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第八十六話 水族館へ
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■□■
――そして、旅行最終日。
僕たちはホテルをチェックアウトし、車で水族館へと向かった。
車内には薄らとピアノのBGMが流れ、優雅なひと時を満喫する。
それと、僕の首にはホテルのお土産コーナーで購入した新しいチョーカーが巻かれている。
これはデザインも良く、シグレさんからの ”番になった記念” のプレゼントなので、今一番のお気に入りだ。
僕はそのチョーカーに指先で触れながら口を開いた。
「旅行、すごく楽しかったですね。ホテルも綺麗で居心地が良かったですし」
「うん、そうだね。セイラに気に入って貰えて良かった。この辺りは他にも良いホテルが沢山あってさ、何件かピックアップして迷ったんだけど……やっぱりあそこがいいかなって、決めたんだ」
「そうだったんですね」
いつの間に、そんなに調べていたのだろう。
原稿もあって時間なんてなかった筈なのに、合間を縫って探してくれたのかと思うと胸がじんとしてしまう。
「シグレさん……」
「ん?」
名前を呼ぶと、シグレさんはハンドルを握ったまま短く答えた。
僕はそっと手を伸ばし、服の裾をきゅっと掴む。
「あの……ありがとうございます」
「……っ」
伝えた瞬間、グラリと車が横に揺れ、僕は慌ててシートベルトを掴んだ。
パッパー、と他の車のクラクションが聞こえ、シグレさんが慌ててハンドルを切る。
(……っ)
事故になると思い、僕は目をぎゅうっと瞑り、様子を窺う。
しかし、すぐに車は体勢を整え、何事もなかったようにまた走り出した。
(だ、大丈夫だった……?)
おそるおそる視線を上げると、運転するシグレさんの横顔は、赤く染まっていた。
(あ……)
その顔を見て、今のアクシデントが自分のせいだったと分かる。
僕は両手を膝の上にビシッと置き、自分も顔を真っ赤に染め上げて謝った。
「すっ、すみません!僕が変なことしたから……っ」
「いや……はぁ、セイラには敵わないな」
「……っ」
シグレさんは「はぁ」とため息を一つ。
そして赤信号で一時停車すると、僕の手をぎゅっと握って苦笑を浮かべた。
「セイラがあんまり可愛いと、運転も出来なくなるみたい」
「シグレさん……」
見つめ合い、顔が近付く。
けれど、思ったよりも早く信号が青になってしまい、僕達は慌てて離れたのだった。
・・・
さて、そんなこんなで水族館に到着。
チケットを買って中に入ると、大きな水槽や水中トンネルに、ついついはしゃいでしまう。
「わぁ……!シグレさん、みて下さい!あれ、サメですよね?僕、こんな間近で初めて見ました」
「ふふ、そっか。セイラは、水族館は初めてだっけ?」
「えっと……そうですね。子供の頃に母親と行った事はあると思うんですが、もうよく覚えてなくて」
昔の事を思い出すと少し切なくなって、僕はシグレさんに背を向けた。
両親とはもう、随分長い間会っていない。
父は連絡ぐらいつくかもしれないけれど、今どこで生活しているか等、細かい事は分からないし、母は病院で闘病生活を送っている。
以前、面会に行った時は酸素マスクをつけて苦しそうにしていたので、話はせずにお見舞いの花束だけを置いて帰って来た。
母の容態はそれぐらい悪かった。
(せめて、母さんにはシグレさんを紹介したい……)
番になったということは、もう将来を約束したも同然だ。
そんな大切な相手ならば、やはり親に紹介したいと思う。
特に母は、施設に入るまでは僕の事を一人で懸命に育ててくれたので、シグレさんを紹介して喜ばせてやりたい。
(母さん……父さんも、今頃どうしてるのかな)
考えるとなんだか泣きそうになってしまい、僕は慌てて水槽に目を向けた。
――そして、旅行最終日。
僕たちはホテルをチェックアウトし、車で水族館へと向かった。
車内には薄らとピアノのBGMが流れ、優雅なひと時を満喫する。
それと、僕の首にはホテルのお土産コーナーで購入した新しいチョーカーが巻かれている。
これはデザインも良く、シグレさんからの ”番になった記念” のプレゼントなので、今一番のお気に入りだ。
僕はそのチョーカーに指先で触れながら口を開いた。
「旅行、すごく楽しかったですね。ホテルも綺麗で居心地が良かったですし」
「うん、そうだね。セイラに気に入って貰えて良かった。この辺りは他にも良いホテルが沢山あってさ、何件かピックアップして迷ったんだけど……やっぱりあそこがいいかなって、決めたんだ」
「そうだったんですね」
いつの間に、そんなに調べていたのだろう。
原稿もあって時間なんてなかった筈なのに、合間を縫って探してくれたのかと思うと胸がじんとしてしまう。
「シグレさん……」
「ん?」
名前を呼ぶと、シグレさんはハンドルを握ったまま短く答えた。
僕はそっと手を伸ばし、服の裾をきゅっと掴む。
「あの……ありがとうございます」
「……っ」
伝えた瞬間、グラリと車が横に揺れ、僕は慌ててシートベルトを掴んだ。
パッパー、と他の車のクラクションが聞こえ、シグレさんが慌ててハンドルを切る。
(……っ)
事故になると思い、僕は目をぎゅうっと瞑り、様子を窺う。
しかし、すぐに車は体勢を整え、何事もなかったようにまた走り出した。
(だ、大丈夫だった……?)
おそるおそる視線を上げると、運転するシグレさんの横顔は、赤く染まっていた。
(あ……)
その顔を見て、今のアクシデントが自分のせいだったと分かる。
僕は両手を膝の上にビシッと置き、自分も顔を真っ赤に染め上げて謝った。
「すっ、すみません!僕が変なことしたから……っ」
「いや……はぁ、セイラには敵わないな」
「……っ」
シグレさんは「はぁ」とため息を一つ。
そして赤信号で一時停車すると、僕の手をぎゅっと握って苦笑を浮かべた。
「セイラがあんまり可愛いと、運転も出来なくなるみたい」
「シグレさん……」
見つめ合い、顔が近付く。
けれど、思ったよりも早く信号が青になってしまい、僕達は慌てて離れたのだった。
・・・
さて、そんなこんなで水族館に到着。
チケットを買って中に入ると、大きな水槽や水中トンネルに、ついついはしゃいでしまう。
「わぁ……!シグレさん、みて下さい!あれ、サメですよね?僕、こんな間近で初めて見ました」
「ふふ、そっか。セイラは、水族館は初めてだっけ?」
「えっと……そうですね。子供の頃に母親と行った事はあると思うんですが、もうよく覚えてなくて」
昔の事を思い出すと少し切なくなって、僕はシグレさんに背を向けた。
両親とはもう、随分長い間会っていない。
父は連絡ぐらいつくかもしれないけれど、今どこで生活しているか等、細かい事は分からないし、母は病院で闘病生活を送っている。
以前、面会に行った時は酸素マスクをつけて苦しそうにしていたので、話はせずにお見舞いの花束だけを置いて帰って来た。
母の容態はそれぐらい悪かった。
(せめて、母さんにはシグレさんを紹介したい……)
番になったということは、もう将来を約束したも同然だ。
そんな大切な相手ならば、やはり親に紹介したいと思う。
特に母は、施設に入るまでは僕の事を一人で懸命に育ててくれたので、シグレさんを紹介して喜ばせてやりたい。
(母さん……父さんも、今頃どうしてるのかな)
考えるとなんだか泣きそうになってしまい、僕は慌てて水槽に目を向けた。
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