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第四章 「普通」の「日本人」VS「パヨク」編

弥勒救世軍

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甲羅村に帰還した友徳は、谷間に向かう斜面の上に鎮座する廃工場みたいに薄汚れた体育館の中で、まず両親と再開した。三人で抱き合い、友三郎も千華子も感無量の様子で小声で何やら囁いた。

友徳も最初のうちは強く二人を抱き返したものの、縋るような彼らの腕の締め付けにされるがままになり、千華子の肩越しから他の子達も抱きしめられているのを認めた。肩を強く叩いた後、肩組みまでしてくる友三郎、抱き終わると頬をむにむにと揉んでくる千華子と、友徳はめちゃくちゃにされることを喜んだ。

善至もジョンも、そしてアウンもシリマヴォも子供たちが反乱を起こし、なおかつどの生命も殺さないで勝利したことを激賞した。善至が、少年たちの脇を掴んで腕を伸ばし、大きく高い高いで褒め称えると、さすがに少年たちは頬を赤らめて黙ってしまった。

体育館には円卓がいくつか並べらており、そこには内戦中の今ではあまり見かけないであろう、美味しいお菓子が山盛り。それでも子供達はこの祝勝会の大半は、大人たちに可愛がられる場所に留まってはにかんでいた。

恐ろしいアシャンティ村での生活の影響か、疎開学校はしばらく休みになった。また、祝勝会では善至から「今、この村には弥勒救世軍という軍がいるが、あまり無闇に近づくな。この連中は今の日本軍と同じくらい……いや、お前たちにとってはそれ以上に危険だ」と説明された。

友徳は帰郷後、村の東側のお寺の門前の並木道に、見たことのない旗を掲げる軍服の兵士を見ていたので、それかと合点した。今、その軍隊はお寺を占拠して活動しているようだ。

「弥勒救世軍ってなんだろう?」と智咲は正道の疎開先の2階で、キーボードを打ち込みながらつぶやいた。正道も真剣にモニターに注目している。

「ネットで検索しても……ほら、この検索エンジンでも、出ないよ?」と正道は自分のスマホの画面を智咲に見せた。

友徳は一人、正道のお母さんに出されたトッポギに箸でコチュジャンソースをたっぷり絡ませながら「どういう人たちなんだろ?今の日本軍より僕たちにとって危険なんでしょ?」

「どういう意味で危険なんだろうね?」と正道。

「とにかくすごく気になる。それに君たちは見ていないかもだけど……ちょっと待ってね?」と智咲は自分のスマホをスイスイ操作しながらいった。

「はい!これ!すっごいイケメンじゃない?」

友徳は智咲の後ろに回り込んで、みんなと顔を団子にしてスマホを覗き込んだ。そこには体長3.5メートルはあろう大きな白馬とそれにまたがる人が写し出された。

筋肉隆々で鼻を膨らませる白馬は明瞭な瞳で騎士の意思を先回りするかのように恭しく片足をあげている。羽飾りのあるヘルメット、たくましい筋肉を包み込むさらに分厚い胸甲、肩に担がれた日を照らし返して煌めくサーベルと、騎士はまるでナポレオン戦争の絵画から出てきたような出たち。

そして何より友徳たちを驚愕させたのは、その騎士の顔色がこの世の者とは思えないほど蒼白で、まるで死人が馬を駆っているようなのだ。

「確かに、馬も鎧はかっこいいね👍でも、この人、人間に見えないよ」と正道。

「うん。この人がね、村の堤防にある大きな車道で、ものすごい速さで馬を走らせてたんだよ。スマホかざして近づいたら、速度を落としてくれたんだ。この人が弥勒救世軍じゃないかな?」

「この人ってさ……NHIじゃない?ほら、アメリカがこの前認めたやつ!善至先生もいってたけど、NHIは危ない奴が多いから近づかないほうが良さげだねぇ」と友徳はもとの席に戻りながらいった。

「そうね。先生たちは嘘つかないだろうし。それにね、面白いことに気づいちゃってさ」

「何?」

「私たちアシャンティ村で結構ひどい目にあったじゃん?甲羅村の人たちでもそのことに気づいていた人は居ると思うんだよね。それでも帰って来いって言わなかったのは……麗子先生の件もあると思うけど、それ以上に弥勒救世軍のことがあるんじゃないかな?」

「確かに、少年特別隊より弥勒救世軍の方が子供達にとっては危険ならば……そうなるね」

友徳はひと足先に、正道の家から退散した。正道と智咲は調べ物学習の続きをするといっていたのが、二人が何やらいい感じなので空気を読んだのだった。

友徳は久しぶりにお寺のお釈迦様にお参りしようと思ったが、軍隊がいることを思い出して踵を返し、谷間の斜面の上にある太い車道をスキップしながら北上した。

少しづつ民家の数が途切れ途切れになり、人工林のように同じ幅で植えられた針葉樹や広葉樹に囲まれた広場に着くと、友徳は一人ベンチで寝転がった。針葉樹の高い梢に遮られて夏だというのに暑さはあまり感じなかった。

今度は起き上がり、千華子の持たされた水筒を開いてごくごくと飲む。

広場はまぁまぁ広いので、彼はゆっくりと樹木を見上げながら歩いて回った。騒がしく緑を茂らせる木々、氷の結晶のような緑の針を風に戦がせる樹木、下生えを見るともう一年は経っているだろうに微かに残っている落葉の残滓、間伐後その場に倒されて留められ腐り始めた太い幹、物事の違いを見つけ出すことを友徳は大いに楽しむ。

彼が楽しんでいる間に、一人の男が人工林の方から降ってきた。その人は軍服姿……あ、弥勒救世軍だ!友徳は回れ右した。

「君は、尋伺小学校の子?」と予期しない親しげな声が後ろから響く。

ふと振り返ると男はすでに後ろに回っていた。友徳が飛び退くとその男は「驚かせてごめん。その指輪、尋伺小学校のだろ?」と指を刺しながらいった。

「そうですけど……」

「懐かしいなぁ。あれ、もう練習用じゃなくなってる。もしかして中学生だったか?」

「あ、違います。もう練習用のやつは卒業したんです」

「そっか。そっか。俺の時は小学校の卒業と一緒に卒業したんだけどな」

「あなたは卒業生なんですか」

「うん、そうだよ。俺は田近満定。あ、善至先生とアウン先生は元気にしてる?」

「先生はこの村に来てますし……てか、あ、あの……田近さんは弥勒救世軍なんですか?」

田近と名乗る男は、愉快そうに喉から笑いを滑らせて「そうだ……もしかして先生から弥勒救世軍には近づくなって言われているか?」

友徳は考え込んでしまった。善至先生の言いつけ、それとこの目の前にいる男の感じ良さ……いやいや表面的な感じ良さは、実際にいい人がどうか違う……彼は田近の瞳を肩呼吸になりながら真剣に見据えた。逃げた方がいいだろうか?

「せっかくだから先生に合わせてくれないかな?」

「おい!タキン!ちょったぁ、手伝えや!」といきなり広場中を土方の頭よりも一段と野獣じみた怒鳴り声が響き渡った。

「おい。わかったよ。待ってろ」と田近は振り返って腹の底からの声で怒鳴り返した。しかし、人工林の方から音の津波を寄せる怒鳴り声には全く対抗できていない。

ちょうど太い幹の針葉樹の影に隠れる人工林と広場の狭間の坂道から、木材を担いだ人間が現れるのを友徳は目撃した。目を擦ってよくよく見ると多分、人間ではない。けむくじゃらの顔、何より下顎から剃り返す飛行機の尾翼のような牙……化け物だ!

「あ、ごめんね。ちょっと仲間を手助けしなきゃいけないからさ。あ、善至先生とアウン先生にあったら俺と会ったこと、伝えといてね」と田近は満面の笑みで手を振りながら人工林の方へ向かっていった。

翌日、友徳は正道と智咲を引き連れて、善至がいる職員室を訪れた。田近について聞きたかったし、弥勒救世軍についても知りたかったのだ。

計画停電でちょうど今、冷房を切ってある職員室は、虫が湧きそうなほどの暑苦しさだった。

「お!田近にあったか!へぇーこの村に来ているんだ!」と善至は手に持ったプリントを機嫌良さげにトントンしてからいった。

「田近さんは、先生の教え子なんだ」と智咲。

「そうだぞ。まぁ剽軽なやつだったな。それに授業中はボケーとしてるのに、テストではまぁまぁな点を取るんだ。それに喧嘩っぱやくて苦労したよ」

「あと、先生ぃー。弥勒救世軍についても教えてよ!」と友徳は肩を揺らしながら本題に写した。
「うーん。この前はお前らに早いと思って黙っていたが……要はJRLだよ」

「え!そんなやばいやつなんですか!」

「そうだ。ただ弥勒救世軍は、JRLの上部組織でな。一般には知られていない。お前たちに奴らと関わるな、といったのは連中がリクルートしてくるかと思ってだよ。要は仲間に入れってだな」

「そんなキモい奴の仲間にならないよ」

「そうだな。それ以上は特に情報はないよ。後、午後から会議だからごめんな?」と善至は締めた。

友徳たちはなんだそんな連中かと合点した後、正道の家を目指した。門から出て坂道を降って山椒魚みたいに幅広な道路に出ると降っていった。

この村は計画停電が行われていて、各家族の子供達は1ヶ所の家に集まって冷房をガンガンにして引きこもっているのだった。椿と柘榴の生垣が美しい坂道の先のちょうど正道の疎開先の家がある角から何やら怒鳴り声が響いた。

よく聞くと、都会で暮らしていた時に聞いていた言葉が雨のように矢継ぎ早に繰り出されている。三人の歩みが止まった。友徳が恐る恐る振り返ると、正道は無表情を装って動揺を隠すようにもじもじ、智咲は正直に顔色を曇らせている。

「オラァ!反日出てこいやー!!」

「おい!!金!!チョン!!従軍看護婦にいった娘たちは性奴隷にされるという嘘を取り消せー!!」と太々しい声が響き渡るとその周りの群衆も取り消せー!!!と波を作った。

「日本軍が、女性を強姦しているという大嘘を許さないぞー!!」

——許さないぞー!!!

「朝鮮人はまず、JRLを批判しろー!!!」

——批判しろー!!!

「朝鮮人は日本人に対する通り魔と強姦をやめろー!!!」

——やめろー!!!

「日本軍に敵対する勢力はこの村から出ていけー!!!!」

——出ていけー!!!

ちょうど正道の家がある通りから群衆の一部がはみ出して、その中の一人が後ろを振り向いた。その禿頭でサングラスをした男は隣の金髪の女の肩を幼児のようなはしゃぎっぷりで叩く。その女が振り向いた後、その角からはみ出た群衆は、押し出される液剤のように姿を現して、こちらに向かってくる。

友徳の脳みそは重みを増して全身にのしかかった。今では振り向くこともできない。

プラカードを掲げ、日本刀で武装した集団に友徳たちはあっという間に囲まれてしまった。

——-おい!お前らのせいで日本人が迷惑してるんだよ!!!

——オラァ!ガキ!慰安婦の嘘をやめろ!!!

——-お前らは洗脳されてんだよ!!!

——しょーこー🎵しょーこー🎵しょこしょこしょーこー🎵

——お前らがデマの発信源よな?はよ、日本人に謝れや!

——おいチョンコ!お前の学校は嘘教えてんだよ!はよ、日本に帰化しろや!!!

全身が弛緩し、友徳はたじろいで後ろに倒れ、正道と智咲に背中を支えられた。目に入るのは、嘲笑の口角、嗜虐に潤む瞳、耳に入る音は鼓膜よりも心臓を激しく揺さぶった。

視界がどんどんぼやけていく。

ウオオオオオオオオオ!!!という喚声に友徳はしばらく気づかなかった。自分を取り囲んでいる右翼運動家は一気に言葉を止めてその声の方向に首を動かしたのを彼は先に気づいた。

そして再び家が倒壊しかねないばかりのウオオオオオオオオオ!!!が轟いた。

続いて訪れたのは空気を含んだビニールが破れた時のプスプスという音だった。そして一気に友徳を囲んだ群衆の左の一辺は黒茶の毛の塊に輪切りにされたきゅうりのようにパタパタ倒される。

群衆はプラカードや拡声器を投げ捨て、刀の鞘に手をかけながら一目散に四散した。一部は、友徳たちと同じく腰を抜かすか、すでに薙ぎ倒されて意識を失っている。

今、姿を現した黒茶の生き物は——昨日見た怪人と同じく下顎から、そりたつ牙を生やしていた。その怪人が座り込んで怯えている者に軽いローキックをお見舞いすると、やられた側は一撃で沈黙した。

怪人に運動家はうりゃああああと叫んで大きくそりかえた上体の反動によって日本刀を斬りつけた。怪人はその刀身を片手で掴むと、日本刀を奪い、目の前でバラバラにした。

斬りつけた運動家がビンタされて倒れると、そこに意識を持っているものは、腰を抜かした友徳たちとその怪人だけだった。怪人は、友徳に近づいていき、手を差し伸べてきた。

「大丈夫かい?怪我はないかな?」

友徳は予想外な優しい声音と、同時に頬に現れた怪人のフレンドリーな微笑みが急に楽しくなって「大丈夫です!」と言いながら手を受け取った。

怪人はしばらく、将棋倒しされた群衆を重ならないように場所を移動させた。片手で肩を掴むとそれだけで人間を持ち上げられる怪力。さっき助けられたと言っても、友徳はビビりながら正道や智咲と目配せした。

「あの、ありがとうございます」と最初に礼を言ったのは正道だった。

「なに。礼には及ばない。しかし、この世界の人間という種族は度し難いほど愚かだなぁ。今、思い返すと我々の世界でも殺し合いはあった……しかし、これほど無様な心を言葉にして外に曝す無能たちはこの世界で初めて見たよ……」

「あ、えっと……この人たちは死んでないでしょうか?」と友徳。

「何?死んではいないだろう。多分な……それに子供にこれほどの言葉を投げかける者が死んだとして何の問題がある?今は戦争中なんだぞ」と怪人は荒々しく重なって動かなくなった人間を引っこ抜いては道路に並べた。

「えっと……助けてくれてありがとうございました……それと、お名前は何ていうんですか?」と智咲はゆっくりと歩み寄ってから座り込んで作業する怪人の顔を下から覗き込んでいった。

「ハイ・オークのバルガルだ。弥勒救世軍で擲弾兵をやっている」

弥勒救世軍……友徳の頭の中にその言葉が、波紋のように広がり続けていった。弥勒救世軍……
友徳も恐る恐る智咲の横に並んで「本当にありがとうございました!!!」

「おう……この村は今、結構危険になっている……今度は大人と一緒に行動しなさい。また、いつぞやならずもの襲われてもおかしくはないんだから」

友徳たちは何度も礼をしてから、正道の家に入った。正道は、寝室で怯えていた母親を引っ張り出してから、彼女と一緒にお礼をした。

彼はその場を去ろうとするバルガルを引き留めて、自分用取っておいたコーラのペットボトルを渡した。バルガルは困ったような皺を作りながら、その皮膚の下はなんだか優しい熱を持った表情で礼をいい、その場を去った。

しばらくした後、弥勒救世軍の人々が現れて、気絶した人々を担架にのせて運んでいった。どこに連れていくの?と聞く友徳に一端の兵士は「病院に決まっているだろう」と答えた。

友徳と正道は全てが終わった後、弥勒救世軍について調べていくことを決意した……
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