【BL】いじわるな黒髪貴公子に食べられそうです

39 らしくない

「颯太……偶然だな」


蒼井はそう言って、ゆっくりとこちらへ近付いてきた。

そしてベンチに腰を下ろすと、片手に持っていたスマホをズボンのポケットに仕舞い、こちらを見上げる。


「もう行っちゃうの？」


「っ俺は、もう帰らないとだから……」


別に急いでいる訳でもないけれど、Kの相談に乗る約束もしているし、なるべく早く帰りたい。

けれど、まさかここで蒼井に会うとは思わなかったし、この前の事も……聞きたいような聞きたくないような。


「……っ」


先日の通話を思い出し、つい顔を真っ赤に染め上げる。

蒼井に見られないよう背を向けると、ポツリと後ろから声が聞こえてきた。


「……ごめん。この間の通話でやったやつ、もう忘れていいから」


「え……っ」


思わず振り返ると、蒼井は虚ろな表情で俯いていた。


（なんだよ……そんな顔してたら、気になるだろ……っ）


気付けば、俺はベンチの傍まで歩みを進め、蒼井のすぐ隣に立っていた。

でも、なんて声をかけたら良いのだろうか。

分からずに突っ立っていると、蒼井がもう一度顔を上げて切なげな笑みを浮かべた。


「戻ってきてくれたんだ？」


「……っ別に。でも、お前がそんな顔するなんて珍しいし、す、少しぐらいなら、話聞いてやってもいいけど？」


「ふっ、相変わらず素直じゃねぇなー」


そう言って笑うと、蒼井はひょいとずれて俺の座るスペースを空けた。

おずおずとそこに座ると、「素直か」と言って、蒼井はまた笑った。


（あ、楽しそう）


今の笑顔は少し楽しそうで、不覚にも安心してしまう。

俺は顔を逸らしたまま、蒼井に尋ねた。


「で？　なんか話があるなら早くしろよ。俺、帰ってからまた用事あるし」


「え？　なんの用事？」


「べ、つに……なんだっていいだろ？　あ、言っとくけど、エロい事じゃないからな！」


いつもの蒼井なら「どうせ帰ってエロい事すんだろー？」とか言ってきそうで、俺は事前に釘を刺した。

しかし、今日の蒼井はどこか雰囲気が違う。


「別に、そんな事言わないよ。けど……そうだよな」


「……？」


なんだろう、こんな蒼井を見ていると調子が狂ってしまう。

俺はどうすれば良いか分からないまま、とりあえず、ベンチの背もたれに身を預けた。

蒼井にかける言葉も見つからず空を見上げると、穏やかな昼過ぎの青空が広がっていて、今日の出来事がはるか昔の事のように思えてくる。


（俺、さっきまで桜さんと会ってたんだよなー……）


でも今はこうして、蒼井と一緒に居るなんて不思議だ。

桜さんと会っている間も自然と思い出してしまった蒼井が、今は公園のベンチで一緒に座っている。


（蒼井……どうしてるか気になってたけど、会えたんだ）


偶然だけれど、また会えた事が奇跡のように思えてくる。


奇跡のように、大切な時間ーー。


Kの事は気になるけれど、別に夜でもいいし、今はこうしているのが心地良い。

俺は一旦、Kの事は脇に置いておく事にして、チラリと蒼井を見つめた。


「……なんか、蒼井らしくない」


「え？」