雇われオメガとご主人様

筍とるぞう

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第六十五話 回復

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後日、シグレさんは次第に元気を取り戻し、またデスクに向かって原稿の仕上げに取り掛かっていた。

本当は、元気になったら僕が行きたい場所へデートしに行く約束だったのだけれど、なにしろ原稿を優先させないといけない。

シグレさんは大丈夫だと言っていたけれど、さすがに〆切間近の貴重な時間を奪う訳にもいかず、後日にしようという事になったのだ。


今日もカップにコーヒーを注ぎながら、僕はデートで行きたい場所を考える。


(いくつか候補は上がってるけど、どこがいいかなー……やっぱり、水族館か映画館かな?その後には旅行もあるし……)


そうなのだ、実はシグレさんが原稿が落ち着く頃に合わせて、旅行の手配をしてくれたのだ。

二泊三日で、予約もバッチリなのだとか。

しかし、行き先だけは教えてもらえなかった。


(どこに行くんだろう。楽しみだなぁ)


妄想は膨らむばかりで、自然とニヤニヤしてしまう。

と、その間にもコーヒーを淹れ終わり、いつものようにトレーに乗せて部屋へ運ぶ。

コンコン、とドアを小さくノックすると、今日は返事の代わりに話し声が聞こえてきた。

これは……おそらくまた担当さんと打ち合わせの電話をしているのだろう。

〆切も近いし、色々と忙しいのかもしれない。

僕は状況を察して、静かに部屋に入ると、テーブルの上にカップとお茶菓子を置いて踵を返す。

それに気付いたシグレさんは、通話は切らぬまま僕の方へやってきた。

そして動作で ”ごめん、手が離せなくて” というような事を伝えてくる。

僕は返事をしようと、声は出さずに首を横に振って微笑んだ。

すると、シグレさんは僅かに目を見開き、やや頬を赤く染める。


(シグレさん?)


きょとんとして見つめていると、ふいに耳元に唇が寄せられ、縁を軽く食まれた。


「……っ!」


その時、通話口から女性の声が聞こえ、相手はやはり担当さんだと分かる。

しかも……


(えっ……?)


聞こえたセリフに、僕は一瞬固まりそうになった。


(今…… ”シグレ?聞いてる?” って……呼び捨てにしてた……)


以前、シグレさんも担当さんの事を ”エドナ” と呼んでいた。

たしかに、親しい間柄の友人や家族は呼び捨てにするのが通常ではあるけれど、なんだかモヤモヤしてしまう。

だって僕自身、シグレさんの事は恋人になった今でも ”シグレさん” と呼んでいるのだ。

それなのに、他の異性は親し気に呼び捨てにしているというのは、どうだろう。


(シグレ……さん)


心の中で呼び捨てにしようと試みるも、やはりどこか遠慮のようなものがあって ”さん” を付けてしまう。


(……)


モヤモヤは更に強くなり、僕はシグレさんの元をそっと離れると、部屋を後にした。

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