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冬の二 潮流
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涼平はシガーを吸い終わり、車の方へ小樽近くの浜を歩いた、相変わらず高波が浜へ打ち寄せては白い飛沫に変わり還してゆく、釧路から帰ってきてもう数週間になる、まだ心の熱は冷めやらない………また会えるかな…… 玲子のその言葉が脳裏に反復し続ける……
この日は小樽の総合病院等を廻るスケジュールであった、車に乗り小樽方面へ走らせる、冬の石狩地方、先程までの晴天とは打って変わり冷暗な厚い雲が、まるで行く手を阻むかのように一面に広がってきた、雪がまたちらつき始める、スマホのblue toothを使いオーディオでジャズをかけた、ウッドベースの重低音とピアノのグラデーションが車窓からの寒冷地の景色に映える、ジャズフュージョンなど色々と種類はあるが、シンプルなこの組み合わせの方が好きである。
小樽のある病院に着いた、駐車場に停め、病院のエントランスに入る、オペ室横で会う約束である、その隣にある手術器機類の洗浄と滅菌等を行う、中央材料室のドアーの所にいた、このK社の担当者は仕事がとにかく早い、歳は涼平よりも少し下だが、それを感じさせないくらい聡明であった、以前ある腹腔鏡関連で涼平の会社が製造販売する鉗子類一式の案件を部長とオペ室師長等の承認を得て、予算もすぐについて成約させた、他の業種の事はわからないが、医療業界、特に病院というのはとても官僚体質であるのだが、その各担当の長からスムーズに承認を得てきたのである、涼平の姿に気づき挨拶をする、軽快な口調でビジネストークが始まった、
「お世話になります……斉藤さん、最近何か新しい物はありますか……」
この担当者はとにかく手が速い、必要と解ればすぐに採用に向けてアクションを起こす、数分オペ室横で情報交換を行う、丁度その時隣接するオペ室男子更衣室からあるDr.が退出された、前回、商品を採用をしてくれた方であった、二人はそそくさとそのDr.に歩み寄った、オペが終わったばかりで少し疲れている様であった、挨拶をする、涼平が先に口を開いた…
「先生、弊社の鉗子類…その後如何でしょうか……」
少し丁重な口調でゆっくりと伺う、
Dr.はあっと、思い出したように、
「あの鉗子の……今日も直腸で使ったけど、よかったですよ……」
そう言い終えるとじゃあ、と軽くお辞儀をして医局へ戻って行った、このように言って頂く瞬間はとても嬉しいものがあった、涼平の経営するM社は腹腔鏡関連の特殊形状器機類を製造販売している、他に数人共同経営者がいるが涼平は前述の通り北海道地区を担当している、各オペ手技上の要望に応え、形にしていくのは容易くはないが、その特殊な器機達がオペ時間の短縮、厳密に言えば、患者さんの術後の身体的負担の軽減につながる、この様に考えると希少価値の高い分野と言っても過言ではない……………
K社の担当者と新しい消耗品の案件を打合せ、病院を後にした、夕刻の17時過ぎであった、家に直接戻ることにした、ヘッドライトたちが色彩豊かに国道を照らす中、札幌へ車を走らせた……
魚が食べたかったが、夕食は冷蔵庫に買ってあったアンガス牛のステーキ肉、水菜等の季節の野菜のサラダ、エクストラバージンオリーブオイルでドレッシングを作った、厨房下の棚にチリの赤ワインをボトルで数本買い置きしてあるのを思い出した、一本開けワイングラスにどぼどぼと稍々粗野に注いだ、ワインを一口含みながら肉を焼く、少しつまみが欲しくなった、冷蔵庫にカマンベールが半欠け程残っていた、そのままかじりながらワインをもう一口、肉の焼ける香りとニンニクのエスコート…大の男がエプロンを着け料理をする、涼平は長身ではないが割とがっしりとした骨格をしている、健康維持のため週に二日はジムに行って汗を流す、肉が焼けた様である、調理ばさみで肉を一口大に適当に切り分ける、さしの入った肉よりも赤肉の方が好きである、中は少しレア、丁度良い焼き加減である、最後に塩と黒コショウをかける、食もワインも進む…
その時、テーブルの端に置いてあったスマホが鳴る、表示を見ると山本徹、涼平の同業者仲間兼友人であった、火を落とし、少し油の着いた手で受話し、スピーカーに切り替える、もしもしと聞こえる…
「涼平聞こえるか……」
「聞こえるよ……今しがた肉を焼いてたところだ……」
二人は会話を続ける、
「取り込み中悪いね、でさぁ、今度チャリティーパーティがあって招待状もらったんだよ……しかも二枚さぁ……」
段々と徹の言いたいことが読めて来た、
「会社の上司とお偉いさんの面目と人数合わせで...一緒に行ってくれって、ことでしょ?」
涼平はあっさりと言う、調子の良い徹は待ってました、と言わんばかりに、
「そういう事、さすが頭の切れる涼平さん…呑み込みが速い…」
こうなると何を茶化されているのか意味不明で苦笑してしまう、
「わかったよ、丁度空いてるし、ご招待受けさせて頂きます……」
涼平はあっさりと快諾した、質問を徹へ続けた、
「どこのだれが主催してるの?」
「札幌のある代議士の関連会社が主催してるって聞いたよ、名目はチャリティーパーティだけど財政会の情報交換会じゃないのかな………」
正直、人が多い場所はあまり好きではない、徹は最後に付け加える、
「まぁ、綺麗なセレブっぽい女の子もたくさん来るみたいだし、独身君の涼平にはいいチャンスじゃないのかなぁ……なんちゃって……」
徹は軽く冗談を言う、山本徹は涼平よりも一歳年下だ、数年前に東京であるメーカーの研修で出会った、札幌出身で外資系の外科医療機器メーカーに勤務している、31だが重要なポストを任されている逸材だ、仕事はできるが女にだらしないのが玉に瑕である、だが、どこか憎めないやつであった、
「お前に言われたくないよ……」
涼平はそう半分苦笑しながら答える、最後に日時と場所を徹に聞いた、
「プリンスホテルで……1月27日木曜の夜18時からだ……」
「来週だな………」
涼平はそう呟き終え、徹とお互いの近状を少しの間話し合い、またな、と通話を終了した。
漠然とした思いに駆られていた、急に部屋中が静寂を取り戻した、箸で肉をとると、すでに冷めてしまっていた、電子レンジに肉を入れ温めなおす、独りテーブルに戻りワイングラスを軽く揺らす、中のワインがグラスの内側でゆっくりと、深い赤色に透き通る一瞬を呈しながら揺れている、彼の揺らぐ思いを現しているかのようである、独りそれを眺めて居た、肉はすでに温まっていた、涼平はボトルのワインをグラスにゆっくりと注ぎ足した。
木曜の空は雪がちらつく曇りであった、仕事を早めに切り上げ車を家の車庫へつける、徹が車で迎えに来てくれる事になっている、一度家へ上がり着替えることにした、部屋の明かりをつけクローゼットを開く、衣装持ちと言うほどでもないが多少の種類は揃えてある、あった、と独り呟く、カバーがかかっている、黒のタキシードだ、カバーを外す、白のシャツ、黒い蝶ネクタイを締め、最後タキシードに袖を通す…… 横の鏡に姿を投映させる、がっしりとした肩幅のあるボディーラインにしっかりと映える……
コートを羽織り、鰐皮の靴に足を通す… 道路の脇で徹の車を待つ、ケースからシガーを一本出し火をつける、甘い香りが雪のちらつく空中へ漂う……ヘッドライトが涼平のシルエットをより近いものにしていった、徹の乗るSUVが停車した、いざ出陣である、
車に乗り込む、
「丁度よかったな……俺も今家から出たとこだ………」
徹は白のシャツにペイズリー柄で紫の蝶ネクタイ、上が白のタキシード、ズボンは黒である、靴はベーシックな黒靴……その彫りの深いバター顔とスリムな長身のシルエットによく映える、丈の長いカシミヤのコートもよい、徹は煙草を一本出し火をつける……
「ジャストミートだね、そう言えばさぁ、今日の賓客なんだけど…結構いろんなお偉いさんが来るらしいよ…あの時は名簿見てなかったから知らなかったけど……」
徹はこういうのが好きである、どう解釈してよいものだろうか…出世のパイプ作りというか…涼平は独り車窓を漠然と眺める、煌々と輝く札幌のミッドタウン、道行く人達は厚着で雪靴を履きゆっくりと雪面を行き交う……雪が強くなってきた、ニッカのマスターオブブレンダーの看板が朧気に見える…… 車がプリンスホテルのエントランスへ着けられた、徹は地下駐車場へ車を泊めに行った、涼平は先に降り、ホテルへ入った、エレベーターで会場まで上がる、パーティのレセプションで徹と合流し会場へ入る、そこには豪奢な世界が展開していた、ウッドベースとピアノ、歯切れの良いドラムのセッション、スタンダードジャズの旋律、絢爛豪華な着物を纏った貴婦人たち、スーツやタキシードを着こなしている紳士たち、数名見事な袴を召されている老人もいる、政界の重鎮かの如く、
重厚な威厳を放っていた………少し時間が経って、徹は上司と一緒に挨拶回りをしに行った、涼平はボーイにシャンパンを一杯もらう、一口飲み喉を潤す、もう片方の手をポケットに入れ、ステージで始められた司会者と主賓の挨拶を立ったまま見つめていた……暫くして、徹が挨拶回りから戻ってきた、一緒にいる徹の上司とも挨拶を交わした、会場の各所に色とりどりの花が置かれている、和かな香りを届けてくれる、徹たちはスコッチウイスキーをロックでもらった、
その時、ステージにある代議士夫妻が挨拶であがった、その瞬間、涼平の時は止まった……
玲子であった………
涼平は不意にシャンパングラスを床へ落してしまった……シャンパンの泡が床に広がる…
瞬間的に徹が注意を促してきたのが聞こえなかった、
「おい、どうしたんだ…………まさか、あの人妻に見惚れたか?」
図星を突かれた様で、涼平は態勢を取り戻そうとした、通りかかったボーイにスコッチのロックをもらった、シングルモルトのモルト香が着付けに丁度よかった、何事もなかったかのようにステージに視線を戻した、もう一口呷った、その強い刺激が五感を覚醒させた、胸の鼓動が速まる、その代議士は田中という、歳は48くらいで眼鏡をかけたやや恰幅の良い方だった、自由党の札幌支部の重役であった、玲子はラウンドネックのワンピースを着ていた、色が明るく、その美しさと高貴さを際立だせていた、司会が入り、堅苦しい慣行は終わりを告げた、各自の交流タイムとなった、徹たちはその中へ入って行った、涼平は落ち着きを求めてバーカウンターへ向かった、カウンターの端に座り再度スコッチのロックをもらう、会場の人山の方へ目を移すと玲子は旦那と別行動で挨拶周りをしていた、グラスの中のアイスが心地よい音とともにカランと鳴る……
暫くたち、玲子がこちらに気づいた、立ちすくみ何かをずっと探していたかの様にじっと涼平を見つめていた.......
涼平も視線を送る、彼女はバーカウンターの方へ歩いてきた、玲子の方に姿勢を直した、二人は見つめあっていた…………
言葉が見つからない、だが二人の眼差しにはすでに歓喜と悦楽がグラデーションをなす様に現れていた、
「お久しぶりです………」
玲子から話しかけてきた………初めて会った時は涼平からであった………
事実は小説よりも奇なり…運命というものをあまり信じていないが、縁というものは自ずと信じざるを得ない、
「会いたかったよ………」
涼平はその一言に彼女へのすべての思いを馳せた……
ウッドベースの心地よい重低音とその合間に柔らかなピアノの旋律が交差する、まるで二人の再会を祝福しているかのようであった……
「後で会えない?……もし、良ければ……」
やはり動揺は隠せない、
「いいわよ………」
玲子も応える、
涼平は玲子に番号を聞いた、後で会う場所を連絡すると告げた、暫しの別れである、玲子は人込みの中へ戻って行った、涼平は彼女を見つめていた……
田中が冷たい無表情で涼平を見ていたとも知らずに………
パーティはその後御開きとなり、紳士淑女は徐々に会場を後にしていった、宴の後という様にあの豪奢な雰囲気が一変して静寂を取り戻していった、涼平は徹に自分で帰ることを伝え解散した、大胆だと十分承知であったが、上階に部屋をとった、二次会なども考慮し少し遅めの時間に会うことにした、ショートメッセージでやりとりする……
涼平は先に部屋へ上がった、中へ入ると広いダブルベットが目に入る、上着を脱ぎ、棚に置いてあったウイスキーをグラスにストレートで注ぐ、窓の外は一面の雪国、街頭には行き交う人達、人間という存在と生命の小ささを物語るようである、蝶ネクタイを解き、ポケットからシガーを出しふかす、スタンドライトが淡く甘い煙を包み込む、そして消えてゆく、少しウイスキーを口に含む、もう一口シガーを愉しむ、腕時計を見る、10:40を指していた、その時、誰かがドアーを二度敲いた、涼平はゆっくりと歩みドアーを開けた、玲子であった…………
二人に言葉はなかった………彼女が中へ入るとドアーがゆっくりと閉まった、玲子はコートを脱ぎバックと一緒にベット脇に置いた、二人は見つめあった、火傷をするくらいの熱い視線で、涼平は彼女の頬に手を添えキスを始めた、とても深く舌を絡めながら、熱中し始める、ゆっくりと服を脱がす、ベットへ倒れこんだ、そのまま行為は続く、暫くして彼女が十分に潤っていることを知る、二人は激しくうねる、喘ぎながら次第に汗ばんでくる、シーツがはだける、どれくらい過ぎたであろうか、狂乱の如く二人は果てていった………
汗まみれな体で……
大理石の美しい浴室の床、白く広い湯船から湯が波打って少し落ちる、キャンドルをたいて薄暗い中、二人は湯に浸かる……彼が下で、彼女の背中から抱くようにして入る…
「………………………………」
二人に言葉は無い、だが悦楽の表情を浮かべ潤っている、玲子は涼平の方を振り向きキスをする、彼も深く応える、その永遠にも等しい時間は確実に過ぎて逝っていた………
どのような社会的地位や立場であろうとも、どのような関係であろうとも、一旦ハートに火がついてしまえば、誰にも止められないのである。
窓の外は吹雪いている、街頭の信号機が黄色にただ哀愁を込め、独り点滅していた。
この日は小樽の総合病院等を廻るスケジュールであった、車に乗り小樽方面へ走らせる、冬の石狩地方、先程までの晴天とは打って変わり冷暗な厚い雲が、まるで行く手を阻むかのように一面に広がってきた、雪がまたちらつき始める、スマホのblue toothを使いオーディオでジャズをかけた、ウッドベースの重低音とピアノのグラデーションが車窓からの寒冷地の景色に映える、ジャズフュージョンなど色々と種類はあるが、シンプルなこの組み合わせの方が好きである。
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「お世話になります……斉藤さん、最近何か新しい物はありますか……」
この担当者はとにかく手が速い、必要と解ればすぐに採用に向けてアクションを起こす、数分オペ室横で情報交換を行う、丁度その時隣接するオペ室男子更衣室からあるDr.が退出された、前回、商品を採用をしてくれた方であった、二人はそそくさとそのDr.に歩み寄った、オペが終わったばかりで少し疲れている様であった、挨拶をする、涼平が先に口を開いた…
「先生、弊社の鉗子類…その後如何でしょうか……」
少し丁重な口調でゆっくりと伺う、
Dr.はあっと、思い出したように、
「あの鉗子の……今日も直腸で使ったけど、よかったですよ……」
そう言い終えるとじゃあ、と軽くお辞儀をして医局へ戻って行った、このように言って頂く瞬間はとても嬉しいものがあった、涼平の経営するM社は腹腔鏡関連の特殊形状器機類を製造販売している、他に数人共同経営者がいるが涼平は前述の通り北海道地区を担当している、各オペ手技上の要望に応え、形にしていくのは容易くはないが、その特殊な器機達がオペ時間の短縮、厳密に言えば、患者さんの術後の身体的負担の軽減につながる、この様に考えると希少価値の高い分野と言っても過言ではない……………
K社の担当者と新しい消耗品の案件を打合せ、病院を後にした、夕刻の17時過ぎであった、家に直接戻ることにした、ヘッドライトたちが色彩豊かに国道を照らす中、札幌へ車を走らせた……
魚が食べたかったが、夕食は冷蔵庫に買ってあったアンガス牛のステーキ肉、水菜等の季節の野菜のサラダ、エクストラバージンオリーブオイルでドレッシングを作った、厨房下の棚にチリの赤ワインをボトルで数本買い置きしてあるのを思い出した、一本開けワイングラスにどぼどぼと稍々粗野に注いだ、ワインを一口含みながら肉を焼く、少しつまみが欲しくなった、冷蔵庫にカマンベールが半欠け程残っていた、そのままかじりながらワインをもう一口、肉の焼ける香りとニンニクのエスコート…大の男がエプロンを着け料理をする、涼平は長身ではないが割とがっしりとした骨格をしている、健康維持のため週に二日はジムに行って汗を流す、肉が焼けた様である、調理ばさみで肉を一口大に適当に切り分ける、さしの入った肉よりも赤肉の方が好きである、中は少しレア、丁度良い焼き加減である、最後に塩と黒コショウをかける、食もワインも進む…
その時、テーブルの端に置いてあったスマホが鳴る、表示を見ると山本徹、涼平の同業者仲間兼友人であった、火を落とし、少し油の着いた手で受話し、スピーカーに切り替える、もしもしと聞こえる…
「涼平聞こえるか……」
「聞こえるよ……今しがた肉を焼いてたところだ……」
二人は会話を続ける、
「取り込み中悪いね、でさぁ、今度チャリティーパーティがあって招待状もらったんだよ……しかも二枚さぁ……」
段々と徹の言いたいことが読めて来た、
「会社の上司とお偉いさんの面目と人数合わせで...一緒に行ってくれって、ことでしょ?」
涼平はあっさりと言う、調子の良い徹は待ってました、と言わんばかりに、
「そういう事、さすが頭の切れる涼平さん…呑み込みが速い…」
こうなると何を茶化されているのか意味不明で苦笑してしまう、
「わかったよ、丁度空いてるし、ご招待受けさせて頂きます……」
涼平はあっさりと快諾した、質問を徹へ続けた、
「どこのだれが主催してるの?」
「札幌のある代議士の関連会社が主催してるって聞いたよ、名目はチャリティーパーティだけど財政会の情報交換会じゃないのかな………」
正直、人が多い場所はあまり好きではない、徹は最後に付け加える、
「まぁ、綺麗なセレブっぽい女の子もたくさん来るみたいだし、独身君の涼平にはいいチャンスじゃないのかなぁ……なんちゃって……」
徹は軽く冗談を言う、山本徹は涼平よりも一歳年下だ、数年前に東京であるメーカーの研修で出会った、札幌出身で外資系の外科医療機器メーカーに勤務している、31だが重要なポストを任されている逸材だ、仕事はできるが女にだらしないのが玉に瑕である、だが、どこか憎めないやつであった、
「お前に言われたくないよ……」
涼平はそう半分苦笑しながら答える、最後に日時と場所を徹に聞いた、
「プリンスホテルで……1月27日木曜の夜18時からだ……」
「来週だな………」
涼平はそう呟き終え、徹とお互いの近状を少しの間話し合い、またな、と通話を終了した。
漠然とした思いに駆られていた、急に部屋中が静寂を取り戻した、箸で肉をとると、すでに冷めてしまっていた、電子レンジに肉を入れ温めなおす、独りテーブルに戻りワイングラスを軽く揺らす、中のワインがグラスの内側でゆっくりと、深い赤色に透き通る一瞬を呈しながら揺れている、彼の揺らぐ思いを現しているかのようである、独りそれを眺めて居た、肉はすでに温まっていた、涼平はボトルのワインをグラスにゆっくりと注ぎ足した。
木曜の空は雪がちらつく曇りであった、仕事を早めに切り上げ車を家の車庫へつける、徹が車で迎えに来てくれる事になっている、一度家へ上がり着替えることにした、部屋の明かりをつけクローゼットを開く、衣装持ちと言うほどでもないが多少の種類は揃えてある、あった、と独り呟く、カバーがかかっている、黒のタキシードだ、カバーを外す、白のシャツ、黒い蝶ネクタイを締め、最後タキシードに袖を通す…… 横の鏡に姿を投映させる、がっしりとした肩幅のあるボディーラインにしっかりと映える……
コートを羽織り、鰐皮の靴に足を通す… 道路の脇で徹の車を待つ、ケースからシガーを一本出し火をつける、甘い香りが雪のちらつく空中へ漂う……ヘッドライトが涼平のシルエットをより近いものにしていった、徹の乗るSUVが停車した、いざ出陣である、
車に乗り込む、
「丁度よかったな……俺も今家から出たとこだ………」
徹は白のシャツにペイズリー柄で紫の蝶ネクタイ、上が白のタキシード、ズボンは黒である、靴はベーシックな黒靴……その彫りの深いバター顔とスリムな長身のシルエットによく映える、丈の長いカシミヤのコートもよい、徹は煙草を一本出し火をつける……
「ジャストミートだね、そう言えばさぁ、今日の賓客なんだけど…結構いろんなお偉いさんが来るらしいよ…あの時は名簿見てなかったから知らなかったけど……」
徹はこういうのが好きである、どう解釈してよいものだろうか…出世のパイプ作りというか…涼平は独り車窓を漠然と眺める、煌々と輝く札幌のミッドタウン、道行く人達は厚着で雪靴を履きゆっくりと雪面を行き交う……雪が強くなってきた、ニッカのマスターオブブレンダーの看板が朧気に見える…… 車がプリンスホテルのエントランスへ着けられた、徹は地下駐車場へ車を泊めに行った、涼平は先に降り、ホテルへ入った、エレベーターで会場まで上がる、パーティのレセプションで徹と合流し会場へ入る、そこには豪奢な世界が展開していた、ウッドベースとピアノ、歯切れの良いドラムのセッション、スタンダードジャズの旋律、絢爛豪華な着物を纏った貴婦人たち、スーツやタキシードを着こなしている紳士たち、数名見事な袴を召されている老人もいる、政界の重鎮かの如く、
重厚な威厳を放っていた………少し時間が経って、徹は上司と一緒に挨拶回りをしに行った、涼平はボーイにシャンパンを一杯もらう、一口飲み喉を潤す、もう片方の手をポケットに入れ、ステージで始められた司会者と主賓の挨拶を立ったまま見つめていた……暫くして、徹が挨拶回りから戻ってきた、一緒にいる徹の上司とも挨拶を交わした、会場の各所に色とりどりの花が置かれている、和かな香りを届けてくれる、徹たちはスコッチウイスキーをロックでもらった、
その時、ステージにある代議士夫妻が挨拶であがった、その瞬間、涼平の時は止まった……
玲子であった………
涼平は不意にシャンパングラスを床へ落してしまった……シャンパンの泡が床に広がる…
瞬間的に徹が注意を促してきたのが聞こえなかった、
「おい、どうしたんだ…………まさか、あの人妻に見惚れたか?」
図星を突かれた様で、涼平は態勢を取り戻そうとした、通りかかったボーイにスコッチのロックをもらった、シングルモルトのモルト香が着付けに丁度よかった、何事もなかったかのようにステージに視線を戻した、もう一口呷った、その強い刺激が五感を覚醒させた、胸の鼓動が速まる、その代議士は田中という、歳は48くらいで眼鏡をかけたやや恰幅の良い方だった、自由党の札幌支部の重役であった、玲子はラウンドネックのワンピースを着ていた、色が明るく、その美しさと高貴さを際立だせていた、司会が入り、堅苦しい慣行は終わりを告げた、各自の交流タイムとなった、徹たちはその中へ入って行った、涼平は落ち着きを求めてバーカウンターへ向かった、カウンターの端に座り再度スコッチのロックをもらう、会場の人山の方へ目を移すと玲子は旦那と別行動で挨拶周りをしていた、グラスの中のアイスが心地よい音とともにカランと鳴る……
暫くたち、玲子がこちらに気づいた、立ちすくみ何かをずっと探していたかの様にじっと涼平を見つめていた.......
涼平も視線を送る、彼女はバーカウンターの方へ歩いてきた、玲子の方に姿勢を直した、二人は見つめあっていた…………
言葉が見つからない、だが二人の眼差しにはすでに歓喜と悦楽がグラデーションをなす様に現れていた、
「お久しぶりです………」
玲子から話しかけてきた………初めて会った時は涼平からであった………
事実は小説よりも奇なり…運命というものをあまり信じていないが、縁というものは自ずと信じざるを得ない、
「会いたかったよ………」
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ウッドベースの心地よい重低音とその合間に柔らかなピアノの旋律が交差する、まるで二人の再会を祝福しているかのようであった……
「後で会えない?……もし、良ければ……」
やはり動揺は隠せない、
「いいわよ………」
玲子も応える、
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パーティはその後御開きとなり、紳士淑女は徐々に会場を後にしていった、宴の後という様にあの豪奢な雰囲気が一変して静寂を取り戻していった、涼平は徹に自分で帰ることを伝え解散した、大胆だと十分承知であったが、上階に部屋をとった、二次会なども考慮し少し遅めの時間に会うことにした、ショートメッセージでやりとりする……
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二人に言葉はなかった………彼女が中へ入るとドアーがゆっくりと閉まった、玲子はコートを脱ぎバックと一緒にベット脇に置いた、二人は見つめあった、火傷をするくらいの熱い視線で、涼平は彼女の頬に手を添えキスを始めた、とても深く舌を絡めながら、熱中し始める、ゆっくりと服を脱がす、ベットへ倒れこんだ、そのまま行為は続く、暫くして彼女が十分に潤っていることを知る、二人は激しくうねる、喘ぎながら次第に汗ばんでくる、シーツがはだける、どれくらい過ぎたであろうか、狂乱の如く二人は果てていった………
汗まみれな体で……
大理石の美しい浴室の床、白く広い湯船から湯が波打って少し落ちる、キャンドルをたいて薄暗い中、二人は湯に浸かる……彼が下で、彼女の背中から抱くようにして入る…
「………………………………」
二人に言葉は無い、だが悦楽の表情を浮かべ潤っている、玲子は涼平の方を振り向きキスをする、彼も深く応える、その永遠にも等しい時間は確実に過ぎて逝っていた………
どのような社会的地位や立場であろうとも、どのような関係であろうとも、一旦ハートに火がついてしまえば、誰にも止められないのである。
窓の外は吹雪いている、街頭の信号機が黄色にただ哀愁を込め、独り点滅していた。
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しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
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