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第六十三話 あの時……
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それは、ここへ来たばかりの時、シグレさんの抑制剤の効果が切れてしまい、僕に迫って来た時の事だ。
あの時、たしかシグレさんは言っていた。
”セイラ……君をずっと探してた。そしてようやく、見付けた。そう、やっと…………”
その後、シグレさんはハッとしたように口をつぐんでしまった。
あの時、僕には意味が分からなかった。
いや……今でもまだ理解していないけれど。
色々な事が頭の中で絡み合い、僕は一旦深呼吸をする。
それから改めて、シグレさんの話に耳を傾けた。
「ここにセイラを迎え入れた時……君に接しながら少し後悔した。ああ、使用人として契約なんて、やっぱりしなきゃよかったって」
そこまで話し終え、シグレさんはまた少し咳込んだ。
(いけない……っ)僕はハッとして、休めていた手を慌てて動かした。
そして少し間を開け、ポツリと呟く。
「あの……使用人じゃないとしたら……僕はシグレさんにとって、どんな存在になりますか?」
これは以前から気になっていた事だ。
お互いαとΩで気持ちも通じ合い、身体の関係を持った以上、もうただの同居人ではない事は僕もひしひしと感じている。
けれど、僕達の間には事実上、主人と使用人としての契約がある。
だから、いくら身体の関係を持っても、αとΩでも、使用人は使用人と言われればそこまでなのだ。
しかし、今こうしてシグレさんから僕に、使用人というのはやめにしようと言われている。
これは契約自体を破棄するとか、そういう事ではないだろう。
要は、シグレさんから主人と使用人の境界線を緩めようとしてくれているのだ。
(それって、凄くうれしいかも)
答えを心待ちにしながら、僕の鼓動はトクントクンと甘く脈打っている。
そしてようやく、シグレさんが口を開いた。
「……君は俺にとって、もう本当にかけがえのない人だ。Ωだからでも、使用人だからでもない。一人の人として、愛おしくて大切なんだ。だから、セイラ」
僕の名を呼び、シグレさんは僅かに振り返る。
ドキドキが止まらないまま次の言葉を待っていると、腰元に手が回され、少し強引に抱き寄せられた。
(……っ)
逞しい腕と、熱い身体に、鼓動が死ぬほど跳ね上がった。
呼吸も上手く出来ないまま肩口に顔を埋めると、耳元でそっと囁かれる。
「俺の、恋人になって」
「……っ」
それは、僕が以前から聞きたかった言葉だ。
―― 恋人 ――
(……夢みたい……)
本当に夢を見ているような感覚で、僕は震える睫毛を伏せた。
僕は以前から、番になるよりも恋人になれる方が嬉しいと思っていた。
番というのは特別な関係で憧れもあるけれど、リスクも大きく、αとΩであれば ”項を噛めば成立する関係” とも言える。
世の中には、幸せの中結ばれる番もいれば、そうじゃない番も存在する。
だからこそ、恋人の関係から深く愛し合い、段階を踏んで最終的に番になれるという事は、Ωにとって幸せな事だと思う。
それに加えて、運命の番であると分かったなら、その時の喜びは計り知れない。
(運命の番、かぁ)
いつか、シグレさんと番になれる事を想像すると、身体の奥が自然と疼き、反応を示す。
そして強く思う。
運命の番の証である ”星形のアザ” が首筋に浮かんだらいいのに、と。
しかし、こればっかりは項を噛まれてみない事には分からない。
(運命……)
そう思った瞬間、心の中で再びN高の彼の事や、シグレさんの高校時代の写真の事が脳裏に浮かんできたけれど、今はそれについて考える余裕はなかった。
「シグレさん……」
今はただ、目の前にいるこの人が愛おしい。
その一心で、僕はシグレさんの背中に両手を回し、甘えるように鼻先を肌にスリ、と擦りつけた。
そして耳元に唇を近付けると、彼にだけ聞こえる小さな声で囁く。
―― あなたの恋人に、なりたいです ――
あの時、たしかシグレさんは言っていた。
”セイラ……君をずっと探してた。そしてようやく、見付けた。そう、やっと…………”
その後、シグレさんはハッとしたように口をつぐんでしまった。
あの時、僕には意味が分からなかった。
いや……今でもまだ理解していないけれど。
色々な事が頭の中で絡み合い、僕は一旦深呼吸をする。
それから改めて、シグレさんの話に耳を傾けた。
「ここにセイラを迎え入れた時……君に接しながら少し後悔した。ああ、使用人として契約なんて、やっぱりしなきゃよかったって」
そこまで話し終え、シグレさんはまた少し咳込んだ。
(いけない……っ)僕はハッとして、休めていた手を慌てて動かした。
そして少し間を開け、ポツリと呟く。
「あの……使用人じゃないとしたら……僕はシグレさんにとって、どんな存在になりますか?」
これは以前から気になっていた事だ。
お互いαとΩで気持ちも通じ合い、身体の関係を持った以上、もうただの同居人ではない事は僕もひしひしと感じている。
けれど、僕達の間には事実上、主人と使用人としての契約がある。
だから、いくら身体の関係を持っても、αとΩでも、使用人は使用人と言われればそこまでなのだ。
しかし、今こうしてシグレさんから僕に、使用人というのはやめにしようと言われている。
これは契約自体を破棄するとか、そういう事ではないだろう。
要は、シグレさんから主人と使用人の境界線を緩めようとしてくれているのだ。
(それって、凄くうれしいかも)
答えを心待ちにしながら、僕の鼓動はトクントクンと甘く脈打っている。
そしてようやく、シグレさんが口を開いた。
「……君は俺にとって、もう本当にかけがえのない人だ。Ωだからでも、使用人だからでもない。一人の人として、愛おしくて大切なんだ。だから、セイラ」
僕の名を呼び、シグレさんは僅かに振り返る。
ドキドキが止まらないまま次の言葉を待っていると、腰元に手が回され、少し強引に抱き寄せられた。
(……っ)
逞しい腕と、熱い身体に、鼓動が死ぬほど跳ね上がった。
呼吸も上手く出来ないまま肩口に顔を埋めると、耳元でそっと囁かれる。
「俺の、恋人になって」
「……っ」
それは、僕が以前から聞きたかった言葉だ。
―― 恋人 ――
(……夢みたい……)
本当に夢を見ているような感覚で、僕は震える睫毛を伏せた。
僕は以前から、番になるよりも恋人になれる方が嬉しいと思っていた。
番というのは特別な関係で憧れもあるけれど、リスクも大きく、αとΩであれば ”項を噛めば成立する関係” とも言える。
世の中には、幸せの中結ばれる番もいれば、そうじゃない番も存在する。
だからこそ、恋人の関係から深く愛し合い、段階を踏んで最終的に番になれるという事は、Ωにとって幸せな事だと思う。
それに加えて、運命の番であると分かったなら、その時の喜びは計り知れない。
(運命の番、かぁ)
いつか、シグレさんと番になれる事を想像すると、身体の奥が自然と疼き、反応を示す。
そして強く思う。
運命の番の証である ”星形のアザ” が首筋に浮かんだらいいのに、と。
しかし、こればっかりは項を噛まれてみない事には分からない。
(運命……)
そう思った瞬間、心の中で再びN高の彼の事や、シグレさんの高校時代の写真の事が脳裏に浮かんできたけれど、今はそれについて考える余裕はなかった。
「シグレさん……」
今はただ、目の前にいるこの人が愛おしい。
その一心で、僕はシグレさんの背中に両手を回し、甘えるように鼻先を肌にスリ、と擦りつけた。
そして耳元に唇を近付けると、彼にだけ聞こえる小さな声で囁く。
―― あなたの恋人に、なりたいです ――
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