雇われオメガとご主人様

筍とるぞう

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第六十九話 キス止まりの意味

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「セイラ?」


「良かったです……僕、心配で、ずっと気になってしまってました。特にあの、‘キス止まり’ っていうメモとか」


今は何も取り繕う事が出来ず、素直な気持ちを吐露すると、よしよしと頭を撫でられた。


「ごめん、そんなに不安にさせていたなんて、知らなかった。あの ‘キス止まり’ っていうのは、小説の中の主人公達の関係の事だよ。今回は純愛ものだから、いつもみたいにその先のセックスシーンは書かない様にした方がいいかなって、悩んでたんだ。で、メモしていたところに担当さんから連絡が来て、スマホ新しくしたからって言われて、番号をメモしたんだよ」


「そう、だったんですか……すみません、全然知らなくて」


そう言って謝ると、シグレさんは静かに首を横に振った。


「いや、俺がいけなかったんだ。俺、恋愛ものを書くからキスとかセックスとか、そういう単語には割と慣れちゃってて、鈍くなってるんだよな。今後は気をつけるよ」


シグレさんは反省しつつ、僕の頭を優しく撫で続ける。

サラサラと髪を梳く様に撫でられ、ちょっとくすぐったい。


しかしながら、確かに小説家をやっていると、そういった単語に慣れてしまうのも分かる気がする。

所謂、職業病というやつだろうか。

僕なんか ‘キス’ の二文字だけで真っ赤になれるのに、小説家って本当にすごいと思う。

事情が分かり、僕は腰元に抱きついたままフルフルと頭を横に振った。


「いえ……僕の事は気にせず、シグレさんは思いっきりお仕事してください。今度は、ああいうメモが落ちてても大丈夫です。僕、これからまた少しづつ、そういうシグレさんのお仕事の事とか、知っていきますから」


そういって、更にぎゅっと抱きつきながら思うのは、僕はやっぱり恋愛初心者だという事。

どこかで、恋人同士になったらゴール、という印象を抱いていた。

けれど実際は、ここからまたスタートなのだと思う。

恋人になったら、幸せも増える代わりに、今まではなかった課題もついてくる。

シグレさんと両想いになって、恋人になって、僕はいつの間にか我儘になってしまっていた。

彼は僕のものーーそういう独占欲が働いて、シグレさんと親しくする人を見ると疑ったり、嫉妬したりしてしまう。

本当は、担当さんはそんな相手じゃないのに、‘恋人は僕なんだ‘ って主張したくなるのだ。

確かに、恋人は僕なのだけれど……いや、だからこそ、もっとシグレさんを信じて自信を持って、堂々としていた方が良いのかもしれない。


(僕はシグレさんの、恋人……うん)


心の中で自分に言い聞かせる様に言い、頷く。

この先、シグレさんの事をもっともっと知っていこう。

お仕事の事も、プライベートの事も、色々知っていけたら、きっと恋人としての自信を持てるだろう。


「シグレさん」


「ん?」


「あの……大好きです。これからも、ずっと……」


「……」


小さな声で想いを伝えると、シグレさんは暫しの沈黙の後、僕の肩にそっと手を置いた。

そして、無言のまま唇が近付き……




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