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第五章 激突!園谷家vsカルナーランカ
【悲報】弥勒救世軍さん、本性を現す
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弥勒救世軍とカルナーランカの講話も決まり街に平和が取り戻されると、人々は自分の家に帰って行った。友徳も久しぶりに実に帰り、ベッドに飛び乗ってフカフカを味わう。
そして友徳を喜ばせたのが、カルナーランカとこの世界を繋ぐゲートの数が増えて多くの物資が流れ込んだことでこの村の食糧事情が大幅に改善したことだった。この世界にはない奇妙な野菜のサラダや汁物、豆や果樹煮込みの料理を彼らは炊き出しでもらった。
どれもこの世界の野菜にはない甘味やコクで満ちていて、毎日炊き出しを想像しながら起きるのだった。
ある日、久しぶりにお寺にお参りしようと友徳が山まで連なる斜面を登っていると、皮膚の下に苦しみを貼り付けたように歪んだ表情の老若男女とすれ違った。明らかに変な感じと思いつつも、黒松の並木通りへ向かう角を曲がると、そこには樹木から布切れのようにボロボロで断末魔が刻見込まれたような表情の死体がいくつも吊り下がっていた。
死体は青黒く変色し、それらの下には茶黒の液体がポタポタ石畳に垂れている。全身の毛穴が開き、髪の毛が逆立つような衝撃で友徳はクラクラし、そのまま尻餅をついてしまった。
やはり善至や文子のことが思い出されてしまった。息も荒くなり、やっとのこと立ち上がると役に立たない足を腰の力で動かしてもと来た道を戻った。どうして?やっぱり、弥勒救世軍が?
その日の夕ご飯の時、園谷の邸宅で行われたトマトのような野菜と豆を煮込んだ異世界シチューを装ってきた友三郎は、食卓を囲む家族に弥勒救世軍の支配地域には行かない方が良いとだけ伝えた。昼間に見た光景がフラッシュバックして友徳はしばし、圧倒的な死を意識する感覚による思考停止に陥った。
美味しいそうな匂いが立ち込める中で、友徳は全身から煙草の吸い殻みたいな匂いが立ち込めてきているような気がして食事に手をつけず、寝床に戻った。しばし深呼吸。
慈悲の瞑想の言葉を思い出し、回転させると次第に頭がクリアになっていく。フラッシュバックは一時的なもの……大丈夫だ、と意気込んで友徳はシチューを食べに一階に降りて行った。
翌日、友徳の家に訪れた飛鳥と愛華は恐ろしい噂を口にした。
「なんでもカルナーランカと弥勒救世軍は村民の命については協定で合意していないらしんだよ」と飛鳥は聞いてきた話をすっかり丸呑みしていった。
「それでね、園谷家とかその前の暴動に的として参加した住民を殺したり、無理やりJRLの活動に賛同させる誓いを立てさせたり、歌を歌わせたりしてるんだよ。これは私が見た!渓谷の河川敷でやってるんだよ!」と愛華。
「やばいね。元々、犯罪の自由を主張しているんだっけ?この人たち」
友徳は自分から、飛鳥と愛華を誘って渓谷に降りてゆくことにした。昨日、死体を見て少しばかり傷ついてしまったので、今度は目を見開いて現実を直視したいのだった。
飛鳥と愛華は緊張で口呼吸になりながらお互い目配せして首をカクカクな動きで縦に振った。
彼らは村の南に位置する友徳の家を出ると、コンクリートで補強された河川敷に歩を進めてそのまま渓谷を目指した。砂利道、土手の小道をいつも通りの足取りで進んでいき、時折、ササ類や蔓で騒がしい斜面に沿って視線を斜め上の太い道路に持っていきながら進んでいくと、青年が恥を忍ぶように声を張り上げているのが聞こえてきた。
ちょうど潅木によって歩いている小道が川と隔てられ、少し先の川筋が見えないので、友徳は雑草をかき分けて砂利道に足を踏み入れて声の方を見据えた。
裸でパンツ一枚の男性たちが後ろ手を結ばれて、川に顔を向けて何かを叫んでいる。弥勒救世軍の軍服を着た男は、しきりに男たちの後頭部に拳骨を振り下ろし、その度に下着姿の男たちは全身の力が抜けたようにその場に倒れ込んでいる。
啜り泣き、すみませんという言葉、それと救世軍の憎悪の波長で、害虫すら寄り付かせない凄まじい罵倒の嵐。
——おいジャップ!お前、生まれてきてすみませんと言え!今まで五戒を守らず、八正道も実践せずすみませんと言え!生存権がないの生存してすみませんと言え!
——すみませんでしたぁ!生まれてきてすみません!
——人権とアイデンティティを主張してエゴイズムに陥ったことを謝罪しろ!
——人権を主張してすみませんでした!
——よし!次!
謝罪を済ませた下着姿の村民は、次!と言われるや否や、砂利道に引き倒されてあの黒茶の獣顔の怪人——友徳はすぐ気がついたが、バルガルではなかった——にタコ殴りにされ始めた。
——痛い!ごめんなさい!ぎゃあああああ!
——お前ネットでビーガンを馬鹿にしていたらしいな?あいにく俺は前世で家畜だったんだよ。たっぷりお礼させてもらうぜ?
ハイ・オークが、子供が砂利道を意味もなく蹴飛ばして遊ぶ時のように軽く蹴りを放つと、蹴られた方は痛い!痛い!と友徳が今まで聞いたことがないほどの苦しみを空気に乗せて響かせるのだった。
まだ村民への虐待を弥勒救世軍の兵士は続けていた。
——おい!お前!お前の娘はJRLに強姦されたらしいな!おい!それで俺たちには向かった、そうだな?
——は、は、はい
——オラァ!テメェ、JRLの皆さんが世界のため人類のため、人権思想解体のために働いてくださっているのに、恩知らずにも程があろうが!
兵士はすでにサーベルの刃のない方で村民をタコ殴りにしていた。流石に鉄の棒で2回も叩かれた村民はその場に泣き崩れ、他の兵士たちに支えられて、人形のように頼りない足で再び立った。
——おい!感情論をやめろ!怨みを克服しろ!今まで強姦の被害を怨んでしまい、強姦魔の皆様、誠にすみませんでした!と謝罪しろ!
——い、いやだ!
その自尊心を含めた声音に友徳の心が一気に燃え上がった。砂利道を蹴飛ばした彼は、2回のステップで大きく近づき、こちらを気付いても一顧だにしない兵士目掛けてタックルをした。
兵士は滑って転び、その間に飛鳥が村民の手を引っ張っていき、愛華は川の表面に大きな渦巻きを作って兵士の足止めを作った。
「おい!ガキ!舐めたことすんじゃねぇぞ!」
立ち上がった兵士に対して、友徳は特訓の成果を出そうとファイティングポーズをした。ジャブ、ジャブと打ち込み、回転しながら相手の調子を探っていると、兵士は打撃を顔で受けても怯みもせずに前進し、友徳の首根っこを捕まえた。
そして膝蹴り、往復ビンタ、もはや投げられる側には何の技かわからない投げ飛ばしをくらい、友徳は意識を失った。
目を覚ました時、すぐさま今までの経過と、和室の布団に寝かされていることに気づいた。
「痛い!」
手で頬を触れると、ぷくぷくに腫れているのがわかった。顎の骨は熱を持ち、常に嫌らしい痛みを放っている。少しずつ顔を触ると右目も腫れているみたいだ。
こんなところにいるべきではない、と思った友徳は足腰は痛むものの動かすのに無理はないと立ち上がって確認し、痛みでクラクラする視界を壁に手をつけることで助けながら和室を出た。
そこを出るとここには前にもきたことがあるとすぐに気がついた。村のお寺の講堂だった。生真面目に掃除していることがわかる照明の光を存分に照り返す廊下を抜けて、揃えてあった靴に足を入れている時、友徳は満定と出会った。
「よう!友徳!ごめんなぁ、うちの者が酷いことしたなぁ!」
「満定さん……」
彼のハグに友徳は乗り気ではなかった。
「ものすごい怪我だからしばらく安静にしてろ!な?あ!俺たち最近羽振りがいいんだよ!美味しいお菓子いっぱいあるぜ?それとあのバルガルも呼んでやる!」
ふらふらしていたし、ちょうど喉が渇いていたしで友徳は靴を脱いだものの、さっきの件については問いただしてやるという熱意は全く揺るがずに宝物のように胸の中で輝いていた。
しばらくするとバルガルがお盆を片手に部屋に登場した。満定はすれ違いで出ていった。彼は盆を置くと立てかけてあったテーブルを並べて、そこにお菓子とコーラを並べた。
最近では滅多に見かけないスナック菓子、ポテチ、チョコ……友徳は美味しいの大渋滞を前にして、誰が食べるもんか!と思いつつも瞳だけは否応なく輝いているように感じて、少し気が滅入った。
「どうした?食べないのか?」
昔のように恐ろしい形相に瞬きのようにすばしっこく多様な穏やかな笑みを浮かべて、優しい声をかけるバルガルに友徳は甘えたくなって事情を話す決心をした。
「あの、最近、弥勒救世軍っておかしくないですか?昨日もお寺にお参りしようとしたら、殺された人が吊るされてて、それに……」と友徳はそれにの部分で胸をさすってから勇気を振り絞って続けた。「渓谷で、村の人たちをいじめています。すごく可哀想です」
バルガルは視線をそらして物思いのように遠くを見つめた。それから「ああ、言っていなかったが弥勒救世軍は頭がおかしい」
「それってJRLのこと?」
「それもあるが、そもそも弥勒救世軍はな、人類の壊滅が目的なんだ」
「どういうこと?」
「今の人類は堕落している。徳がない。そういう人間がいると世界が壊れて最終戦争が起きると我々の兵士は信じている。いや、都合がいいから信じているふりをしているんだな、人によっては本当に信じているものもいるが。そしてその最終戦争は避けられないからできるだけ早期に実現しようと言うのが弥勒救世軍だ」
「どういうこと?」
友徳は正道が調べ上げた転輪聖王獅子吼経を思い出した。
「それって仏教のお経に関係ありますか?」
「ある。元々高邑勇魚が尋伺小学校の出身でな。仏教に少し詳しかった。それで彼が仏教を自分の都合のいいように利用して、弥勒救世軍は作られた。ほら、最終戦争が終われば人類は再建の道に入るだろう?早期に戦争が起これば、それだけ苦痛が減って人類は生殺しみたいに苦痛を味わい続けなくて済むと言うわけだ。そして再建の時期も早くなるわけだから人類益があると言うことだな」
友徳は混乱の中、少しづつ情報を統合した。この連中が殺人や虐待、強姦をするのは、世界を破壊するための確信犯だったんだ!
「じゃ、なんでバルガルさんは参加してるの?!」
「私はグンダハール氏族の配下で参加は避けられないんだ。誰もボスには逆らえない」
「バルガルさんは、こう言うことをどう思っているの」
バルガルは友徳をじーと見据えてからゆっくりと口を開いた。
「私はこの連中は頭が完全にイカれていると思う。以前、俺が前世で農場で革命を起こそうとしていた時ほどにな。しかし、この世界に来ていかれているのはこの連中だけじゃない。友徳、君をいじめてきた連中、あの国旗とプラカードや日本刀を手にした連中もいかれているわけだ。あいつらは言葉を武器に一気に日本人の心を腐らせたんだからな。大した者だ」
弥勒救世軍が完全にイカれた集団だと知って、満定から受けていた好感は完全に萎んでいった。それでもバルガルが正気なのがせめてもの救いだった。
「バルガルさん、やめようよ、弥勒救世軍!さっき、自分の子供が酷い目に遭わされた親をね、兵士がサーベルで殴りまくってたんだよ。変な言葉で謝罪させられそうだったよ!」
バルガルは深呼吸してから友徳から目を逸らし、もう一度見据えた。
「しかし、もし氏族を抜ければ俺は一生、家族や仲間から命を狙われる。それにこんな救世軍でもな、仏教の本や資料を大量に持っているんだよ。俺は戦いのない日には、それを読み漁るのが好きでね。俺みたいなハイ・オークは結構多いんだよ。俺たちの中でも革命の無意味さを知っている奴は多いんだ」
突然戸は開いた。そこには満定がいた。
「ずいぶん賑やかじゃないか。何を話しているんだい?」
素早い足取りで彼はバルガルの横に座った。
「満定、お前たちがどれだけ頭がおかしいか説明していたんだ」とバルガルは言ってことの経緯を説明した。
「なんだ、単純な話じゃないか」と満定は言い、テーブルに乗せた腕に体重を乗せた。
「友徳くん、君は真面目でいい子だ。僕は君がこの軍に参加すべきではないと信じているよ」
「入りたくないよ」
「君、阿修羅の理屈を知っているか?阿修羅の政治方針はね、愚か者にはドギツイ罰を与えて恐ろしい目に遭わせて屈服させ、正義を実現することなんだよ。変わって帝釈天は愚か者にどんな酷い目に遭わされても忍耐するんだ。仏教徒の鏡だな」
「うん、今度先生に聞いてきます」
「おう、聞きたまえ。そしてな、日本人、これが俺の嫌いな連中なんだよ。こいつらは悍ましい鬼だ。鬼畜だ。理由を話そうか。ちなみに俺も日本人だぞ」と満定は急に不機嫌さと冷酷な線が浮かび上がる表情で言葉を続けた。「例えば慰安婦問題があるだろう?君たちは今は習っていないかな?この日本人と言う連中はな、無理やり慰安婦にされた女性たちを売春婦だと高級取りだの罵ってきたんだよ。普段は凶悪犯罪者を死刑にしろ!とやかましい日本人が、国や先祖が起こした恐ろしい凶悪犯罪には無かった!被害者は嘘つきだ!と吠えまくる。こういった言葉を放つ人間に果たして生存権が認められるべきか?自身のアイデンティティや、韓国人や中国人への偏見——仏教で言うところの邪見だな。それを維持したくて平気で出鱈目を流し続ける。そしていつしか慰安婦がただの売春婦、日本軍は英雄、靖国で英霊は神になった、東南アジアは日本に感謝していると言う言説は日本で常識になったんだ。これは犯罪じゃないのかな?日本人が事実に基づいて思考することができず、した場合、社会的に孤立するようになったんだよ。いいのかい?これで」
「邪見者が死後、地獄か畜生なのは納得できるだろう?恥を知らず、社会の制裁も恐れず輪廻を信じない彼らは悪しき言葉を放つだけで、日本が良い国になるのを阻み、日本人が強姦被害者を冷淡に罵るのが常識の国を作り上げたんだよ。俺はこのような国を構成する者たちに生存権があるとは到底思えない。なぜなら——」
「人間に生存権が生まれるのは、他の生命を慈しんだ時じゃないか?もしくは五戒や八正道を実践している時じゃないか?道徳を守る——つまり四正勤に励むものに、生きる権利が初めて生じるのではないか?今、日本人の生存権はインフレしている。彼らには自分に生きる権利がないことを知っていただきたいんだ。そして苦しんで死に、死後は地獄に堕ちて行っていただかねばならない。他の生命が幸せに生きるためにも」
冷酷そのものが、本心の声音で発せられたことに友徳はどんよりしてしまった。この国や人に対する不満に共感するところもあり、彼は何か反論することもできなかった。
一方的な演説に打たれた後、友徳は解放された。菓子を押し付ける満定の手を、丁寧に拒否して彼は並木道を下を向きながら通り抜け、薔薇が美しい庭がある路地を家路に選んで帰った。
そして友徳を喜ばせたのが、カルナーランカとこの世界を繋ぐゲートの数が増えて多くの物資が流れ込んだことでこの村の食糧事情が大幅に改善したことだった。この世界にはない奇妙な野菜のサラダや汁物、豆や果樹煮込みの料理を彼らは炊き出しでもらった。
どれもこの世界の野菜にはない甘味やコクで満ちていて、毎日炊き出しを想像しながら起きるのだった。
ある日、久しぶりにお寺にお参りしようと友徳が山まで連なる斜面を登っていると、皮膚の下に苦しみを貼り付けたように歪んだ表情の老若男女とすれ違った。明らかに変な感じと思いつつも、黒松の並木通りへ向かう角を曲がると、そこには樹木から布切れのようにボロボロで断末魔が刻見込まれたような表情の死体がいくつも吊り下がっていた。
死体は青黒く変色し、それらの下には茶黒の液体がポタポタ石畳に垂れている。全身の毛穴が開き、髪の毛が逆立つような衝撃で友徳はクラクラし、そのまま尻餅をついてしまった。
やはり善至や文子のことが思い出されてしまった。息も荒くなり、やっとのこと立ち上がると役に立たない足を腰の力で動かしてもと来た道を戻った。どうして?やっぱり、弥勒救世軍が?
その日の夕ご飯の時、園谷の邸宅で行われたトマトのような野菜と豆を煮込んだ異世界シチューを装ってきた友三郎は、食卓を囲む家族に弥勒救世軍の支配地域には行かない方が良いとだけ伝えた。昼間に見た光景がフラッシュバックして友徳はしばし、圧倒的な死を意識する感覚による思考停止に陥った。
美味しいそうな匂いが立ち込める中で、友徳は全身から煙草の吸い殻みたいな匂いが立ち込めてきているような気がして食事に手をつけず、寝床に戻った。しばし深呼吸。
慈悲の瞑想の言葉を思い出し、回転させると次第に頭がクリアになっていく。フラッシュバックは一時的なもの……大丈夫だ、と意気込んで友徳はシチューを食べに一階に降りて行った。
翌日、友徳の家に訪れた飛鳥と愛華は恐ろしい噂を口にした。
「なんでもカルナーランカと弥勒救世軍は村民の命については協定で合意していないらしんだよ」と飛鳥は聞いてきた話をすっかり丸呑みしていった。
「それでね、園谷家とかその前の暴動に的として参加した住民を殺したり、無理やりJRLの活動に賛同させる誓いを立てさせたり、歌を歌わせたりしてるんだよ。これは私が見た!渓谷の河川敷でやってるんだよ!」と愛華。
「やばいね。元々、犯罪の自由を主張しているんだっけ?この人たち」
友徳は自分から、飛鳥と愛華を誘って渓谷に降りてゆくことにした。昨日、死体を見て少しばかり傷ついてしまったので、今度は目を見開いて現実を直視したいのだった。
飛鳥と愛華は緊張で口呼吸になりながらお互い目配せして首をカクカクな動きで縦に振った。
彼らは村の南に位置する友徳の家を出ると、コンクリートで補強された河川敷に歩を進めてそのまま渓谷を目指した。砂利道、土手の小道をいつも通りの足取りで進んでいき、時折、ササ類や蔓で騒がしい斜面に沿って視線を斜め上の太い道路に持っていきながら進んでいくと、青年が恥を忍ぶように声を張り上げているのが聞こえてきた。
ちょうど潅木によって歩いている小道が川と隔てられ、少し先の川筋が見えないので、友徳は雑草をかき分けて砂利道に足を踏み入れて声の方を見据えた。
裸でパンツ一枚の男性たちが後ろ手を結ばれて、川に顔を向けて何かを叫んでいる。弥勒救世軍の軍服を着た男は、しきりに男たちの後頭部に拳骨を振り下ろし、その度に下着姿の男たちは全身の力が抜けたようにその場に倒れ込んでいる。
啜り泣き、すみませんという言葉、それと救世軍の憎悪の波長で、害虫すら寄り付かせない凄まじい罵倒の嵐。
——おいジャップ!お前、生まれてきてすみませんと言え!今まで五戒を守らず、八正道も実践せずすみませんと言え!生存権がないの生存してすみませんと言え!
——すみませんでしたぁ!生まれてきてすみません!
——人権とアイデンティティを主張してエゴイズムに陥ったことを謝罪しろ!
——人権を主張してすみませんでした!
——よし!次!
謝罪を済ませた下着姿の村民は、次!と言われるや否や、砂利道に引き倒されてあの黒茶の獣顔の怪人——友徳はすぐ気がついたが、バルガルではなかった——にタコ殴りにされ始めた。
——痛い!ごめんなさい!ぎゃあああああ!
——お前ネットでビーガンを馬鹿にしていたらしいな?あいにく俺は前世で家畜だったんだよ。たっぷりお礼させてもらうぜ?
ハイ・オークが、子供が砂利道を意味もなく蹴飛ばして遊ぶ時のように軽く蹴りを放つと、蹴られた方は痛い!痛い!と友徳が今まで聞いたことがないほどの苦しみを空気に乗せて響かせるのだった。
まだ村民への虐待を弥勒救世軍の兵士は続けていた。
——おい!お前!お前の娘はJRLに強姦されたらしいな!おい!それで俺たちには向かった、そうだな?
——は、は、はい
——オラァ!テメェ、JRLの皆さんが世界のため人類のため、人権思想解体のために働いてくださっているのに、恩知らずにも程があろうが!
兵士はすでにサーベルの刃のない方で村民をタコ殴りにしていた。流石に鉄の棒で2回も叩かれた村民はその場に泣き崩れ、他の兵士たちに支えられて、人形のように頼りない足で再び立った。
——おい!感情論をやめろ!怨みを克服しろ!今まで強姦の被害を怨んでしまい、強姦魔の皆様、誠にすみませんでした!と謝罪しろ!
——い、いやだ!
その自尊心を含めた声音に友徳の心が一気に燃え上がった。砂利道を蹴飛ばした彼は、2回のステップで大きく近づき、こちらを気付いても一顧だにしない兵士目掛けてタックルをした。
兵士は滑って転び、その間に飛鳥が村民の手を引っ張っていき、愛華は川の表面に大きな渦巻きを作って兵士の足止めを作った。
「おい!ガキ!舐めたことすんじゃねぇぞ!」
立ち上がった兵士に対して、友徳は特訓の成果を出そうとファイティングポーズをした。ジャブ、ジャブと打ち込み、回転しながら相手の調子を探っていると、兵士は打撃を顔で受けても怯みもせずに前進し、友徳の首根っこを捕まえた。
そして膝蹴り、往復ビンタ、もはや投げられる側には何の技かわからない投げ飛ばしをくらい、友徳は意識を失った。
目を覚ました時、すぐさま今までの経過と、和室の布団に寝かされていることに気づいた。
「痛い!」
手で頬を触れると、ぷくぷくに腫れているのがわかった。顎の骨は熱を持ち、常に嫌らしい痛みを放っている。少しずつ顔を触ると右目も腫れているみたいだ。
こんなところにいるべきではない、と思った友徳は足腰は痛むものの動かすのに無理はないと立ち上がって確認し、痛みでクラクラする視界を壁に手をつけることで助けながら和室を出た。
そこを出るとここには前にもきたことがあるとすぐに気がついた。村のお寺の講堂だった。生真面目に掃除していることがわかる照明の光を存分に照り返す廊下を抜けて、揃えてあった靴に足を入れている時、友徳は満定と出会った。
「よう!友徳!ごめんなぁ、うちの者が酷いことしたなぁ!」
「満定さん……」
彼のハグに友徳は乗り気ではなかった。
「ものすごい怪我だからしばらく安静にしてろ!な?あ!俺たち最近羽振りがいいんだよ!美味しいお菓子いっぱいあるぜ?それとあのバルガルも呼んでやる!」
ふらふらしていたし、ちょうど喉が渇いていたしで友徳は靴を脱いだものの、さっきの件については問いただしてやるという熱意は全く揺るがずに宝物のように胸の中で輝いていた。
しばらくするとバルガルがお盆を片手に部屋に登場した。満定はすれ違いで出ていった。彼は盆を置くと立てかけてあったテーブルを並べて、そこにお菓子とコーラを並べた。
最近では滅多に見かけないスナック菓子、ポテチ、チョコ……友徳は美味しいの大渋滞を前にして、誰が食べるもんか!と思いつつも瞳だけは否応なく輝いているように感じて、少し気が滅入った。
「どうした?食べないのか?」
昔のように恐ろしい形相に瞬きのようにすばしっこく多様な穏やかな笑みを浮かべて、優しい声をかけるバルガルに友徳は甘えたくなって事情を話す決心をした。
「あの、最近、弥勒救世軍っておかしくないですか?昨日もお寺にお参りしようとしたら、殺された人が吊るされてて、それに……」と友徳はそれにの部分で胸をさすってから勇気を振り絞って続けた。「渓谷で、村の人たちをいじめています。すごく可哀想です」
バルガルは視線をそらして物思いのように遠くを見つめた。それから「ああ、言っていなかったが弥勒救世軍は頭がおかしい」
「それってJRLのこと?」
「それもあるが、そもそも弥勒救世軍はな、人類の壊滅が目的なんだ」
「どういうこと?」
「今の人類は堕落している。徳がない。そういう人間がいると世界が壊れて最終戦争が起きると我々の兵士は信じている。いや、都合がいいから信じているふりをしているんだな、人によっては本当に信じているものもいるが。そしてその最終戦争は避けられないからできるだけ早期に実現しようと言うのが弥勒救世軍だ」
「どういうこと?」
友徳は正道が調べ上げた転輪聖王獅子吼経を思い出した。
「それって仏教のお経に関係ありますか?」
「ある。元々高邑勇魚が尋伺小学校の出身でな。仏教に少し詳しかった。それで彼が仏教を自分の都合のいいように利用して、弥勒救世軍は作られた。ほら、最終戦争が終われば人類は再建の道に入るだろう?早期に戦争が起これば、それだけ苦痛が減って人類は生殺しみたいに苦痛を味わい続けなくて済むと言うわけだ。そして再建の時期も早くなるわけだから人類益があると言うことだな」
友徳は混乱の中、少しづつ情報を統合した。この連中が殺人や虐待、強姦をするのは、世界を破壊するための確信犯だったんだ!
「じゃ、なんでバルガルさんは参加してるの?!」
「私はグンダハール氏族の配下で参加は避けられないんだ。誰もボスには逆らえない」
「バルガルさんは、こう言うことをどう思っているの」
バルガルは友徳をじーと見据えてからゆっくりと口を開いた。
「私はこの連中は頭が完全にイカれていると思う。以前、俺が前世で農場で革命を起こそうとしていた時ほどにな。しかし、この世界に来ていかれているのはこの連中だけじゃない。友徳、君をいじめてきた連中、あの国旗とプラカードや日本刀を手にした連中もいかれているわけだ。あいつらは言葉を武器に一気に日本人の心を腐らせたんだからな。大した者だ」
弥勒救世軍が完全にイカれた集団だと知って、満定から受けていた好感は完全に萎んでいった。それでもバルガルが正気なのがせめてもの救いだった。
「バルガルさん、やめようよ、弥勒救世軍!さっき、自分の子供が酷い目に遭わされた親をね、兵士がサーベルで殴りまくってたんだよ。変な言葉で謝罪させられそうだったよ!」
バルガルは深呼吸してから友徳から目を逸らし、もう一度見据えた。
「しかし、もし氏族を抜ければ俺は一生、家族や仲間から命を狙われる。それにこんな救世軍でもな、仏教の本や資料を大量に持っているんだよ。俺は戦いのない日には、それを読み漁るのが好きでね。俺みたいなハイ・オークは結構多いんだよ。俺たちの中でも革命の無意味さを知っている奴は多いんだ」
突然戸は開いた。そこには満定がいた。
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素早い足取りで彼はバルガルの横に座った。
「満定、お前たちがどれだけ頭がおかしいか説明していたんだ」とバルガルは言ってことの経緯を説明した。
「なんだ、単純な話じゃないか」と満定は言い、テーブルに乗せた腕に体重を乗せた。
「友徳くん、君は真面目でいい子だ。僕は君がこの軍に参加すべきではないと信じているよ」
「入りたくないよ」
「君、阿修羅の理屈を知っているか?阿修羅の政治方針はね、愚か者にはドギツイ罰を与えて恐ろしい目に遭わせて屈服させ、正義を実現することなんだよ。変わって帝釈天は愚か者にどんな酷い目に遭わされても忍耐するんだ。仏教徒の鏡だな」
「うん、今度先生に聞いてきます」
「おう、聞きたまえ。そしてな、日本人、これが俺の嫌いな連中なんだよ。こいつらは悍ましい鬼だ。鬼畜だ。理由を話そうか。ちなみに俺も日本人だぞ」と満定は急に不機嫌さと冷酷な線が浮かび上がる表情で言葉を続けた。「例えば慰安婦問題があるだろう?君たちは今は習っていないかな?この日本人と言う連中はな、無理やり慰安婦にされた女性たちを売春婦だと高級取りだの罵ってきたんだよ。普段は凶悪犯罪者を死刑にしろ!とやかましい日本人が、国や先祖が起こした恐ろしい凶悪犯罪には無かった!被害者は嘘つきだ!と吠えまくる。こういった言葉を放つ人間に果たして生存権が認められるべきか?自身のアイデンティティや、韓国人や中国人への偏見——仏教で言うところの邪見だな。それを維持したくて平気で出鱈目を流し続ける。そしていつしか慰安婦がただの売春婦、日本軍は英雄、靖国で英霊は神になった、東南アジアは日本に感謝していると言う言説は日本で常識になったんだ。これは犯罪じゃないのかな?日本人が事実に基づいて思考することができず、した場合、社会的に孤立するようになったんだよ。いいのかい?これで」
「邪見者が死後、地獄か畜生なのは納得できるだろう?恥を知らず、社会の制裁も恐れず輪廻を信じない彼らは悪しき言葉を放つだけで、日本が良い国になるのを阻み、日本人が強姦被害者を冷淡に罵るのが常識の国を作り上げたんだよ。俺はこのような国を構成する者たちに生存権があるとは到底思えない。なぜなら——」
「人間に生存権が生まれるのは、他の生命を慈しんだ時じゃないか?もしくは五戒や八正道を実践している時じゃないか?道徳を守る——つまり四正勤に励むものに、生きる権利が初めて生じるのではないか?今、日本人の生存権はインフレしている。彼らには自分に生きる権利がないことを知っていただきたいんだ。そして苦しんで死に、死後は地獄に堕ちて行っていただかねばならない。他の生命が幸せに生きるためにも」
冷酷そのものが、本心の声音で発せられたことに友徳はどんよりしてしまった。この国や人に対する不満に共感するところもあり、彼は何か反論することもできなかった。
一方的な演説に打たれた後、友徳は解放された。菓子を押し付ける満定の手を、丁寧に拒否して彼は並木道を下を向きながら通り抜け、薔薇が美しい庭がある路地を家路に選んで帰った。
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カクヨムでも同内容で公開しています。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
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