近頃続いていた地震は、火山噴火の予兆の揺れだった。
私は家族や知り合いと共に、海や火山から遠い山の上へと避難していた。何時津波が来るかわからない。何時火山が噴火するかわからない。誰もが不安を抱いていた。
でも、なのに、朝日がいない、霊がいない、誠がいない。冬音邸は火山の近く、反対神社は海沿い、佐々木家は火山のふもとで平らな平野。いずれも避難しないと危険な区域、そして、一番安全なのもここなはず。
今日で生き別れることはわかっている。だから最期に、一度だけ。もう一度だけ会いたかった。
鼻先を何かの雫が伝う。
空を見上げる。
雨?いやそれだけじゃない。体が震えた。
台風が、接近していたのを忘れていた。山は土砂崩れがおきる。
村に、安全な場所は無い。
「お義母さん。」
「頂上ならまだ大丈夫。夜が明けるまではなんとか。」
「安心しなさい。生きて明日を迎えればいいんだ。」
「うん……。」
大丈夫。家族と居れればいいんだから。
「あら、佐藤さん。」
「佐々木さん、誠は、」
佐々木さん。すなわち誠の義親に会った。でも、誠がいない。
「てっきり間期ちゃんといるのかと。後で行くって言うから置いてきちゃったよ。」
当然、焦っている。
何時津波が来るかわからない状況で、佐々木さんは迎えに行くと言った。
「私も行きます。」
むろん、佐々木さんにも義親にも止められた。
「でも、誠を見捨てられないし、」
「ダメだ。子供は生き残ることしか考えるな!」
「でも、」
「一緒に避難場所のここで探しましょう。」
「わかった…。」
本当はわかってない。今日も学校で会って、話して、一緒に生きた幼なじみがすぐ近くで死ぬところなのだ。誠だけじゃない。朝日に霊、まだ避難していない全ての人たち。自分はそれを見捨てて、のんきに生きる残る希望を持っているのだ。
なぜ有能な人ばかり………。
頬に、私の雨粒が伝う。
私が、無力で無能なのに。
大地が、また震えた。
雨が降ってしまいました。雲行きが怪しいとは思っていましたが、台風でしたか。
窓辺で空を見上げて、雨を浴びる気持ちで、寒さに浸ります。
「霊香さーん、霊香さーん?」
また霊香の部屋の前に来て、霊香を呼んでいます、が、いっこうに返事はありません。霊香はこの部屋を使っているのでしょうか。
ドアを開けて入ってみます。やはりいません。いた形跡すらも残っていない気がします。
大地が震えました。
山も唸りました。
空が叫びました。
この村は、もうすぐ終わります。けれども、僕は生きたいです。生き残りたいと、思っています。でも、思っているだけです。そのために何かしているわけではありませんし、逃げもしません。せめて、村と一緒に終わりたいのです。
「にーさーん!!」
窓の外から声が聴こえ、向いてみます。
声の主、霊香が、窓から見える境内の大木の上で、笑顔で手を振っています。寒空の下、雨に打たれながらも、霊香はたしかに僕を待っています。この空じゃ、星なんて輝いてくれないといいますのに。
僕は傘を差して外に……、いえ、風もあるので、やはりカッパを羽織って外に出ました。
空が顔を何度も叩いてきます。雨が強まって、風も強く吹いている証拠です。空も幾度かピカッと光ります。
でもやはりなぜでしょう。北日本であるここで、3月に台風が直撃するなんて。前代未聞です。
「霊香!」
「にーさん!」
霊香の元へ走って行きます。
今夜、願いが叶うことはない。
「霊香、今すぐ降りるのです。」
「星、見えるといいね!」
満面の笑顔。あの頃のような。その笑顔を見て、僕は嬉しいはずなのに、今は、どんどん心がえぐれて罪悪感で満たされていきます。
「すみません。」
僕は謝らなければありません。今日、台風が直撃することを完全に忘れてしまっていましたから。変な期待をさせてしまいました。
「今日、星は見えません。」
「綺麗だね。」
「だから、今日、星は……」
「雲がかかっていても、星はその向こうで輝いてる。心で見つめてあげて。」
空を見上げて、霊香は続けます。僕はその優しい声音に、静かに聞き入っています。一語一句を聞き逃さないように。
「見えないものは見えないまま。見ようとしても見えないんだから。見えていると思うの。だってそこには、
あるんだから。」
僕は目を閉じて感じてみました。
まぶたに星空と流星群が広がって、少し目線を下げれば、大木と霊香。いや、こちらを向いて微笑んだその笑顔は、あの頃から失われた笑顔。香でした。無邪気で純粋で、誠実で美しくて、それでもって可愛らしくて、とにかく素敵でした。
星に願いを。いつかまた、香に会えますように。
ゴロゴロ ドーン
思わず、大きな音がして目を開きました。
続いて、大きな力に吹き飛ばされ、泥の中へ身を放り投げ出されました。
目の前には一面の炎。
「霊香?」
返事がありません。
「霊香!霊香!」
しばらく経てば雨で炎は消えるが、それでは霊香が……………。
とりあえず両親を呼ぼう。僕は駆ける。
この雨の中、風の中。
僕があの時、あんな誘いをしていなければ─。
もっと速く云えていれば─。
ちゃんと気づいていれば─。
はっきり「帰ろう」と伝えていれば─。
──僕が傍に居てあげていれば───。
今のはなんだ。いやそんなことどうでもいい。今は霊香を。
この感情はなんだ。怒り?悲しみ?
くぅっ、つっっったぁ!
家の廊下に着いたとき、急に左目の傷痕が………痛んで………。
でも、
「父さん、母さん!霊香が………………………!!」
しかし、
ふすまを勢いで開けた僕の右目の前にいた者は、
「ああァーー」
「ううぅーー」
もう両親ではなかった。
大地が震えた。
暗闇の中、俺は一人。
逃げなくちゃ、いけないのに。
体がくすんで、涙が止まらなくて。
終わりのときが近づいて。
もうこのまま、終わろうかな。
俺が生きる意味って、何なんだろう。
──最期まで戦おう、一緒に。終わりのそのときまでさっ!
今のは?頭に直接何か思念を伝えられたような。俺の中の何かが蘇ったような。何ともいえない、中二病チックな感覚。だが、声の主は間期に似ている。
間期。
そうだ彼女は、俺の幼なじみは、爽よりも月夜よりも、俺を理解してくれている。好きとかじゃない、大切なんだ。
あいつの為にも、もう少し生きてやるか。
さっきの声が何なのかはどうでもいい。むしろ感謝する。あいつんこと、思い出させてくれたから。
上下のカッパを着て、家を出る。案の定雨風が強くて、道がぬかるんでいる。まさに終末って感じだ。
俺は少しずつ山を登っていった。
月が見えたんは一瞬だったけんと、僕ん前には月夜がいる。
僕らは崖に座り、もう二度と見ることのできない最期の綺麗な海を眺めていた。
「へっくしっ!」
月夜が可愛らしいくしゃみをした。
雨に打たれながらも外にいるから、そろそろ僕も寒くなってきた。
「そろそろ家入ろーぜ。」
立ち上がって歩き出すと、
「待って……。」
月夜は僕の長袖ジャージの袖を掴んだ。
「んだよ。」
僕は正直イライラってる。
一番大事だっつってた親友の意見を聞かんでとーきょーいった割りに、んでこん危険ときだけホイホイ帰ってくっかな。せめて謝れ。
「怒ってるのは仕方ないよ……私が……一番大事な親友の意見を聞かないで東京いったのに……こんな危険なときだけホイホイ帰ってきたんだから……。ホントごめん……。」
「ちょぇっ、流石。」
あー、チョーシ狂うー。
僕は仕方なく戻った。
前より賢くなってっし。どんどん突き離されてんなー。
なんだよ。離れてた時間を挟んだほうが僕んことわかってるって、どゆことだよ。
「離れてる時間が……絆を強くする……。」
また心よまれたー。
「つかどっかで聞いたことのあるセリフだなぁ。」
「そぉ……?」
意地悪く笑う。頬を上げ、口を似つかわしくない程吊り上げて。まぁ、一理有っか。
「てか、ホントに何しに来たんだよ。」
「最期に……朝日に……会いたくて……」
「僕は今日死ぬ気はねぇかんな。」
「朝日じゃなくて……」
月夜はどこか寂しそうな声音になっていく。しまいにはうつむいた状態で、ポロポロと、雨に共鳴するようなうめき声もあげながら、止まらない雨を流していく。
僕は察した。
「月夜。」
真っ直ぐに月夜を見つめて、僕が一番好きな空の名前を告げる。
「朝……日……」
その顔は、いままでのような透き通る白ではなくて、その目は、今にも吸い込まれそうな夜空の黒ではなくて。青白く生気のない顔、泣いたのとは別の紅い目。
月夜はもう、月夜ではなかった。
3.鏡の中へ
私は、この避難場所で誠を探した。霊を探した。朝日を探した。
希望を探した。
でも見つからない。現れない。
──ミラーナ様──ミラーナ!──ミラーナーぁああああ!!!!!
だからミラーナって誰!?消えてよ!黙ってよ!
──親友?──幼なじみ?──恋人?
え?
──あなたは、誰?あなたにとって、大切な人は、誰?
私は、誰?佐藤 間期。その名を持つ私は、本当は誰なの?
すまなかった、サン、カゲロウ、ゼロ……。私の記憶がもっと 早く蘇っていれば、君らの記憶も蘇ったろうに。会えていたというのに。
また、離ればなれに……。
私は、誰?佐藤 間期。その名を持つ少女の身体に生まれ変わって復活のときを待つ卑怯もの。名前、名前は……
「ミラーナ様!」
意識が戻った。大丈夫、私は佐藤 間期だ。何かに意識を乗っ取られたような……いや、気のせいだ。疲れていただけだろう。
「いや、間期だったか。」
「政宗、君?」
「来い!説明は後だ。今は時間がない。」
「でも、誠と朝日と……霊が。」
「そいつらを助ける為について来い。」
「う、うん……。」
政宗君に言われるがままに、カーブミラーに飛び込んだ。
僕は霊香の元へ走りました。
着いたとき、もう火はとっくに消えていました。何もできませんでした。
霊香との思い出が巡って、巡って……。でもやはり、一番強く残るのは、香との思い出。時にして五年、思い出にして一瞬の、彼女が香であった時間。あの日々が尊いのです。
霊香に寄り添って、自分の心と霊香の魂を慰めたいです。
「霊香……。」
霊香の手を取ります。
「よく頑張っ、ぬぁ……!?」
正直暗くてよく見えませんでしたが、霊香の手は青白く、顔を見てみると目の周りが黒っぽくなっていました。
僕は地面に突っ伏して、ひとり、雨に浸っていました。
僕は無力です。恩知らずです。あの日助けてくださった最愛の人をこんなあっさりと亡き者にしてしまったのですから。
──自分への怒り。失った悲しみ。肩の荷がおりた喜び。そう思ってしまう悔しさ。なぜ自分ばかりという後悔。これからの不安。僕は……僕は……?
ううぅ……うあぁ……あぁぁああ!!!!!
いろんな感情がこみ上げた。僕はもう僕じゃない。彼女ももう彼女じゃない。
でもせめて最期に、彼女の魂を。
「蘇れ少女の魂よ。もう一度この少年を助けるのです。」
少女の身体から魂が抜け、少年の身体へ。
「すみません、閻魔様。人助けですので。」
そうやって、そこで意識が途絶えた。
「よっ、とぉ!」
水溜まりから這い上がって、ゼロ様、いやいまは柱本 霊といったか、とにかく、その少年のことを迎えにきた。
ん?寝てんのか?
「おーい。おーじさまー、迎えに来ましたよー。」
寝てるな。
「間期ー。手伝えー。」
「ちょっ、ちょっと待って。」
水溜まりに声をかけると返事が戻って来た。正確には水溜まりじゃなくてミラ……あー間期。間期だが。
「うわぁ、変な感じ。」
「こいつ、運ぶの手伝って。」
「こいつって?霊君!?え、何があったの?生きてる?ねぇ霊君!」
「大丈夫、今は生きてる。でもこのままじゃ死ぬな。」
「分かってるよそんなの!!」
剥きになって声を張り上げる間期。顔もさっきより少し赤いな。
「ふぅ~ん。」
「ち、違うし。霊君はただの、と、友達だもん。」
「黙っといてやるから。」
「絶対だよ。」
「よし、足の方持て。」
「う、うん。」
再び、水溜まりの中に戻った。
俺、生き残るの、やっぱ無理かな。
湿気で息がしずらいし、手足や、多分顔も泥まみれだ。何度もかけ上がったけど一向に上へは行けない。俺、無力で無能だし、主人公には成れないし、生きるの下手くそだし、友情も大切にできない人間の底辺だし。
ははっ……。
自分でも弱いと思えるくらい、力のない笑いだな。
空を見上げても、雨が目に入るだけ。上を向いても、希望も何もないな。
「誠。」
また、間期の声をした幻聴が聞こえた気がした。
ごめん間期。俺もう諦めるわ。
いいこと何一つない。でも俺のせいだから。反省はしてる。だから俺の魂は、反省した俺のこと認めて下さった御神に救われて、ここより残酷な世界で、誰かしらの役に立ってほしい。
「カゲロウ!」
その声が懐かしい。
いつかの日常で。
──いつかの戦場で。
──ミラーナの声が、
ミラーナ様?
呼ぶ声に応えるように振り返る。
一瞬意識が壊れた。
ミラーナ、ではない。誰だ、似た少女。なぜ俺の名を。
意識が戻った。
「間期!」
泣き顔の間期が立っていた。泥まみれでびしょ濡れ。
凛々しい勇者が、俺の前に立っていた。
後ろに誰か立っている。目が合うと、その誰かは膝まづいて俺にお辞儀をした。
「えぇ!?ちょっ、ちょっと。顔上げなよ。えっと……」
「カゲロウ様。」
カゲロウ?さっき間期が言ったのは、この少年の事か?え、でも様付け?中二病?
「えっと、カゲロウ君?」
「カ、カゲロウ様は俺の名前ではございません。俺はマサムネでございます。」
「わかったわかった。俺は佐々木 誠、よろしくな。とりあえず敬語は止めろよ。」
「もしかして誠、政宗と初対面だった?不登校のあの櫻葉君だよ。」
「マジで!?学校来いよ!!」
「はははぁそんなの嫌に決まってんじゃん。」
「だよね~~……。」
……。
二人して苦笑いを浮かべ硬直。変な奴だ。間期はジト目を俺達に向ける。
ウヲンウヲンウヲン ウヲンウヲンウヲン
と、そこで俺のスマホが鳴る。緊急地震速報だ。
「んだこの音!?」
「流石現代人。スマホにはそんな機能もあるのかぁ。」
お前らも現代人だろうが。と心の中でツッコミつつ、内容を確認する。
地震。そうか震度7か。震度7!?津波の可能性は、…………あり。
「………っ!!!」
「津波!?つ、ついに、」
「来い!俺達だけでも生き残るぞ!」
よくこんな時でもそんな希望持てるよな。
そう言って政宗が俺達を促したのは………、窓!?
「ちょっ、ちょっと。そんな冗談、今はよせよ。」
「冗談な訳ねぇよ。」
いたって真面目な顔で政宗が言い、間期も頷く。
いたって普通の民家の窓ガラスに入れと!?
「大丈夫!誠が好きなライトノベルみたいな感じで、窓ガラスが政宗の家の鏡に繋がってるだけだから。」
「はぁ!?そんなわけ無、そんなわけ、そんな、………わけ、ないけどあってほしい!」
「あるんだよ。」
マジか。
「後で説明するから、今は逃げるんだ。まずは窓に飛び込め!!」
「う、うん。」
そうして俺は、いままで夢にみてきたような、ライトノベルみたいな体験をしたのだった。
「朝日……やっぱりごめんね……。私……間違ってた……。東京行ったから感染したし……こんなんじゃ夢なんて叶えられないのに……。」
「……………。」
僕は黙るしかない。
だってそれが正しかったから。
でもそれじゃ、自分が正しいっつぅことになる。そんなわけない。いつだっていつも月夜が正しいんだ。
でも、あんなに必死になる月夜も珍しかったし。
いや、結局正しいのは月夜だ。
僕はこんな状況で初めて、あることに気づく。
「月夜の決断は正しいぞ。」
「なんで……?だってこんな身体なんだよ……。」
「だからなんだよ。月夜はすげーやつじゃん。」
「え……?」
「だってさ、月夜の夢ってようは人のための夢だろ?他人の命のためにあんなに勇気出せるやつなんてそうそういねぇし。そんでさ、東京でウイルス感染が広がってんの知ってたろ?そんでそこに飛び込めんのって、やっぱすげーよ。」
言葉がでなくて幼稚な言い方になったが、とにかく、月夜はすげーやつなんだよ。
「あ……ありがとう……」
気のせいか、ちょびっと月夜の顔が赤い。
その後、僕らは無言になって、しばらく海を眺めた。
ウヲンウヲンウヲン ウヲンウヲンウヲン
「んが!?」
「ふふっ……。つぶれたカエルみたい……な声……。」
「はぁ。んで何?」
「緊急地震速報みたい……だね……。最近鳴りっぱなしだったから……音には馴れた……でも不安にはなる……。」
この音に馴れたんか。
地震っつっても、いままでみたいんなちっちぇえやつだよな。
「津波……。」
え!震度じゃねぇやつの連絡も来んのか。すまほってすげー。…じゃねぇや。津波!?
ざけんな!なんで今来んの?
「はぁ!?」
勢いで立ち上がってしもうた。
っっっっっ…………!
ほんっとふざけんな。月夜と最期の時を過ごして、別れの決心つけようとしてっときにぃ。
「逃げっぞ。」
月夜の手をとった。
背を向けて走り出す体制もつくった。後は、生き残るだけ。
「え……?私も……?朝日だけで逃げなよ……。」
「嫌だ。」
「でも私……もう死んでるんだよ。それに……いつ意識を失くすかわからないし……朝日には感染させたくない……。」
「嫌ったら嫌。意識があるうちは、生きてるかなんてどうでもいいんだよ。最期までバカ言って笑おうぜ。」
首だけを向いて、月夜に言う。
最期は、笑顔で終わりだぜ。
「それに、僕は死なねぇから。」
「わかった……。」
さぁいくぜ!朝日!
朝の太陽の名は、輝くためにあらぁ!!!
ダッ
いつもみたいに大地をける。生きるために、走るっ!
「とりゃぁあああぁぁ──────!!!!!」
「ちょっ……朝日ぃ……速いよぉ……。」
津波なんかに負けてたまるか。僕は朝日だ、朝の日だ!
ゴォォォォオオォォォ
海の唸り声、その奥で昇る朝日。迫り来る希望と絶望を背に。
「月夜。」
しかしもうそこでは、夜の月は、沈んでいた。
その手だけが、力強く繋がれたままで──。
「月夜──────!!!!!」
太陽の嘆き、月に届かず。
──ムーン───────!!!!!
あのときと同じだ。なぜ守りたい者を守れない?
力は、才能は、何のためにある?
結果、傷つけて終わりじゃないか。
「サン」
っ!
挫折。無力。バカ。そして、頭痛。
ダメだ。未だ。僕は。不安定。
「サン様」
崩れる。壊れる。無くなる。消える。
やめろ、やめろ、やめろ…………!!
誰だ!!!
「朝日」
っっ!
間期。
顔を上げる。
親友の姿は眩しく見え、自分への涙が流れた。
「月夜……守れなかった……」
違う。月夜へだ。月夜、月夜。ごめんなさい……。約束、守れなかった…。
手を握り返す。
ほんのり、暖かい。
間期が僕を包み込む。今気づいたが、誠も、あきれ半分なのにいままで見たことない優しい目でこっちを見てた。
僕はそのまま泣きつかれて寝てたみてぇで、起きたら知らねぇとこにいた。
chapter two END
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